All Chapters of 性悪婚約者に見世物にされた私を連れ去ったのは、黒い噂の財閥会長でした: Chapter 81 - Chapter 90

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81話

「話は以上だ」 秋明は書斎に入っていく。百合は出されたチョコやオレンジジュースを口にしてから2階に行った。 入浴後、百合はひとり用寝室で、パスポートの取得方法を調べてから眠った。 1ヶ月後、広々とした会場で、百合は白いマーメイドドレスを着て、秋明の隣に立っていた。 壇上で挨拶をした後、秋明と一緒に挨拶をして回る。秋明は誰が何をしている人なのか教えてくれるが、百合はそれどころではない。(どうしてあの紋章がここにあるの?) ちらりと壇上を見る。壇上のバックには妻夫木家の紋章旗が飾られている。その紋章は、以前母から受け取ったシグネットリングに刻まれていた獅子の紋章と同じデザインだ。(母さんは、私は、何者なの?) そのことが気になって、パーティーどころじゃなかった。「百合、大丈夫か? ぼーっとしてるけど……。もしかして、具合悪い?」 秋明は気遣わしげに百合の顔を覗き込んでくる。「ごめんなさい、緊張しちゃって……」「そうか、こういう場に慣れてないもんな。百合ならすぐに慣れるさ」「そうだといいけど……」 百合は隙を見て、紋章旗の写真を撮った。(調べなきゃ……。これは流石に、偶然で片付く問題じゃない) 撮った写真を確認すると、秋明の元へ行き、良き妻を演じた。 パーティーが終わってリムジンに乗ると、百合は背もたれに身を預けた。(私には、慣れそうにないわ……) 社交の場には何度か顔を出しているが、おべっかの言い合いにも、きらびやかな会場にも慣れない。落ち着ける場所がなくて、息が詰まりそうになる。「百合、俺に何か隠してるな?」 鋭い視線と言葉を投げかけられ、ドキッとする。その顔はさっきまでの理想の夫から、冷徹な財閥会長に変わっていた。「隠し事はするな。契約違反だ」「ここじゃちょっと……。帰ったら話すわ……」 百合は紫苑と運転席をちらりと見てから言う。「分かった」 それ以上
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82話

「分かりました。では、まずはあなたのご両親についてお聞かせください」「はい……」 百合は知っていることをすべて探偵に話した。探偵はメモをしながら話を聞く。「なるほど……。何か分かったら連絡します」「お願いします」 百合は探偵に一礼すると、探偵事務所を後にしてまっすぐ帰る。(これで何か分かればいいけど……) 不安を胸に車を走らせる。百合は財閥が持つ紋章の意味を知らない。紋章どころか、家紋の知識すらない。 同じ紋章ということは、血縁者の可能性もある。なんとなくそんな気がしている。もし万が一、秋明と血の繋がりがあったらと思うと、気が気でなかった。 3日後、探偵事務所から連絡が来た。仕事帰りに探偵事務所に行く。「この獅子の紋章は、財閥一族の紋章だということが分かりました」「一族? それって、血縁者ってことですか?」「いえ、財閥の一族は少々特殊でして。一族というより、連合や同盟と言ったほうが分かりやすいかもしれませんね」「同盟?」「はい。例えば、A家とB家は、赤の他人ですが、思想が同じです。両家は助け合うことを誓い、同じ紋章を持つ、といった感じですかね」 探偵の説明に、百合は安堵する。どうやら秋明とは血の繋がりはないようだ。だが、ひとつ新しい疑問が生じる。「ということは、母さんは、財閥令嬢だったってこと、ですか?」「えぇ、そうです。現在分かっているのはそれだけで、あなたのお母様が分家の人間なのか、本家の人間なのかはまだ分かりませんが……。藤子様のお父様、百合さんのお祖父様ですね。お祖父様は宝石店を起ち上げ、成功を収めていたそうです」「宝石店? それに本家に分家って?」 宝石店と聞いて、秋明が百合にやたらジュエリーデザイナーにならないか聞いてきたことを思い出す。(そのことと関係があるのかしら?)「一族のリーダーを本家、それ以外を分家と呼ぶんです。宝石店の方ですが、店の名前などはまだ不明ですが、成功していたというのに、忽然と消えたのですよ。ですので、情報を集めるのが少々困難でして」 百合は100万円をテーブルの上に置く。これは百合の貯金から捻出した100万円だ。秋明のことを調べるのに、彼からもらったお金を使うのは気が引けた。「お金はいくらでも払います。徹底的に調べてください」「分かりました。何か掴めたら、またご連絡します」「お願
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83話

「ぐがあっ!?」 矢絃と揉み合っていると、男の悲鳴が聞こえた。 百合も矢絃も何事かと男の方を見ると、彼は倒れて痙攣しており、男を冷たい目で見下ろし、スタンガンを片手にした秋明がいた。 秋明は倒れた男を蹴り飛ばし、催涙スプレーをかける。男は悶絶してアスファルトの上を転げ回った。「ぎゃああああっ!!! 目、目がああぁっ!」 男は両手で目を押さえ、足をバタバタさせる。彼の大きく長い足は、ワゴン車を何度も蹴り飛ばした。「秋明さん!」 途端に希望で胸が満ち、彼の名前を呼ぶ。矢絃は百合を行かせまいと、彼女の腕を強く握った。「なんでここに!?」「俺のものに手を出すとは、いい度胸だな」「お前が百合を手に入れても、意味なんかないだろうが!」 矢絃は百合を後部座席に押しやると、秋明に殴りかかる。百合が起き上がる前に秋明は矢絃の拳を避け、彼の腹に蹴りを入れた。「ぐっ! くっそ……!」 矢絃は後部座席から出てきた百合を見て嫌な笑みを浮かべると、ナイフで百合に襲いかかる。「死ねアバズレ!」(逃げなきゃ!) 頭では分かっていても、体は恐怖で動けない。「チッ……!」 秋明が百合の前に躍り出るのとほぼ同時に、秋明の悲鳴が聞こえた。彼の大きな背中で隠れて見えないが、アスファルトに鮮血が垂れ流れるのが見え、彼が怪我をしたと知る。「秋明さん!」「お前は下がってろ!」 秋明の傷を見ようと隣に行こうとするも、怒鳴られて動きを止める。 秋明はネクタイを外して手に巻き付けると、矢絃を殴った。「がっ……!」 鈍い音と悲鳴。そして矢絃が倒れる音。恐る恐る秋明の後ろから覗き込むと、矢絃は腹を抱えて倒れていた。 矢絃は腹を抱えながらふらふら立ち上がると、車に入る。「今日のところは引いてやる。けど、鍵を手に入れても、金庫は俺
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84話

 ほどなくして救急車が来た。百合は車から降りると、手を大きく振って居場所を知らせた。「ナイフで腕を切られたんです。一応消毒はしてあります」「腕も心臓の上で固定して、適切な処置ですね。動けますか?」「あぁ……」 秋明は弱々しく返事をすると、救急隊員の肩を借りながら救急車に乗る。 百合は一緒に救急車に乗ると、紫苑に自分が誘拐されかけたこと、秋明が自分をかばって怪我をしたこと、今救急車に乗っていること、病院に向かっていることをメールで伝えた。 紫苑からすぐに返事が来て、どこの病院に搬送するか分かったら教えてほしいと書かれていた。 百合は救急隊員達の会話に耳を傾け、病院が分かると、紫苑にメールで知らせる。 病院につくと、傷を縫うために秋明は処置室に連れて行かれる。「奥様……!」 紫苑は息を弾ませながら、廊下のベンチに座る百合に駆け寄る。「はやかったわね」「ちょうど近くにいたので。秋明様はどちらに?」「今、傷を縫合してるわ」 医者が出てくるのとほぼ同時に、百合のスマホが鳴った。ディスプレイを見ると非通知設定になっていた。いつもなら出ないが、嫌な予感がする。「紫苑、電話してくるから、代わりに話を聞いておいてくれる?」「はい、かしこまりました」 百合は外に向かいながら電話に出た。「今病院なの。どこの誰か知らないけど、ちょっと待って」 それだけ言うと、スマホを耳から離して外に出る。切れてるかもしれないと思いながら耳にあてると、小さな物音がした。「もしもし?」『俺を待たせるとはいい度胸だな』 それは矢絃の声だった。「矢絃さん……! あなた、どういうつもり?」 矢絃の連絡先はすべてブロック済みだ。きっと部下のスマホでも借りているのだろう。『うるさい。お前は俺のところに帰ってこい』「嫌よ。ね
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85話

「契約を破る気か?」 秋明は百合を睨みつけるが、百合にはどうすることもできない。「そうやって奥様を脅さないでください。奥様、ダメですからね」「えっと……」 百合はふたりを交互に見てオロオロする。百合としては休んでほしいし、腕を怪我しているのにパソコン作業などしたら、治りが遅くなるような気がする。だが、持ってこなければ契約違反だ。「分かりました、こうしましょう。お医者様に聞いて、OKが出たら持ってきます」「いいだろう」「奥様、もう少ししたらお医者様が説明をしに来ますので、お待ち下さい」「分かったわ。秋明さん。私としては契約違反するつもりはないけど、無理をしてほしくないの」 秋明を見つめながらお願いすると、彼は諦めたようにため息をつく。「分かった、休めばいいんだろ」「ふふ、奥様には弱いんですね」 紫苑が楽しそうに言うと、秋明は顔をしかめる。「勘違いするな。これ以上心配されても鬱陶しいから休むんだ」「素直じゃないんですから」「おい、ニヤニヤするな」 百合はあたたかい目でふたりを見る。紫苑といる秋明はいつもより子供っぽくて人間味がある。仕事中の冷たい秋明や、外面を良くするために演技をしている秋明よりも、今の秋明の方が好感が持てる。「着替え、持ってきましょうか?」「一晩様子を見るだけだからいい。それより、警察に言ったりするなよ」 秋明に言われ、警察に通報していなかったことを思い出す。大量の血を見て、とにかく秋明を助けなければと必死で、すっかり忘れていたのである。「警察のこと、忘れてたわ」「そのままでいろ。自分でどうにかする」「分かったわ」「随分素直だな。警察に行けと騒ぐと思ったが」 秋明は不思議そうに百合を見上げる。「だって、あなたには自分でどうにかする力があるもの。前の職場の件がニュースにならなかったのも、秋明さんの力なんじゃない?」
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86話

「お店?」 百合の言葉に、紫苑は小首をかしげる。「それとも道路だったかしら? 秋明さんの車、放置されてるの……」 思い出そうとするが、焦っていたせいで正確な位置は思い出せない。「でしたら、回収しに行きましょうか。奥様、秋明様のお車の運転、頼めますか?」 うなずきたいところだが、百合は軽自動車しか乗ったことがない。そんな自分が左ハンドルの大きな車を乗れるとは思えなかった。「ごめんなさい、自信がないわ……」「左ハンドルですからね。それなら、ルリとマリに回収してもらいましょう。少々お待ちを」 紫苑はスマホで双子に連絡を入れる。「おまたせしました。行きましょうか」「そうね」 紫苑の車で帰宅すると、双子が庭で待っていた。「ルリ、マリ。秋明様の車をお願いします」「いいですけど、どのへんにあるんですか?」「私が教えるわ」 百合がだいたいの場所を教えると、双子は紫苑から鍵を受け取って車を回収しに行った。 紫苑と共に家の中に入ると、彼は紅茶を淹れてくれる。「どうぞ」「ありがとう」 紅茶をひと口飲み、息を吐いて気持ちを落ち着かせる。「そうね、どこから話そうかしら」 揺れる紅茶を眺めながら、ぽつりと呟くように言う。百合は紫苑がどこまで知っているのかを、把握していない。「私がストーカーされてた話って、秋明さんから聞いてた?」「ストーカー? 初耳です」 紫苑の表情が険しくなる。紫苑になら話しているとてっきり思っていたものだから、百合は意外に思った。「気付いた時から、1ヶ月も経ってないと思うわ。誰かにつけられてるような気配があったの。それで秋明さんに相談したら、習い事をリモートでできるようにしてくれたり、出かける時は、双子ちゃんのどちらかを連れて行くように言ってくれて……」「なるほど、双子に頼んだから、私に声をかけなかったのでしょう。犯人は、そのストーカーだったのですか?」「分からない……。けど、関係があると思うの」「奥様は、加害者の顔を見たんですよね? どんな人だったんですか?」「熊谷矢絃よ。あの人、私を誘拐しようとしたの。秋明さんは、私を助けようとして、あんな怪我を……」「熊谷が……。奥様も大変でしたね。本日は、どうぞごゆっくりお休みください。私なりに調査してみますので」 一礼して出ていこうとする紫苑の腕を、百合は咄嗟に掴んだ
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87話

「意味……」 その意味を知りたくて聞いたが、肝心なことは聞けそうにない。(やっぱり、秋明さんに聞くしかないのかしら? 鍵の意味も含めて) 鍵についても聞きたかったが、この様子では紫苑も知らなそうだ。「奥様。もしまた誰かにつけられているような気がしたら、私にもご連絡ください。私も調べてみますから」「ありがとう、紫苑。そうするわ」 双子が帰ってきたらしく、外から車の音が聞こえる。双子はリビングに来ると、紫苑に鍵を返した。「道路の片隅に停めてあって、違反切符が貼られてました」「こちらで処理をして、あとで請求で大丈夫ですか?」「えぇ、それで構いません。ふたり共ありがとうございます」 紫苑が礼を言うと、双子は嬉しそうに笑った。どうやら双子は、紫苑に懐いているようだ。「では、私はこれで。ルリ、マリ。奥様をしっかりとお守りするのですよ」「はい」「もちろんです」 双子の返事を聞くと、紫苑は百合に一礼して帰っていった。「奥様。今日は私達がこの家に泊まりますので、安心して眠ってくださいね」「ありがとう、ふたり共。心強いわ」 その晩、百合はなかなか寝付けなかった。誘拐未遂に流血沙汰。そして矢絃が言ってた鍵。日中の恐怖と疑惑が、睡魔を遠ざけていた。「そうだ……」 百合はスマホを手繰り寄せ、熊谷家について検索する。期待はあまりしていないが、大企業でなにかあれば、ニュースになっていると思ったのだ。「これって……」 出てきたのは、矢絃の父親が亡くなり、矢絃が社長になったという記事。矢絃の父親が亡くなったのは、約1ヶ月前のこと。つけられ始めた時期とかぶる。 だが、それが何を意味しているのかまったく分からない。百合はスマホをサイドテーブルに置くと、毛布をかぶって目を閉じた。眠気はないが、目を閉じて休むくらいはしないといけない。明日は仕事なのだから。 
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88話

「宝生家は、一族の本家だったのですよ」「なんですって?」「あなたのお母様……、藤子様は、没落した財閥のひとり娘です」「どうして、宝生家は没落したんですか?」「以前もお伝えしましたが、宝生家は、あなたのお祖父様が、アレグリアという宝石店を始めました。斬新なデザインのアクセサリーが多く、アレグリアは誰もが知る有名宝石店となりました。ですが、お祖父様が ご高齢となり、藤子様の旦那様であり、アレグリアの社員である英樹様が社長になりました」「私の父が原因で、アレグリアは潰れたんですか?」「いえ、アレグリアは英樹様になってからも好調でした。しかし、英樹様は事故死なさいました。経緯はまだ不明ですが、アレグリアは熊谷家に奪われ、潰されたのです……」「そんなことが……。私、何も知らなかったわ……」「どうやら吉蔵様……。お祖父様の遺産は、行方不明になっているそうで」「行方不明ですって?」「憶測でしかないのですが、おそらく、熊谷家が……」きっと鍵とは、そのことだ。直感でそう思った。そして、秋明が百合と結婚したのも、それが理由だろう。そう考えると、すべての辻褄が合うのだ。「他に分かったことは?」「いえ、現段階ではここまでです」百合は大金が入った封筒を探偵に差し出す。百合の貯金は底をつき、秋明の金を持ってきたが、今は罪悪感だなんだと、生ぬるいことを言っている場合ではない。「調査を続けてください。足りなかったら、いつでも言ってください。すぐ払いに来ますから」「あ、ちょっと……!」探偵の制止も聞かずに百合は事務所から出ていく。「まいったなぁ……。これ以上関わると、命が危ういんだが」封筒を見ると、自然と頬が緩む。確実に100万は入ってる。「ま、いいか。大金を得るには、リスクが伴う」探偵は懐に封筒を押し込んだ。百合は夜風に吹かれながら思考を回す。以前秋明の部屋で見た封筒に書いてあったのは、アレグリアだ。帰宅した百合は、秋明の怪我をしてない方の腕を掴む。「いきなりなんだ」「全部答えて。あなたと熊谷矢絃の狙いは、私が相続する予定の遺産なんでしょ?」「まったく、いきなり何を言い出すかと思えば……。なんだ、その妄想は。お前は一般人だろう」呆れ返る秋明に腹が立ち、封筒をテーブルに叩きつける。探偵事務所の文字に、秋明は目を丸くする。「何を調べた?」「私の
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88話

「言ったでしょ、調べたって。ずっと引っかかってたの。どうして一般人の私を、あんな好条件の契約で拾ったのか。誘拐未遂の時、矢絃さんが言ってた鍵は、なんのことだったのか……。おそらく、うちの遺産が入った金庫でも熊谷家にあるんでしょうね。そしてあなたと矢絃さんは、私が暗証番号か、そのヒントを知ってると思ったんじゃない?」「それは……」 珍しく言い淀む秋明に、百合はすべてを察した。「あなたにとって、私は駒だったのね。だから優しくしてくれてたのね。最低!」 怒りや悔しさが込み上げ、叫び散らす。思ったより大きな声が出たが、そんなこと気にする余裕すらないくらい、百合の中に負の感情が渦巻いていた。「違う! 話を聞いてくれ!」「嫌よ! 金にがめつい人の話なんか聞いてたら、耳が腐っちゃうわ!」 百合は秋明を思いっきり押し、部屋に戻って鍵をかけると、荷物をまとめる。その間、秋明が慌てて部屋に向かってきているのが聞こえる。(そんなに私に出ていかれたら困るの? もう財閥会長するくらいお金持ちなのに、そんなに遺産がほしいの?) 嫌悪感でめまいがする。一刻も早く、この家から出ていきたい。「百合、待て! 誤解だ!」 秋明は焦った様子で、ドアを叩きながら訴える。だが、百合にはチープな演技にしか見えない。「聞きたくないって言ったでしょ! こんな家出てってやるんだから!」「契約違反だぞ!」 契約違反という言葉に、怒りのボルテージが一気に上昇した。「何が契約よ! バッカじゃないの!」 声を荒げながらも、百合は頭を回転させた。今出ていったら、秋明に捕まって終わる。だったら、彼が家にいない時にでも出ていけばいい。それか、寝ている時にでも。 百合はまとめ終わった荷物をドアの近くに置くと、ベッドに潜って頭から布団を被った。その間もずっと、秋明は契約違反だとか、逃げられると思うなだとか、声をかけ続ける。実にバカバカしい。「分かった、今はひとりにしてやる。冷静になったら話し合おう」 足音が遠ざかっていくのを聞き、ため息をつく。(私、なんでこんなに傷ついてるの?) 百合は、秋明が百合自身すら知らなかった彼女の正体や、遺産のことを知っていたことと、彼が百合の遺産のために自分に近づいたと知り、ショックを受けている自分に困惑する。「いいえ、もう、ごまかすのはやめましょう……」 
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89話

 上を見ると、南京錠がついていた。「そんな……!」 絶望に打ちひしがれていると、腕を掴まれる。「来い、話がある」 百合はその腕を振り払おうとするが、成人男性に力でかなうはずもなく、振りほどけない。「いや! 離して! あなたなんかといたくない!」「百合、頼むから俺に強硬手段を使わせないでくれ」 強硬手段という言葉に、感情が冷えていく。軽蔑は怒りに変わり、爆発する。「強硬手段ですって? 脅しのつもり? 本当に最低!」「違う! 話を聞けと言ってるだろう! 俺は話を聞いてほしいだけだ!」「へぇ、話ねぇ。言っておきますけどねぇ、私は少し前まで、母が財閥の生き残りだったって知らなかったの。祖父の遺産の在り処も、暗証番号も知らないの。遺産欲しさに私と結婚したんでしょうけど、あてが外れたわね。分かったらさっさと離婚したらどうなの!?」「はぁ、分かった。いくらでも時間をやる。だから、冷静になってくれ。あとで話そう」 秋明は諦めたように言うと、寝室に戻る。「私はもう、あなたの優しさに騙されたりしないから」 百合は遠ざかる背中にそう言って部屋に戻ると、契約書を引っ張り出した。「どこかに逃げ道が……」 契約の穴を見つけようと、何度も契約書を読み返したが、気持ちが高ぶっているせいか、頭がうまく働かない。「はぁ、後でにしよう……」 それからの生活は地獄だった。会社への送迎は双子がしたし、どこかに出かけるにも双子か紫苑がついてくる。断っても、秋明からの命令だと言われる。完全にひとりになれる時間がない。 夜は契約で秋明の相手をさせられる日々。秋明との夜伽なんて、嫌で嫌で仕方がないはずなのに、毎回失神するほど感じてしまっている。 そして今夜も、仕方なく寝室で秋明を待っている。その間、下腹部が期待でうずいてしまう。我ながら卑しい体だ。よりによって、あんな男を求めて火照ってしまうだなんて。
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