All Chapters of 捨てられ料理人は諦めない: Chapter 151 - Chapter 160

168 Chapters

150

「1000円?」 腕時計を見ていた会社員が、驚きの声を上げる。「和牛のハンバーグが1000円? さっきタブレットでメニューを見た時は1800円だったぞ。元の値段も高くはないけど、1000円はお得すぎる」「オムライスもパスタも1000円ポッキリなの? すごくお得じゃない!」 母親客が嬉しそうに隣の友人に話しかける。 昨今の物価高を考えれば、都内で手作りの本格的な洋食が1000円で食べられるのは破格の安さだ。 ましてやハルナズ・キッチンの料理のクオリティは、すでに口コミで広く知れ渡っている。「それなら全然待つよ」「1000円札ならちょうどお財布に入ってるし、お会計も楽だね」「よかった、ランチ抜きになるかと思ったよ」 客たちの不満は、一瞬にして驚きと喜びに変わった。 フロアの空気は、ネガティブなものから完全にポジティブなものへと裏返った。 春菜は再び深く頭を下げた。「順番に口頭でご注文をお伺いいたします。お待たせして申し訳ありませんが、今しばらくお待ちください」 春菜が厨房に戻ると、木崎と田中がすでに新しい配置についていた。 メニューを3種類に絞り込んだことで、厨房の作業は極めて単純化される。「佐藤くん、オーダーが入ったら大きな声で読み上げて。私が伝票に書き留めるから。お会計は、入り口のカウンターに空のプラスチックケースを置くわ。1000円札か硬貨でいただいて、お釣りが出ないように協力をお願いしてちょうだい」「はい!」 佐藤がフロアに飛び出し、メモ帳を片手にテーブルを回り始めた。「テーブル2、ハンバーグ2つ!」 佐藤の大きな声が厨房に届く。「ハンバーグ2つ、入ります!」 春菜が伝票に書き込みながら復唱する。「ハンバーグ2つ、了解です!」 木崎が冷蔵庫から肉種を取り出し、手早く空気を抜いてフライパンに並べる。ジュワァッという心地よい音が響いた。「テーブル5、オムライス1つ、パスタ1つ!」
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151

「木崎くん、ハンバーグの焼き色いい感じね。オーブンに入れて。田中くん、パスタのソースは酸味を少し足してちょうだい。今日は外が暑いから、さっぱり食べられるようにしたいの」 春菜は全体の進行を見ながら、的確な口頭指示を出す。 自らもフライパンを握り、オムライスの卵を手首のスナップだけでふんわりと巻き上げる。 ケチャップライスの香ばしい匂いと、バターが焦げる甘い匂いが厨房を満たしていく。「オムライス、あがりました」「ハンバーグも出ます!」「パスタあがります!」 完成した料理が次々と配膳カウンターに並べられる。 佐藤がトレイに乗せて、小走りでフロアへ運んでいく。 メニューが3種類しかないため、調理の工程が途切れることはない。 提供スピードは、AIシステムが稼働していた時と全く変わっていなかった。「機械が止まっても、厨房の火は止めない。それが料理人よね」 春菜が汗を拭いながら笑顔を見せると、木崎と田中も充実した表情で頷いた。「昔を思い出しますね。モニターとにらめっこするのもいいですが、こういうアナログな戦いも嫌いじゃないです」 木崎がフライパンをあおりながら言う。「オーダーの声が聞こえると、自然と体が動きますよね」 田中もパスタの湯切りをしながら笑った。 フロアからは、運ばれてきた料理を楽しむ客たちの声が聞こえてきた。「うわあ、ハンバーグの肉汁すごい! ソースも絶品だ」「パスタの夏野菜が甘くて美味しい。これで1000円は本当に申し訳ないくらいだわ」 会計の際も1000円均一にした効果は絶大だった。「1000円ちょうど頂戴します。ありがとうございました!」 佐藤がプラスチックケースに1000円札を納め、笑顔で見送る。 お釣りのやり取りがほとんど発生しないため、レジスターが使えなくても会計の列ができることはなかった。 春菜はフライパンを振り続けながら、心地よい疲労感と達成感を感じていた。(この感触
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152

「敵のマルウェアがコアシステムにまで侵入しています。ファイアウォールは再構築しましたが、ローカルサーバーの再起動とクリーンアップには、少なくともあと数時間はかかります」 エンジニアのリーダーが、キーボードを叩きながら苦渋の表情で報告する。「数時間……今がランチタイムのピークなのに」 礼司は拳を強く握りしめた。爪が手のひらに食い込むほどの力だった。(私のシステムが、彼女の足を引っ張った……) 完璧を自負していた自らのシステムが、最も守るべき場所で機能不全に陥った。 ネクサスの波状攻撃を予測しきれず、結果として春菜の店を危険に晒してしまった。 その事実に、礼司はかつてないほどの自責の念に駆られていた。(灰谷の狙い通り、店は今頃、注文の取れない客たちの怒号と混乱に包まれているに違いない) ランチのピークタイムにシステムがダウンすれば、現場は完全に麻痺する。 客は注文できず、料理は提供されず、会計もできない。 春菜はどれほど心細い思いをしているだろうか。客からのクレームを一身に浴びて、パニックになっているのではないか。 あるいは店の信用を守るために、1人で客に頭を下げ続けているのかもしれない。 礼司の脳裏に、不安げな春菜の顔が浮かぶ。「引き続き復旧作業を急げ。どんな手段を使ってでも、1秒でも早くオンラインに戻すんだ」「は、はいっ」 礼司はエンジニアたちに厳命を下した。「社長、どちらへ?」「現場へ向かう。パニックを収拾しなければならない」 礼司はスーツのジャケットを掴み、システム管理室を飛び出した。 運転手は呼ばず、自ら地下駐車場の車に乗り込む。 エンジンをかけ、アクセルを踏み込んだ。 車は都内の道路を滑るように走り出す。しかし礼司にとっては周囲の景色がひどく遅く感じられた。 信号待ちで停車するたびに、ステアリングを握る手に力が入る。 灰谷圭への激しい怒り。そして、
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「ありがとうございました。またお待ちしております!」 佐藤の明るい声が響く。 出入り口付近で、数人の客が笑顔で店を出ていくところだった。「1000円でこんなに美味しいなんて最高だったよ。また絶対来ます」「夏野菜のパスタ、すごく美味しかったです。ごちそうさまでした」 客たちは満足げに佐藤に声をかけ、礼司の横を通り過ぎていく。 怒号もパニックも、そこには一切なかった。 店内にはまだ数組の客が残っており、和やかに食事を楽しんでいる。 テーブルの上には、手書きの伝票が置かれていた。 礼司は呆然とフロアを見渡した。「御堂社長……?」 厨房の入り口から、春菜が顔を出した。 白いコックコートにはわずかにデミグラスソースのシミが飛び散り、額には汗が光っている。 疲れている様子だが、彼女の顔にはやり遂げたという達成感と、明るい笑みが浮かんでいた。「どうされたんですか、そんなに急いで」 春菜は礼司の方へ歩み寄ってきた。 店内には、バターと肉の焼ける幸福な匂いがまだ色濃く残っている。「店は……混乱していないのか」 礼司が絞り出すように問うと、春菜は目を瞬かせた。「システムダウンの様子を見に来てくださったんですね。ええ、何とか乗り切りました」「乗り切っただって?」「システムが止まった時は少し焦りましたけど、メニューを3種類に絞って、1000円均一の現金払いに切り替えたんです。あとは手書きの伝票と口頭の指示で回しました」 春菜は事もなげに言った。 その表情は晴れやかで、料理人としての仕事をやりきった充実感に満ちている。「木崎くんも田中くんも、昔ながらのやり方に慣れていたので助かりました。お客様にも喜んでいただけたみたいで、よかったです」 礼司は言葉を失った。 システムダウンは、最新のIT店舗における絶体絶命のピンチだったはずだ。 それを春菜は
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154:温かな一杯

 怒涛のランチ営業が終わり、ハルナズ・キッチンのドアに『準備中』の木札が掛けらていた。 客席の隅のテーブルに腰を下ろした御堂礼司は、手元のタブレット端末から目を離さずにいた。 画面には、御堂ホールディングス本社のシステム管理室から送られてくるリアルタイムのデータが滝のように流れている。『社長。ネクサスからの攻撃は、依然として波状的に続いています。DDoS攻撃のトラフィック量は少し落ちましたが、代わりにシステムの脆弱性を探るような細かい不正アクセスが増加しています』 耳に取り付けたワイヤレスイヤホンから、エンジニアのリーダーの切迫した声が届いた。「現在の防衛ラインはどうなっている」 礼司は声を落として尋ねた。『本社側のファイアウォールでブロックを続けていますが、ハルナズ・キッチンのローカルサーバーは完全に切り離した状態のままです。再接続を試みれば、またすぐにダウンさせられる危険があります』「分かった。引き続き防御に徹しろ。私が戻るまで、ローカル環境への接続は許可しない」『了解しました』 礼司は通話を切り、イヤホンを外してテーブルに置いた。 タブレットの画面をオフにすると、暗いガラス面に自分の険しい顔が映り込んだ。(私のシステムが、彼女の城を危機に晒した) 礼司は深く息を吐き出した。 ネクサス・灰谷圭の標的は御堂ホールディングスのAIシステムそのもの。つまりプロトタイプ店舗であるハルナズ・キッチンは言わば人質に取られたようなものだった。 システムがダウンし、オーダーも決済もできなくなった時、この店は混乱の渦に飲み込まれるはずだった。 灰谷はそれを狙って、礼司はそれを防ぎきれなかった。 結果として、店は春菜の機転とスタッフの連携によって守られた。 アナログの手書き伝票と現金決済への切り替えと、メニューの絞り込み。 それらの判断が少しでも遅れていれば、店は客からのクレームであふれ返っていただろう。(私は常に完璧を求めてきた。そうして今の地位を築いた) 礼
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155

 どんなに強力なシステムを作っても、悪意を持って破壊しようとする外部からの攻撃を完全に防ぐことは難しい。 だが、そんな言い訳は礼司の辞書には存在しない。(彼女に泥を塗った。この屈辱、必ず灰谷に倍にして返してやる) 礼司の目に冷たい怒りが浮かんだ時だった。「御堂社長。お疲れ様です」 厨房の入り口から、春菜が声をかけてきた。◇◇ 春菜はお盆にスープカップを2つ乗せて、客席フロアへ出てきた。 客席でタブレットを睨みつけていた礼司が、顔を上げる。 彼の表情には普段の冷静さとは違う、どこか張り詰めたような焦りがあった。「仕込みの合間に、少し休憩しようと思いまして。よろしければ社長もいかがですか?」 春菜は礼司の向かいの席に座ると、スープカップを1つ差し出した。 こんがりと焼けたバゲットと、とろけるグリュイエールチーズが乗ったオニオングラタンスープだ。 グリュイエールチーズはチーズフォンデュでよく使われる種類のチーズで、オニオンスープにもよく合う。 カップから立ち上る湯気が、玉ねぎの甘い香りを運んでくる。「これは……?」 礼司がスープカップを見つめる。「まかない用に作っておいたものです。今日みたいな忙しい日は、みんなお腹が空くので。さっとお腹に入れられて、それでいて腹持ちのいいスープですよ」 春菜は自分のカップを手に取った。 礼司はスプーンを手に持つ前に、深く頭を下げた。「佐伯さん。すまない」「え?」「私のシステムが不甲斐ないばかりに、今日のランチタイムに多大な負担をかけてしまった。本来なら私が完璧に防ぐべきだったのに、君の店を危険に晒した。深くお詫びする」 礼司の言葉には、痛切な自責の念が込められていた。 大企業のトップが、ただの料理人に対してここまで素直に非を認めるのは異例のことだろう。彼がいかにこの店とシステムに責任を感じているかが伝わってくる。
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156

 春菜はスープを一口すする。玉ねぎの甘みが体に染み渡るようだった。「システムは道具です。どんなに優れた道具でも、時には調子が悪くなることもあります。そんな時は、使う人間がカバーすればいいだけです。普段は社長のシステムに助けられているんですから、たまには私がカバーする番ですよ」 春菜が事もなげに言うと、礼司は目を見開いた。「たまには君がカバーする番、か……」 礼司の口の中で、その言葉が繰り返される。「はい。木崎くんや田中くんも、久しぶりのアナログな営業を楽しんでいました。お客様も喜んで帰ってくれましたし、結果オーライです。だから、そんなに自分を責めないでください」 春菜は少し迷ってから続ける。「それに……私は、この店はチームだと思っています。私と、木崎くんたちスタッフと、御堂ホールディングス、つまり御堂社長のチームです。私たちはずっとシステムに支えられて、料理を作ってきました。トラブルが起きた時は、逆に支えるのが当然ではないでしょうか?」「チーム……」「あ、ごめんなさい。現場の料理人と最新のAIシステムを並べて語るなんて、おこがましいと思ったんですけど。チームというのも、私の素直な感想なんです」 黙する礼司に、春菜は少し慌てた口調でスープを勧めた。「冷めないうちにどうぞ。玉ねぎをじっくり飴色になるまで炒めたので、疲れた体には効くはずです」 礼司は無言でスプーンを手に取り、オニオングラタンスープをすくって口に運んだ。 咀嚼する彼の顔から、徐々にこわばりが消えていく。「……美味い」 礼司が低く呟く。「玉ねぎの甘さと、牛骨のスープの旨味がしっかりと溶け合っている。チーズのコクがそれを引き立てて、バゲットの食感もいい。とても温かい味だ」「よかったです。今日は朝からずっとシステム対応で休まれていないんでしょう? 少しは気が休まりましたか?」「ああ。君の料理には、いつも驚かされる」
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「佐伯さん。私は必ず、明日までにこのシステムをより強固なものにして戻す」 礼司の声には、一切の迷いがなかった。「もう二度と、君の厨房の火を脅かすような真似はさせない。私のすべてを懸けて、この城を守り抜いてみせる」 その言葉には春菜への強い信頼と、見えない敵への宣戦布告が込められていた。 春菜は礼司の目を見つめ返し、小さく頷いた。「はい。お待ちしています。私たちは明日も、ここで美味しい料理を用意して待っていますから」 礼司は残りのスープを飲み干し、静かに立ち上がった。「ごちそうさまでした。本社へ戻る。エンジニアたちに指示を出さなければならない」「はい。気をつけてくださいね」 礼司がエントランスのドアを開けて出ていくのを、春菜は見送った。 彼の背中は来た時よりも大きく、頼もしく見えた。 佐藤がフロアの奥から小走りでやってくる。「春菜さん。テーブルの片付け終わりました」「ありがとう、佐藤くん。じゃあディナーの仕込みの前に、少し休憩をもらいましょうか」「はい。いやあ、今日は本当に疲れましたね。でも、なんだか楽しかったです。システムは本当に便利なんだけど、今日の仕事は手作り感がありました」 佐藤が笑うのを見て、春菜も口元を緩めた。 システムが止まっても、店は動く。人がいれば、料理は出せる。 その確信が、ハルナズ・キッチンのチームをより強くしていた。◇◇ 御堂ホールディングス本社のシステム管理室は、冷房の冷たい空気が循環していた。 数十人のエンジニアたちがモニターに向かい、タイピングの音が絶え間なく続いている。 礼司が足早に入室すると、室内の空気が一段と引き締まった。「社長、戻られましたか」 リーダーのエンジニアが立ち上がる。「状況はどうなっている」 礼司は歩みを止めず、フロアの最前列にあるメインコンソールへ向かった。「ネクサス側の攻撃は続いていま
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「カウンターですか? しかし、相手は複数のダミーサーバーを経由してIPを偽装しています。逆探知には時間がかかりすぎますし、失敗すればこちらの内部構造を露呈することになります」 リーダーが懸念を口にするが、礼司の指はすでにキーボードの上を猛烈な速度で動き始めていた。「灰谷は私のシステムを過小評価している。人間の料理人に依存するアナログな店だと、高を括っているはずだ」 礼司の冷ややかな声が管理室に響く。「あの男は、すべてを数値でしか測れない。自分の用意した物量攻撃が通じていると思い込んでいる。ならば、その傲慢さを利用してやる」 礼司は画面上に、ハルナズ・キッチンのローカルサーバーの構造を呼び出した。 そして、その深部に意図的なセキュリティの穴を作り始めた。 それは一見するとシステムの致命的なバグに見えるが、実際には攻撃者を誘い込むための囮、すなわち『ハニーポット』だった。「社長、それは……わざと侵入経路を開けるんですか?」 背後でモニターを見ていたエンジニアが驚きの声を上げる。「そうだ。相手のマルウェアを、あえてこちらの管理下にある隔離領域に引き込む。そこでプログラムの挙動を解析し、彼らが接続を維持している経路を特定する」 礼司のタイピング速度がさらに上がる。 画面上に、複雑なトラップのコードが次々と構築されていく。「灰谷は必ずこの穴に食いつく。システムに致命的な脆弱性を見つけたと、歓喜して踏み込んでくるはずだ」 礼司はハニーポットの構築を終えて、エンターキーを強く叩いた。「罠の準備は完了した。全員、監視体制を最大に引き上げろ。相手が侵入してきた瞬間に、トラフィックのログをすべて記録し、逆探知のプログラムを走らせる」「了解しました!」 エンジニアたちが一斉に作業に戻る。 終わりのない防衛から攻勢に切り替える意志を以て、彼らは闘志を燃やしていた。 礼司はモニターに表示されたハニーポットのステータスを見つめた。 ただ待つだけではない。相手の悪
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159:礼司の反撃

 ネクサス本社の最上階に位置するCEOオフィスは、広大な面積を誇る。 けれども人間の生活感というものが一切存在しない、まさに無機質な空間だった。 灰谷圭は黒一色で統一されたデスクの前に座り、壁面に並べられた複数台の大型モニターを見上げている。 灰谷は30代半ば。男盛りの肉体を機能性のみを追求した仕立ての良いスーツで包み、感情の起伏をまったく感じさせない冷たい顔立ちをしていた。 室内の照明は絞られている。モニターから放たれる青白い光だけが彼の横顔を照らしていた。 空調は低めに設定され、サーバーを冷却するためのファンの音が微かに聞こえるだけだ。「CEO、報告します。御堂ホールディングスの防壁に、わずかな隙間が生じました」 背後に控えていたシステム運用部の責任者が、手元のタブレット端末から顔を上げて報告した。「隙間だと?」「はい。断続的なDDoS攻撃による負荷が原因と推測されますが、特定のポートにアクセス可能な経路ができています。ここから侵入すれば、ハルナズ・キッチンのローカルサーバーを経由して、本社のコアシステムの一部にも到達できる可能性があります」 灰谷は立ち上がり、モニターへと歩み寄った。 画面には、ハルナズ・キッチンのシステムを介して、御堂ホールディングスの中枢へ繋がるルートが可視化されている。「ほう。やはり人間が設計したシステムには、必ず限界が訪れる。御堂礼司といえども例外ではないということだ」 灰谷は口の端を少しだけ吊り上げた。 御堂はデータ解析とインフラ構築において、常に灰谷の先を行っていた。 過去のビジネスで何度も煮え湯を飲まされてきた記憶が、灰谷のプライドを暗く刺激する。「たかが飲食店のひとつを守るために、本体の防衛リソースを割いた結果がこれだ。守るべきものが増えればシステムは複雑化し、脆弱性を生む。御堂も地に落ちたものだね」 灰谷は冷笑した。 彼にとって、ビジネスとは数値を奪い合うゲームにすぎない。 飲食店で客が喜ぶ顔や料理人が流す汗など、利益を生み出すための変数としては
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