All Chapters of 婚約破棄された社内SEですが、私が作ったAIを止めたら元勤務先が崩壊しました: Chapter 31 - Chapter 40

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第31話 蒼真の最後の賭け

婚約破棄された社内SEですが、私が作ったAIを止めたら元勤務先が崩壊しました 第31話 蒼真の最後の賭け  三月の終わり、久我蒼真はオーシャン商事の廊下を、まるで別人のような歩き方をしていた。  かつての颯爽とした足取りは消え、視線は床に落ちている。スーツは相変わらずきれいだが、目の下にクマができ、髪のセットが少し乱れていた。  今期の営業成績は、部内最下位だった。  あれほど誇っていた三年連続トップの実績は、過去のものになっていた。評価面談で課長への昇進候補から外されたとき、蒼真はその場で何も言えなかった。  KBC商事との契約は、鷹司グループ系の商社に移ったことが確定した。先方の担当者・橋本さんから「大変申し訳ないが、今後は別のルートでお願いしたい」という言葉が来たとき、蒼真は返す言葉がなかった。  そして社内では、誰もが知っていた。鷹司グループのDX推進室に白石澪が入ったことを。KBCに新しい分析を提供したのが澪である可能性を。  (澪が……鷹司の隣にいる)  その事実が、蒼真の胸に引っかかり続けていた。悔しいのか、嫉妬なのか、それとも単純に恋しいのか、自分でもわからなかった。  ある日の夕方、蒼真は意を決した。  今度は메시지ではなく、直接会いに行くつもりだった。鷹司グループのビルに行けば、澪が出てくるかもしれない。そこで話せれば。  (バカか、俺は)  ビルの前まで来て、足が止まった。  高層ビルの前に立って、中にいる元恋人を待つ。それがどれだけみっともない行為か、ここに来て初めて実感した。  しばらくそこに立っていると、ビルの自動ドアが開いた。  出てきたのは、澪だった。  隣に、男がいた。  長身で、黒縁眼鏡をかけた、落ち着いた印象の男。二人は話しながら歩いている。澪が何か言い、男が頷く。その会話の間、澪は笑っていた。  蒼真が知っている澪の笑顔より、少しだけ違った。  以前の澪は、笑うとき常に少しだけ遠慮が混じっていた。自分の感情を抑えているような、全部出しきらないような。でも今の澪は、素直に笑っていた。  (あれが、鷹司か)  名前は知っていた。財閥グループの御曹司で、DX推進室の室長。縁談を断られた相手の一族。  ふたりはこちらに気づかずに駅の方向へ歩い
last updateLast Updated : 2026-06-15
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第32話 春の告白未満

四月、桜が満開になったある日曜日。 鷹司から「今日は時間がありますか」とメッセージが来た。 珍しいことだった。休日に連絡を寄越すことは、これまでなかった。 「桜が見頃らしく、一人で行くのも味気なくて」 澪は少しの間、スマートフォンを持ったまま固まった。 「……桜を見に行こう、ということですか?」 「そうです。嫌でなければ」 「嫌じゃないです」 「ではどこかで待ち合わせを」 鷹司が指定したのは、都内の有名な桜の名所だった。 午後二時、公園の入り口。 澪が着くと、鷹司はすでにいた。 平日とは違い、ダークグレーのコートに、首元に薄いストールを巻いていた。いつものスーツ姿より少し柔らかく、でも鷹司らしい落ち着いた印象はそのままだった。 「来てくれてありがとうございます」 「誘ってもらえて嬉しかったです」 「そうですか」 鷹司はわずかに安堵した様子だった。 「急だったかと心配で」 「急でも、嬉しいものは嬉しいです」 「……そういう答えができるの、いいですね」 「どういう意味ですか?」 「私は思ったことをそのまま言うのが難しくて。あなたはいつもシンプルに答える。羨ましい」 「でも私も、前はもっと言えなかった。最近、少し変わってきた気がします」 「何が変えましたか」 「……鷹司さんが、正直に話してくれるから」 鷹司は少し黙った。 「私が?」 「はい。クリスマスイブも、打ち上げの夜も、ストレートに言葉をくれた。だから私も、出しやすくなった」 並んで桜並木を歩いた。 人が多く、ゆっくりとした歩みになる。 花びらが時々ふたりの間を舞った。 「鷹司さんは、桜が好きですか」 「好きかどうかより、見ると何かが軽くなる気がします。毎年、大事な決断をするのがこの時期になることが多い」 「どんな決断を?」 「DX推進室を立ち上げたのも、四月でした。最初のプロジェクトを動かしたのも」 「じゃあ今年も、何か決断がありますか」 鷹司は少しの間、前を向いたまま歩いた。 「……あります」 「どんな?」 「まだ言葉にできていない」 澪は聞き返さなかった。 ベンチが空いていたので、ふたりは座った。 目の前に桜の木があり、花びらが静かに落ちていた。 「白石さん」 「はい」 「あなたが入社してから、七ヶ月が経ちます」 「そ
last updateLast Updated : 2026-06-15
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第33話 フェーズ2の壁

四月の後半、プロジェクトはフェーズ2に入った。製造子会社三社のデータ統合が対象だ。物流・食品と違い、製造データは種類が多く、センサーデータや品質管理データも含まれる。複雑さが一段階上がった。問題が起きたのは、最初の二週間だった。製造子会社のひとつ、鷹司精機の工場長が、プロジェクトへの協力を渋ったのだ。「うちのデータは特殊なんですよ。他と一緒にまとめられると、技術情報が漏洩するリスクがある」澪はヒアリングの席で、その言葉を聞いた。「どのようなデータに懸念がありますか?」「生産ラインの詳細データです。うちの製法は機密に近い。他の子会社にも見えてしまうなら、困る」「そこは設計で対応できます。アクセス制御を部門ごとに設けて、他社に見えないようにする。技術的には難しくありません」「でも、システムが統合されたら、どこかで漏れる可能性があるんじゃないですか」「ゼロとは言えませんが、現在の完全に分断されたシステムのほうがセキュリティリスクは高い。管理されていないシステムは、管理されていないセキュリティホールを持ちます」工場長は腕を組んだ。「でも今まで問題はなかった」「今まで問題がなかったのは、今まで問題が発覚していなかっただけかもしれません。データ統合と同時に、セキュリティ監査も入れる提案をします」ヒアリングが終わり、澪はチームに戻った。「鷹司精機、協力を渋ってます。セキュリティ懸念と、変化への抵抗感が半々くらい」「どうしますか」と大野が聞いた。「工場長を動かすには、工場長の上を動かす必要がある。鷹司さんに相談します」澪は鷹司に状況を報告した。「鷹司精機の現場が懸念しています。技術的には対応できますが、トップダウンの承認が必要かと思います」「わかりました。精機の社長に話します。あなたは技術面での提案書を用意してください。私がセットします」「ありがとうございます」「困ったら言ってください。現場調整は技術力だけでは解決しない。そこは私が動きます」鷹司が動くと、翌週には精機の社長から「協力する方向で」という連絡が来た。ただ、今度は別の問題が出た。製造データのフォーマットが想定より複雑で、変換ロジックを一から書き直す必要が出てきた。「白石さん、これ追加の工数が大きいです」と松本が言った。「一週間は伸びます」「わかった。役員への報
last updateLast Updated : 2026-06-15
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第34話 蒼真の懺悔

五月の連休中、澪は梓と合流した。近所のカフェでケーキを食べながら、梓がスマートフォンを差し出した。「これ見て。SNSで話題になってる」業界系のアカウントのまとめ投稿だった。『中堅商社がSEの個人AIに依存して崩壊した話』というタイトルで、かなりの引用が集まっていた。コメント欄を見ると、「こういう管理体制どうなの」「SEって本当は重要なのにな」「その女性エンジニアすごい、今どこにいるんだ」というような反応が並んでいた。「すごい広まってる」と梓が言った。「会社の名前は出てない?」「オーシャン商事って書いてるコメントもあるけど、投稿自体は匿名で。あなたの名前は出てない」「そっか。……少し複雑だけど」「どう複雑なの?」「会社が批判されているのはわかる。でも同時に、あそこで頑張ってた人たちのことも思うと……」「坂本くんとか?」「うん。坂本くんはいいエンジニアになれると思う。でも今の状況では、なかなか難しいと思うから」「坂本くんは最近、転職活動してるって聞いた」と梓が言った。「私に相談しに来た。参考になる会社を教えてほしいって」「梓、ちゃんと教えてあげて」「もちろん。私も澪に言いたいことがあって」「何?」「実は、蒼真さんと少し話した」澪は顔を上げた。「え」「向こうから来たの。人事に相談に来た……退職を考えているって」「退職?」「うん。今期の評価で昇進の目がなくなって、縁談も消えて、成績も最下位で。さすがに潮時だと思ってるみたいで」「……そうか」「私に何か伝言を頼まれた。直接澪に連絡するのは遠慮するって言ってた。ちゃんと配慮できるようになってた」「伝言って?」「本人の言葉を借りると……『白石澪は優秀なエンジニアだった。俺がそれに気づかなかっただけで、本物だった。彼女が今、ちゃんと評価される場所にいるなら、それは当然のことだ』って」澪はケーキのフォークを止めた。「……それを、伝えてほしいって?」「うん。あと、謝りたかったけど顔を合わせる権利がないと思ってるって。だから梓に言った、って」澪はしばらく黙っていた。窓の外で、五月の陽光が差している。「……受け取った」「澪、どう思う?」「……かわいそうだとは思う。でも、今更何かが変わるわけじゃない。ただ、この言葉をちゃんと伝えてくれた蒼真が、少し変わった
last updateLast Updated : 2026-06-15
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第35話 雨の夜の告白

五月の中旬、梅雨の走りのような雨が降り続けた夜だった。澪はオフィスに少し遅くまで残っていた。製造データの変換ロジックの最終確認をしていたのだが、実は少し手が動いていなかった。梓との会話から数日が経つ。(言いたいことを言わなきゃ)と思いながら、機会がなかったわけではなかった。ただ、踏み出せなかった。扉のノック音がした。「入っていいですか」鷹司だった。会議を終えたばかりらしく、ネクタイを少し緩めていた。「どうぞ」「少し残っていたので。雨は大丈夫ですか」「傘はあります」「そうか。……今日の工数確認、見ました。いいペースです」「ありがとうございます」鷹司は部屋の中に入り、窓の方を向いた。雨が窓ガラスを叩いている。「白石さん、最近何か考え込んでいませんか」「……そう見えますか」「見えます。仕事の集中度は変わらないけど、それ以外のときに少し遠くを見ているように感じる」さすがだ、と澪は思った。この人は細かいところまで見ている。「……考えていることは、あります」「仕事ですか」「仕事ではない、です」「そうですか」鷹司は澪のほうを向いた。「言えますか」「……えっ」「言えそうなら聞きます。言いたくなければ、聞きません」澪はしばらく、画面を見ていた。それから目を上げた。「鷹司さん、桜の日に、仕事の部下としてではないと言ってくれた」「言いました」「あれは、どういう意味でしたか」「……そのままの意味です」「そのまま、というのは」「あなたのことを、エンジニアとして見ているのは事実です。でも、それだけではない。それ以上のものを感じている、ということです」澪は少し息を吸った。「私も、同じです」鷹司がわずかに動きを止めた。「鷹司さんのことを、上司として信頼しています。でも、それだけじゃない。隣にいると落ち着く。声を聞くとほっとする。戻ってきてくれると嬉しい。仕事以外でも、そばにいてほしいと思っている」雨の音だけが聞こえた。「……それを、今言ってくれているのは」「梓に背中を押されたのもあるけど、自分でも、ちゃんと言いたかった。黙ってると、またいつか後悔すると思って」鷹司はしばらく黙った。「……白石さん」「はい」「私はうまく言葉にできないことが多くて、あなたを困らせてきたと思います」「困ってはいないです」
last updateLast Updated : 2026-06-15
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第36話 新しい関係

翌日、オフィスに出社した澪は、普段通りに仕事を始めた。ただ、少しだけ違うことが一つあった。鷹司と目が合ったとき、かすかに表情が変わった。お互い、すぐに画面に戻ったが。昼休み、鷹司から内線が来た。「今日の昼、時間はありますか」「あります」「では一緒に」ふたりで近くのレストランへ行った。これまでも夕食を共にしたことはあったが、今日は少しだけ違う空気があった。「昨夜のこと」と、澪は切り出した。「はい」「……確認したいんですが、私、変なことを言いましたか」「変なことは言っていない」「ちゃんと伝わりましたか」「伝わりました」鷹司はメニューを閉じながら言った。「私もちゃんと伝わりましたか」「伝わりました」「そうですか。ならよかった」ふたりは少し黙った。「……鷹司さん」「はい」「今、私たちはどういう関係ですか」鷹司は少しの間考えた。「はっきりしたほうがいいですね」「はい」「私は、あなたと付き合いたいと思っています」直球だった。修飾も、ぼかしもなかった。澪は少しだけ目を瞬かせ、それから、「私もです」と答えた。「ではそういうことで」「そういうことで」ふたりはそれだけ確認して、料理を注文した。ランチが来て、食べながら普通の会話をした。プロジェクトのこと。来週のスケジュール。最近読んだ本のこと。何も変わらないようで、何かが変わっていた。帰り道に梓から、「どうだった?」とメッセージが届いた。澪は少しだけ迷って、「付き合うことになった」と返した。梓からの返信は、「!!!!!!」という記号だけだった。オフィスに戻ると、小山が澪に声をかけた。「白石さん、なんか今日雰囲気が違いますね」「そうですか」「いい感じに。ほわっとしてる」「ほわっと……」「悪い意味じゃないですよ。柔らかくなったというか。何かいいことあった?」「まあ、少し」「そっか」小山はにやりとした。「大事にしてください」鷹司は澪のほうを見ていなかったが、その会話が聞こえていたのかどうか、少し後ろ耳が赤くなっているように見えた。澪は画面に向かいながら、口元が緩むのをこらえた。その夜、澪は実家の母に電話した。「最近どう?」と母が聞いた。「うん。なんか、いい感じです」「仕事?」「仕事も、それ以外も」「それ以
last updateLast Updated : 2026-06-15
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第37話 蒼真の最後の連絡

六月の初旬、久我蒼真はオーシャン商事を退職した。人事部の梓が手続きを担当した。退職の理由を書く欄に、蒼真は「一身上の都合」とだけ書いた。梓にはそれ以上の説明をしなかったが、顔つきは穏やかだったと後で聞いた。退職日の前夜、蒼真から澪にメッセージが届いた。「明日で辞める。迷惑をかけた、本当に申し訳なかった。お前はすごいやつだった。今更こんなことを言う資格はないとわかってる。ただ、伝えておきたかった」それだけだった。澪はしばらくメッセージを見た。返すべきか、返さないべきか迷った。でも、この言葉を無視することも、なんだか澪らしくなかった。「メッセージをありがとう。蒼真が辞めることは、梓から聞いていた。次のところで、うまくいくといいと思う。私はここで、いい仕事をするつもり。お互いに頑張ろう」返信してから、少しの間画面を見つめた。これが最後の連絡になるだろう、と澪は思った。蒼真からの返信はなかった。でも、既読がついた。澪はスマートフォンを置き、ノートパソコンに向かった。プロジェクトの資料が画面に広がっている。蒼真と過ごした時間は、今となっては遠い。傷つけられたことも、見下されたことも、確かにあった。でも、それが今の自分を作った一部でもある。怒りを持ち続けることは、しなかった。だからといって、あの関係に戻ることもしなかった。それが澪の答えだった。翌日の朝、鷹司から、「今日の定例の前に少し話したい」とメッセージが来た。会議室で向かい合うと、鷹司は澪を見た。「昨夜、何かありましたか」「元交際相手から連絡が来て」「……大丈夫ですか」「大丈夫です。最後の連絡だと思う。彼が退職したので」「そうですか」鷹司は少しの間考えた。「あなたが大丈夫なら、私も大丈夫です」「私が大丈夫なら、鷹司さんも大丈夫?」「……表現が変でしたか」「少し」澪は少し笑った。「つまり……あなたが辛そうなら、私も辛いということです」「それは、嬉しいです」「そうですか。ならよかった。……本題に入りましょう。フェーズ2の中間報告書について」鷹司はネクタイを正しながら、画面を澪に向けた。仕事モードへのスイッチが切り替わる。でも、さっきの「あなたが辛そうなら、私も辛い」という言葉が、澪の心にそっと残っていた。会議が終わり、廊下に出たとき、
last updateLast Updated : 2026-06-15
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第38話 プロジェクト佳境

六月後半から七月にかけて、プロジェクトは最も忙しい時期に入った。 フェーズ2の製造データ統合が完了し、フェーズ3に突入した。 残り七社の子会社、その中にはグループで最も売上の大きい不動産子会社が含まれる。 不動産のデータは、またひとつ複雑さが違った。 物件ごとの管理データ、契約情報、テナントの入退去記録、修繕履歴。 これらが長年、複数のシステムに分散していた。 澪はチームと共に、不動産子会社に何度も足を運んだ。 ヒアリングを重ね、データの全体像を把握し、移行設計をまとめた。 「白石さん、この移行、難しいですよ」 と松本が言った。 「過去のデータが一部アナログで、紙の台帳をスキャンしたPDFが大量にあります。それを構造化データにするのが」 「OCRとAIで対応しましょう。全部手動でやる必要はない。ただしOCRの精度検証を入念にやること」 「了解です。でも工数が」 「計算して。必要なら役員に追加説明します」 こういうやり取りが毎日続いた。 問題が来るたびに対処する。 対処が終われば次の問題が来る。 それでも澪は崩れなかった。 以前なら、こういう状況で、 (私には荷が重い) と思っていたかもしれない。 でも今は、問題が来るたびに、 (解決できる) という前提から考えていた。 その変化に、自分でも気づいていた。 七月の定例で、鷹司が報告した。 「フェーズ2完了、フェーズ3が進行中。現時点でスケジュールへの遅延はなし。品質基準も維持できています。白石リードのもと、チームが非常によく機能しています」 役員のひとりが言った。 「白石さん、入社して一年も経たないのに、このサイズのプロジェクトをリードしてるんですね。すごいな」 「ありがとうございます。チームのおかげです」 「いや、リーダーシップがなければチームは機能しない。率直に言って、鷹司くんの採用眼は正しかった」 鷹司は静かに頷いたが、澪にはその横顔が少しだけ誇らしそうに見えた。 夜、鷹司が澪の席に来た。 「今日の役員の言葉、どう感じましたか」 「……ありがたかったです。でもまだ、実感が薄くて。プロジェクトが終わってから、ちゃんと感じられそう」 「そうですか。でも今でも十分、成果は出ています」 「鷹司さんは……私が採用される前、どんな人を期待していましたか
last updateLast Updated : 2026-06-15
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第39話 オーシャン商事の最後

七月末、梓から一本の電話が来た。 「澪、聞いてほしいことがある」 声のトーンが、いつもと違った。 「どうしたの?」 「……オーシャン商事、希望退職者を募集することになった」 澪は少し間を置いた。 「大規模?」 「全社員の約三割。業績悪化が深刻で、このままでは立て直せないって判断になったみたい。発表は来週」 「……そうか」 「私は対象外だけど……正直、今後も残るべきか考えてる」 「梓の意向は?」 「人事として希望退職の手続きをする立場になる。それが辛い。知ってる人たちが辞めていくのを、事務的に処理するのは……」 「それは辛いね」 「坂本くんも対象になるかもしれない。若手だから残るよう言われるかもしれないけど、本人が辞める可能性も高い」 澪は窓の外を見た。 夏の空が広がっている。 「梓は、どうしたい?」 「……転職も考えてる。澪が先に出たから、私も少し勇気をもらった部分がある。でも、タイミングが難しくて」 「急がなくていい。梓なら人事の経験があるし、どこでも戦えると思う。でも焦って決めなくていい」 「うん……。ありがとう」 「梓が決めたことを、応援する。どちらを選んでも」 「澪って、本当に変わったよね」 「そう?」 「うん。以前のあなたは、私に応援ありがとうって言う立場だったけど、今は逆になってる。すっかり頼もしくなった」 澪は少し笑った。 「梓が支えてくれたから、こうなれたんだよ」 「ふたりで成長したね」 「うん」 電話を切った後、澪はしばらく静かに考えた。 オーシャン商事が希望退職を募集する。 あの会社がそこまで追い詰められた。 後悔はない。 でも、胸の中にゼロではない重さがある。 あそこで自分が頑張ってきた日々は、確かにあった。 誰にも見えなかったとしても、あの時間は本物だった。 それが今、こういう形で終わろうとしている。 (終わりが来た) その言葉を、澪は静かに受け取った。 翌日、鷹司に話した。 「オーシャン商事が希望退職を発表するそうです。知人から聞きました」 「そうですか。業界の情報として、私も聞いていました」 「……どう思いますか」 「企業としての帰結です。ただ、そこで働いていた人たちは大変でしょう」 「梓がそこにいます。彼女は辛そうです」 「梓さんは優秀な人ですから
last updateLast Updated : 2026-06-15
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第40話 プロジェクト完成直前

八月。 グループ横断データ統合基盤は、最終フェーズに入っていた。 十七社のうち十五社のデータ統合が完了し、残り二社が進行中だ。 仕上げとなる統合ダッシュボードの開発が並行して進んでいる。 澪はチームのタスク一覧を毎朝確認しながら、一つひとつをつぶしていった。 「田島さん、ダッシュボードのレスポンス速度、基準をクリアしましたか」 「クリアしました。モバイル端末でも三秒以内です」 「よかった。次はユーザビリティテストを入れましょう。現場担当者に実際に触ってもらって」 「了解です」 「松本さん、最後のデータ移行のテストは?」 「本番相当のデータで三回テスト完了。エラーはゼロです」 「ゼロ、すごい。ありがとうございます」 チームが一体になって動いていた。 最初は緊張していたメンバーたちも、今は自分の役割に確信を持って動いている。 大野が澪に言った。 「白石さん、このチームって最初と全然雰囲気が違いますよ。最初はピリピリしてた気がするんですが」 「そうですか」 「白石さんが問題が出ても落ち着いてるから、メンバーも落ち着ける気がして。マネジメントって、感情のコントロールが大事なんだなって実感してます」 「私も学びながらやってます。でも、最初より楽になりました」 「何が変わったんですか」 「……一人でやらなくていいとわかったからかな。前の職場では全部ひとりでやっていたので、何かあると全部自分が悪いと思ってた。今はチームで動いているから、問題があればみんなで考えられる」 「それが大事ですよね」 「はい。チームって、すごいと思う」 その夜、少し早めに上がった澪と鷹司は、夕食に出た。 いつも使うフレンチの店に入り、向かい合った。 「プロジェクト、もう少しで終わりますね」 と澪は言った。 「そうですね。どんな気持ちですか」 「……感慨深い、です。始まるとき、ここまで来られるか不安でした。でも終わりが見えて、今は達成感が少しずつ来てる」 「一年間、お疲れ様でした。いや、まだ終わっていないですが」 「先取りで言ってもらえて嬉しいです」 料理が来て、ふたりは食べながら話した。 「プロジェクトが終わったら、次は何をしますか」 と鷹司が聞いた。 「もう次が来てます。別の子会社のAI導入提案を相談されていて」 「そうですか。あな
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