All Chapters of 婚約破棄された社内SEですが、私が作ったAIを止めたら元勤務先が崩壊しました: Chapter 41 - Chapter 50

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第41話 大プロジェクト完成

九月の第一週、グループ横断データ統合基盤が完成した。 最後のデータ移行テストをパスしたのは、木曜日の夕方だった。 「松本さん、最終テスト結果は?」 「全十七社、エラーゼロ。ダッシュボードのレスポンスも基準内。完了です」 澪はモニターを見た。 十七社のデータが、ひとつのダッシュボードにリアルタイムで映っている。 在庫、売上、人員、品質、物流。 グループ全体の今を、一画面で見られる。 「……完成した」 声に出すと、チームのメンバーたちが一斉に顔を上げた。 「本当に?」 と田島が言った。 「本当に。最終テストパスした」 しばらく、誰も何も言わなかった。 それから松本が、 「やった……」 と小さく言い、大野が椅子から立ち上がり、小山が、 「信じられない、本当に終わったのか」 と笑った。 田島が拍手し、それが広がっていった。 澪は拍手の輪の中に立ちながら、喉が詰まった。 泣くのを堪えた。 でも、目が熱かった。 翌日の役員報告では、北野新社長が、 「素晴らしい成果です」 と言った。 「このダッシュボードで、グループ全体の経営判断が変わります。今まで月次でしか見られなかった数字が、リアルタイムで見える。これは革命です」 室員たちへの言葉があり、最後に澪への言葉があった。 「白石さん、プロジェクトリードとして、本当にお疲れ様でした。入社一年未満でここまでやりきる人材は、なかなかいません。今後も期待しています」 「ありがとうございます。チームのおかげです」 「いや、チームをまとめるのがリーダーの仕事です。あなたはそれをやりきった」 会議が終わり、廊下に出たとき、鷹司が澪の隣に立った。 「よくやりました」 「鷹司さんのサポートがなければ、できなかったです」 「私はサポートしただけです。実際に動いたのはあなたとチームです」 「それでも」 「……お疲れ様でした、白石さん」 その一言が、澪の胸に静かに落ちた。 お疲れ様。 たった四文字が、こんなに重く温かく響いたことはなかった。 「鷹司さん」 「はい」 「私、今日、少し泣きそうです」 「泣いていいですよ」 「泣きません。でも、泣きそうくらいは嬉しい」 「そうですか」 鷹司は廊下の窓の方を向き、それから澪の方を向いた。 「今夜、お祝いをしましょう。ど
last updateLast Updated : 2026-06-15
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第42話 梓の決断

九月の中旬、梓から連絡が来た。「澪、決めた。私も転職する」「……そうか。いつ?」「来月末で退職願を出す。希望退職の波が続いてて、正直残っても建て直しが長引くと思うし、私のやりたい仕事とは離れてきてる感じがして」「梓の判断を信じる」「ありがとう。……実はね、澪に相談したいことがあって」「何?」「転職先の候補として、鷹司グループの人事部がどうかなと思って。まだ調べてる段階だけど、求人が出てたの」澪はしばらく黙った。「……梓が来るのは、嬉しい。でも、私が口を利く形にはしないほうがいいかな」「そう思う?」「うん。実力で受けてほしい。梓の経歴なら、普通に戦えるはず。ただ……事前に私が鷹司さんに話すのは、フェアじゃない気がして」「うん、そうだよね。私もそう思ってた。確認したかっただけ」「応援はする。どうなっても、応援する」「ありがとう。澪ってさ、本当に変わったと思う。前の澪は、こういうとき迷って、でも相手のために何かしてあげたくなって、結局お節介な動き方をするタイプだったけど」「そうだった?」「そうだったよ。でも今は、ちゃんと線引きができてる。相手のためになる形を、ちゃんと考えられてる」澪はその言葉を、少しの間受け取った。「……鷹司さんから学んだ部分もあるかもしれない。あの人は判断が明確で、感情より原則で動く。それを隣で見てきたから」「惚れてるね」「梓!」「いいじゃない。惚れてるの、全部顔に出てる」「出てないわよ」「出てる出てる。声のトーンが変わるもん」電話を切った後、澪はしばらく笑っていた。梓が鷹司グループを受けるとしたら、採用どうなるだろう。一緒に働けたら楽しいだろうな、とは思った。でも、それは梓が勝ち取るべきことで、澪が用意することではない。その区別が、今はすんなりとできた。翌週、仕事帰りに鷹司と並んで歩いていたとき、澪は言った。「知人が鷹司グループの人事部に応募するかもしれません。私の関係者ですが、特別扱いは一切しないでいいです。普通に選考してほしい」「誰ですか」「梓です。高瀬梓。私の親友で、前の職場の同期です」「高瀬さん。人事ですね」「はい。優秀な人ですが、それを保証する立場には私はいません。普通に選考してください」「わかりました」鷹司は短く頷いた。「あなたがそう言うなら、私も通常の選考で判断
last updateLast Updated : 2026-06-15
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第43話 秋の京都

十月の連休、ふたりは京都へ行った。鷹司が言った通り、紅葉の盛りより少し前の時期を選んだ。人が少なく、空気が澄んでいた。新幹線の中で、澪は景色を見ていた。隣に鷹司がいて、本を読んでいた。会話がなくても居心地がいい。この感覚は、最初から変わらなかった。「何を読んでるんですか」と澪は聞いた。「歴史小説。応仁の乱について」「京都に行くから?」「そうです。現地を見ると、また読み方が変わるかと思って」「……旅行の前に現地に関連する本を読んでくる人なんですね」「準備しておかないと落ち着かない性分で」「それは知ってます」「知ってるんですか」「プロジェクトでもそうでした。会議の前に必ず資料を二周読んでる」「……よく見ていますね」「隣で仕事してたら見えます」鷹司は少し苦笑いした。「あまり見られていると、緊張します」「大丈夫ですよ。いい意味で見てるので」京都に着き、まず宿にチェックインした。旅館だった。小さいが、凛とした雰囲気の宿で、部屋からは中庭の木々が見えた。「いい宿ですね」と澪は言った。「気に入ってもらえてよかった。何度か来たことがあって、好きな場所なんです」「鷹司さんが一番好きな場所って、どこですか」「……ここ、と言えるかもしれない。気持ちが落ち着く」「一人で来ることが多かったんですか」「ほとんど」「今日は二人です」「そうですね」鷹司はそっと言った。「それが、今日は少し特別な気がしています」澪は窓の外の中庭を見た。もみじはまだ青いが、少しずつ色が変わり始めていた。午後は散策した。人通りの少ない道を歩きながら、時間をかけて神社や庭園を見て回った。澪が石段で少し躓いたとき、鷹司が手を差し出した。「大丈夫ですか」「大丈夫です。ありがとう」そのまま手が繋がれた。それ以降、ふたりはずっと手を繋いで歩いた。特に何も言わなかった。何も言う必要がなかった。夕暮れ時、川沿いのベンチに座った。「……今日、楽しいですか」と鷹司が聞いた。「とても。楽しいより、幸せに近い感覚です」「幸せ」「はい。こんなふうに過ごしたことが、今まであまりなかったから」「前の交際相手とは?」「……旅行に行ったことは数回あります。でも、あまり覚えていない。何かをしてあげることが多かったから、自分が楽しんでる記憶があまり
last updateLast Updated : 2026-06-15
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第44話 梓の合格

十月下旬、梓から電話が来た。「澪! 受かった!」澪はスマートフォンを耳から離しそうになった。「落ち着いて! 何が?」「鷹司グループの人事部! 最終面接通過して、内定もらった!」「本当に!?」「本当! さっき電話来た。来年一月から来てほしいって!」澪は思わず笑顔になった。「すごい、梓! おめでとう!」「ありがとう! 正直、鷹司グループはレベルが高くて自信なかったんだけど、最終面接で役員の方に『あなたのような経験を持つ人材がほしかった』って言われて……泣きそうだった」「梓が評価されて当然だよ。四年間、人事として頑張ってきたんだから」「でも、鷹司さんは何も知らないよね? あなたが黙ってくれてたから、完全に実力勝負で」「うん。何も言わなかった。でも……鷹司さんに報告しようとは思ってる」「どういうこと?」「後で知ることになるし、私から先に話すほうがフェアかなって。採用に私が介入しなかったことは、鷹司さんも知ってるから」「澪はそういうとこ、ちゃんとしてる。……一緒に働けるの、楽しみ」「私も。梓が来てくれると心強い」「よかった。泣いちゃうわよ私」「泣きなさい。おめでとう」その夜、鷹司に報告した。「高瀬梓さんが、人事部の最終面接を通過したそうです」「知っています。今日、採用チームから報告が来ました」「……私は採用に何も関与していません」「知っています。私も確認しました」「確認したんですか?」「念のため、選考プロセスに私との関係が混入していないか確認しました。問題なかった。彼女自身の力です」澪は少し間を置いた。「鷹司さんって、そういうところも厳密にやるんですね」「フェアじゃないと、双方にとって良くない。あなたも、高瀬さんも」「ありがとうございます」「礼を言われることは言っていません。ただ、一点だけ」「はい?」「あなたが口を利かなかったのに、高瀬さんは通過しました。それはつまり、あなたの友人への評価は本物だということです」「……それは、確かに」「あなたが信頼している人は、信頼に値する人だった、ということです」澪はその言葉に、少しだけ目が温かくなった。「……鷹司さん、今の言葉、すごく嬉しかったです」「そうですか。それは良かった」「いつもそういう言い方をするんですね。そうですか、それは良かった、って」「あまり感
last updateLast Updated : 2026-06-15
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第45話 蒼真の再起

十一月。加賀から、梓経由で情報が入った。「久我蒼真が新しい会社に転職した。規模は小さいが、営業部門を立て直すというポジションで入った。加賀曰く、久我さんは今回の件で相当変わったと思う、と」梓がそれを澪に伝えた。「どう思う?」「……そうか、と思った」「複雑じゃない?」「複雑じゃないわけじゃない。でも……正直、蒼真が転職して再起するのは、悪いことじゃないと思う」「嫌いじゃないんだね、蒼真さんのことを」「嫌いではない。ただ、一緒にいることが合わなかった。それだけ」「大人だね」「大人というか……もうそこに感情のエネルギーを使う必要がないから。今は別のことに使いたい」「別のことって、鷹司さん?」「仕事も、鷹司さんも、両方。これからのことが忙しくて」「いい意味で忙しいね」「うん。本当に」実はその日、澪はもう一つのことを考えていた。蒼真が新しい会社で再起するというなら、それは良いことだ。でも澪は同時に、自分が今、とても豊かな場所にいることも感じていた。蒼真がいたころ、澪はいつも何かを与えるばかりだった。システムを作り、データを用意し、資料を作り、タイミングを計算する。それに対して返ってきたものは、「よかった」という三文字と、「事務員レベル」という評価だった。今は違う。鷹司は、澪の仕事を「よかった」と言うだけではない。なぜよかったのかを説明する。どこが優れているのかを示す。次に何が期待されるのかを伝える。与えることと、受け取ること。その両方がある。それが対等なのだと、今の澪には分かっていた。夕方、澪は鷹司に声をかけた。「少し話してもいいですか」「どうぞ」「……個人的な話なんですが、今日、元交際相手が転職したという話を聞きました」「そうですか」「悪い感情はないです。ただ、何かを整理したかったので話しました」「聞きますよ」「あの人といたとき、私はずっと与えるだけの役割でした。自分では、それでいいと思っていた。でも今、鷹司さんと一緒にいると、もらっているものがたくさんあって」「何をもらっていますか」「評価してもらえること。信頼してもらえること。考えを聞いてもらえること。……隣にいてくれること」「それは、当然のことでは」「私には当然じゃなかった。だから、気づくのに時間がかかった」鷹司は静かに澪を見た。「
last updateLast Updated : 2026-06-15
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第46話 決別の日

改行したバージョンです。十一月の終わり。澪は、一つのことをした。スマートフォンの連絡先から、久我蒼真の番号を削除した。ためらいはなかった。ただ、削除する前に、一瞬だけ画面を見た。「久我蒼真」という名前。かつては、この名前が画面に出るだけで、胸が跳ねた時期があった。今は、静かだった。削除ボタンを押した。確認画面が出る。「削除しますか?」「はい」を押した。それだけだった。その夜、澪は日記を書いた。毎日ではなく、何か大事なことがあったときだけ書く習慣になっていた。今日、蒼真の連絡先を消した。感情的なものはなかった。ただ、これが終わりの確認だと思った。一年以上かかったけど、やっと本当に区切りがついた気がする。私は蒼真のことを悪く思わない。でも、あの関係は私を小さくしていた。私自身が、自分を小さくすることを許していた。その結果が、あの関係だったと思う。鷹司さんと一緒にいると、私は大きくなれる気がする。正確には、もともとの大きさに戻れる、という感じかもしれない。ずっと縮こまっていたものが、伸びていく感覚。一年前の自分に言ってあげたい。「大丈夫、ちゃんとなるから」って。書いてから、少しだけ目が潤んだ。泣いているのか、笑っているのか、自分でもよくわからなかった。でも、悪い気分ではなかった。翌日。澪は鷹司に言った。「一つ報告があります」「何でしょう」「蒼真の連絡先を削除しました」鷹司は少しの間、澪を見た。「……それを、なぜ私に報告しましたか」「大事なことだからです。鷹司さんに知っていてほしかった」「知っていてほしかった」「はい。隠しておく理由もないし、一人で決めたことを、大事な人に伝えたかった」大事な人。その言葉を口にしながら、澪は少しだけ顔が熱くなった。でも、目を逸らさなかった。鷹司はゆっくりと言った。「……そうですか」それから、少しだけ表情を和らげた。「教えてくれてありがとうございます」「礼を言ってくれるんですか、今日は」「今日は言います」小さく息をついてから、続けた。「……重要なことを、私に話してくれるのは嬉しい」澪も、自然と微笑んだ。「これからも、いろいろ話します」「それを楽しみにしています」ふたりはそれだけ言って、それぞれの仕事に戻った。でも、澪はしばらく画
last updateLast Updated : 2026-06-15
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第47話 一周年

十二月。 澪が鷹司グループに入社してから、一年が経った。 入社記念日に、鷹司から小さな花束が届いた。 デスクに置かれていたのを見て、澪は一瞬だけ状況が理解できなかった。 花束に、小さなカードが付いている。 一年、お疲れ様でした。 来年もよろしくお願いします。 鷹司怜央 正式な名前でサインしているのが、いかにも鷹司らしかった。 午後。 ふたりで少し話せる時間に、澪は言った。 「花束、ありがとうございます。びっくりしました」 「プロジェクトが完成した月ですし、入社一年でもあるので。何か節目にしたかった」 「カードに本名でサインしてるの、面白かったです」 「名前を書いてはいけませんか」 「いけなくはないですけど、鷹司さんらしいな、と思って」 「らしい、というのは、また不器用ということですか」 「不器用じゃないです。誠実、という意味です」 「それは褒め言葉ですか」 「一番の褒め言葉です」 鷹司は、少しだけ目元を緩めた。 今年一年で、この表情を見る回数が増えた気がした。 「一年前のあなたと、今のあなたを比べると」 と、鷹司が言った。 「どう違いますか」 「全体的に、大きくなった」 「それは体格ではなく?」 「もちろん。存在感、と言えばいいか。最初はどこか自分を小さく見せていたのが、今は等身大でいる」 「……等身大」 「はい。あなたが本来持っているものを、今は素直に出している。それが一番大きな変化です」 澪は、その言葉をゆっくりと受け取った。 「鷹司さんは変わりましたか、一年で」 「変わりました」 「どう?」 「話せるようになった。感情を、少しだけ。以前は全部自分の中で処理していましたが、今はあなたに話すことが増えた」 「それは私に言ってくれていることと同じですね」 「同じです。あなたが話してくれるから、私も話せるようになった」 「影響し合ってる」 「そうなりますね」 窓の外に、冬の空が広がっていた。 去年のクリスマスイブに、ふたりがここに残ってコーヒーを飲んだことを、澪は思い出した。 「鷹司さん、一つだけ聞いていいですか」 「どうぞ」 「去年のクリスマスイブ、私の電気がついているのを見て戻ってきたとき、何を思っていましたか――本当のことを」 鷹司は少し間を置いた。 「……あなたが一人で
last updateLast Updated : 2026-06-15
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第48話 怜央のプロポーズ未満

十二月下旬、クリスマスが近づいていた。鷹司から「今年のクリスマス、どうしますか」と珍しく先に聞いてきた。「どうしますか、というのは?」「二十四日か二十五日、どちらかで夕食を、と思っていて」「両日でも大丈夫ですよ」「……両日でもいいんですか」「鷹司さんと二日連続で食事しても困りません」「困らないなら、では二十四日を」「じゃあ二十五日は別の人と?」「…………二十五日もあなたと、でいいでしょうか」澪は少し笑った。「どうぞ」二十四日は去年と同じレストランへ行った。ひとつ違ったのは、去年は「仕事帰りに立ち寄った」という体裁だったが、今年はきちんと予約していたことだ。テーブルに向かい合って、澪は少し不思議な気持ちになった。「去年のクリスマスから、一年経ったんですね」「そうですね。去年、あなたが電気をつけていた部屋に戻ってきた夜から」「一年で、ずいぶん変わりました」「私もそう思います」「鷹司さん、今年一番印象に残っていることは何ですか」鷹司はしばらく考えた。「……あなたが、プロジェクト完成後に『鷹司さんが隣にいたことが大きかった』と言ってくれたとき」「あれが一番?」「はい。仕事上の成果より、あなたのその言葉のほうが残っています」「それを聞いて、どう思いましたか ――正直なところ」「嬉しかった。ただ、それをうまく表現できなかった」「そうですか」「今も、うまく表現できているかわからないですが」「伝わっています、いつも」料理が来て、ワインを傾けながら話した。今年を振り返り、来年のことを話し、読んだ本のことを話し、どこかまた行きたいかを話した。デザートが来たころ、鷹司が少し改まった顔をした。「白石さん、一つ聞かせてください」「はい」「今後も、私の隣にいてくれますか」澪は少しだけ間を置いた。「今後も、というのは、どのくらいの時間軸ですか」「……できれば、ずっと」「ずっと」「はい。うまく言えないですが……あなたと、この先も一緒にいたい。仕事だけでなく、それ以外でも」澪は鷹司の顔を見た。いつもより少し緊張しているように見えた。完璧に見える人が、こんなふうに不安そうな顔をする。それが、澪にはたまらなく愛おしかった。「ずっとというのが、どういう形を指しているか、いつか教えてもらえますか」「……いつか、もう少し具体的に言います。今日は言葉にできる準備が」「大丈夫です。急がなくていい」「そうですか」
last updateLast Updated : 2026-06-15
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第49話 梓の初出勤

二十五日の夜も、ふたりはまた会った。昨日と同じ店ではなく、今日は少しだけ気軽なビストロだった。「二日連続ですね」と澪が言った。「そうですね」「昨日、あれだけ話したのに、また会ってる」「嫌でしたか」「全然。むしろ嬉しいです」鷹司は少しだけ安心したように息をついた。料理を注文し、温かいスープが運ばれてくる。窓の外では、街のイルミネーションが静かに輝いていた。「クリスマスっぽいですね」と澪が言う。「そうですね」「鷹司さん、去年の今ごろ、今年こうなっていると思っていましたか」「思っていませんでした」即答だった。「少しは考えませんでした?」「考えません。私は、かなり悲観的なので」「悲観的なんですか」「物事は悪いほうも想定します。だから、こうしてあなたと二日続けて夕食を食べている未来は、予想できませんでした」澪は少し笑った。「私は……少しだけ、予感はありました」「いつからですか」「去年のクリスマスイブ」鷹司が目を瞬かせる。「そんなに前から」「恋愛感情として自覚していたわけじゃないです。でも……この人とは、何か縁があるのかもしれない、とは思っていました」鷹司はしばらく黙っていた。「……それを聞くと、少し嬉しいです」「今日は『少し』が多いですね」「大変嬉しい、と言うのは気恥ずかしいので」澪は思わず笑った。「ちゃんと照れるんですね」「照れます」「なんだか安心しました」「何にですか」「完璧な人じゃないんだな、って」「最初から完璧ではありません」「知ってます」「そうですか」「不器用だし、緊張するし、言葉を考え込むし」「……ずいぶん観察されていますね」「一年ずっと隣にいましたから」鷹司は小さく息を吐いた。「では、私も一つ言います」「はい」「あなたも変わりません」「私?」「人をよく見ている。人の変化によく気づく。そして、それを言葉にしてくれる」澪は少しだけ目を見開いた。「そういうところに、何度も助けられました」「私が?」「はい」「……初めて聞きました」「言っていなかったので」「もっと言ってください」「努力します」ふたりは顔を見合わせて、少し笑った。食事が終わるころ、店員が小さなデザートプレートを運んできた。メリークリスマス、とチョコで書かれている。「予約のときにお願いしまし
last updateLast Updated : 2026-06-15
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第50話 私の名前で、生きていく

二月の終わり。 夕方のオフィスは、少しだけ慌ただしかった。 来年度の組織体制が発表され、あちこちで人が集まって話している。 澪は自席で資料をまとめていた。 左手の薬指には、あの日から毎日リングがある。 まだ見慣れない。 ふとした瞬間に目に入って、そのたびに少しだけ胸が温かくなる。 「白石さん。」 顔を上げる。 鷹司だった。 「少し、時間いいですか。」 「はい。」 会議室に入る。 最近、この部屋に来るたびに人生が変わっている気がする、と澪は思った。 鷹司は手に持っていた書類をテーブルに置いた。 「来年度の組織案です。」 仕事だった。 澪は少しだけ気が抜けて、思わず笑った。 「どうしました。」 「いえ……最近、この部屋でいろいろありすぎて。」 鷹司は少し考えた。 「ああ……そうですね。」 少し間があった。 「確かに、そうかもしれません。」 その言い方がおかしくて、澪はまた笑った。 二人で資料を確認する。 新規プロジェクト。 AI導入支援。 データ基盤の横展開。 来年度も忙しくなりそうだった。 「……また、大変そうですね。」 「そうですね。」 「でも、去年ほど怖くないです。」 鷹司が顔を上げた。 「怖くない。」 「はい。」 澪は資料に目を落としたまま言った。 「できるかどうかわからない、と思っていた時期は終わったので。」 静かな沈黙が落ちた。 それから、鷹司が言った。 「強くなりましたね。」 「強くなりました?」 「はい。」 澪は少し考えた。 「……強くなったというより、自分を信じられるようになったのかもしれません。」 鷹司はゆっくり頷いた。 「それが、一番強いと思います。」 会議室を出ると、窓の向こうは夕焼けだった。 冬が終わろうとしている。 春が近い。 一年前の今ごろ。 澪はまだ、オーシャン商事にいた。 自分の価値がわからなくて、毎日どこか苦しかった。 一年で、こんなに変わるのか。 人生は不思議だ。 「白石さん。」 隣を歩いていた鷹司が言う。 「はい。」 「来月、桜が咲きますね。」 「そうですね。」 「また、見に行きませんか。」 澪は少し目を見開いた。 去年。 桜の下で。 『部下としてではない』と言われた日を思い出す。 「……行きたいです
last updateLast Updated : 2026-06-15
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