雨が上がるまで、もう少し時間がかかりそうだった。「温かいものを」と柊さんが立ち上がって、キッチンへ向かった。ソファに一人で座ったまま、雨音が少しずつ遠くなっていくのを聞いていた。私は、今日のことを順番に思い返した。古本屋で偶然会って、路地を並んで歩いて、カフェで「柊さん」と呼んだ。この部屋に来て、書棚の本に手書きの名前を見つけて、色褪せた写真の前に立った。母親のことを聞いて、少しだけ間があった。まさかこんな一日になるなんて、朝には思っていなかった。しばらくして、柊さんが戻ってきた。「どうぞ」マグカップを差し出された。受け取った瞬間、湯気の甘い香りに気づいた。「……ミルクですか?」「ミルクココアです。……何か不満でも?」柊さんは少しだけぶっきらぼうに、だけど私の反応を窺うように視線を泳がせた。その見たことのない顔に、胸の奥で何かがほどけた気がした。私はマグカップを両手で包んだ。柊さんも、自分のカップをソファの隣で持っていた。部屋の中が静かだった。雨の音だけが、窓の向こうで続いている。どちらも何も言わなかった。それで、よかった。お砂糖とミルクの優しい甘さが、ゆっくりと体の中に広がっていく。甘いものが好きだと、今日初めて自分から言えた。その甘さと、いま手の中にある温かさが、同じ一日の中にある気がした。「……柊さんも甘いものが、好きなんですか」柊さんが、カップを置いた。「普段は、あまり人前で頼めません」「……黒瀬グループの社長が、というやつですか」「城島に、心配させることになります」表情は動いていなかった。でもその一言に、かすかな自嘲と諦めが混じっていた。この人も、人前では言えないことがある。私と同じだ。好きなものを好きだと言えない理由が、この人にもある。立場が、肩書きが、その言葉を飲み込ませる。それを知った瞬間、嬉しいというより、少しだけ切なかった。でも、そ
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