「君のその才能を開花させるのは、僕が用意する最高の舞台だ。コストや枠組みに囚われない、世界最高の食材を自由に使える厨房。連城ホテルで、君を待っているよ」 春菜への好意と自信に裏打ちされた宣言だった。 春菜が戸惑っていると、礼司が2人の間に割って入った。 彼は悠斗の手から春菜の腕を引き離し、自分の背後に隠すように立つ。「甘い言葉で彼女を惑わすな。最高の舞台を用意したところで、作業者の負担を軽減する環境がなければ、いずれ才能はすり減る」 礼司は悠斗を冷たく睨み据えた。「彼女の現場での業務を支え、最適な環境を構築するのは私のシステムだ。彼女のポテンシャルを最大限に引き出すのは、私にしかできない」「言ってくれるね」 夕暮れの街角で、2人の男の水面下の宣戦布告が行われた。 視線がぶつかり合い、バチバチと音が鳴りそうなほどの緊張感が漂う。 しかし。 当の春菜本人は、2人の背後で手帳を大事そうに胸に抱きかかえながら、全く別のことを考えていた。(お2人の期待はありがたいけれど、ちょっと重いわね。それより明日の朝は5時に厨房に入って、かぼすと山椒の仕入れを手配しないと。試作は3パターン用意して、ソースの粘度を微調整して……あ、豚肉の筋切りの手順も変えてみようかな) 鈍感な春菜は、2人の言葉をただの「仕事への過剰な期待とサポートの申し出」としか受け取っていなかった。 彼女の頭の中は、明日の厨房での試作手順のシミュレーションで完全に占められている。「それじゃあお2人とも、今日は本当にありがとうございました! 私、明日の仕込みの準備があるので、これで失礼します!」 春菜は深々と頭を下げると、2人の返事も待たずに駅へ向かって足早に歩き出した。 思いついた料理を試してみたくてたまらないのだ。「えっ」「春菜さん?」 後に残された悠斗と礼司は、春菜の遠ざかる背中を呆然と見送る。 やがて礼司がぽつりと呟いた。「……今日のところは引き分けだな」
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