All Chapters of 婚約破棄された社内SEですが、私が作ったAIを止めたら元勤務先が崩壊しました: Chapter 11 - Chapter 20

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第11話 鷹司怜央との出会い

婚約破棄された社内SEですが、私が作ったAIを止めたら元勤務先が崩壊しました 第11話 鷹司怜央との出会い  鷹司グループのオフィスは、都心の一等地にある高層ビルの三十二階だった。  エレベーターが開いたとき、澪はまず天井の高さに圧倒された。ガラス張りの壁から見える東京の景色、洗練されたデザインの受付、静かに流れるBGM。自分がこれまでいたオーシャン商事のフロアとは、別の世界のようだった。 「白石様でいらっしゃいますか。本日はお越しいただきありがとうございます」  受付の女性が柔らかな笑顔で迎えた。澪はスーツのジャケットをそっと正し、「はい」と答えた。  会議室に通されると、五分も経たないうちにドアがノックされた。  入ってきた男は、三十歳前後だろうか。長身で、体格は細身だが姿勢が良く、着こなしたダークスーツが違和感なく馴染んでいる。顔立ちは整っているが、派手ではなく、どこか影のある落ち着いた印象だった。黒縁の眼鏡をかけていて、その奥の瞳は静かで、鋭い。 「白石澪さんですね。鷹司怜央です。わざわざお越しいただいてありがとうございます」  声は低く、穏やかだった。握手を求める素振りはなく、代わりに丁寧に頭を下げた。澪も頭を下げた。 「ご連絡をいただいて、少し驚きました。どこでGitHubを」 「業界内でシェアされていたんです」鷹司は椅子に座りながら言った。「DXエンジニアのコミュニティで、ある方が『面白いリポジトリがある』と紹介していて。商社向けの営業支援AIのアーキテクチャが、非常に実用的なアプローチをとっている、と」  澪は目を瞬かせた。自分のGitHubが、そんな形で広まっていたとは知らなかった。 「拝見して、すぐに直接コンタクトしようと思いました。お名前と前職を少し調べると、オーシャン商事のSEをされていたと。先月退職されたとも」 「……詳しく調べていただいて」 「ご不快でしたら」 「いいえ。ただ、驚いて」  鷹司は少し眉を動かした。「直接メールを送ったことについても、不躾だったかもしれません。ただ、採用エージェントを挟むより先に、直接話をしたかった」 「それは、どういう意図で」 「エージェントを挟むと、どうしてもスペックシートを見た印象で話が進む。でも私が会いたかったのは、スペック
last updateLast Updated : 2026-06-15
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第12話 新しい世界の扉

婚約破棄された社内SEですが、私が作ったAIを止めたら元勤務先が崩壊しました 第12話 新しい世界の扉  鷹司グループとの面談から三日後、澪は入社承諾書に署名した。  梓に報告したのはその夜だった。 「鷹司グループに決まった」  電話口から、梓の声が一オクターブ上がった。「えっ、鷹司グループ? あの鷹司グループ? 財閥の?」 「そう。DX推進室のシニアエンジニア」 「…………澪、ちょっと待って。頭が追いつかない」 「私も追いついてない」 「給与は?」 「倍以上って言ってた」 「倍以上」梓はしばらく無言だった。「……蒼真さんが縁談を求めた鷹司グループに、澪がエンジニアとして入社するの?」 「そうなるね」  また沈黙。それから梓は爆笑した。 「澪! これ、すごいことよ。運命的なざまあじゃない!」 「そういう感覚はまだない。ただ、認めてもらえた仕事をしたい、という気持ちは本物」 「ねえ、鷹司怜央さんってどんな人? 有名な人でしょ、業界で」 「知らなかった。でも会ってみたら……真摯な人だった。DXが本当に理解されないもどかしさを、ちゃんとわかってる人だった」 「かっこいい?」 「……話がそこに行くの」 「行くでしょ! 教えて」 「落ち着いた感じの人。整った顔してるけど、派手じゃない。眼鏡かけてた」 「眼鏡! 澪の好みじゃない!」 「梓、仕事の話をしてる」 「わかってる。でも設定が完璧すぎて、小説みたいよ」  澪は苦笑いしながら電話を切った。  翌週から、澪は鷹司グループDX推進室に出社し始めた。  初日から、その環境のちがいに驚いた。  まず、オフィスがきれいだった。清潔で機能的で、エンジニアの作業環境に配慮した広いデスクスペースがある。個室とオープンスペースのバランスがよく、集中したいときにすぐ静かな場所を確保できる。  次に、使えるツールの水準が違った。最新のクラウドサービス、高性能なマシン、充実した開発環境。オーシャン商事では「コスト削減」を理由に古い機材を使い続けることも多かった。  何より違ったのは、周囲の人間のレベルだった。  DX推進室のメンバーは十二人。全員が、各分野の専門家だ。クラウドアーキテクチャの専門家、データサイエンティスト、
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第13話 初めての承認

婚約破棄された社内SEですが、私が作ったAIを止めたら元勤務先が崩壊しました 第13話 初めての承認  DX推進室の定例会議は、毎週月曜日の午前に行われた。  室員が全員集まり、各自の担当プロジェクトの進捗を報告する形式だ。議事録はリアルタイムで共有され、質疑応答は活発で、誰もが遠慮なく意見を言う。  澪が入社して最初の定例、つまり二週目の月曜日。  澪は昨夜ほとんど眠れなかった。準備した資料を何度も読み直し、想定質問を考え、発表の順番をシミュレーションした。 (失敗したらどうしよう。レベルが低いと思われたら)  そういう考えが、夜中にぐるぐると浮かんでは消えた。  会議室に入ると、室員たちがすでに着席していた。全員が自分のラップトップを開き、前の発表のメモを取っている。誰もがプロに見えた。  澪の番が来た。 「白石です。物流子会社の現状調査報告をします」  声が少し緊張で固くなった。でも画面を共有し、資料を映した瞬間、澪の思考は「発表モード」に切り替わった。 「調査した結果、三つの主要課題があります。一つ目はデータの分断。現在、在庫データ、配送データ、請求データがそれぞれ別のシステムで管理されており、統合されていない。二つ目は入力の属人化。基幹システムへの入力が特定の担当者に依存しており、不在時に業務が止まる。三つ目はリアルタイム可視化の欠如。現在の在庫状況や配送状況が、マネージャー層からはリアルタイムで見えない」  室員たちがメモを取っている。 「改善案として、データ統合レイヤーの構築を提案します。三つのシステムからデータをAPIで引っ張り、統一データベースに集約する。そこにダッシュボードを被せることで、リアルタイムの可視化を実現する。入力の属人化については、RPA適用で一部自動化できます」  話し終わると、鷹司が言った。「質問どうぞ」  すぐに手が挙がった。データサイエンティストの小山が言う。 「APIの設計について、現行の三システムはレガシーですよね。RESTで繋げますか?」 「一部レガシーです。ただ、CSVエクスポート機能があるので、バッチで繋ぐハイブリッドアプローチが現実的かと。RESTを無理に整備するよりコスト効果が高いと判断しました」 「なるほど。現実的な判断ですね」 
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第14話 二人の共通点

婚約破棄された社内SEですが、私が作ったAIを止めたら元勤務先が崩壊しました 第14話 二人の共通点  鷹司グループDX推進室の仕事は、澪が想像していたより深くて広かった。  物流子会社のプロジェクトを進めながら、並行してグループ内の別の会社からヒアリング依頼が来た。製造子会社の品質管理データの整理、人事部門の採用データ分析、子会社横断の経費精算システムの見直し。次々と相談が舞い込んでくる。 「白石さん、抱えすぎていませんか」  ある昼、鷹司が澪の席に立ち寄った。 「大丈夫です。さばける量です」 「本当に?」 「……正直なところ、少し多い気もしますが。でも、やりたい仕事ばかりで断れなくて」  鷹司は少し沈黙した。 「断ることも、業務です。優先度をつけて、重要でないものは後回しにする。それを判断するのも専門家の仕事のうちです」 「……そうですね。慣れていなくて」 「前の職場では?」 「断れなかった。断ると、もっと軽く扱われそうで」  鷹司は澪を見た。静かな、でも注意深い目だった。 「ここでは違います。断ること、優先度をつけることを、私は評価します。引き受けすぎて質が下がるより、少なくても良いものを作るほうがいい」 「……わかりました」  その日の夕方、澪と鷹司は珍しく残業時間帯に同じフロアにいた。他のメンバーはほとんど退社していた。  鷹司がコーヒーメーカーの前に立っているのを見かけて、澪は通りかかった。 「コーヒー、使ってもいいですか」 「どうぞ。カプセルはこちら」  澪はコーヒーカプセルを選びながら、何となく言葉が出た。 「鷹司さんって、いつも遅くまでいますね」 「今日は資料の見直しがあって。本来は早く帰る主義です」 「意外です」 「意外?」 「なんとなく、仕事一本の方かと」 「そう見えますか」鷹司はコーヒーカップを受け取りながら言った。「仕事は好きですが、人生のすべてではない。ただ、好きな仕事をするために、他のことを後回しにしてきたことは否定できない」  ふたりは近くの椅子に自然と腰を下ろした。 「DX推進室を立ち上げたのは、五年前とおっしゃってましたね」 「はい。最初は私ひとりでした」 「最初からこの規模ではなかったんですか」 「最
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第15話 崩壊・第四段階──大型契約が破談寸前

婚約破棄された社内SEですが、私が作ったAIを止めたら元勤務先が崩壊しました 第15話 崩壊・第四段階──大型契約が破談寸前  九月末、梓から着信があった。 「澪、ちょっとこれ聞いて。すごいことになってる」 「何があった?」 「オーシャン商事がKBC商事との大型契約を失いかけてる。KBCって知ってる? うちが上半期に取った最大の案件よ」  澪は少し考えた。KBC商事は国内大手の食料品卸売業者で、確か蒼真が上半期に担当して大型の長期契約を取り付けた案件だ。あのとき澪のAIが、「KBC商事の担当者が来月の四週目に予算承認を取る予定、その前週にアプローチせよ」と示した。蒼真はその通りに動き、見事に契約を取った。 「どうしてKBCが?」 「定期レビューで、先方から追加の分析データを要求されたんだけど、そのデータが出せなかったって。蒼真さんが担当してるんだけど、以前みたいな精度の提案ができなくて、先方が他社を検討し始めたらしいの」 「……そうか」 「澪、このまま破談になると、オーシャン商事の今期の業績が相当悪いことになる。KBCとの契約ってかなりの割合を占めてたはずで」 「どのくらい?」 「聞いた範囲だと、売上全体の約十五パーセント相当って。それが一気に消えると……」  澪は静かに答えた。「わかった」 「澪は……何も思わない?」 「思う。でも、どう思えばいいか、まだわからない」 「そう」梓はしばらく間を置いた。「私は怒ってる。あなたがあんなに頑張っていたのに、会社はちゃんと評価しなかった。その結果がこれよ」 「梓……」 「蒼真さんは今日も社内で大きな声で喋ってたけど、明らかに焦ってた。顔が青かった。浅野部長なんか、毎日机に突っ伏してる感じ」 「梓は大丈夫?」 「私は関係ない部署だから、直接は影響ない。でも社内の空気が暗くて、しんどい」  澪は電話を持ち替えた。 「梓、もし状況が悪くなって、自分に影響が出そうだったら早めに教えて」 「うん、ありがとう。……澪は今、どう? 新しい職場は」 「いい。本当に、思っていた以上にいい。仕事が楽しい」 「楽しい?」 「楽しいって気持ち、久しぶりだって気づいた。前の会社では、楽しいというより、義務感で動いていた部分が大きかったかもしれない
last updateLast Updated : 2026-06-15
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第16話 評価される喜び

婚約破棄された社内SEですが、私が作ったAIを止めたら元勤務先が崩壊しました 第16話 評価される喜び  物流子会社のデータ統合プロジェクトが、初期フェーズを終えた。  澪が設計したデータ統合レイヤーが稼働し、それまでバラバラに管理されていた在庫・配送・請求のデータが、ひとつのダッシュボードに集約された。リアルタイムで在庫が確認でき、配送の遅延も即座に検知できる。  子会社の現場担当者から、メールが届いた。 「白石さん、先週から使い始めました。今まで朝の確認に三十分かけていたのが、五分で終わります。ありがとうございます!」  澪はそのメールを読んで、少しの間画面を見つめた。  (三十分が五分になった)  具体的な数字だった。誰かの毎日が、少しだけ楽になった。その事実が、澪の胸に静かに温かく広がった。  鷹司に報告すると、彼は短く「よかった」と言った。 「次フェーズの計画をいつまでに出せますか?」 「来週の定例までに概案を出します。詳細は二週後に」 「了解です。現場の反応はどうでしたか」 「好評でした。想定より早く使いこなしてくれています。一点、現場から『配送状況のアラート閾値を変えたい』という要望がありました。柔軟に設定できる機能を追加しようと思います」 「現場の意見を取り込む判断は正しい。そのまま進めてください」  定例会議でも、プロジェクトの成果報告は好評だった。 「フェーズ1が予定通りに完了して、しかも現場が使いやすいという反応が出てる。白石さん、現場とのコミュニケーションが上手いですね」  小山が言った。澪は少し驚いた。 「コミュニケーション、ですか?」 「技術的な説明を、現場の言葉で説明できてる。エンジニアってそこが苦手な人多いんですよ。専門用語を並べて、現場が使いこなせなくなるパターン」 「……前の職場で、技術者以外の人と話すことが多かったので」 「それは強みですよ。うちのチームに必要なものだと思う」  その言葉が、じんわりと澪の中に染みた。  強み。  オーシャン商事では、澪の仕事は「雑用」の延長として見られていた。営業部員と話したり、現場の問題を地道に解決したりすることが、「高度な技術職」として評価されることはなかった。  ここでは、それが強みと言わ
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第17話 蒼真の転落

婚約破棄された社内SEですが、私が作ったAIを止めたら元勤務先が崩壊しました 第17話 蒼真の転落  十月、久我蒼真は初めて、自分が何もできないことを理解しはじめていた。  これまでは「俺の読みが当たった」と思い続けてきた。AIが最適なタイミングを指示し、澪が資料を作り、そのお膳立ての上に自分が乗ってきただけだとは、知らなかった。いや、どこかで感じていたかもしれない。でも認めたくなかった。  KBCとの契約が危うくなっているのは、何より自分のせいだとわかっていた。先方の購買担当者・橋本さんは、以前の澪のAI分析の結果を元にした提案を気に入っていた。精度の高いデータと、タイミングの正確さを信頼してくれていた。  今の蒼真にそれはできない。  橋本さんに電話した。 「久我さん、先日の件ですが、うちとしても別の選択肢を検討し始めています」 「橋本さん、少しお時間をいただけますか。改めて提案を持参したいのですが」 「提案の内容次第ですが……正直に言うと、以前の精度の分析が出てこないなら、他社さんと並んでの比較になります」  電話を切った後、蒼真は自席でしばらく動けなかった。  以前の精度の分析。それを出してきたのは、白石澪だった。  (俺は……何をしていたんだ)  蒼真は久しぶりに、過去二年間を振り返った。澪が毎週送ってきたダッシュボードの更新。「今週のおすすめアクション」のメール。プレゼン資料の依頼に即座に応じてくれた深夜の作業。  蒼真はそれを「便利なツール」として使い続けた。「澪がなんかやってくれてる」という認識で。 「SEなんてパソコンに詳しい事務員だろ」と言ったことがある。「女が技術職とか笑わせるな」と言ったこともある。加賀に向かってそう言ったとき、澪はその場にいなかった。だから伝わっていないと思っていた。  梓さんが人事部にいることを、蒼真は忘れていた。  十月の半ば、社内で噂が広まっていた。KBC商事が他社と契約を切り替える方向で動いている、と。そしてその「他社」が、鷹司グループの関連商社だという話が来た。 「久我、聞いたか。KBCが鷹司グループに流れるかもしれない」加賀が小声で言った。 「……聞いた」 「しかも鷹司グループには最近、元SEが入ったとかいう話があって。業界内で少し
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第18話 澪の成長

婚約破棄された社内SEですが、私が作ったAIを止めたら元勤務先が崩壊しました 第18話 澪の成長  鷹司グループに入って二ヶ月が経ったころ、澪は自分の中に変化を感じていた。  仕事に対する姿勢ではなく、自分への評価だ。  オーシャン商事にいたころ、澪は常に「私のやっていることは本当に価値があるのか」と疑っていた。どれだけ精度が上がっても、どれだけ成約率が改善されても、誰も認めてくれなければ「本当に意味があるのかな」という疑念が消えなかった。  今は違う。  「白石さんのこのアプローチ、面白い」「この設計、スケーラブルですね」「現場の反応がいい、白石さんの説明のおかげですよ」。そういう言葉が日常的に来る。最初は戸惑いながら「ありがとうございます」と答えていたが、だんだんと素直に受け取れるようになっていた。  ある日の定例で、鷹司がこう言った。 「今月の物流子会社の業務時間削減、白石さんのシステムで達成できました。工数換算で月約二百時間。年に直すと二千四百時間の削減。これはコスト面でも大きい。お疲れ様でした」  パソコンのキーを叩く音が止まり、室員たちが拍手した。  澪は、その拍手を受けながら、何かが胸にこみ上げてきた。泣くのを堪えるほどではなかったが、確かな温かさがあった。 「ありがとうございます」  今日は、その言葉がちゃんと出た。  仕事終わり、小山に声をかけられた。 「白石さん、最近すごく活き活きしてますね。最初のころと全然違う」 「最初のころ、そんなに違いましたか」 「違いましたよ。最初は少し萎縮してるみたいな感じで。今は……前に出てきてる感じがする」  澪は苦笑いした。「前の職場のクセが抜けてなかったのかもしれません。あまり主張すると邪魔者扱いされることが多かったので」 「それは残念な環境ですね」小山は首を振った。「でも今は遠慮なく言ってくれて大丈夫です。白石さんの意見、室内でも評価されてるから」  その言葉を聞きながら、澪は思った。  (評価されている)  恐る恐る、確認するように、その事実を受け取った。  週末、梓とカフェで会った。 「顔が変わったよ、澪」梓がコーヒーを飲みながら言った。「目の下のクマがない」 「十一時には寝てる」 「前は何時に寝てたの」
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第19話 崩壊・第五段階──株主が激怒

婚約破棄された社内SEですが、私が作ったAIを止めたら元勤務先が崩壊しました 第19話 崩壊・第五段階──株主が激怒  十一月初旬、オーシャン商事の第二四半期決算が発表された。  数字は惨憺たるものだった。  売上高は前年同期比マイナス二十二パーセント。営業利益はマイナス三十一パーセント。特に痛かったのはKBC商事との大型契約が事実上の破談になったことで、下半期の見通しも大幅に修正しなければならなかった。  決算発表から二日後、緊急の株主向け説明会が開かれた。  北野社長が壇上に立ち、業績悪化の説明をした。「市場環境の変化による影響」「営業戦略の見直し」「システム基盤の再整備」という言葉を並べたが、出席した株主からは容赦ない質問が飛んだ。 「具体的な原因は何ですか。上半期まであれほど好調だったのに、下半期でここまで落ちる経営上の理由を教えてください」  北野社長は言葉を選んだ。 「情報システムの運用体制に課題があり、それが営業支援ツールの停止につながりました。現在は再整備を進めています」 「営業支援ツール? それはなんですか」 「社内で使用していたAIを活用した営業支援システムです。このシステムが停止し、営業成績に影響が出ました」 「なぜ停止したんですか」  北野社長は少し詰まった。「担当者の退職に伴い……」 「担当者の退職で止まるシステムを、なぜ運用していたんですか。それはリスク管理上の問題では?」  株主の発言が鋭くなった。 「御社の業績を支えていたシステムが、個人に依存していたということですか。そのリスクを経営陣は把握していたんですか」 「……把握が不十分だったことは、認めざるを得ません」 「月一円でライセンスしていたというのは本当ですか?」  ざわめきが起きた。北野社長は「はい」と答えるしかなかった。 「月一円? それが会社の売上の根幹を支えていたシステムの利用料金ですか?」 「……はい」 「社長、それは経営判断としてどう説明しますか。タダ同然で使い続けて、退職したら止まった。つまり御社は、個人ボランティアのシステムに会社の命運を預けていたということではないですか」  会場が静かになった。北野社長は何も言えなかった。  その夜、業界メディアが速報を出した。 
last updateLast Updated : 2026-06-15
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第20話 怜央の過去

婚約破棄された社内SEですが、私が作ったAIを止めたら元勤務先が崩壊しました 第20話 怜央の過去  その週の木曜日、澪は鷹司と残業が重なり、またふたりでオフィスに残った。  今度は鷹司のほうから「コーヒーでも」と言ってきた。前回より、少しだけ自然な誘い方だった。澪は「ありがとうございます」と答えて立ち上がった。 「少し聞いてもいいですか」と澪は言った。「個人的なことで」 「どうぞ」 「鷹司さんが、最初にDXを推進しようとしたとき、最も大変だったことは何ですか」  鷹司はしばらく考えた。澪は急かさなかった。 「孤立でした」と、鷹司は言った。「DX推進室を立ち上げた当初、誰も味方がいなかった。御曹司だから反感もあった。グループ各社の社長たちは私を『本社から送り込まれた監視役』と見ていたし、本社の役員たちは私を『若者の思いつき』と見ていた。提案を出すたびに却下され、会議に呼ばれないこともあった」 「……それは、つらいですね」 「つらいというより、腹が立ちました」鷹司は少し目を細めた。「私は正しいことをしていると思っていたので。データは揃っている、設計は合理的だ、なぜ見てくれないんだと。今思えば若かった」 「今と何が違いますか」 「今はわかります。正しいことが伝わらないのは、相手が間違っているのではなく、伝え方が足りていないことが多い。データを見せるだけでは動かない。人は感情と利害で動く。そこを理解するのに、二年かかりました」  澪はその言葉を頭に刻んだ。 「最初に成果が出たプロジェクトは何ですか」 「製造子会社の工場の生産管理です。不良品の発生率が高くて困っていたところに、IoTセンサーとAIを組み合わせて、不良の予兆を事前に検知するシステムを作った。三ヶ月で不良率が三十パーセント下がった」 「それで、態度が変わった?」 「一夜にして変わりました」鷹司はどこか皮肉な口調で言った。「昨日まで無視していた社長たちが、翌日には『次はうちでも』と言ってくる。人は現金なものです」 「……私も、同じ経験をしました。AIが成果を出すと、急に使いたい人が増えた」 「そうですね。ただ、それでいい。成果が出れば人が動く。それを繰り返せば、組織は変わる。感情論より実績論のほうが、結局は速い」  ふたりはしばらく
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