「………………………………は?」 背中からさつきさんの間の抜けた声が聞こえてくる。おそらく顔を見たら相当きょとんとしていることだろう。だが俺は振り返らない。石炭を燃えさかる炎の中に放り込みながら、万感を込めて声を張り上げるのみ。 「うおおおおおおっ! さつきさん! 愛してるぞおおおおっ!」 「ち、ちょっと! 誠二様何言ってるんですか、頭オカしいんじゃないですか!?」 振り向かず、俺はぐっと親指を突き立てる。 「さつきさん、俺を舐めちゃいけないよ。俺は市川誠二! 気は優しくて力持ち! 美男子な上に、ついでお勉強だって出来ちゃうミスター完璧超人をめざす魂だ! その圧倒的な俺が、まさか人間の本音を暴露されたくらいで心揺らぐと思うかい?」 「せ、誠二様……で、でも私……っ!」 「人間は誰だって多かれ少なかれ悪意を内包しているものだ。一から十まで善人なんてありえない」 さつきさんは確かにわがままをした。それが人を傷つけた。運命も歪めた。 でも、だから何だ? それを咎めることが出来るほど、他の人間は潔癖なのか? 「俺だってそうだ。心の中では割かしドス黒い感情が渦巻いているよ。鈴子さんもそうだったろ? さつきさんに俺を取られるからって、あんなに無茶をした」 人は醜いし、汚い。誰だってそうだ。 むしろさつきさんの本音なんかかわいいものだ。ささやかすぎる。 俺が激怒する理由など、どこにもない。 「人はみんなそうだ。悪意はどこにでもある。一から十まで清廉潔白なんていやしない。誰もが悪い感情を持っていて、でもそれを隠して生きている」 確かにショックはあった。それは否定しない。俺の頭の中にあった七岸さつき像とも言うべきものがガラガラと音を立てて崩れた。だから聞きたくなかった。 でも、崩れた先に見えたもの、それもはやり、七岸さつきなのだ。 俺が愛して止まない、七岸さつきさんなのだ。 「でもね、隠したからって表に出ている感情が嘘かというと、それも違うんだ。人のために頑張ろうとか、誇り高く生きようとか、相手を笑顔にさせようとか、それはそれでまた人の本音なんだよ」
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