自分の部屋である302号室に逃げ帰ったあとも、りとの心臓はなかなか落ち着かなかった。 震える手で玄関の鍵を閉め、靴を脱ぎ捨て、バッグを床に落としても、胸の奥だけがずっと騒がしいままだった。 唇には、依千にそっと触れられたあの熱い感触が、まだかすかに残っているような気がした。『彼は君に好意がある。ただの幼なじみではなく、一人の男としてだ。君も、少しは真っ直ぐに向き合った方がいい』 ふいに、いつか鷲尾に言われた低い声が頭の中で蘇る。 あの時は、本当に依千が自分のことを好きなのか、どこか信じきれなかった。 幼なじみで、弟みたいで、昔からずっとそばにいた男の子。そんな彼が、自分を一人の女として見ているなんて、うまく想像できなかったのだ。 けれど。「……キス、されちゃった……」 それは、外国の挨拶みたいな軽いキスではなかった。 酔ってふざけた勢いでも、からかうような冗談でもない。 触れるだけの短いものだったのに、そこには確かに、隠しきれない熱と、どうしようもない後悔があった。『……あー……やっと、できたとに』 『こげな形やなんて……最低や』 バスルームへ向かう依千の、あの苦しそうな声が、耳の奥にべったりとこびりついている。「やっと、って……」 りとはふらふらと寝室に入り、ベッドの上に置いてある大きなクマのぬいぐるみをきつく抱きしめた。 そのまま、ぽふっと顔を埋める。「うわー……」 声にならない声が、ぬいぐるみのお腹に吸い込まれていく。 やっと、ということは。 ずっと、そうしたかったということだ。 いつから。 どれくらい前から。 福岡から東京まで追いかけてきて、同じ会社に入って、隣の部屋にまで越してきた。 それが全部、偶然ではなかったのだとしたら。「……ガチじゃん……」 りとはぬいぐるみに顔を埋めたまま、ぽつりと呟いた。 依千は、本当に自分のことが好きなのだ。 弟みたいな幼なじみとしてではなく、一人の男として。 そうはっきりと理解した瞬間、胸の奥がぎゅっと痛んだ。 嬉しくないわけではない。 大切に思われていたことを、嫌だと思ったわけでもない。 けれど、同じ熱量で応えられるかと聞かれたら、答えはもう決まっていた。 私は――。(やっぱり……鷲尾課長が好き) その気持ちだけは、どれ
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