All Chapters of 性悪婚約者に見世物にされた私を連れ去ったのは、黒い噂の財閥会長でした: Chapter 61 - Chapter 70

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61話

 3人でリビングに行くと、秋明が紫苑を見上げる。「紫苑、あれを百合に渡してやれ」「はい、秋明」 紫苑は持っていたカバンから封筒を出し、百合の前に置いた。封筒は品の良いゴールドと白を基調にした上品なデザインで、臙脂色のシーリングスタンプが押されている。「これは?」「招待状だ」「招待状?」「来月、高級ブランドの新作や、財閥の新ブランドをお披露目する商業パーティーがある。お前は同席し、俺の良き妻を演じろ」「いよいよね……」 緊張で招待状を握る手に力が入る。これまで何度が良き妻を演じたことはあるが、どれも1時間以下の短い時間だ。パーティーとなると、数時間も彼の妻を演じなくてはならない。何より、そういった格式高い場所での振る舞い方を知らない。「今から緊張してどうする」「秋明様、奥様はそういった場には、きっと慣れていないでしょう。それに、秋明様との外出も。おふたりで小規模のパーティーに参加して、場慣れさせてはいかがでしょう」「それもそうだな。百合、お前はこういったパーティーの経験は?」「ホテルの会場で行われるようなパーティーになら、3、4回くらいかしら。ちょうど、秋明さんと会ったような感じのものね」「一応あるにはあるのか。だが、心もとないな。それに紫苑の言う通り、俺との外出にも慣れておいた方が良いだろう。紫苑、再来週にでも、エトワールの人間を集めてパーティーをする。労いの意を込めたものだと言えば、参加するだろう。そこで百合を社員達に紹介すれば、手間も省ける」「私としては、秋明さんの関係者だって知られずに働きたいんだけど」 エトワールで働くことは確定しているが、特別視されることは避けたかった。「ダメだ」 遠慮がちに提案するも、ばっさり断られ、肩を落とす。「どうして?」「お前は俺のコネ入社だ。エトワールは今、特に求人を出していない。そんなところに経験がある新人なんて、怪しいだろう。それに、俺の妻だと分かれば、誰もお前に嫌がらせなどくだらんことをしないだろう」
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62話

 それから百合は、怒涛の日々を送るハメになった。淑女らしい振る舞いを覚えるためのマナー講師。海外出張の同行を想定した時のための英会話教室、スタイルキープのためのティラピス……。 他にも教養を身につけるために、あれこれやらされた。おかげで毎日、習い事を最低ふたつはさせられている。 時々秋明と共にランチやディナーをし、秋明の妻としての振る舞いを身につける。幸い多忙なおかげで話題に困ることはないが、良き妻を演じるのは苦労する。 今日は秋明が休みということもあって、朝からずっとデートをすることになった。食事はすべて外食。オペラ鑑賞をして感想を言い合ったり……。ずっと外にいるため、気が抜けない。(けど、パーティーに出たら、何時間も演じないといけないのよね) そう考えると、こうして長時間練習できるのはありがたかった。1日演じきれたら、きっと自信に繋がるだろう。 夕食を終えると、ホテルのスイートルームへ。「習い事をさせて半月か。まだ気になる点はいくつかあるが、学び始めて半月と考えると、及第点だろう」「そう、よかった……」 秋明からの評価を聞き、百合は胸を撫で下ろす。一流が集まる世界に長年いる秋明からの及第点は、百合にとって大きな価値がある。「英語の方はどうだ?」「基本的な会話なら、かろうじて……」「試してみるか」 英語でちょっとした会話をすると、秋明は小さくうなずく。「なるほど、悪くない。発音もいい」「でも、本当に短い文じゃないとダメ。長文話されると、混乱しちゃうの……」「それは慣れだな。だが、半月にしては悪くない」 秋明に褒められて嬉しくなる。最初はもっと厳しい人だと思っていたが、意外にも褒めて伸ばすタイプだったのが救いだ。「明日はいよいよ、エトワールの従業員達とパーティーだ。彼らは一般人だが、役員は富裕層で、パーティー慣れしている」「
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63話

 真剣な眼差しで手帳を見る秋明を、緊張した面持ちで見る。大丈夫だとは思うが、もし万が一ダメ出しをくらったら、明日パーティーに出席する自信がなくなってしまう。「確かに、これなら問題なさそうだ」 手帳と共に返ってきた言葉に安堵して、胸を撫で下ろす。「もう寝るぞ」「えぇ、おやすみなさい」 ベッドに潜ると、秋明に抱き寄せられる。かすかな緊張感と大きな安心感に包まれながら眠った。 翌朝、朝食を済ませると、パーティードレスに着替える。くすみピンクの落ち着きと可愛らしさがあるお気に入りのドレスだ。「行こうか、百合」 秋明は優しく笑いかけ、百合が掴みやすいように肘を差し出す。(もうスイッチを入れておけってことね)「そうね、秋明さん」 差し出された腕につかみ、一緒に部屋から出る。連れてこられたのは、ホテル内にあるパーティー会場だ。「秋明さん、ここは?」「今日使う会場だ。下見しておいたほうが安心できると思って、連れてきたんだ」「そうだったの、ありがとう」 広々とした会場で、スタッフ達がテーブルクロスを丸テーブルにかけたり、花を飾ったりしていた。「妻夫木様、奥様、お待ちしておりました」 女性スタッフがふたりに気づくと、優雅な足取りで近づき、一礼する。「彼女が場内を案内してくれる。行こうか」 女性スタッフは、ふたりが座る席や、出される予定の料理を教えてくれる。説明してくれた女性にお礼を言うと、ふたりは部屋に戻った。 パーティーは11時から始まる。今はまだ10時前。準備はほとんど終わっていたとはいえ、1時間もはやくいても、疲れてしまうだけ。「時間は有効に使わないとな。俺の膝の上に座れ」「はい……」 彼の膝の上に座ったことは何度かあるが、未だに慣れない。一緒に眠るより体が密着するせいか、緊張してしまう。 恐る恐る座ると、後ろから抱きしめられ、うなじに顔を埋められる。シトラスの香水がふ
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64話

 ふたりが会場に戻ったのは、15分前。会場には多くの人がいる。「これはこれは会長。本日はお招きいただき、感謝いたします」 明らかに秋明よりも歳を重ねた人々が、彼に気づくと挨拶をしに来る。中には60以上と思われる人物もいる。(本当に、とんでもない人の妻になっちゃったわね……) 彼の権力に圧倒されることは今まで何度かあったが、高級スーツやドレスを着こなしだ中高年が頭を下げているところを見ると、改めて秋明の凄さを実感する。「そちらのレディは?」 初老の男性は興味深そうに、それでも優しく気遣わしげな眼差しで、百合を見る。「彼女は私の妻です。来月からエトワールで働いてもらうので、挨拶をさせようと思いまして」「ほう、こんなに美しい女性と結婚なさるとは……。流石は妻夫木会長」「お初にお目にかかります。妻の百合と申します」「これはこれはご丁寧に。私は役員の磯貝と申します。旦那様にはお世話になりっぱなしですよ」初老の男性は名刺を百合に手渡し、握手を求める。名刺を受け取って握手をする。「他にも挨拶したい人がいる。またあとで」「はい」 妻夫木財閥の役員や幹部に挨拶をし終えると、席に座る。「パーティーが始まったら、ここにいる全員に紹介をするから、そのつもりで」「えぇ、分かってるわ」 ここにはエトワールの従業員が、つまり、これから百合の先輩になる人達が大勢来ている。彼らに自分が財閥会長の妻であり、後輩という扱いにくい存在であることを言わなくてはならない。(私だったら絶対嫌、そんな人と働くの) 会社のお偉いさんの身内と働くなんて、きっと窮屈だろう。そんな想いを彼らにさせてしまうと思うと、忍びない。「皆様、お集まりいただきありがとうございます」 司会者の一言で、会場が静まり返る。「これより、謝恩会を始めます。まずは会長から、ご挨拶をお願いいたします」 拍手をされながら、秋明と共に壇上に上がると、彼の斜め後ろで待機する。
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65話

「よくやった。後はパーティーを適当に楽しめばいい」「ありがとう、そうするわ」 百合は食事を楽しんだ後、エトワールの従業員達の元へ行く。「歓迎します、妻夫木さん」「うちが出す服はちょっと変わったコンセプトだったりしますので、困った時は遠慮なく聞いて下さいね」 エトワールのデザイナー達と話をしたが、皆いい人そうで安心した。何人かと連絡交換をし、あとで集まることになった。 パーティーが終わり、部屋に戻ると、また頭を撫でられた。ここまで甘やかしてくるのは珍しい。「悪くなかった」「よかった……。緊張したけど、楽しめたわ」「慣れればもっと楽しめるだろう。今日はもう好きに過ごせ」 緊張で体に力が入っていたのか、ベッドに座ると眠くなってしまった。なんとか起き上がり、メイクを落として着替えてから仮眠した。 そして商業パーティー当日。「すごい……!」 シックなワインレッドのドレスに身を包んだ百合は、会場で圧倒された。ホテルのパーティー会場よりも広く、会場内には新ブランドや、既存ブランドの新作が展示されている。 どの作品も洗練された上品なデザインで、眺めているだけで自然と背筋が伸びる。「きっと参考になるものもあるだろう。一緒に見て回ろうか」「いいの?」「あぁ、君の役に立てるなら、喜んで」 良い夫を演じる秋明にはまだ慣れないが、普段の仏頂面の彼よりも接しやすい。「どれも素敵ね……」「妻夫木様、少々よろしいでしょうか?」 40代くらいの男性が、遠慮がちに声をかけてきた。男性は百合に気づくと、一瞬気まずそうな顔をする。「百合、すまない。ちょっと大事な話をしてくる」「気にしないで」「できるだけはやく戻るから、この辺にいてくれ」 秋明は百合の頬にキスをしてから立ち去る。「これはちょっと、やり過ぎじゃな
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66話

「いい加減認めなさいよ、このパクリ女。あぁ、違ったわね。パクリ妄想女だったわ。私の彼を自分の婚約者だって思い込んでた、イタイ女だものね。今は誰が婚約者なの? 分かった、男漁りに来たのね?」「どこまでも卑しいネズミだな」 ふたりが笑うと、会場内の人々も百合を笑った。悔しさのあまり、歯を食いしばって震える。(卑しいのはどっちよ……!) 怒りのあまり声を荒げようとしたところで、肩に手を置かれる。見上げると秋明だった。「秋明さん……!」「百合、ひとりにしてすまなかった」 優しく笑いかける秋明に、安堵する。秋明は一度、矢絃を丸め込んだことがある。やり方は知らないが、きっと矢絃にとって、秋明は天敵だ。「俺の妻がなにか?」 秋明は妻という言葉を強調しながら言う。妻という言葉に、どよめきが走る。「おいおい、妻ぁ? 冗談はやめてくださいよ、会長殿。その乞食が可哀想だからって、そんな嘘つくなんて」「お優しいのね」 ふたりはまだヘラヘラしている。「百合」 名前を呼ばれて見上げると、キスをされた。あまりにも唐突なことに、声も出ない。「彼女は、百合は、俺の愛する妻だ。これ以上彼女を侮辱するのなら、容赦しない。今この場で誠心誠意謝罪すれば、なかったことにしてやる」 百合を抱き寄せて矢絃とマキを睨みつける秋明に、場内は騒然とする。「あの妻夫木秋明が結婚してただと!?」「そんなこと、聞いたことないわ」「でも、お似合いよ。それにあの女性が着てるのも、ハイブランドじゃない」 秋明の言葉に、場内の雰囲気が変わっていくのを肌で感じる。これほど秋明が心強いと感じたことはないかもしれない。「謝罪するより、痛い目に遭うことをお望みのようだな」 謝ろうとしないふたりに、秋明は1歩前に出る。秋明に気圧され、ふたりは後ずさる。「悪かったよ」「ごめんなさいね」 ふた
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67話

「秋明さん、ありがとう。私はもう、大丈夫だから」「そう? ならいいんだけど……」 秋明は気遣わしげに百合を見下ろし、優しく背中をさする。たとえ演技でも、気遣いが嬉しかった。「あのふたり、お似合いね」「美男美女で絵になるわ」「私だって、秋明様を狙ってたのに、悔しい」 羨む声と嫉妬する声が聞こえた。やはり秋明は、令嬢達からも人気があるようだ。「皆様、お騒がせして申し訳ございません。大事な妻を侮辱され、恥ずかしながら、抑えることができませんでした」 困ったように笑いながら言う秋明に、拍手と称賛が送られる。(上手いことやるわね) 百合は感心しながら秋明を見上げた。彼の演技力と機転には脱帽する。「百合、疲れただろう? 少し、席を外そうか」「えぇ、そうね」 実際、矢絃達と遭遇したことで、精神的にどっと疲れてしまった。秋明にエスコートされ、会場を出る。連れてこられたのは小さな個室だ。「この部屋は?」 百合は室内を見回す。あるのはベッド、小さな冷蔵庫、2人用のテーブルセットのみ。「体調を崩した人が休んだり、秘密の恋人たちが密会するのに使ったりする部屋だ。表の札で、部屋を使用していることを伝えるから、誰かが間違って入ってくることはない。それに、鍵もかけられる」 秋明は説明しながら鍵をかける。「冷蔵庫のドリンクは、好きに飲んでかまわない」 そう言いながら水を出し、1本を百合に差し出す。「ありがとう」 百合は受け取ると、一気に半分ほど飲む。冷たい水が胃に流れ落ち、少しだけ怒りや悔しさが落ち着いた。「まったく、あそこまで低俗な連中だったとはな」 ベッドに座り、秋明はうんざりしたように言う。百合は同意してうなずく。彼らのしたことはあまりにも幼稚で、下劣な行為だ。どうしたらあそこまで人格が歪むのか、不思議でならない。「5分で気持ちを切り替えろ。5分後にここを出て戻るからな」
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68話

「奥さん思いなのですね。素晴らしいことです」「妻を思いやるのは当然のことでしょう? そうですね、発表はもっと先の予定でしたが、ご紹介しましょう。私の妻、百合です。さぁ、百合、ご挨拶を」 軽く背中を押され、前に出る。先程500mlの水を飲み干したばかりだというのに、緊張でまた喉が乾いていく。「皆様、お初にお目にかかります。秋明さんの妻です。ファッションデザイナーをしています」 百合が緊張で声が震えないように気をつけながら、挨拶をして一礼すると、祝福の声が上がる。「結婚式はいつ頃ご予定ですか?」「もちろん式はしますが、まだ未定です。新婚は忙しいんです。ご結婚されたあなたなら分かるでしょう? それに妻はとても繊細ですから、ひとつずつ進めているんですよ」 他にも馴れ初めやプロポーズについて、様々なことをあれこれ聞かれたが、秋明は見事な嘘を並べ立てた。彼の口から出る馴れ初めも思い出もプロポーズも、すべて嘘なのに、矛盾がどこにもない。百合は秋明の即興の作り話と、注目を集めるカリスマ性に驚きながらも、横で微笑を浮かべて時折相槌を打っていた。「さぁ、もう私達のことはいいでしょう。今回のメインは、新ブランドや新作の発表なのですから」「そうでしたな。予想外のニュースに興奮してしまいました」「ファッションデザイナーということは、いずれ奥様の作品も、このパーティーで発表されることがあるかもしれませんわね。楽しみにしていますわ」 ようやく人々に解放され、小さく息を吐く。「百合、俺達も楽しもうか」「えぇ、そうね」 秋明のエスコートで、再び会場内を見て回る。初めての商業パーティーは、百合にとっていい刺激となった。矢絃達と予期せぬトラブルこそあれど、様々な服やファッションショーを見れたおかげで、そんなことなど忘れるくらいに楽しめた。「夢のような時間だったわ、連れてきてくれてありがとう」 帰りのリムジンで、百合は興奮気味に言う。「楽しめたようでなによりです」 紫苑は冷たいお茶を差し出しながら笑いかける。
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69話

 家につくと、3人でまっすぐリビングに行く。テーブルの上にはたくさんの本と、プラスチック製のケース、スケッチブックなどが置いてある。「これは?」「まずは座れ」 秋明に促されて本の前に座ると、プラスチックケースを手渡される。ケースの大きさはA4サイズくらいで、厚みは5センチ程度と、さほどない。蓋は半透明になっていて中が見える。中は細かく仕切られていて、それぞれに宝石と思われる石が入っている。「前に、ジュエリーデザイナーの勉強をしてみる気はないか、と聞いたのを覚えているか?」「えぇ、覚えてるわ。けど、提案であって、強制ではないって」「あぁ、強制ではない。だが、あれば興味がわいた時にすぐ触れるだろう? それに、お前の仕事に役立つ知識も身につくかもしれない」 そう言われても、ジュエリーデザイナーになるつもりはない。参考になるものはあるかもしれないが、そこまで時間があるとも思えなかった。「何度も言うが、強制ではない。少しでも興味があるなら、作業場でも、お前の部屋でも、好きなところに置けばいい。興味がなかったら、物置部屋にでも置いておく」「せっかくだし、作業場に置いておくわ。あなたの言う通り、なにか役立つかもしれないし」「紫苑」「はい」 名前を呼ばれた紫苑は、本とプラスチックケースを持つ。「百合、一緒に行ってこい」「分かったわ」 紫苑と一緒に作業場に行き、奥のテーブルの上に置いてもらう。「あとで整理するから、テーブルの上にお願い」「かしこまりました」「それにしても秋明さんは、何を考えてるのかしら? 私、前にはっきりジュエリーデザイナーになるつもりはないって言ったのに……」「旦那様なりに、奥様のことを想っているんですよ」「そうなのかしら? 紫苑、あなたなにか知ってるんじゃない?」 紫苑は秋明の秘書だ。百合には、秘書以上の存在に見える。そんな彼なら、きっと秋明の思惑を聞かされているかもしれない。聞かされていなかったとし
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70話

 秋明は本から目を離さずに返事をする。「しばらくハードスケジュールが続いただろう。それに契約上、お前の母親の安全も保証しなくてはならないからな。顔を見て、母親が安全に暮らしてるか確認してこい。連絡はもうしてある。4、5日くらい泊まってこい」「そんなにいいの?」 百合は驚いて聞き返す。てっきり、長くて2日程度だと思っていた。「明日から、それくらい出張する予定なんでな。習い事があるとはいえ、使用人と家にいるのも退屈だろう。泊まってる間は、習い事も休んでいい」「ありがとう。お言葉に甘えさせてもらうわ」「今日からでも構わん。もし今日から泊まるつもりなら、紫苑に送ってもらえ」「どうなさいますか、奥様」「そうね、今日から行くわ。荷物まとめてくる」 百合は躍るような足取りで自室に行き、荷物をまとめる。といっても、着替えとスキンケア用品とスケッチブックくらいだ。歯磨きセットはケースがないから持っていけない。それなら、コンビニで買えばいい。「お待たせ。途中コンビニに寄ってくれる? 歯磨きセットを買いたいの」「かしこまりました。では、行きましょうか」 リムジンで母の家に行くと、藤子は小さな畑に水やりをしていた。「紫苑、送ってくれてありがとう」「いえいえ。どうぞ楽しんで」 リムジンから降りて近づくと、藤子はようやく百合に気づいた。彼女は娘の顔を見た途端、花が咲いたように笑った。「百合! 明日からだと思ってた」「明日のほうがよかった?」「ううん、会えて嬉しい。さ、あがって」「水やりは?」「ちょうど終わったところだからいいの」 藤子と一緒に家に入る。居間の真ん中にはちゃぶ台と座布団。どことなくレトロな雰囲気で落ち着く。 藤子はお茶を淹れて、お茶請けと一緒に持ってきた。「どう? 結婚生活は順調?」「えぇ、順調よ。ねぇ聞いて! 秋明さん、私がほしいって言ってた車を買ってくれたの。昔乗ってた軽自動車と同じ車種。今度
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