All Chapters of 性悪婚約者に見世物にされた私を連れ去ったのは、黒い噂の財閥会長でした: Chapter 101 - Chapter 109

109 Chapters

100話

 迷った挙げ句、百合は自宅に帰ることにした。秋明の書斎に入り、鍵付きの引き出しを開ける。引き出しの中は以前と同じだ。 百合は椅子に座ると、封筒を手に取り、アレグリアの文字を指先でなぞる。アレグリアがどんな宝石店だったのかは、百合は知らない。存在自体を知ったのも、最近だ。「ここに、手がかりが……」 ずっと見たいと思っていたのに、真実が近づいていると思うと、言いようのない恐怖に手が止まってしまう。「もう、情けないわね、私ったら。知るために探偵を雇ったりしてたのに。はっきりさせないと意味ないでしょ」 自分にそう言い聞かせ、封筒を開けた。中には数枚の写真と、書類が入っている。「これは……」 写真は昔のもので、若い宝生夫妻が、赤ん坊を抱っこして店の前で笑っている。看板には、アレグリアと書かれていた。 他の写真には、幼稚園児くらいの百合や、店内が写っている。最後の1枚に、百合は釘付けになった。「もしかして、これって……!」 写っていたのは、ひとつのネックレス。台座にはドーム状の赤い宝石がはめ込まれており、宝石には薔薇が彫刻されている。「これが、ローズジュエリー……」 古い写真越しでも、その美しさや繊細さが伝わる。実物はもっと美しいだろう。矢絃や秋明が欲しがるのもうなずける。この技術を手に入れたら、きっと売れる。 しばらく写真を眺めた後、書類に目を通す。書類には、アレグリアの売上が書かれていた。どの数字も好調に見える。こうして見ると、アレグリアが愛されていたと分かるが、潰れた理由は分からない。「よし、行こう……!」 百合は書類や写真を封筒に戻すと、クリアファイルに入れ、大きめのバッグにしまい、車を走らせた。 ついたのは藤子の家。どうやら収穫を終えたらしく、畑はがらんとしていた。 インターホンを押すと、藤子が眠そうに目をこすりながら出てきた。「あら百合! 
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101話

「懐かしいわ……。でも、どうして百合がこんな写真を?」「シグネットリングと、妻夫木財閥の紋章が同じだったから色々調べたの。ねぇ、母さん。熊谷家と何があったの? 秋明さんは、私が相続するはずの遺産は、熊谷家にあるって言ってたわ」「流石は律子さんの息子さんね。そこまで分かってたなんて」 藤子は力なく笑った。懐古と諦めが入り混じった笑みに、胸が痛む。「秋明さんのこと、知ってたの?」「知ってたというより、なんとなくそんな気がしたの。目元が律子さんにそっくりだったから」 藤子は1枚の写真を手に取る。それは藤子と律子が並んで写っている写真だ。「律子さんとは、仲が良かったの。同じ時期に妊娠してね。それで、お互いを励ましたりしてたわ。私達の夫は仲が悪かったし、律子さん達が引っ越してしまったから、それっきりなんだけどね」「そう……。ねぇ、どうしてアレグリアは潰れたの?」「騙されたのよ……。あぁ、本当に情けないわ……」 藤子は悔しそうに拳を握る。彼女は怒りで震えていた。「私は箱入り娘でね。働いた経験なんてないし、経営なんてさっぱりだったの。夫が亡くなった喪失感もあって、あの頃の私は冷静でいられなかった……。アレグリアの他の従業員達は、誰も社長をやりたがらなかったし、私にもできない。途方に暮れていた私に声をかけたのが、矢絃さんのお父様……」「もしかして、あの契約って……」「えぇ、熊谷学さんと契約したの。最初はね、優秀な経営者を貸してもらう代わりに、母さんが時給1200円で、使用人として働くっていう契約だったの。でも、私が金庫の番号を知らないと知ると、契約内容を書き換えて、時給を下げたの。それからどんどん内容を変えられて、百合まで巻き込むことになってしまって……。本当に、情けない母親でごめんね」「情けないなんて思ってないわ。一応確認だけど、金庫
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102話

 帰宅した百合は、探偵からの情報、秋明と藤子から聞いた話を自分なりにノートにまとめてみた。「……なんで熊谷矢絃は、金庫を壊さないのかしら?」 まとめて出たのは、素朴な疑問。熊谷家だって大手企業で金はたくさんある。それなら鍵師を呼ぶなり、破壊するなりすればいい。「中身が繊細なものか、金庫が特殊か……。なんにせよ、私がいないと開けられないと思ってるみたいだけど……」 乏しい知識で金庫を想像してみるが、SF映画に出てくるような金庫しか想像できなかった。「バカなこと考えてないで、私にできることをしないと」 百合はスマホを手に取り、エトワールに電話をかけた。「もしもし? お世話になってます。妻夫木百合です」『百合さん、どうしたんですか?』「勝手は重々承知ですが、エトワールを辞めます」 その頃、秋明の病室には紫苑が来ていた。「で、中務はなんて?」「てんで話になりませんよ。妻夫木財閥に恨みこそあれど、奥様を誘拐した理由はそれではないと言うんですから?」「どういうことだ?」「ギャンブル感覚だったんですよ。もし秋明様が来なければ、秋明様は奥様を見殺しにするような冷たい男だと、週刊誌などに売るつもりだったそうです。来たら来たで、妻夫木財閥に損害が出る。そう考えていたようで……」 呆れ返りながら報告する紫苑に、秋明はため息をつく。「バックがいるはずだ」「えぇ、そう思って色々聞きましたが、答えてくれませんでした」「生ぬるいんじゃないのか?」「残念ながら、盾になるものがなかったんです」「なんだと?」 秋明は眉間にシワを寄せる。人間誰しも、弱みがある。特に家族、友人、恋人は、弱みとして最適だ。こういった業界にいれば、それ以外でも、世間に知られたらまずいことを抱えていたりするものだ。「家族はいないのか?」「中務正樹は、由緒正しい呉服屋に産まれました。ですが、家族と反りが合わずに出ていき、和ニカケを起ち上げたんですよ。交流は広く浅く、特に親しいと呼べる人もいません。試しに家族をチラつかせましたが、始末してくれたら泣いて喜ぶと言われましたよ……」「すごいな。家族なんかどうでもいいと言ってても、いざ名前を出すと動揺するヤツが多いのに」「感心してる場合ですか」 紫苑は眉間のシワを深くし、秋明を睨む。秋明は立場が危うくなっても、焦った様子を見せることは
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103話

 秋明が入院している間、百合は忙しなく動いていた。護身術や経営についてを学び、習得していく。護身術は体を動かして学べるからいいが、経営について学ぶのは苦労した。分からないことも、考えることも多すぎる。 経営セミナーや護身術教室に通い、合間に自分なりに経営について勉強をする。 本当はジュエリーデザイナーの勉強もしたいが、今は経営の勉強で精一杯だ。「秋明さんは、利益を投げうって私を助けてくれたんだもの……。このままじゃいけないわ」 中務正樹に誘拐された時、百合は秋明が来るとは思わなかった。来てもボディガードか紫苑だと思っていた。だからこそ、秋明が商談ではなく自分を選んだことがこれ以上ないくらい嬉しかった。 利益より感情と人命を優先してくれた秋明に見合うためには、最低限でも自立は必要だ。そのためにも会社を設立するつもりだ。できればアレグリアのためにもジュエリーデザイナーとしての知識や実力をつけておきたかったが、残念ながらそこまでの余裕はない。 学び始めてから3日目、秋明からメールが来た。「なにかしら?」 本当は見舞いに行きたかったが、今は少しでも休んでほしくて、あえて顔を出していなかった。メールを開き、百合は困惑した。『話がある。できるだけはやく病院に来い』「話って、なんなの……」 そわそわして落ち着かない。何か特別にトラウマがあるというわけではないが、昔から「話がある」と言われると、身構えてしまうのだ。 護身術教室から帰ってきたばかりで、ジャージ姿だ。汗もかいている。百合はシャワーを浴びて外行きの服に着替えると、病院に足を運んだ。「失礼しまーす……」 恐る恐る病室のドアを開けると、秋明は怪訝な顔をして百合を見る。「はやく来い」「え、えぇ……」 曖昧に笑い、ベッドの横にある椅子に座る。気分は説教を待つ子供だ。「それで、その……。話って?」「お前、エトワールを辞めたそうだな。どういうつもりだ?」 それは純粋な問いかけ。言葉の裏に、刺々しさは一切ない。(相談せずに辞めたのは、よくなかったわね……) 今更ながら、勝手に辞めたことを反省する。「勝手に辞めたのはごめんなさい。けど、私なりに考えがあるの」 百合はまっすぐ秋明を見つめる。ベッドにその身を横たえている秋明は、少し小さく見えた。「私は今まで、何も知らずに、秋明さんに頼り切
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104話

「盗み聞きとは悪趣味だな、紫苑」 秋明は睨みつけるが、紫苑は楽しそうに笑っている。(流石は幼馴染……。秋明さんの怖い顔に動じないなんて……) 童顔で可愛い顔をした紫苑だが、その見た目に反して肝が据わっている。秋明は凄んでも無駄だと悟ったのか、ため息をつく。「いつからそこにいた?」「秋明様が奥様に、何故辞めたのか聞いたあたりからですね」「ほとんどずっとじゃないか」「大事な話をしていたので、廊下で待ってました」「まったく……。それで、何しに来た?」「中務正樹のところに行ったので、ご報告に」 中務の名前を聞き、百合に緊張が走る。すっかり忘れていたが、あの男も銃弾が当たって入院していた。「熊谷矢絃との繋がりを認めました」「熊谷だと?」 秋明は眉間にシワを寄せる。「百合の誘拐に、あの男も関わってたのか……」「中務の言葉を信じるのなら、関わっているといっても、ガッツリ関わってるわけではなさそうです」「間接的にってことか?」「おそらく。熊谷矢絃と手は組んだけど、今回の誘拐は、少し手を貸してもらっただけ、としか答えないんです」「そこまで喋ったなら、全部話せばいいものを……」「それが……。奥様になら、全部お話するとおっしゃっていまして……」 紫苑は困ったように百合を見て、秋明はテーブルを叩いて怒りを露わにする。指名された本人は、困惑した。「どうして私なのかしら?」「まずは当事者に話すのが筋だとか……」「俺も充分当事者だがな」 秋明は苦い顔をする。脇腹を撃たれた秋明は、医者から絶対安静を言い渡されており、ベッドから出られない。正樹は正樹で太ももを撃たれて思うように動けないだろう。「私、中務のところに行くわ。紫苑、案内してちょうだい」「バカなことを言うな。病院とはいえ、何をするか分からない相手のところに、お前を行かせられるか」「言ったでしょ、守られてばかりはもう嫌って。大丈夫、無理はしない」 しばらく見つめ合っていたが、秋明はため息をつき、ベッドにもたれかかる。「紫苑、案内してやれ。中務の病室前で待機だ」「はい、秋明様。奥様、行きましょうか」「えぇ。ありがとう、秋明さん」 秋明はそっぽを向き、返事もしない。それでも、秋明に少しだけ認められた気がして嬉しかった。 紫苑の案内で、中務正樹の病室に行く。秋明のふたつ隣のVIP用
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105話

「深い意味はあらへんよ。ただ、君だけ呼ぶって、映画のワンシーンみたいで、意味深な感じせぇへん?」「は?」 理解できずに思わず素っ頓狂な声を出すと、正樹はケタケタ笑う。「あっはは! えぇ反応するなぁ。っと、いたた……」 傷に障ったのか、顔をしかめる。それでも正樹はどことなく楽しそう。「はぁ、銃弾なんか受けるモンやないなぁ。百合ちゃんも気ぃつけるんやで」 どう返していいか分からずに黙っていると、正樹は力なく笑った。「ここ、笑うところなんやけど」「いいから、話して」「はいはい。相変わらずそっけないなぁ。ま、そういうところも好きやけど」 軽口を叩く正樹にイラっとした百合は、バッグを振り上げた。「冗談やって。妻夫木の妻やっとるだけあって、怖いなぁ」「はやく話しなさい」「その前に、百合ちゃんはシオン、やっけ? あれから話は聞いとるん?」「そうよ、だからここに来たの」「そらそうか。失礼しました。あの秘書くんにも言うた通り、熊谷サンとは手ぇ組んどるよ。前に商業パーティーで、君と熊谷サンがバチバチしとったやろ? あそこに俺もおったんや」 初めて参加した商業パーティーのことを思い返す。あの時百合は、熊谷矢絃とその恋人のマキに、パクリだなんだと言われたのだ。確かにあの会場には、和ニカケの新作も展示されていた。「それで熊谷サンと手ぇ組めば、妻夫木財閥に傷をつけるくらいはできる思うたんや」「そんな理由で、あの人と組んだの?」「和ニカケは、ある意味まっさらな会社なんよ。裏との繋がりなんて、なーんもあらへん。そないな会社が妻夫木財閥に喧嘩売っても、潰されるだけや。けど、熊谷サンも、妻夫木財閥と同じく裏との繋がりがあるやろ? その上、妻夫木財閥を恨んどる。せやから手ぇ組んだわけやけど、あかんかった……」 正樹は虚空を見つめる。彼が何を思っているのか、百合には想像することすらできない。「私の誘拐に、あの人はどれくらい関わってるの?」「君を眠らせた睡
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106話

「大丈夫でしたか?」 正樹の病室から出ると、紫苑が心配そうに百合の顔を覗き込む。「えぇ、大丈夫よ。秋明さんの病室に戻りましょう」「はい」 百合は秋明の病室に戻ると、正樹から聞いたことすべてを伝えた。「ふん、思わせぶりな態度を取っておきながら、大した情報がない。つまらん男だ」 話を聞いた秋明は、吐き捨てるように言う。これには百合も同意だ。「ここまでの失敗をしたんだ。熊谷矢絃には、見捨てられただろう。中務正樹は、もう警戒する必要はない」「そうね。けど、あの誘拐が囮だったっていうのが気がかりだわ……」「分かってる。紫苑、調べておけ」「かしこまりました」「百合、念の為出かける時はあの双子を連れて行け。何かあったら困る」「分かったわ」「奥様、家までお送りしますよ」「ありがとう」 百合と紫苑は病室を後にすると、家に帰る。紫苑は百合を下ろすと、調べごとがあるからと行ってしまった。「厄介なことにならないといいけど……」 紫苑を見送りながら、ぽつりと呟く。 スマホが鳴り、メールが来たことを知らせる。「誰かしら?」 確認してみると母からで、遺言書を取りに来いとのことだった。 その頃秋明は、第2秘書に内密に持ってこさせたノートパソコンを枕の下から出し、起動させる。「やはり秘書は、2、3人いたほうがいいな。紫苑に頼んだら、持ってきてもらえるどころか、説教される……」 起動するのを待つ間、そんな独り言を言う。前回怪我で入院した時も、怪我人は安静にしてろと言われ、パソコンを持ってきてもらえなかったのだ。 秋明は自社ブランドの株や売上をチェックし、渋い顔をする。「おかしい……」 過去のデータを何度も見返す。どういうわけか、ほぼ同時期に、何10社もの株や売上が緩やかに落ち始めているのだ。ほんの2、3社なら、ただの偶然で済ませることができただろう。 さすがに20社以上の売上が同時期に落ちるのは、どう考えてもおかしい。秋明は紫苑に電話をかけた。『秋明様、どうなさいました?』「20社以上の売上が、同時期に下がっている。なにがあったのか調べてくれ」『かしこまりました。ですが、秋明様?』「なんだ?」『どうやってパソコンを持ち込んだんですか?』 紫苑の声は明るいが、どこかヒヤッとするものがある。「スマホで株を見てただけだ」『つくならもう少
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107話

 百合はマリを連れ、藤子の家に行った。マリは家庭菜園を眺めながら、外で待機する。「百合、おかえりなさい。外で待ってる子は?」 藤子は訝しげな目で、外にいるマリを見ている。「ただいま、母さん。あの子はマリちゃん。お手伝い兼護衛なの。秋明さんが、最近物騒だから連れて行けって言うから、ついてきてもらったの」「そうだったの……。入れてあげたいけど、事が事だから……。そうだ、ちょっと待っててくれる?」 藤子は台所に行く。彼女はペットボトルのお茶を持ってきて、百合に手渡した。「マリちゃんに渡してきてくれる?」「分かったわ」 百合は外に出ると、マリにお茶を差し出す。「マリちゃん、これ。母さんから」「わぁ、ありがとうございます」 マリは嬉しそうに受け取ると、早速ひと口飲んだ。「はぁ、生き返る……。藤子様に、ありがとうございますと伝えていただけますか」「えぇ、もちろん。マリちゃん、なんなら近場で涼んできてもいいのよ?」「いえ、今回は護衛ですので、お庭で待たせていただきます」「そう? つらくなったらすぐに言って」 百合はちらりと空を見る。9月上旬の曇りだが、まだ蒸し暑い。「お気遣い、ありがとうございます。暑さでやられそうになったら、車に避難するので大丈夫です」「できるだけはやく終わらせるから」 百合は家の中に戻ると、藤子の向かいに座った。藤子は1通の古びた封筒を、百合に差し出す。「これが、お父さんからの遺言書よ。中身は見てないから、私にも、何が書かれてるのか分からないの」「父さんからの……」 百合は慎重に封筒を手にする。カサリとした手触りとかすかに漂う古びたにおいが、短い歴史を感じさせた。「ねぇ、父さんって、どんな人?」 百合は初めて父について藤子に聞いた。父に関する記憶は、ほとんどない。父親
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108話

 数日後、秋明が退院して帰ってきた。紫苑が付き添いと荷物持ちをし、一緒に家に入ってくる。「おかえりなさい、秋明さん。帰って来るなら、連絡くれればよかったのに」「色々立て込んでてな。百合、少し話がある。リビングに行くぞ」「え? えぇ」 百合は戸惑いながらも秋明と共にリビングへ行く。ルリがすかさず3人分のお茶を持ってきた。少し遅れて紫苑が来ると、秋明は自分の向いに座るように促した。「紫苑、お前も座れ」「はい」 秘書である紫苑が座ることは滅多にない。百合はとんでもないことが起きているのだと身構える。「実はここ数日、妻夫木財閥が抱える会社の売上や株が、ほぼ同時に下がっていてな」 秋明は紫苑に目配せをする。紫苑は小さくうなずき、口を開く。「各社の責任者達に聞いた結果、優秀な社員達が次々に辞めているんです。そちらも、示し合わせたように、同時期に……」「それって、誰かが裏で辞めるように仕向けてるってこと?」 百合の問いに、秋明がうなずく。「どうやら、そうらしい。まだ、しっかりした証拠は出てきていないが、幹部の山本五郎という男が怪しい。専属の探偵に調べさせているところだ。まだ推測の域を出ないが、山本が他社と組んで、引き抜きに協力している可能性が他界。」「ねぇ、どうして私にそんな話を? 会社の話をされても、私には知識なんてないわ……」 できることなら力になりたいが、一介のファッションデザイナーが出る幕ではない。「熊谷矢絃が絡んでる可能性がある。だからお前に話した」「なんですって!?」 驚くのと同時に、矢絃の執念にぞっとする。いったい何がそこまで彼を動かしているのか、百合には分からない。「斎賀を呼べ」 秋明は紫苑に命じる。「斎賀って、斎賀梓さん? 彼女を呼び出してどうするの? 彼女、デザイナーであって、幹部とかじゃないでしょ」「ある意味、幹部よりも信頼できる」「連れてきます」
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