限界OL、女風のナンバーワン〝レイ〟を指名したら上司の特等席でした のすべてのチャプター: チャプター 71 - チャプター 80

91 チャプター

71.キスマーク

 夜の散歩から部屋へ戻った後も、りとはまだ、今日という夢のような一日を終わらせたくなかった。「もうちょっとだけ、起きていたいです」「……明日も早いというのに、わがままなやつだな」 鷲尾はため息をつきながらも、りとの願いに付き合ってくれた。 備え付けの冷蔵庫から取り出した地酒と梅酒で、二人で軽く晩酌をする。 ほろ酔いになったりとは、だらしないほどにふにゃふにゃと笑いながら、鷲尾の広い肩にコテンと頭を乗せて甘えた。「課長ぉ……お酒、美味しいですねぇ」「飲みすぎだ。ほら、もうグラスを置け」 鷲尾は呆れたように言いながらも、もたれかかってくるりとを邪険にはしない。 それどころか、りとの少し熱い頬を大きな手で包み込み、ぽつりとこぼした。「……可愛いな」「えへへ……」「だが、隙だらけだ。他の男の前では、絶対にそんな顔を見せるなよ」 低い声で釘を刺され、りとはわざと小首を傾げてみせた。「えー、なんでそんなこと言うんですか? 会社の飲み会で葛城部長の前とか、いっちゃんの前とかでも、隙見せちゃダメなんですか?」 わざと同期の依千の名前を出した瞬間、鷲尾の目の色が変わった。 次の瞬間、りとを畳の上にドンッと押し倒す。 上から覆い被さってきた鷲尾の顔は、一切の余裕がない、雄の顔だった。「ダメだ」「……なんでダメなの? 理由を、教えてください」 りとは上目遣いで、彼の言葉をねだる。 鷲尾は黒縁メガネの奥で瞳を揺らし、低く、けれど真っ直ぐな声で告げた。「さっきも言っただろう。俺は、甘崎りとを愛しているからだ」 〝愛している〟。 ただの好きという言葉の先にあった決定的な一言に、りとの心臓が激しく跳ねた。 同時に、下腹部の奥がきゅんと甘く疼き、自分でもわかるくらいに、一瞬でそこがぐっしょりと濡れてしまった。 鷲尾の大きな手が浴衣の裾から滑り込み、その濡れた部分に触れる。「っふ、相変わらず素直だな」 鷲尾が、意地悪く、けれどひどく艶やかに笑う。(さすが人気セラピスト……女心の揺さぶり方が完璧にわかってて、悔しい……!) りとは顔を真っ赤にして彼を睨むが、抵抗する気など一切なかった。 そのまま、甘く激しい夜が始まった。 浴衣の合わせ目が乱暴にはだけさせられ、りとの重く豊かな胸が零れ落ちる。鷲尾はその大きくて柔らかな双眸を両手で夢中にな
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72.変わった君と、変われない僕

 箱根旅行の翌日。 りとはいつも通り、株式会社ウィルクエスの営業部へ出社した。 昨夜までの夢のような時間の余韻が、まだ身体の芯にじんわりと残っている。愛する人に抱かれ、たっぷりと満たされたせいだろうか。今朝は肌艶もよく、化粧のりも自分でも驚くほどよかった。「……甘崎さん、今日なんか雰囲気違いますね」 自分のデスクに向かおうとしたところで、依千がぽつりと呟いた。 りとはきょとんと目を瞬かせる。「え、そう?」「うん。なんか……すごく元気そう」 依千の視線が、一瞬だけりとの顔に留まる。 それは眩しいものを見るような、けれどどこか寂しそうな、ひどく静かな目だった。 りとはその視線の意味に気づかないふりをして、自分の鞄から小さな紙袋を取り出した。「そうだ。いっちゃんにお土産」「僕に?」 手渡した袋の中身は、箱根名物のおまんじゅうと、ゆるい顔をした変な猫のマスコットがついたキーホルダーだった。 依千はそれを取り出してまじまじと見つめ、ふっと懐かしそうに笑う。「……りっちゃん、昔からこういう変な顔のやつ好きだよね」「変って言わないでよ。ゆるくて可愛いでしょ」「うん。りっちゃんらしい」 柔らかく笑う依千。 けれど、その笑みの後に、ほんのわずかな沈黙が落ちた。 いつものように「ありがとう」と続くまでに、妙な間があったことを、りとは見逃さなかった。どうしたのだろうと首を傾げたが、依千はすぐにいつもの同期の顔に戻って紙袋をしまった。 その日の午前。一課のミーティングが終わり、鷲尾からりとに直接指示が飛んだ。「甘崎。午後の商談に鳴海を同行させる」「鳴海くんを、ですか?」「ああ。新人研修の一環だ。君の案件の進め方を、現場で見せてやれ」 りとは驚いて目を丸くする。「わ、私でいいんですか?」「君はもう四年目だろう。いつまでも自分を新人扱いするな」 冷徹で厳しい、いつもの上司の声。 昨日まで甘い言葉を囁き、自分を熱く抱きしめていた男と同一人物だとは到底思えない。けれど、そのギャップが今のりとには心地よく、自然と背筋が真っ直ぐに伸びた。 依千は隣で、鷲尾とりとに向かって小さく頭を下げる。「よろしくお願いします、甘崎さん」「うん。こちらこそよろしくね」 午後、二人は営業車に乗って取引先へ向かった。 りとは普段のオフィスワークではドジ
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73.見えてる顔が全部じゃない

 その夜、りとは会社を退勤すると、いつものように繁華街の雑居ビルへと向かった。  扉を開けてガールズバー〝ルージュ・ラパン〟のバックルームに入ると、そこにはすでにうさ耳とバニー風の制服に着替えたロゼとティフィンの姿があった。「おつかれー、ラム!」 「お疲れさまですぅ」 りとは挨拶を返しながら、自分の鞄をごそごそと漁り、小さな紙袋を二つ取り出した。「そうだ。これ、箱根のお土産です!」 「えっ、箱根行ってきたの?」 「はい。おまんじゅうと、あと……これです」 中から出てきたのは、温泉まんじゅうの箱と、昼間に依千にも渡した、ゆるい顔をした変な猫のマスコットがついたキーホルダーだった。  ロゼはそれを見た瞬間、盛大に吹き出した。「ちょ、何この顔! 絶妙にムカつくんだけど!」 「可愛いじゃないですか!」 「いや、可愛いけどさぁ。ラムのセンス、独特すぎっしょ」 一方のティフィンは、猫のキーホルダーを両手でそっと包むように持ち、ふわりと微笑んだ。「ふふ、可愛いですぅ。こういう、ちょっと力が抜けたお顔、とっても癒されますねぇ」 「ほら! ティフィンさんはわかってくれました!」 「ティフィンは優しさでフォローしてくれてる可能性あるよ?」三人で笑い合いながら、りとは手早くバニー風の制服に着替える。(よかった……ちゃんと隠れてる) 胸元が大きく開いた衣装だが、鷲尾が鎖骨の下につけた赤紫色の痕は、絶妙に布地の裏に隠れて見えなくなっていた。  りとは誰にも気づかれないように密かにほっと胸を撫で下ろすと、手早くメイクを直してホールへと出た。 働き始めた頃のりとは、慣れない接客にひどく緊張し、グラスを倒してしまったり、言葉に詰まったりすることも多かった。  だが最近では、ルージュ・ラパンでの立ち回りにもかなり慣れてきている。持ち前の天真爛漫な明るさと人懐っこさで、今ではごく自然に客の懐へ入っていけるようになっていた。 それは、昼間の営業の仕事にもよく似ていた。相手の空気を読み、笑顔で距離を縮め、相手が気持ちよく話せる空気を作る。昼間のオフィスで培った経験と、りとの素直な性格は、夜のカウンターでも確実に武器になっていた。「ラムちゃん、今日も元気そうやなぁ」 この日もカウンターには、すっかり常連となった八尾蓮真が座っていた。  ミルクティーブラウ
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74.恋人じゃないのに

 七月上旬。 梅雨の名残を含んだ湿った空気の中にも、少しずつ夏の気配が混じり始めていた。 通勤路の街路樹は濃い緑を茂らせ、会社近くの花壇には、雨上がりの陽射しを浴びた小さな花がきらきらと揺れている。 株式会社ウィルクエスの営業部も、季節の変わり目らしい慌ただしさに包まれていた。 上半期の数字を意識し始める時期に入り、フロアの空気も自然と引き締まっている。 そんな中、りとは取引先へ送る資料を抱えて廊下を歩いていた。 角を曲がったところで、真正面から歩いてくる鷲尾とすれ違う。 黒縁メガネの奥の、人を射抜くような冷たい視線に、りとの背筋は反射的にピッと伸びた。(うっ……また何か小言言われるやつ……!) 思わず身構えたりとの前で、鷲尾はピタリと足を止めた。「甘崎」「は、はいっ」「先日の商談、成績処理を確認した。悪くない数字だ。よくやったな」「……え?」 思わず間の抜けた声が出る。 てっきり「歩くのが遅い」「資料の持ち方がなってない」などと叱られる覚悟をしていたりとは、予想外の褒め言葉に完全に固まってしまった。 ――いや、騙されてはいけない。 きっとこの後に厳しいお小言が続くはずだ。りとはさらにギュッと身構えるポーズをとった。「何故身構える?」「い、いえ……槍でも降るのかなって……」「降るわけないだろう」 鷲尾は呆れたように眉を寄せると、りとへスッと一歩近づいた。 その急な距離の詰め方に、りとはさらに身体を強張らせる。(あ、これはデコピンされるやつ……!) 叱られると思い、りとはぎゅっと目を閉じた。 しかし、額に降ってくるはずだった鋭い衝撃は、いつまで経っても来なかった。 代わりに触れたのは、温かく、柔らかな唇だった。「え……っ」 ほんの一瞬。 人通りの途切れた廊下の死角で、鷲尾の唇がりとの額にそっと落ちたのだ。 りとは目を見開いた。 声も出せないまま真っ赤になって固まっていると、鷲尾は何事もなかったかのようにすっと身を離す。「浮かれるなよ。次も数字を出せ」「え、あ、はい……?」 それだけ言い残し、鷲尾はいつもの涼しい顔で廊下の向こうへと歩き去っていった。 残されたりとは、額を押さえたまま、その場に立ち尽くす。 最近、鷲尾が大胆になってきている気がする。 〝恋人〟という明確な肩書きは、まだない。 な
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75.恋は盲目、肉は正義

 定時を過ぎて会社を出たりとは、待ち合わせていた親友の乃々羽と共に、駅近くの洒落た肉バルへと足を踏み入れた。 店内は少し暗めの照明で、木目調のテーブルと手書きの黒板メニューが並ぶ、落ち着きがありながらも活気のある雰囲気だった。  カウンターの向こうからは、鉄板の上でお肉がじゅうじゅうと焼ける音と、食欲をそそる香ばしい匂いが立ち上っている。 奥のテーブル席に案内された二人は、まずはスパークリングワインとレモンサワーで乾杯をした。  生ハムの盛り合わせ、アンチョビポテト、熱々のアヒージョ。さらに、厚切りローストビーフと牛ハラミのグリルが運ばれてくると、乃々羽はパァッと目を輝かせた。「お肉食べたかったのよね〜♡」 「乃々羽、今日やたらテンション高いね。なんかいいことあったの?」 りとがローストビーフを頬張りながら尋ねると、乃々羽は待ってましたとばかりに身を乗り出してきた。「それがさぁ、あの不倫男いたじゃない?」 「あ〜、小児科の先生っていう?」 「そう!」 乃々羽はレモンサワーをひと口飲み、にやりと笑う。「そいつ、離婚したらしいのよ」 「へぇ、ざまぁみろだね」 りとは遠慮なく言い放ちながら、牛ハラミを口へ運ぶ。ジューシーな肉汁が口いっぱいに広がり、思わず幸せそうに目を細めた。「子どもは奥さんに渡ったんだけどさ」 「うんうん」 「私、また付き合おうって言われちゃって」 「……んぐっ」 りとは肉を喉に詰まらせかけ、慌ててグラスの水を飲んだ。「えっ……?」 「いや、その人、正直さ。結婚してることとか子どもがいること隠して私と付き合ってたの、本当にクソだと思うんだけどさ」 「思うんだけど……?」 「体の相性が……ほんっとうにいいのよね」 「はい……?」 乃々羽は頬をほんのり染めながら、フォークで肉を刺す。「その人、すっごく筋肉質でぇ」 「筋肉質な小児科の先生……」 「子どもたちからも人気あるのよ。両腕にぶら下げたりしてさ」 「へぇ……」 「で、話戻すけど。そういう相性だけは、ずっと忘れられなかったくらい良かったの」 りとはじっと乃々羽を見る。  そして、盛大な嫌な予感に眉を寄せた。「あのさ。もしかして……って思うけど」 「うん?」 「付き合わないよね?」 「付き合うわよ」 「はあああああぁーーー!?」 
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76.不器用なキス

 金曜日の退勤後。 りとは会社を出ると、エントランスで待っていた依千と合流し、近所のスーパーへと向かった。 二人で卵や野菜などの食材を買い込み、揃ってアパート〝メゾン・ド・ルミエール〟へと帰る。 りとの住む302号室に二人で入るのは、いつぶりだろうか。 手を洗い、エプロンをつけると、さっそくお弁当作りの要である卵焼きの練習が始まった。 依千は四角いフライパンを前に、少し緊張した面持ちで菜箸を握っている。「いっちゃん、油はキッチンペーパーで薄く引くとよ。そんで、卵液は三回に分けて流し込むっちゃん」「うん、わかった……あ、うわっ、くっついた!」「あーっ、火が強すぎるかも! 焦げとる、焦げとる!」 普段は冷静な依千が、慌てて卵をひっくり返そうとしてぐちゃぐちゃにしてしまう。 結局、一回目は見事なスクランブルエッグになり、二回目と三回目も形が崩れて破れてしまった。「ごめん、りっちゃん……僕、不器用かもしれん」 しょんぼりと肩を落とす依千に、りとはくすくすと笑いながら優しく菜箸を添える。「大丈夫たい。最初は誰でも失敗するけん。ほら、もう一回。次は私がタイミング教えるけんね」「うん……」 りとの掛け声に合わせて火加減を調節し、慎重に卵を巻いていく。 そして四回目。ようやく、綺麗な黄色のふっくらとした卵焼きが完成した。「やった! いっちゃん、すっごく綺麗に巻けとうよ!」「……ほんとだ。りっちゃんのおかげやね。煮物とか炊き込みご飯みたいなのは作れるっちゃけど、卵焼きみたいなテクニックが必要なやつは難しいね」 ほっと息を吐く依千に、りとは自慢げにふんすっと胸を張った。「お弁当はねぇ、詰めるのも結構難しいとよ。隙間を上手に詰めていくっちゃん」 りとはそう言いながら、あらかじめタッパーに作っておいた肉じゃが、インゲンの胡麻和え、きんぴらごぼうなどを、炊きたてのご飯の横に彩りよく詰めていく。最後に依千が焼いた卵焼きを並べて、二つのお弁当が完成した。 今日はこれを、二人の夕食代わりにするのだ。「すごい……お店のお弁当みたいや」 綺麗に詰まった弁当箱を見て、依千は目を輝かせて感動している。「いっちゃんなら、コツさえ掴めばすぐに自分で作れるようになるよ」 二人で向かい合って座り、「いただきます」と手を合わせた。 自分で作った卵焼きを嬉しそう
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77.鷲尾課長を、好きなままでもよかけん

 ふわりと重なった唇が一度離れ、すぐにまた角度を変えて深く口づけが落とされる。  しばらくして、依千の熱い舌が、閉ざされたりとの唇を割って強引に侵入してきた。「んっ……!」 驚いて思わず目を大きく開く。  りとの反応に気づき、依千は一度ゆっくりと唇を離した。  その顔は、不安と熱情に浮かされている。「……だめ?」 切なげに歪んだ顔を見つめ、りとの胸に激しい迷いが渦巻く。  流されてはいけない。ちゃんと伝えなければ。  りとは震える声で、幼なじみに告げた。「私……鷲尾課長のこと、どうしても諦めきれんと。好きなんよ。やけん、こんな中途半端な気持ちでいっちゃんと向き合うことはできん。……いっちゃんに、申し訳なか」 はっきりと突き放したはずだった。  しかし、依千は悲しそうに微笑み、首を横に振った。「……それでもよかよ」 「えっ……?」 「それでも、よか」 迷いのない言葉と共に、再び深く唇を塞がれる。  今度は、逃がさないとばかりに強く、ねっとりと舌が絡み合った。唾液が混ざり合い、息が詰まるほど激しい口づけ。 ゆっくりと唇が離れる瞬間、二人の間に銀の糸が艶かしく引いた。「鷲尾課長を、好きなままでもよかけん。……僕のこと、都合よく扱ってもいいけん……」 掠れた声で囁きながら、依千はりとの肩を押し、背後のベッドへとゆっくり倒れ込ませた。 大きなクマのぬいぐるみが置かれたベッドに沈み込む。  上から覆い被さってきた依千は、再びりとへキスを落とした。  至近距離で覗き込んだ彼の黒い瞳には、戸惑い、熱に浮かされたりとの顔だけがはっきりと映っている。(この人は、私のことだけを真っ直ぐに見てくれとう……) そう思った瞬間、りとの身体の奥が、期待と興奮で甘く疼き始めた。 依千の手がおずおずと服の裾から差し込まれ、柔らかな肌を撫で上げる。  ふと視線を下げると、彼のズボンの股間が、限界まで大きく猛っているのが見えた。  その男らしい膨らみに、りと思わずごくりと喉を鳴らしてしまう。(このまま……私たち、しちゃうの……?) 頭の片隅で、子どもの頃の記憶が突然よみがえる。  一緒に泥だらけになって遊んで、おやつを半分こして笑い合っていた、可愛かった〝いっちゃん〟。  あの頃は、こんなふうに彼の下に組み敷かれて、男の顔で見つめられる日
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78.予想外の全肯定

 乱れた洋服を大まかに直し、二人は脱力したままベッドの上で身を寄せ合った。 大きなクマのぬいぐるみに寄りかかるようにして、依千の腕の中にすっぽりと収まる。 しかし、りとの表情はどこか暗かった。心臓の鼓動が落ち着くにつれ、波のように押し寄せてくるのは、彼を利用してしまったという重い罪悪感だった。 そんなりとの微かな表情の変化に、依千はすぐに気がついた。 彼は大きな手でりとの背中を優しく撫でながら、耳元で温かい声を落とす。「……罪悪感は、抱かんでよかよ」「いっちゃん……」「りっちゃんの気持ちが、こっちに向いとらんくても。僕はこうして、りっちゃんに触れることができて、本当に嬉しいけん」 依千はりとの髪にそっと唇を落とした。「鷲尾課長への片想いで苦しくなったら、いつでも僕を、都合よく利用していいから」 そのあまりにも優しすぎる言葉に、りとの瞳からぽろりと涙がこぼれ落ちた。「なんで……なんで、そげん私のこと……好いとうと?」 涙声で尋ねると、依千は少しだけ懐かしむように目を細めた。「昔……僕が気が弱くていじめられとった時、りっちゃん、いっつも怒って追い払ってくれたやろ?」 りとは小さく頷いた。確かに、泣き虫だった彼を庇って、男の子たちと言い合いをした記憶がある。「それから、僕が落ち込んどったら、りっちゃんはいつも手作りのプリンば作って励ましてくれた。……りっちゃんの優しいところも、天真爛漫なところも、すっごく頑張り屋なところも」 依千の長い指が、りとの涙をそっと拭う。「ドジなところも、実は泣き虫なところも、どんなことが起きても最後はポジティブに考えるところも……僕、りっちゃんの全部が好きなんよ」 真っ直ぐな瞳。子どもの頃の面影を残しながらも、確かに大人の男らしくなった依千の真剣な告白に、りとの胸はどうしようもないほど締めつけられた。(いっちゃんは、こんなに私を綺麗に見てくれとう……) けれど、自分はそんなに綺麗な人間ではないのだ。 りとはふと、自分がこれまで元彼たちに振られてきた決定的な原因を思い出す。 自分の致命的な欠陥。強すぎる性欲。 それを知ったら、果たしてこの優しい幼なじみは、今のまま受け入れてくれるのだろうか。という疑問が、暗い泥のように首をもたげた。(……どうせ、いっちゃんも私から離れていく) りとは不意に身を起
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79.七夕イベント

 翌日の土曜日の夜。りとは夕方からガールズバー〝ルージュ・ラパン〟へ出勤していた。 この日は七夕イベントということで、いつものバニー風制服とは一味違う、露出度が高めでセクシーな特別衣装が用意されていた。  バックルームに入ると、今日は休みのティフィンはおらず、先輩キャストのロゼがすでに着替えを終えてスマホをいじっていた。  りとも手早く着替えを済ませるが、どうにも手元がおぼつかない。「ラム、マジでスタイルいいよね。女のアタシから見ても、つい見入っちゃうわ」 「…………えっ? なんですか?」 りとはボーッとしていて、完全に上の空だった。  ロゼが怪訝そうに眉を寄せる。「なんかラム、今日大丈夫? 具合でも悪いの?」 「ぜ、全然、元気ですよ! なんでですか?」 「いや、ずっとボーッとしてるからさ。あと、ラムのおっぱいすごい」 「おっ……!?」 唐突なストレートすぎる言葉に、りとは慌てて両手で自分の豊かな胸元を隠した。「ちょ、ちょっと恥ずかしいですね、これ……。いつもの制服もなかなかですけど、今日のはさらに布地が……」 「アタシは別に……こんなだし、見られても羞恥心なんて湧き起こらないわ」 ロゼは自分のすかすかな胸元を見下ろし、自虐気味に肩をすくめる。  りとは慌てて「そ、そんなことないですよ! ロゼさん華奢でスタイル良くて、モデルさんみたいで可愛いです!」と必死に励ました。 しかし、再びふっと力が抜けると、りとは無意識のうちに深いため息をこぼしてしまう。  頭の中に浮かぶのは、昨日の夜、自分の部屋での依千との出来事だった。 自分の裏の顔も、ふしだらな性癖もすべて暴露したのに、彼は一切引くことなく受け入れてくれた。それどころか、「したくなった時は都合よく呼んでいい」とまで言われてしまったのだ。  結局、どうしていいかわからず、頭がパンクしたりとは、あのまま曖昧に濁して依千を帰してしまったのだった。(あぁもう……私、どうしたらいいの……) ぐるぐると悩んでしまうが、ホールに出たら元気に〝ラム〟として振る舞わなければならない。  りとは鏡の前で両手をグッと握りしめ、自分自身に気合を入れた。 ホールに出ると、店内は七夕イベントのために美しく飾り付けられていた。  入口やカウンター横には立派な笹が置かれ、色とりどりの短冊とペンが用
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80.好きな人でもできたのかな

 静かな竹林がライトアップされた、隠れ家のような和モダンなレストラン。 七夕の夜という特別な時間にふさわしいその個室で、月白依織は一人の男と向かい合って座っていた。「レイくんと七夕デートなんて、本当に夢みたいですぅ」 いつも以上に綺麗に着飾った依織が、頬を染めて微笑む。 その視線の先にいるのは、黒縁メガネをかけ、洗練された私服に身を包んだレイだ。「俺の方こそ、今夜は月白様と一緒に過ごせて光栄ですよ。今日のワンピースも、とてもよくお似合いです」 低く落ち着いた声で甘く囁かれ、依織は嬉しそうに目を細めた。 テーブルの上には、星や天の川をモチーフにした七夕限定の美しいコース料理が並んでいる。 七夕。 一年に一度だけ、織姫と彦星が会うことを許される日。 この〝一年に一度〟という切なくもロマンチックな響きは、女風というサービスを利用する依織の心に深く刺さっていた。 依織にとってレイは、会いたくても簡単には会えない人だ。 必死に働き、予約を勝ち取り、対価を払ってようやく会える。だからこそ、七夕の〝会えるだけで特別〟という空気が、二人の関係性と見事にリンクして、切ないほどの高揚感をもたらしていた。 食事がひと段落した頃、店のサービスで小さな笹と短冊が運ばれてきた。 依織は迷うことなくペンを取り、ピンク色の短冊に願いをしたためる。『来年の七夕も、レイくんと会えますように』 それを見たレイは、ふっと優しく微笑んだ。「月白様らしい、可愛らしい願い事ですね。……なら、俺はこう書いておきましょう」 レイが青い短冊にさらさらとペンを走らせる。 そこには、達筆な文字でこう書かれていた。『月白様の願いが叶うよう、俺がずっと側におります』「レイくん……っ」 依織の胸が、きゅんと甘く鳴る。 本当に、彼は完璧な男だった。接客、会話、視線の配り方から、エスコートのすべてに至るまで、一流のセラピストとして微塵の隙もない。 しかし。 終始自分を甘やかし、完璧な立ち回りを見せているレイに対し、依織の直感は微かな違和感を覚えていた。(……レイくん、今日はどこかおかしい) ほんの僅かな間の取り方。グラスを見つめる時の、ふっと遠くを見るような瞳。 普段なら絶対に心ここにあらずな瞬間など見せない彼が、今日はほんの数ミリだけ、別の何かに心を奪われているような気が
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