後刻、ホテルの副社長室にて、悠斗はデスクに座り、部下からの報告を受けていた。「佐伯シェフへの嫌がらせがあったと」「はい。一部のシェフが食材を冷凍庫に隠したようです。ですが彼女は誰にも助けを求めず、見事な技術で完璧な状態に解凍し、試作を成功させました」「そうか……」 部下の言葉に、悠斗は感嘆の息を漏らす。「あの状況で一人で対処したのか。それでいて僕に告げ口をすることもなく、見事にシェフたちの心まで掴んでみせた。誰にでもできることではない。彼女の芯の強さと実力には、驚かされるばかりだよ」 悠斗は窓の外の景色を眺める。(思った以上に素晴らしい人だ。本気で欲しくなってしまうな……) 悠斗の中で、春菜への評価と好意が高まった瞬間だった。 ◇ ◇ その翌朝のこと。 春菜は仕込みのために、一番乗りでホテルの厨房に入った。 照明のスイッチを入れる。 割り当てられた自分の調理台に向かった春菜は、違和感に気づいた。「あれ?」 まな板を置く台の高さが、足元のマットで数センチだけ上げられている。 右手を伸ばす位置に塩やスパイスのケースが並び、振り返ったすぐの場所にフライパンが整理されていた。 春菜の歩幅と腕の長さに合わせて、ミリ単位で最適化されているのだ。ハルナズ・キッチンの自分の厨房と全く同じ配置だった。 驚く春菜の背後から、複数の足音が聞こえてきた。「おはよう、佐伯シェフ。朝早くから感心だね」 悠斗が近づいてくる。 彼はどこか呆れたような笑みを浮かべていた。 何だろう? と思った春菜は気づいた。 彼の横には、ダークネイビーのスーツを着た御堂礼司の姿があったのだ。 早朝だというのに、礼司の身だしなみには一切の隙がない。「御堂社長。どうしてここに?」 春菜が尋ねると、悠斗が肩をすくめた。「我が社のフェアだというのに、御堂社長がどう
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