第91話 上海からの招聘 陽光あふれる初夏の東京、ネクスト・AI本社。 最高技術責任者(CTO)として復帰した澪のデスクの横には、最新のベビーベッドが備え付けられ、生後六ヶ月を迎えた息子の陽(はる)が機嫌よく手足を動かしていた。 「あー、うー」 「ふふ、陽、いい子ね。お母さんはもうすぐコードのチェックが終わるからね」 澪が画面から目を離して優しく微笑みかけると、陽は丸い目を細めて無邪気に笑った。 ネクスト・AIのオフィスは、仕事と育児を両立できるよう完全にバリアフリー化されており、社員たちも通りかかるたびに「陽くん、今日も可愛いですね!」「CTO、抱っこ代わりましょうか?」と温かく声をかけてくれる。 その時、社長室の扉が開き、怜央がタブレットを手に出てきた。 「澪、少し時間はあるかい? ……非常に大きくて、刺激的な案件が舞い込んできた」 「怜央さん。どんな案件ですか?」 怜央がテーブルの上に置いたタブレットには、中国語と英語で記された公式な親書が表示されていた。 送り主は、中国最大の民間製造・物流コングロマリットである『華龍(ファーロン)グループ』、そして上海市スマートシティ推進委員会だった。 「中国政府と華龍グループが共同で進めている、上海・深圳・広州を結ぶ【次世代メガロジスティクス回廊構想】の特命技術顧問として、君を招聘したいという正式オファーだ」 「中国のメガロジスティクス回廊……!」 澪は思わず息を呑んだ。 中国市場の物流規模は、日本の数十倍から数百倍に達する。特に毎年秋に開催される世界最大のEC商戦『独身の日(ダブルイレブン)』では、わずか一日で数億個、数千億元(数十兆円)もの物資が国中を飛び交う。その天文学的な物流量をさばくため、現地の古い中央サーバーは毎年パンク寸前になっており、限界を迎えていたのだ。 「華龍グループの陳(チェン)会長は、ジュネーブでの君のスピーチ、そして先日の『ルミナス・グリッド』のオープンソース公開に深く感銘を受けたそうだ。『巨大クラウドに依存せず、現場の力だけで動く自律分散AIこそが、中国の広大な国土と膨大な物流量を救う唯一の希望だ』と、熱烈なラブコールを送ってきている」 「数億個の荷物を、自律分散で……」 澪の胸の奥で、技術者としての熱い血が騒いだ。 オ
Last Updated : 2026-09-06 Read more