جميع فصول : الفصل -الفصل 190

331 فصول

第181話

紗耶は満足そうに笑った。「私の意見を聞いてくれて、よかったね」宗一郎を助けたことをきっかけに、二人の距離は以前よりずっと近くなっている。蓮も、紗耶の言うことなら無下にはしない。征司はスマホをポケットにしまい、蓮に目を向けた。「事業計画書も見ずに、リスクや実現性を検討しなくていいのか?」それらは投資を決める前に、最低限確認しておくべきことだ。蓮は気にした様子もなく答えた。「もともとは澪から詳しい話を聞くつもりだったけど、あの態度だろ?そこまでしてアカリ製薬に金を出す必要もないし、紗耶も実現は難しいって言ってる。もう調べなくてもいいと思うけど」蓮は、このプロジェクトが成功するとは思っていない。もし本当に成功すれば、業界を一変させる特許技術となり、アカリ製薬の企業価値は何兆円規模にまで跳ね上がるだろう。だが、今のアカリ製薬にそんな実力があるとは到底思えない。出資するなら、いずれ紗耶が開発するAI問診ロボットのほうが、まだ期待できそうだ。征司はそれ以上何も言わず、ただ一つだけ事実を告げた。「アカリ製薬は、一回目の資金調達だけで四十億円に達してる。出資者もかなり多い」まったく予想外の数字に、蓮だけでなく紗耶も驚いた。それほど集まっているとは、二人とも予想していなかった。征司はメッセージに返信しながら続けた。「フェイが開発を率いるという噂が出回ってる。多くの投資家は、その名に惹かれて集まっているんだ」蓮の顔から笑みが消えた。もしかすると、自分の判断が間違っているのだろうか。紗耶の目にも驚きが走った。そしてふと、澪が今アカリ製薬にいることを思い出した。知之はまた澪をこのプロジェクトにねじ込み、何もしていないのに実績だけを得ようとしているのだろうか。その頃、澪が臨床試験センターに着くと、ドキュメンタリー番組のスタッフがカメラを設置しているところだった。撮影はあと三日続く予定だが、幸いにも彼らの通常業務に支障はない。固定カメラや遠隔撮影が中心で、スタッフの存在を忘れてしまうほどだ。澪は臨床試験センターで数時間を過ごした。その間に賢一から電話があり、出張先から戻ったと知らされた。「森宮社長から連絡があってな。近いうちに一度会いたいと言ってきている」澪には、征司の目的がすぐに分かっ
اقرأ المزيد

第182話

腕を強く引かれ、澪が振り向いた時には、振り下ろされた手が目の前に迫っている。あまりに突然のことで、澪は一瞬、何が起きたのか分からなかった。すぐに身をかわそうとしたが、その前に誰かが彼女を後ろに引き寄せた。「まだ何も分かってない。はっきりするまで待て」低く抑えた彰人の声が響いた。澪が顔を上げると、彰人はまだ彼女の腕をつかんだまま、無意識的に澪の前に立ちはだかっていた。紗耶が振り下ろした手は彰人に阻まれ、まるで澪をかばっているような、ひどくちぐはぐな光景になっている。彼らは何の話をしているのかも、なぜ急にこんなことになったのかも、澪にはさっぱり分からない。遅れてやって来た征司も、彰人のその反応を見た。彼は感情を読ませない目で彰人を見つめた。紗耶も一瞬固まった。まさか彰人が澪をかばうとは思わなかった。もう少しで、澪に一発お返しできるところだったのに。「彰人さん?」紗耶の目には失望の色が浮かんでいる。その時になってようやく、澪も状況をのみ込んだ。仕事を終えようとしていたところで、いきなりこんな騒ぎに巻き込まれ、さすがにいい顔はできない。彰人の手から腕を引き抜くと、目の前の人たちを冷ややかに見据えた。「何のつもり?いきなり何なの?」紗耶は凍りつくような目で澪を睨みつけ、信じられないといった様子で怒鳴った。「子どもを実験台に使うなんて、よくそんなことができるわね。自分の手柄のためなら何をしてもいいっていうの?澪、あなた人としてどうかしてるわ!」根拠も示さないまま、一方的に責め立てられるのは澪が最も嫌うことだ。彼女は苛立ちを隠さず、紗耶の言葉を遮った。「大げさなことはいいから、要点だけを話しなさい」澪がまるで悪びれた様子を見せないことに、紗耶の目はさらに冷えた。「律樹が急性アレルギーを起こしたの!血液検査の結果、心・脳血管の治療薬に含まれる成分が、体内に過剰に入っていたことが分かった。今、治療を受けてるんだけど、血液検査の結果が出たの。アカリ製薬が今開発してる新薬の成分が検出されたわ!」澪は言葉を失った。まさか自分がそんなふうに疑われ、さすがに彼女も呆れて笑うしかない。「子どもを実験に使うっていうの?私が?」「違うとでも言うの?自分の成功のために、律樹に持病があるのをい
اقرأ المزيد

第183話

紗耶は唇を噛みしめ、知之に向き直った。「榊さん、弟にこんなことが起きて、つい取り乱してしまいました。どうかご理解ください。別に榊さんに責任を問おうというわけではありません。でも、今回の件はあまりにも悪質です。もし世間に知られれば、病院の信用は大きく傷つきます。アカリ製薬の臨床試験も、このまま続けるのは難しくなるでしょう。命を軽んじていると見なされれば、無事に市販化できたとしても、誰がそんな薬を買いますか?」それを聞いて、澪はようやく紗耶の狙いを悟った。「病院とアカリ製薬のことを考えて、この件は外には漏らしません。できるだけ影響が出ないようにします。でも……」紗耶は冷ややかに澪を見た。「それにアカリ製薬は、手術支援ロボットの開発に向けて出資を募っている最中でしょう。今回のことが表に出れば、新規プロジェクトにも大打撃です。資金調達に失敗すれば、なおさら大きな損失になります。ですから榊さん、澪さんをこのプロジェクトから外し、今後の臨床試験にも関わらせないでください。新薬の開発者として名前を載せないでいただきたいです。もしよければ、私が協力しても構いません」澪は少しも驚かなかった。やはり、紗耶の狙いはそこなのだ。この件を利用して、開発者として自分の名前を残そうとしている。ずいぶんと欲張りな話だ。知之の顔も険しくなった。普段は温厚な彼でも、さすがに言葉に詰まった。紗耶のその言い分は、彼に澪を切り捨てるよう迫るものだった。「いいよ。降りてあげる」澪は一切ためらわず、即答した。あまりのあっさりした返事に、その場の空気が凍りついた。征司も、ライターを弄っている手をわずかに止め、澪に視線を向けた。彰人も表情を変えた。「澪、本気か?お前はただの研究員だぞ。新薬の開発者として名前を載せてもらうには、最後までプロジェクトに関わらなきゃならない。それでも手放すのか?」もし澪が知之のように、発言権や決定権を持つ立場なら話は別だ。しかし、彼女はただの研究員で、アカリ製薬で立場は弱く、発言力もない。新薬の開発も、ようやく完成が見えてきたところだ。ここで降りたら、本当に何も残らないかもしれない。澪は彰人の言葉には耳を貸さず、紗耶をまっすぐ見た。「私が身を引くのは、自分があんなことをやったと認めるわけじゃない。新薬
اقرأ المزيد

第184話

病院を出た後、澪は知之と今回の件について話し合った。病院には規則があり、病室は患者のプライバシーに関わるため、防犯カメラを設置できない。さらに、和漢医学科の病棟と臨床試験センターは廊下を挟んで向かい合っている。臨床試験センター側もカメラを慎重に設置していて、律樹の病室はちょうど死角になっている。これでは、律樹に関する疑いを晴らすのは難しい。「うちの治験薬はどんな投与量でも記録に残し、申請を出さなきゃならない。誰でも勝手に臨床試験センターから持ち出せるものじゃない。それなのに律樹が服用したとなれば、明らかに君とアカリ製薬を狙ったものだ。単なる事故とは思えない」澪はうなずいた。「今回の件は、どう考えても私を犯人に仕立てるためのものよ。しかも、私と紗耶たちの間には実際に確執がある。誰が見ても、私がやったと思うでしょうね」つまり、今回の件は完全に澪を破滅させるための罠だ。世間もその信憑性を疑おうとはしないだろう。知之は眉をひそめた。「この件が外部に漏れれば、影響は計り知れない。病院は医療事故の批判の矢面に立たされるし、薬の臨床試験も中止に追い込まれるかもしれない。特に今は資金調達の最中だ。少しでも悪い噂が立てば、大きな損失になる」澪は、これが自分を追い詰めて潰すための罠だと分かっている。偶然が重なりすぎれば……それは果たして偶然と言えるのか?澪は取り乱してはいないが、それでも申し訳なさそうに言った。「私のせいだわ。病院もアカリ製薬も、完全なとばっちりだよ」紗耶はS総合病院を正面から敵に回す度胸などないだろう。それでも、病院が多少の巻き添えを食うのは避けられない。知之は澪の額を軽く叩いた。「君のせいじゃない。感傷的になるなよ」澪はようやく口元を緩めた。「ただ、紗耶は計算違いだったな。君はただの研究員じゃなく、プロジェクト全体を任されている責任者だ。臨床試験に出なくても、開発者として名前が載る立場だ。これまで現場に出ていたのは、最後まで責任を持って仕事をしていただけだ」知之は鼻で笑った。最初から澪の身分を公にしなかったことが、思わぬ形で役に立った。紗耶は今ごろ、澪をプロジェクトから追い出したこと、開発者として名前を載せられないようにできたことで、喜んでいるだろう。「まずは世論を抑えて、事態が大きくならな
اقرأ المزيد

第185話

彰人は相変わらず、傍観者の立場から好き勝手に言っている。澪も一人の人間として、ちゃんと尊厳もあれば、譲れない信念もある。そのことを、彼はまるで分かっていない。征司に助けを求めるなど、あり得ない。澪はスマホの画面を消し、返信しなかった。翌日、澪はもう一度S総合病院の臨床試験センターへ向かった。長い間ここで研究を続けてきたため、まだ書き出していないデータがかなり残っている。離れる前に、すべて整理しておく必要がある。律樹の容体については、知之を通じて詳しい状況を聞いた。確かに急性アレルギーで、気道も塞がっていたという。投与量がもう少し多ければ、命に関わる事態になっていただろう。幸い、律樹は普通の子より体格がよく、抵抗力も強いため、大事には至らなかった。作業を終え、アカリ製薬に戻った澪は、ビルの前で見慣れた黒いマイバッハに気づいた。そのマイバッハは、隣のオフィスビルの前に止まっている。征司が車から降りると、その会社の幹部たちがにこやかに出迎えた。そのとき、征司がふと顔を上げ、アカリ製薬のビルに入ろうとしている澪の姿を一瞬で捉えた。二人の視線が、少し離れた場所で重なった。彼は顔立ちが気高く冷ややかで、人混みの中でもひときわ目立っていた。澪は、昨日彰人から送られてきたメッセージをふと思い出した。征司に頼ってみるという、あの助言だ。まさか翌日に本人と顔を合わせることになるとは。澪はすぐに目をそらし、征司など知らない人間のように、そのままアカリ製薬に入っていった。助けを求めるなど、あり得ない。自分で解決できることは、離婚した相手に頭を下げてまでする必要はない。たとえ一人でどうにもならなくなっても、彼に頭を下げることは絶対にない。澪は振り返りもせず、迷いのない足取りで立ち去った。征司はその後ろ姿を二秒ほど見つめてから、隣のビルに入っていった。澪はそのまま研究室へ向かおうとしたが、途中で知之に呼び止められた。「まずいことになった」澪は足を止め、知之を見た。「どういうこと?」知之は険しい顔で答えた。「律樹の件が外に漏れた。プロジェクトに出資する予定だった企業が、次々に手を引こうとしてる。契約書には、プロジェクトに影響しかねないネガティブな話題が出た場合は、違約金なしで撤退できると明
اقرأ المزيد

第186話

征司はまだ大勢の人に囲まれている。人垣の中心に立ち、片手でスーツのボタンを留めながら、落ち着いた目をこちらへ向けている。二つのビルは隣接していて、距離もそれほど離れていないため、聡祐の声はことさら鮮明に響いた。澪は一瞬ためらった。征司がその会社でそんなに長く話をしていたとは思わなかった。よりによってこんな場面に出くわすとは。澪が返事をしないため、聡祐はさらに一歩近づいた。最初から断らせるつもりなどないようだ。「アカリ製薬に立て直す手立てがあるとしても、信用を取り戻すには時間がかかります。君はアカリ製薬の社員でしょう?俺の出資を引き出せば、社内での評価も一気に上がります。これは絶対に損のない取引ですよ」澪は顔を上げ、自信に満ちた聡祐の目を見返して、答えようとした。そのとき、一台の車が征司の前に止まった。征司は澪のほうをちらりと見ただけで、すぐに視線を外した。たまたま他人の恋愛沙汰を目にしたような無関心な視線だ。彼は間もなく離婚する妻がどんな返事をするのかにはこれっぽっちも興味がない様子で車に乗り込んだ。澪は気に留めることなく、聡祐の申し出を冷静に考えた。聡祐は彼女の白い頬を見つめながら言った。「条件を受けるなら、僕とH市へ行って、何日かゆっくり過ごしませんか。契約なら、いつでも結べますよ」彼の目に浮かぶ征服欲を、澪は見逃さなかった。しかし、彼の気持ちが純粋かどうかなんて、どうでもいい。「陸原さんがここまで誠意を見せてくださるのなら、食事くらいお付き合いします」澪は少しも動じることなく尋ねた。「いつにします?」澪が応じるのは食事だけで、それ以上を求めるなら断る――聡祐にも、それがちゃんと伝わった。その態度に聡祐は思わず眉をひそめた。澪は彼が思っていたよりずっと手強い。それでも聡祐はすぐに気を取り直した。彼はただ、澪がいつか自分から折れるところを見たい。女なんて、それほど複雑な生き物ではない。甘い言葉をかけ続ければ、いずれ心を許す。澪が最後まで今のような態度を貫き通せるのかどうか、彼は見届けてやりたい。「明日、H市で会いましょう」「分かりました」日程を確認すると、澪はすぐに背を向けた。これくらい何でもないと思っている。紗耶のせいでアカリ製薬の資金調達が難航してい
اقرأ المزيد

第187話

「ちょうど君の誕生日も近いし、一人で過ごさせるわけにはいかないからな」知之は有無を言わさずそう決めて、澪も了承した。伊織の方は、管理しているドキュメンタリーの映像は、H市から戻ってから見せてもらうつもりだ。律樹の件についても、どう対処すべきかは分かっている。その日のうちに、澪は知之と飛行機でH市に向かった。到着後は、いくつかの大規模な総合病院を回り、さらに最先端のスマート医療機器メーカーを数社視察した。市場の状況を一通り把握してから、二人は聡祐に指定されたリゾートホテルに向かった。このホテルはH市でもトップクラスの超高級ホテルだ。 澪はホテルのサイトで、窓を開ければ海が見渡せる部屋を見つけた。部屋には専用プールまで付いている。彼女は泳げないが、その美しい眺めに惹かれた。ただ、値段は決して安くない。せっかくの休暇だし、澪は思い切って自腹を切って予約した。オンラインで予約を済ませ、知之と一緒にホテルに向かい、チェックインの手続きをした。フロントのスタッフは予約内容を確認すると、申し訳なさそうに頭を下げた。「大変申し訳ございません。ご予約の部屋ですが、急な事情でご案内できなくなりました。別の部屋に変更していただけますか?」澪は眉をひそめた。「ネットで予約は完了しているはずですが、どうしてですか?」知之もスタッフに目を向けた。「それ、そちらのミスではありませんか?」スタッフは気まずそうに説明した。「急な事情がございまして……海を一望できる部屋はもともと数が少ないんです。ご予約の部屋は一泊三十六万円ですが、同じく海が見える部屋で今空いているのは、一泊六百万円以上のプレジデンシャルスイートだけなんです」澪は事情を察した。急な事情というのは、あとから来た誰かに部屋を回したということだ。彼女はスタッフを責めるつもりはないが、このまま引き下がるつもりもない。「つまり、同じ眺めの部屋に泊まりたければ、プレジデンシャルスイートを予約するしかないということですか?」征司からの財産分与はまだ振り込まれていない。仮に手元にそれだけの余裕があるとしても、宿泊費にそこまでのお金を使う気にはなれない。プレジデンシャルスイートの方が素晴らしいことくらい、彼女にだって分かっている。だからといって、一泊に六百万
اقرأ المزيد

第188話

知之も眉をひそめた。朝比奈さん?七年も妻だった相手を、今さらそんな他人行儀な呼び方をするのか。しかも、別の女のために、長年連れ添った澪に部屋を譲れだって。だが、澪はもう何とも思わなかった。このホテルは森宮家が経営している。ホテルの評判に傷をつけるくらいなら、澪が引いたほうが得策だ。それが征司の答えなのだろう。電話を終えて、蓮も近づいてきた。「たかが部屋一つだろ。澪、そこまで意地になることじゃないだろう」蓮はなだめるように言った。何より、今は律樹の件がまだ片づいていない。本来なら澪はもっと慎重に振る舞い、紗耶を怒らせないようにして、穏便に済ませるべきではないか。澪の目に、微かな嘲りの色が浮かんだ。ここまで勝手に話を決められて、今さら何を言えというのだろう。征司は澪の返事を待つつもりもないらしい。先ほど澪の意向を尋ねたのも、最初から答えを聞くつもりなどなかったのだろう。「朝比奈さんは、無料でプレジデンシャルスイートにアップグレードしてくれ」征司はフロントのスタッフに淡々と指示した。スタッフは驚いた顔をした。一泊三十六万円の部屋から、一泊六百万円以上のプレジデンシャルスイートへと無料でアップグレードする。澪にとっては思いがけない幸運だ。紗耶も思わず眉をひそめた。まさか澪がこれほど得をするとは思わなかった。征司がそこまでして紗耶の望みをかなえようというのなら、澪もこれ以上争う理由はない。スタッフからルームキーを受け取ると、彼女はさっさとその場を離れた。知之は一応、征司たちに笑顔で会釈してから、澪のあとを追った。「わざわざ君の予約した部屋を選んだなんてな。紗耶は予約者が君だと知って、あえてあの部屋を選んだんじゃないか?」知之は呆れたように首を振った。森宮家が経営するホテルなら、紗耶が宿泊客の情報を知るのも難しくないだろう。澪はエレベーターに乗ると、こめかみを軽く揉んだ。「どうでもいい。それより、あとで私の部屋に来て。午前見てきた手術支援ロボットの長所と問題点を整理しましょう」「分かった」ドアが閉まりかけたその時、再び開いた。征司たちが外に立っている。蓮が最初に乗り込んできて、知之に声をかけた。「アカリ製薬、資金調達が難航しているそうですね?」その言葉
اقرأ المزيد

第189話

亮太の何気ない一言で、エレベーターの中は妙な沈黙に包まれた。香水は、その人の好みや習慣に深く結びついた、とてもプライベートなものだ。同じ香りを身につけていれば、それだけで二人の親密さを想像させる。まして、征司が使っているのは市販品ではなく、オーダーメイドの香水だ。紗耶の顔から笑みが消えた。征司も目を上げ、澪のほうを見た。澪自身も、こんな指摘を受けるとは思っていなかった。七年も夫婦として暮らしてきたのだ。改めて考えてみれば、二人には好みや生活習慣が似ているところが少なくない。紗耶の機嫌が悪くなったことに気づき、蓮は半ば冗談めかして亮太に言った。「大西社長、紗耶がいるのに、そんな言い方はまずいでしょう」亮太はすぐにハッと我に返った。「申し訳ありません。つい口走ってしまって。白石さん、どうか気にしないでください」紗耶はそこで表情を和らげた。「大丈夫です。そんな些細なこと、いちいち気にしませんから」澪がわざと征司と同じ香りを身につけて周囲に誤解させようとしていると、紗耶はそう周りに伝えたいのだろう。澪は、彼らが紗耶の機嫌を取るために交わす話をこれ以上聞く気にはなれない。ちょうどドアが開いて、彼女はさっさと降りて、向かい側のエレベーターに乗り換えて最上階に向かった。知之は荷物を置いてから澪の部屋を訪れ、二人でプロジェクトについて話し合った。午後八時頃、部屋のチャイムが鳴った。ドアを開けると、聡祐が外に立っている。彼は部屋の中に目を向けた。「入ってもいいですか?」澪は腕を組んでドアにもたれたまま、聡祐を中へ入れようとはしなかった。「あいにく、今は榊社長も一緒なんです。明日にしていただけますか?」聡祐は眉をひそめた。彼は昔から、知之が何かと澪を守っていることには気づいていた。ましてや、こんな時間まで一緒にいるとは。聡祐は澪を見下ろし、口元には笑みを浮かべながらも、不満を隠さずに言った。「仕事とはいえ、こんな時間に二人きりで同じ部屋にいるのは、よくないんじゃないか?」澪は笑った。「私に指図しているんですか?陸原さんに、そこまで口を出される筋合いはありませんけど」あんまりにも堂々とした態度に、聡祐は苛立ちを覚えた。女性にここまで言い負かされることはめったにない。澪だけは、いつも思い
اقرأ المزيد

第190話

穏やかな音楽が流れる個室に沈黙が落ちて、その場の空気が急に張り詰めた。普段は能天気な蓮でさえ笑みを消し、信じられないという顔で聡祐を見た。聡祐が澪を口説こうとしているだと?彰人も思わず眉をひそめた。以前、聡祐から澪に惹かれていると聞いた時は、ただの気まぐれだと思っていた。まさか、まさかここまでとは思わなかった。しかも、そんなふざけた発言を、よりによって征司の前で口にしているということだ。彰人は征司の様子をうかがった。薄暗い照明の下、彼は目を伏せ、グラスの中で氷がぶつかるのを眺めながら、「知ってます」とだけ答えた。その口調からは、いかなる感情も読み取ることはできないが、そこには深い意味があると皆には感じられた。ただ知っているだけではない。澪は、七年間連れ添った妻なのだ。紗耶はさりげなく征司の様子を観察した。聡祐があんなことを言っても、征司は少しも気分を害した様子はない。それを確かめると、紗耶は眉を上げ、口元に笑みを浮かべた。征司は、ほかの男が澪を狙っていてもまったく気にならないと信じているからだ。聡祐は征司とグラスを合わせ、率直に話した。「今回H市に来たのも、澪と会うためです。前に彼女にずいぶんつきまとわれていましたよね」征司は薄暗がりの中に身を沈み、わずかに顎を上げた。聡祐の言うことを聞いて、蓮と彰人は気づかれないように視線を交わした。彰人は複雑な表情で聡祐を見た。「前にも言ったと思うが、澪は既婚者だ。聡祐、わざわざそんな馬鹿な真似をする必要はないだろう」彰人は、聡祐と澪の間に何かあるのを望んでいない。澪はまだ離婚の手続きを終えておらず、今も征司の妻だ。そのうえ、聡祐は本気で付き合うつもりなどなく、遊びたいだけだ。いくら何でも、征司の妻をそんなふうに軽く扱えば、征司まで侮辱することになる。彰人の言葉を聞いて、紗耶は不満を覚えた。彰人はどこか澪をかばっているように見える。しかも今の言い方では、澪が征司の妻であることを認めたも同然だ。征司の友人たちが澪のことを本当に特別な存在として扱うのがどうしても気に入らない。聡祐は酒を注ぎながら、気にした様子もなく彰人に言った。「この前、澪が警察沙汰になった時も、旦那は顔も出さなかっただろ。何かあっても旦那を頼らず、一人で抱え
اقرأ المزيد
السابق
1
...
1718192021
...
34
امسح الكود للقراءة على التطبيق
DMCA.com Protection Status