久世家の応接間には、雨上がりの庭の匂いが薄く入り込んでいた。 障子は半分だけ開けられ、濡れた庭石の上に夕方の光が鈍く残っている。庭木の葉先から落ちる雫が、時折、ぽたりと低い音を立てた。その音は妙に大きく聞こえた。室内にいる誰もが声を潜めているわけではないのに、この部屋だけが息を殺しているようだった。 澄乃は、座卓の向こうに座る若い女を静かに見ていた。 汐見瑠璃花。 夫である久世昌親の隣に、ごく自然な顔をして座っている女だった。 薄桃色のワンピースは、昼間の喫茶店や洒落た店先なら可愛らしく映えただろう。けれど、年季の入った黒檀の座卓、落ち着いた絹張りの座布団、壁に掛けられた古い山水画のあるこの応接間では、甘い色だけが浮いていた。袖口の小さなリボン、光沢のある爪、膝の上で揃えられた白い指。どれも整えられているのに、どこか場の温度を読めていない。 瑠璃花の香水は、紅茶の香りより先に鼻へ届いた。 甘く、軽く、すぐに消えるはずなのに、部屋の空気へ薄く膜を張るような匂いだった。澄乃が午前中に選んだ沈丁花の香袋は、その匂いに負けている。来客のために整えた部屋が、知らない女の香りに上書きされていくのを、澄乃はどこか遠い場所から見るように感じていた。 昌親は、瑠璃花の隣で腕を組んでいる。 彼は応接間に入ってから、澄乃とまともに目を合わせていなかった。仕事帰りのままの紺のジャケットを羽織り、髪も乱れていない。疲れているような顔はしている。けれど、その疲れは妻を傷つけることへの苦悩ではなく、面倒な場を早く終わらせたい人間の疲れだった。 澄乃には、それが分かった。 七年も夫婦をしていれば、夫の沈黙の種類くらいは覚える。 仕事の失敗を隠したいときの沈黙。義母の小言を澄乃に受け流させたいときの沈黙。面倒な親族付き合いを知らないふりで押しつけるときの沈黙。そして、自分が悪者にならずに済む言葉を探しているときの沈黙。 今、昌親の沈黙はそのどれにも似ていて、どれよりも冷たかった。 澄乃は膝の上で両手を重ねた。 指先は冷えている。けれど、震えてはいなかった。震えるには、まだ身体が現実に追いついていないのかもしれない。畳の縁に沿って伸びる光の線を視界の端に置きながら、澄乃は静かに座っていた。 先に口を開いたのは瑠璃花だった。「あの、澄乃さん」 彼女は、最初から名前で
Read more