Semua Bab 限界OL、女風のナンバーワン〝レイ〟を指名したら上司の特等席でした: Bab 91 - Bab 100

111 Bab

91.誰かのものでも構わない

 七月最後の土曜日。 梅雨明けの抜けるような青空の下、りととロゼを乗せた特急列車は、海沿いの線路をひた走っていた。 行き先は、日本有数の温泉地である熱海だ。「わぁ……海だーっ!」 車窓からキラキラと光る水面が見えると、りとは窓に張り付くようにして歓声を上げた。 今日のりとは、休日のリゾート気分に合わせたミントグリーンのオフショルダーワンピース。麦わら帽子から覗くショートヘアが揺れて、いかにも夏らしい爽やかな可愛らしさだ。 隣に座るロゼは、黒のキャミソールにシアーシャツを羽織り、ダメージデニムを合わせた少し辛口なカジュアルスタイル。大人の色気が漂う彼女の雰囲気に、とてもよく似合っている。「ちょっと、はしゃぎすぎだってば」 ロゼが呆れたように笑い、りとの麦わら帽子を軽く叩いた。「ねぇ、せっかくの旅行だしさ。もうお仕事じゃないんだから、源氏名で呼び合うのやめない?」「あっ、確かにそうですね! じゃあ、私のことは〝りと〟って呼んでください!」「おっけー、りと。アタシの本名は〝綾〟だから。よろしくね」「はいっ、綾さん!」 本名で呼び合うことになり、二人の距離がまた少しだけ縮まった気がした。 熱海駅に到着すると、二人はホテルへ向かう前に〝熱海サンビーチ〟へと足を伸ばした。 白い砂浜と青い海、それに立ち並ぶヤシの木が南国リゾートのような雰囲気を醸し出している。 二人はサンダルを脱いで波打ち際を走り回り、「冷たーい!」「綾さん、水かけないでくださいよぉ!」と、女の子同士らしい無邪気な戯れを満喫した。 ひとしきり遊んだ後、送迎バスに揺られて到着したのは、高台に建つ豪華なリゾートホテルだった。 吹き抜けになったエントランスには巨大なシャンデリアが輝き、全面ガラス張りのロビーからは、相模湾の絶景がパノラマで広がっている。 案内された客室も広々とした和洋室で、窓の外には果てしなく続く海が見えた。「すごーい! こんなお部屋、一生に一度泊まれるかどうかですよぉ!」 りとはふかふかのベッドにダイブして大興奮だ。綾も「レンレン、本当太っ腹だね……」と感心したように室内を見回している。 夕食の前に、まずは汗を流そうと大浴場へ向かった。 広々とした脱衣所で、りとはなんの躊躇いもなく服を脱ぎ捨てていく。一方、隣の綾は、なぜか壁の方を向き、タオルで隠すように
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92.彼氏は、いない

 翌朝。 窓の外から聞こえる穏やかな波の音と、カモメの鳴き声でりとは目を覚ました。「うぅ……頭痛い……」 結局、りとはひどく酔っ払っていて、あの夜、綾の唇が触れたことには微塵も気づかないまま、スースーと幸せそうな寝息を立てて眠りこけてしまったのだ。 ズキズキと痛む頭を抱えてベッドの上に起き上がると、すでに身支度を整え終えた綾が、ミネラルウォーターのペットボトルを差し出してくれた。「ほら、お水。昨日、あれだけやめとけって言ったのに」「あうぅ、綾さん……ごめんなさいぃ……」 申し訳なさそうに水を受け取るりとを、綾はどこか少しだけ切なげな、揺れる視線で静かに見つめていた。 あの衝動的なキスの罪悪感と、彼女には誰か想い人がいるのかもしれないという胸の痛みを隠すように、綾はふいと窓の外へ視線を逸らした。 気を取り直して身支度を整えた二人は、ホテルの朝食バイキングへと向かった。 昨日の夕食に負けず劣らず、朝食も豪華絢爛だ。熱海ならではの新鮮な海の幸がずらりと並んでいる。二人はほかほかの白いご飯の上に、名物の金目鯛のお刺身、キラキラと輝くいくら、新鮮なしらすをたっぷりと乗せて、贅沢なオリジナル海鮮丼を作った。 席に戻り、お互いのどんぶりを見せ合う。「ふふっ、また二人とも似たようなもの選んでますよ! 私たち、仲良しすぎますね!」 りとは嬉しそうに目を細めて笑う。その無邪気な言葉に、綾は箸を持つ手を一瞬だけ止め、どんぶりの上のいくらを見つめた。「……本当にね」 ぽつりと呟いた綾の瞳は、微かに揺らいでいる。隣にいて、同じものを選んで笑い合えるのに、彼女の心の一番深いところには届かない。その心の距離感が、今は少しだけもどかしかった。 ホテルをチェックアウトした二人は、バスに揺られて高台にある観光名所、〝アクアヴェール・ガーデン〟へと足を運んだ。 そこは、海を見下ろす広大な斜面に、色とりどりの季節の花やハーブが咲き誇る美しい庭園だった。夏の陽射しを受けて輝く花畑の中を、りとは白いワンピースの裾を揺らして駆け回る。 庭園の奥、特に景色が良いテラスの近くまで歩いていくと、幸せそうな一組の男女の姿があった。 純白のウェディングドレスとタキシードに身を包み、プロのカメラマンを前にフォトウェディングの撮影をしているカップルだ。「いいなぁ、ああいうの……すっご
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93.冴臣くんのこと、好き?

 八月上旬。 まとわりつくような湿気と、アスファルトから立ち上る強烈な照り返しが街を包み込んでいた。ジリジリと鼓膜を揺らす蝉時雨のせいか、外を歩くだけで体力が奪われていくような本格的な夏の到来である。 株式会社ウィルクエスの冷房が効いたオフィスでも、りとの額には冷や汗が浮かんでいた。「甘崎。俺は会議の資料を両面印刷で三十部、左上ホッチキス留めで用意しろと指示したはずだが」「は、はい……」「ならば、なぜこの資料は裏面が上下逆さまに印刷されている。これでは会議中にいちいち資料をひっくり返さなければならない。それにホッチキスの位置もバラバラだ」 デスクの前に立たされ、鷲尾から容赦のない小言を浴びせられる。黒縁メガネの奥の瞳は氷のように冷たく、その剣幕に周囲の社員たちまでが「また甘崎さんが怒られてる……気の毒に」と身を縮めて同情しているのがわかった。「本当に、申し訳ありません……っ。すぐ、刷り直します!」 ペコペコと頭を下げてコピー機へと走る。 二人が心を通わせ、身体を重ねるような関係になっても、会社での鷲尾の態度はこれまでと一切変わらなかった。仕事に対しては一切の妥協を許さない、相変わらずの鬼上司のままである。 しかし。 新しく刷り直した資料を運ぶため、人目のない資料室の棚の奥へと入った時のことだ。「あっ、課長……」 たまたま奥の棚にファイルを探しに来ていたらしい鷲尾と、死角で二人きりになった。 何かまた怒られるのかと身構えたりとの顎を、鷲尾の大きな手がすっと持ち上げる。「んっ……」 ちゅっ、と。 有無を言わさず、思いきり唇を塞がれた。深く息を奪うような、熱くて甘いキス。 ほんの数秒の接触の後、鷲尾はゆっくりと唇を離すと、驚いて固まるりとの頭をポンポンと無言で撫でて、何事もなかったかのように資料室から出て行ってしまった。(あんにゃろう……っ!) さっきまであんなに冷たく怒っていたくせに。アメとムチの激しい高低差に、りとは真っ赤な顔をしてその場にへたり込みそうになるのを必死に堪えた。 昼休憩の時間。 りとは社員食堂で、幼馴染の依千と向かい合って座っていた。「いっちゃん、卵焼きすっごく綺麗に巻けるようになったね!」「ふふっ、やろ? りっちゃんに教えてもらったコツ、ちゃんと覚えとるけんね」 依千の弁当箱には、見事な黄色の厚焼き
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94.熱狂的な客の影

 嵐のようにロゼが駆け去った後のバックルームには、重く息苦しい静寂が落ちていた。  りとは壁に背をつけたまま、目の前のティフィンを見つめて浅い呼吸を繰り返すことしかできない。先ほどの冷たく射抜くような眼差しと、彼女の口から飛び出した彼の本名。  しかし、ティフィンはふっといつものふわふわとした愛らしい笑顔に戻ると、小首を傾げてクスクスと笑った。「ふふっ。なんだか、ロゼちゃんに盛大に誤解されちゃったねぇ?」 その言葉の裏に隠された真意を測りかねているりとに、ティフィンはそれ以上何も言わなかった。 「お疲れ様、ラムちゃん。またね」と甘い香水を残し、彼女はひらりとバックルームを後にしてしまったのだ。 その後、自分がどうやって着替えを済ませ、どうやって夜の街を歩いてアパートまで帰ってきたのか、りとはよく覚えていなかった。  気がついた時には、部屋の明かりもつけないまま、ベッドの上にドサリと仰向けに寝転がっていた。(どうして……ティフィンさんが、冴臣さんの名前を知っていたの……?) 真っ暗な天井を見つめながら、ぐるぐると同じ疑問が頭の中を巡り続ける。  七夕の夜。常連客の蓮真から、ティフィンが鷲尾と一緒に高級和食の店でデートをしていたと聞いた。あの時は、ティフィンが夜職で身を削って稼いだお金を使い、出張セラピストの〝レイ〟を客として指名して会っているのだと納得させていた。  疑似恋愛を提供するセラピストと、それに大金を払う客。それなら、ただの仕事だ。(でも、冴臣さんのことだから、仕事中に本名を聞かれたとしても、絶対に話したりしないはず) 鷲尾冴臣という男は、仕事の境界線を誰よりもきっちりと引く人間だ。不用意に客に本名を教えるような甘い真似をするとは到底思えない。  そうなると、考えられる可能性は一つしかない。(レイさんとしてじゃなくて……プライベートで、冴臣さんとして会っていたとしか……) 胸の奥が、冷たい手でギュッと掴まれたように痛む。  あの七夕の夜、二人はただの客とセラピストではなく、一人の男と女として、何か特別な関係で一緒にいたのだろうか。  不安の渦に飲み込まれそうになり、りとは枕元のクマのぬいぐるみを強く抱きしめた。(だめ。信じなきゃ。……冴臣さんが私にしてくれたあの告白は、絶対に嘘ではなかったはずだから) 不器用に、けれ
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95.甘い毒の取引

 アスファルトから立ち上る強烈な照り返しと、ジリジリと鼓膜を揺らすけたたましい蝉時雨。まとわりつくような熱気が街を包み込み、季節はあっという間に本格的な夏の連休へと突入した。 昼の仕事は休みに入ったが、りとは変わらずガールズバー〝ルージュ・ラパン〟のシフトに入っている。しかし、ここ最近の店を取り巻く環境には、いくつかの明確な変化が起きていた。 一つ目は、ティフィンが突然店を退店してしまったこと。 二つ目は、あれほど頻繁に顔を出して羽振りの良さを見せていた常連の蓮真が、ぱったりと姿を見せなくなったこと。 そして三つ目は、ティフィンに壁際に追い詰められていたあの一件を境に、先輩のロゼが妙にりとに対してよそよそしくなってしまったことだ。(ロゼさん、完全に何かとんでもない勘違いをしてる……。でも、当のティフィンさんが辞めちゃったから、弁解のしようもないし) 気まずさと寂しさを抱えながらカウンターに立っていると、カランとベルが鳴り、見慣れた顔が店に入ってきた。「ラムちゃーん! 遊びに来たよー!」 学生時代からの親友、北川乃々羽だ。 焦げ茶色の長い髪を高い位置でポニーテールにした彼女は、今日も底抜けに明るい。 そんな乃々羽の今日のお目当ては、りとの接客ではなく、店の奥でグラスを拭いている剛堂店長だ。 スキンヘッドに黒いサングラス、シャツがはち切れんばかりのゴリゴリの筋肉質。夜の路地裏ですれ違えば、軽く三人くらい沈めていそうな暴力的なオーラを放っている男だが――。「いらっしゃい、乃々羽ちゃん。今日も暑かったわねぇ。冷たいおしぼり、どうぞ」「店長ぉ〜、会いたかったですぅ! 今日もいい大胸筋ですね、筋肉触らせてください!」「もう、相変わらず冗談がキツいんだから。やぁねぇ」 いかつい見た目に反して、中身は誰よりも優しくて面倒見のいい乙女なのだ。 乃々羽は店長の極太の腕にすりすりと頬ずりしながら、ふと店内を見回した。「そういえば店長、あのすっごい美人のティフィンさん、辞めちゃったんですか?」「そうなのよ〜。急だったからアタシたちもびっくりしちゃって。本当に寂しくなるわぁ」 剛堂店長がサングラスの奥で眉尻を下げてため息を吐く。 その横で、りとも暗い顔で俯いていると、乃々羽がピタリと動きを止めた。そして、心配そうにりとの顔をじっと覗き込んでくる。「
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96.良き幼馴染として

 あの日から数日後。 休日の午後、りとはあえて何の予定も入れず、自室のベッドでゴロゴロと過ごしていた。 スマホを弄り、無意識のうちに出張型リラクゼーションサービス〝メロウルーム〟のサイトを開いてしまう。 レイの出勤スケジュールは、相変わらず予約でびっしりと埋まっていた。「レイさん、予約いっぱいだ……私も予約したくなってきた」 実は先日、会社で冴臣と二人きりになった時、不意打ちのキスと共にこんなことを言われたばかりなのだ。『俺に会いたい時は、俺が時間を作る。……わざわざ金を使って指名などしなくていい』 気遣ってくれる不器用な優しさは死ぬほど嬉しかったが、そうは言っても、彼も昼夜問わず忙しい身だ。いくら〝会いたい時に会える〟と言われても、実際にはなかなか二人の時間が取れないのが現実だった。 しゅんとしてスマホを放り投げた時、ピンポーンとインターホンが鳴った。(……誰だろう?) のそのそと起き上がってモニターを覗くと、そこには隣に住む幼馴染の依千が立っていた。「いっちゃん、どげんしたと?」「ごめん、休みの日に。あのさ、実家から梨がぎょうさん届いたけん、りっちゃんも半分もらってくれん?」 玄関を開けると、依千は大きな紙袋を抱えて立っていた。中には立派な梨がゴロゴロと入っている。 りとは「やったー!」と喜び、依千をリビングへと案内した。「いっちゃんのお母さんらしいね。懐かしかぁ。元気にしとる?」「うん。すんごい元気たい。相変わらず世話焼きで困っとるけどね」「ふふっ、それなら良かった。……あ、そしたらこの梨、ちょっと冷蔵庫で冷やしてから一緒に食べん?」 依千が頷いたのを見て、りとは梨を冷蔵庫にしまい、テレビの下の棚をごそごそと漁り始めた。「冷えるまでの時間にさ……これ、一緒にやらん?」 りとはホコリをかぶっていたコントローラーを二つ取り出し、懐かしのレースゲームのパッケージを掲げた。カートに乗ってアイテムをぶつけ合いながら順位を競う、昔からある定番のゲームだ。「おっ、懐かしか! これ、子供ん頃よく一緒にやったよね!」「ね! いっちゃん、一度も私に勝てんで、悔しくてよく泣きよったやん」「えっ、そうやったっけ? そんな記憶、全然なかけどなぁ」 図星を突かれたのか、依千は少し不満そうに唇を尖らせた。「一人やとなかなか遊ぶ機会もなくて
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97.誤解が解けた夜

 幼馴染の切ない横顔に後ろ髪を引かれるような思いを抱えたまま、翌日を迎えた。 夏期休暇は明日まで。そして明日は、連休の最終日にして、再び昼も夜も仕事がない正真正銘のオフの日である。 その日の夜。ガールズバーでの業務を終え、バックルームへと足を踏み入れたりとは、思わず入り口で小さく息を呑んだ。 狭い部屋の中には、たまたま退店時間が重なったロゼが、一人で私服に着替えているところだった。 熱海での温泉旅行ではあんなに楽しく笑い合ったというのに、ティフィンに壁際に追い詰められていたあの一件を境に、二人の間には見えない壁ができてしまっている。 無言でブラウスのボタンを留めるロゼと、気まずくて動けないりと。 室内には、エアコンの無機質な稼働音だけが重苦しく響いていた。(このままじゃ、絶対にダメだ。……ちゃんと誤解を解かなくちゃ) りとは小さく深呼吸をして、勇気を振り絞って口を開いた。「ロゼさん……えっと、あの。なんか、私……とんでもない誤解をさせちゃったのかなって、思っているんですが」 ロゼは手を止め、ゆっくりと振り返った。 その瞳には、戸惑いと、どこか探るような色が浮かんでいる。「…………」「私とティフィンさんは、その……ロゼさんが想像しているような、特別な関係みたいなものは、一切ないんです」 真っ直ぐに見つめてきっぱりと告げると、ロゼはぽかんと口を開けた。「…………え?」 しかし、すぐに綺麗に整えられた眉根を寄せ、疑うような表情に変わる。「だって、あのときアタシに見られたから、気まずくなってティフィンは急に店を辞めたんじゃ……?」「ち、違うと思います。ちょっとプライベートなことが絡むので、詳しくは話せないんですが……」 りとはティフィンの退店理由に、冴臣が絡んでいるであろうことを思い出し、少しだけ目を伏せた。「ちょっと、あの時、喧嘩……? みたいなのになっちゃって。私がティフィンさんに、ちょっと問い詰められてたんです」「喧嘩ぁ? ラムとティフィンが?」「は、はい……」 ロゼが驚いたように声を上げる。 りとは心の中で(喧嘩……とは違う気もするけど。でも、問い詰められていたことは確かだ)と言い訳をしながら、恐る恐るロゼの顔色を窺った。「なぁんだ!」 次の瞬間、ロゼの口から拍子抜けするほど明るい声が飛び出した。「なんか、アタ
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98.浴衣とキスと裏切りの影

 連休最終日のお昼前。 築浅のオートロック付きアパート、メゾン・ド・ルミエールの302号室。 部屋のインターホンが軽快なメロディを鳴らした。モニターを覗き込むと、画面越しでもわかるほどパッと華やかな綾が立っている。 エントランスのロックを解除して玄関のドアを開けると、「やっほー! お邪魔しまーす!」という元気な声と共に彼女が飛び込んできた。 今日の綾は、おへそが大胆に見えるショート丈のタイトなトップスに、ダボッとしたワイドデニムを合わせた、夏らしい元気めなギャルスタイルだ。歩くたびにサラサラと揺れる髪と、抜群のスタイルがひどく眩しい。「いらっしゃい、綾さん! すぐにご飯にしますね」 りとは綾をリビングへ招き入れると、エプロンをつけてキッチンに立った。 昨晩から醤油やニンニクで下拵えしておいた鶏肉に衣をつけ、熱した油へ投入する。ジュワァァという心地よい音と共に、食欲をそそる香ばしい匂いが部屋いっぱいに広がった。 テーブルに並べたのは、山盛りの唐揚げ、レモンと千切りキャベツ、わかめと油揚げのお味噌汁、きゅうりの浅漬け、そして炊きたての白いご飯だ。「わぁぁっ、めっちゃ美味しそう! いただきます!」 綾は目を輝かせて唐揚げを口に放り込み、ハフハフと熱がりながら咀嚼した。「えっ! 美味っ! お肉柔らかっ! ……ねえりと、マジでアタシの嫁に来てほしい!」「えへへ、お褒めに預かり光栄ですぅ」 満面の笑みで頬張る綾を見て、りとも嬉しくなって自分の唐揚げに手を伸ばした。 食後、二人で手分けして食器を片付けていると、部屋の中を見回していた綾の視線が、ベッドの上にぽつんと置かれた大きなクマのぬいぐるみで止まった。「あのクマのぬいぐるみ、かわゆっ! なんか、りとっぽいね〜!」「ぽいですか?」「うん! 一見天真爛漫でいつも元気だけど、実は寂しがり屋で甘えん坊な一面がある、とみた!」 ビシッと指を差されて、りとは驚きに目を丸くした。「わっ! 結構正解寄りかもしれません」「ふふっ、ギャルの観察眼なめんなし!」 綾は得意げにウインクをして、顔の横で可愛らしくピースサインを決めた。「じゃ! お腹もいっぱいになったし、そろそろ着付けしようか」 綾は持参した風呂敷包みを開くと、まずは自分の浴衣をささっと手際よく着てみせた。紫を基調とした、大人っぽくもありな
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99.友達なんだからさ

 凍りつくような数秒間の後、りとはその場に立っていられなくなり、綾の手を引っ張って逃げるように駅へと駆け出した。 人混みをすり抜け、改札を抜け、滑り込んできた電車に飛び乗る。 ドアが閉まり、冷房の効いた車内で、二人は肩で荒い息を繰り返した。「……ねぇ、さっきの。ティフィン……だったよね?」 電車の揺れに身を任せながら、綾が恐る恐る口を開いた。「はい……ティフィンさん、でしたね」 りとは俯き、浴衣の帯をぎゅっと握りしめていた。脳裏に焼き付いたあの光景が、何度も何度もフラッシュバックして心臓を鋭く抉る。「相手の男、パパ活って感じの人ではなかったね。彼氏かな?」「うーん……。彼氏では……ないと思いたいのですが」「……どゆこと?」「うう……ちょっと話すと長くなるのですが、あのお相手は、私の大切な人と言うか……」 その言葉に、綾は目を丸くした。「は!? ちょっと待って。浮気……してるってこと?」「そういうわけでもなくて! あの人、疑似恋愛がお仕事みたいなところがあるから」 必死に否定するりとを見て、綾はハッとして息を呑み、そして急に悲痛な顔になった。「というか、りと、彼氏いたんだ……。なんか、アタシ……さっきは、ごめん」 花火の下で奪ってしまった唇のことを思い出し、綾は気まずそうに視線を泳がせた。 りとも、あの一瞬の出来事と、直後の衝撃的な光景が混ざり合い、どう反応していいかわからずに思わず黙り込んでしまう。 ガタン、ゴトンという電車の走行音だけが、気まずい二人の間を通り抜けていく。 やがて、その重い沈黙を破ったのは綾だった。「ねぇ、もしかして……ティフィンとの喧嘩って、りとの彼氏が原因なの?」 本当は、明確に彼氏という肩書きをもらっているわけではない。しかし、今の自分の複雑すぎる事情をすべて説明するのは難しいため、りとはひとまず話を合わせることにした。「うん……まあ、そんなところで」「ティフィンが、りとの彼氏って知った上で奪おうとしたの?」「奪おうとしたかまではわからないんですが、ティフィンさんは……私と彼の関係を知って、すごく怒っていましたね……」「だいたい事情が飲み込めてきた。……疑似恋愛が仕事って、ホスト?」「え……えっと……その……」 りとはモゴモゴと口ごもり、綾の耳元に顔を近づけて、蚊の鳴くような小声で囁いた
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100.蓮真の一手

 お盆を過ぎ、連休が明けた株式会社ウィルクエスのオフィス。 久しぶりに出社したりとは、パソコンを立ち上げながら、隣の席に座る依千の横顔をそっと盗み見た。「おはよう、いっちゃん。……連休、ゆっくりできた?」「あ、おはよう、りっちゃん。うん、実家に顔出して、あとはのんびりしとったよ。りっちゃんは?」「私も、お休み満喫したよ」 依千はふわりと笑って返事をしてくれた。しかし、その笑顔はどこかぎこちなく、会話が終わるとすぐにパソコンの画面へと視線を戻してしまった。いつもなら、そこから他愛のない雑談が続くはずなのに。 あの休日の日、玄関のドアが閉まる瞬間に見えた、泣き出しそうな彼の顔が胸をよぎる。『これからは幼馴染として、適切な距離感で接させていただきますね』 彼が無理をして引いてくれた、明確な境界線。その見えない壁の冷たさと、大切な幼馴染を深く傷つけてしまった罪悪感に、りとは小さく息を吐いて目を伏せた。(いっちゃん……ごめんね) 心の中でそっと謝罪し、りとは斜め前のデスクに座る鷲尾の大きな背中を見つめた。 この連休中、結局一度も彼に会うことはできなかった。今日は仕事の合間を縫って、少しだけでも時間を作ってもらえないか、思い切って話しかけてみよう。 そう決意して小さく深呼吸をした、その時だった。「甘崎さん。……少し、いいかな?」 突然背後から声をかけられ、りとはビクッと肩を揺らして振り返った。 そこに立っていたのは、営業部のトップである葛城部長だった。普段は温厚で面倒見の良い彼だが、今の表情はひどく硬く、声のトーンもどこか重苦しい。「は、はい。なんでしょうか?」「今すぐ、第一会議室へ来てくれないか。……少し、込み入った話がある」 葛城部長のただならぬ雰囲気に、隣の依千も心配そうに顔を上げ、周囲の社員たちも何事かと視線を向けてくる。 りとの胸に、ざわざわと嫌な予感がよぎった。鷲尾もまた、パソコンの画面から視線を外し、鋭い目でこちらを見つめている。 りとはコクリと頷き、葛城部長の後を追って第一会議室へと向かった。 ブラインドが下ろされた第一会議室。 長机を挟んで、葛城部長と向かい合って座る。「単刀直入に聞くが。……君、夜のお店で働いているというのは、事実かね?」 ドクン、と。心臓が嫌な音を立てて大きく跳ねた。 なぜ、部長がそのこと
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