All Chapters of 身代わりお見合いの花嫁〜冷徹社長は偽りの愛を見抜いている〜: Chapter 61 - Chapter 70

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第61話 奈緒との対決

柊さんから「話したいことがある」と言われた夜。彼が予約してくれた、馴染みのイタリアンレストランの個室で、向かい合って座っていた柊さんの開口一番は、全く予想もしていない言葉だった。「進行中のプロジェクトだが、来期から柚葉さんをメイン統括として指名したいと思っている」「……え?」身構えていた私は、拍子抜けしてしまって間抜けた声を漏らした。冷えていた指先から急に力が抜け、グラスを持つ手が小さく震える。柊さんは静かに私の顔を見つめ、それからわずかに眉を下げた。「顔色が悪いですね。最近、根詰めすぎているんじゃないかと思って、少し気になっていた」「あ……いえ、大丈夫です。少し、緊張していただけで」「そうですか。だが、無理はしないでくれ。君の仕事への姿勢は誰よりも評価しているし、だからこそ次の案件も君に任せたい。──断る理由がなければ、受けてもらえるだろうか」「……はい。喜んで、お受けします」それ以上、何も言えなかった。告げられたのは、問い詰めでも過去の暴露でもない。プランナーとしての私の実績を心から認めてくれているという、どこまでも真っ直ぐな信頼と気遣いだった。こんなに……私を信じてくれているのに。安堵と、まだ言えていないことへの重さが、同時に押し寄せた。結局私は、何一つ言えないまま、その夜を終えてしまった。柊さんに五年前のことを話す機会を、もう先延ばしにはできないのに。柊さんとの間には、葵に話した時みたいに餃子を包む口実もなければ、手を動かしながら言葉をこぼせる場面もない。向き合って、真っ直ぐ言うしかない。それが、一番怖かった。◇約束の土曜日。私が指定した場所は、駅から少し離れたホテルのラウンジだった。葵に言われた通り、人目のある窓際の席を選んだ。通行人からも店員からも見える位置。ラウンジの入り口で、一度だけ深く息を吸った。負けない、とは思わなかった。ただ、逃げない。それだけを、心の中で繰り返
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第62話 打ち明ける

「今日、私が奈緒さんに会うこと──城島さんから聞いていたんですか?」助手席に座るなり、そう尋ねた。柊さんは前を向いたまま、少しの間、答えなかった。「聞いていました。あなたが自分の口から言うまで、待とうと決めていた」その言葉に、胸の奥が締めつけられた。知っていて、待っていた。急かさずに。「あの、柊さん。このあとお時間は大丈夫ですか?」「ええ」「お話したいことがあります」◇柊さんの部屋に着くと、彼はソファに座った私の向かいに腰を下ろした。「お話、聞かせてください」促されて、私は自分の膝の上で重ねた両手を、痛いくらいにぎゅっと握りしめた。本当に、話していいのだろうか。怖いけれど、ここで逃げたら、一生私は嘘つきの身代わりのままだ。柊さんの、まっすぐな瞳を見つめ返す。嫌われるなら、自分の言葉で真実を伝えて、嫌われたい。「驚かれると、思います。幻滅されるかもしれません」震える声をなんとか絞り出すと、柊さんは表情を一つも変えず、ただ静かに「構いません。話してください」と促してくれた。私は深く息を吸い込み、話し始めた。五年前、前の会社で、上司の横領に気づいたこと。内部通報を決意したこと。でも、証拠を集める過程がグレーだったこと。無関係な同僚──橋本さんを巻き込んでしまい、彼女も会社を辞めることになったこと。元上司が今も業界に残り、姉と繋がっていたこと。それを盾に、姉に脅されてお見合いの身代わりをさせられたこと。そして、今日奈緒さんに握られていたのが、橋本さんの現在の勤務先だったこと。誰かが、私の近くから情報を流している可能性があること。「この十日間、何度も話そうとしたんです。でも、言葉にした瞬間、柊さんの中の私が変わってしまう気がして、怖くて」言葉にするたび、喉の奥が締まった。でも、止まらなかった。止まってはいけないと思った。柊さんは、最後まで黙って聞いていた。相槌も打たず、ただ、まっすぐに私を見ていた。
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第63話 過去と覚悟

「奈緒さんとは──」柊さんは言葉を一度切り、テーブルに置かれたグラスに視線を落とした。どこか遠くを見るような、見たこともない苦い表情だった。けれど、私から目を逸らすことはなかった。「奈緒さんとは、家同士の話で婚約した。互いの会社にとって、都合のいい縁談だった」淡々とした言い方だった。自分の過去であるはずなのに、どこか他人事を報告するような、事実だけを順番に並べていく口調。「途中で、彼女からもっと条件のいい縁談があると聞かされた。俺は、止めなかった」「止めなかった、というのは……」「引き止める理由が、こちらにもなかったからだ。義務で始まった関係だった。壊れる時も、ただその義務が終わっただけだと思っていた」静かに告げられた言葉に、胸の奥がキュッと締め付けられる。柊さんにとって、かつての婚約はビジネスの延長であり、心を交わすものではなかったのだと伝わってきた。「後悔、していますか」聞くべきかどうか、一瞬迷った。けれど、彼の本音を知りたくて、震える声で尋ねた。「していない」きっぱりとした、迷いのない声だった。柊さんはまっすぐに私を見つめ返し、深く静かな声で言葉を継いだ。「ただ──同じ轍を、二度は踏まない」その一言に、これまで曖昧なまま気になっていたことの答えが、静かに落ちてきた。義務で始まり、止めることもせず終わらせた関係。でも、今度はそうしない。今度は、自分から動く。止めなかったことを悔いているのではなく、次は自分の意思で繋ぎ止めるという、覚悟の言葉だったのだと深く理解できた。安心したような、それでいて少し胸が痛むような、不思議な感覚だった。誰かに義務ではなく選ばれることが、こんなにも心を揺らすのだと、初めて知った気がした。「話してくれて、ありがとうございます」「あなたが先に、話してくれたので」そう言った柊さんの声には、これまで聞いたことのない、柔らかな響きがあった。◇「だが、今日の話で一つわかったことがある」少しの余韻のあと、柊さんが話題を戻した。雰囲気が一変し、彼の瞳に鋭い光が戻る。「なんですか」「あなたの過去を知っているのは、奈緒さんだけじゃないということです」心臓が、ドクンと嫌な音を立てて跳ねた。「『近くから』──奈緒さんに、そう言われたと言いましたね。俺にも、思い当たる節がある」柊さんの眉間が、険しく
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第64話 調査の始まり〜柊side〜

【柊side】柚葉が部屋を出て行ったあとも、ソファには彼女の温もりが残っていた。部屋の中は、しんとしていた。物音一つしない、いつもより重たい静けさだった。五年前のこと。証拠の取り方がグレーだったこと。無関係な同僚──橋本という名の女性を巻き込んでしまったこと。姉に脅されていたこと。彼女が話した言葉の一つ一つが、まだ消えずに胸の内に残っていた。彼女は震える声で、それでも最後まで話しきった。俺から、目を逸らさずに。その姿を見て、確信したことがあった。彼女は、間違えたのではない。正しくあろうとして、不器用にもがいた結果、傷ついたのだ。橋本という名前を、俺は今夜初めて聞いた。彼女を巻き込んだまま、五年間、放置されてきた人間がいる。それを知って、動かない理由はなかった。スマホを手に取り、城島に電話をかけた。◇『はい、社長』三コール目で、城島が出た。夜分にもかかわらず、声に乱れはなかった。「今から言うことを、正式に進めてほしい」『何なりと』「彼女から、五年前のことを聞いた。正式に調べる」一瞬、電話の向こうで沈黙があった。『……お仕置きのおつもりですか』城島の声には、わずかな緊張が滲んでいた。七年間、俺の傍にいる人間だからこそ、俺の言葉の裏を疑うことができる。「違う」俺は、はっきりと言った。「証明するだけだ。あの人が、最初から正しかったということを」彼女は、自分の過去を武器にされることを恐れていた。伝聞と憶測だけで、素性の不確かな人物と呼ばれることを。だったら、事実を明らかにすればいい。彼女がどれだけの覚悟で内部通報に踏み切ったのか。どれだけの不利益を、正義のために引き受けたのか。それを、誰にも否定できない形で示す。「当時の会社の横領の件、そして彼女が通報した経緯について、改めて調査してほしい。弁護士も動かしていい。それと──」俺は息を吸い込んだ。
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第65話 輪郭を持つ名前〜柊side〜

【柊side】「それから……もう一点、ある」『何でしょう』「取締役会に例の文書を最初に持ち込んだ人間が、誰なのか。まだ、はっきりしていない。彼女は『近くから』漏れていると言っていた。表からの脅威より、内側の穴の方が、始末に負えない」電話の向こうで、城島がわずかに息を吸う気配がした。『……範囲を広げて、調べます』「頼む。城島」『はい』「これ以上、彼女を脅かすものは何もないようにしたい」電話の向こうで、城島が小さく息をついたのがわかった。『社長らしいご判断だと思います』その言葉に、俺は何も返さなかった。ただ、静かな部屋を見ていた。◇電話を切った後も、部屋の中は静かなままだった。守るのではなく、証明する──それが、俺にできることだ。彼女が自分の足で立とうとしているのなら、俺がすべきことは、彼女を庇うことではない。彼女の正しさを、誰の目にも明らかな形で示すことだ。そう思いながら、机の上に置いていたタブレットを引き寄せた。例の取締役会宛の文書──役員たちの間で回っていたそれの写しに、もう一度目を通しておこうと思った。文書自体の送り主は分かっている。一部の役員と親族の名前で、正式に届いたものだ。だが、その中身の材料になった情報を、誰が最初に彼らへ吹き込んだのか──そこだけが、まだ分かっていなかった。画面を開き、文面をなぞる。何度読んでも、内容自体は伝聞の域を出ない、曖昧なものだった。だが、ふと目に留まったのは、文書の隅に小さく入った、送付時のフォーマットだった。社外文書のテンプレート特有の、ヘッダーの組み方。見覚えがあった。ライトワークスの、社内資料でよく使われている書式と、よく似ている。俺は画面を見つめたまま、しばらく動けなかった。彼女の勤め先の、書式。彼女自身のはずがない。だとすれば──今もライトワークスと取引が
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第66話 自分で決める

七月の第二週、火曜日。城島さんから連絡があったのは、朝の慌ただしい時間帯だった。「黒瀬グループの関連企業のプロジェクト、担当は西園寺さんでどうか、と社長がお話を通しています」その言葉を聞いた瞬間、胸の奥に、小さな棘が刺さったような感覚があった。嬉しくなかったわけじゃない。実力を認められることは、もちろん嬉しい。でも──それが「柊さんの一存」で決まったのだとしたら、話は違ってくる。そういえば、以前にも似たようなことがあった。来期のメイン統括にと打診された夜、彼の言葉があまりに真っ直ぐで、温かくて、深く考えないまま「喜んで、お受けします」と即答してしまったことがある。今思えば、あの即答は、彼の言葉の心地よさに流されただけだったのかもしれない。逃げない、と決めたばかりだった。柊さんに、自分の過去を全部話した。それでも変わらないと言ってもらえた。なのに今度は、違う形で「守られる」ことに、心が抵抗していた。同じように、彼の厚意にただ頷くだけでは終わりたくない。自分の力で立ちたい、という気持ちが静かに、でも確かに、胸の中で疼いていた。◇その日の夕方、柊さんとの打ち合わせが設定されていた。会議室の窓から、夏の気配を帯び始めた空が見えた。梅雨明けが、もうすぐそこまで来ている。「……一つ、確認させてください」書類を挟んで向かい合った柊さんに、私は口を開いた。「何でしょう」「この案件の担当に私の名前を挙げたのは、柊さんですか?」一瞬の間があった。柊さんの表情は変わらなかったけれど、その沈黙の長さが、答えを先に教えてくれた気がした。「そうです」はっきりとした声だった。隠すつもりも、誤魔化すつもりもない声。「なぜですか」「前回のコンペを見て、あなたには実力があると判断したので」淀みのない答え。でも、それだけでは、私の中の疑問は消えなかった。「それは
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第67話 少しだけ、の続き

心臓が痛いほど跳ねていた。冷ややかに研ぎ澄まされた彼の視線を受け止めながら、私は必死で踏みとどまった。ここで目を逸らしたら、きっとまた守られるだけの存在に戻ってしまう。空調の音だけが響く沈黙の中、先に口を開いたのは柊さんだった。「それは非効率です」「知っています」「では、なぜ」一番聞かれたくない質問だった。でも、逃げるわけにはいかなかった。「柊さんの名前で、仕事を取ることはしたくないんです」声が、思ったより落ち着いていた。再び、沈黙が落ちた。会議室の空調の音だけが、やけに大きく聞こえる。柊さんは私から目を離さず、ただ静かに、まっすぐこちらを見ていた。その視線に、呆れや怒りの気配は少しもなかった。「……わかりました」「え?」思ってもいなかった返事に、思わず聞き返した。「コンペにします」それだけだった。それ以上、彼は何も付け加えなかった。折れたわけではないと思った。この人が効率よりも優先したもの──それが何なのか、その時の私にはまだ分からなかったけれど。ただ、断った直後だというのに、部屋の空気が少しも重くならなかったことだけは、確かだった。むしろ、これまでのどんな打ち合わせより、二人の間に流れる沈黙が穏やかだった気がする。自分の意思をまっすぐ伝えられたことへの安堵と、それを真正面から受け止めてくれたことへの驚き。そのどちらもが、胸の中でゆっくりと形を変えていくのを感じていた。◇打ち合わせが終わって会議室を出ると、廊下で城島さんが待っていた。「西園寺さん。本当に、よろしかったんですか」柔らかい声で、城島さんが尋ねた。「……あれで、正しかったと思います」自分に言い聞かせるように、そう答えた。「社長も、そう思っていると思いますよ」「どうして、わかるんですか」
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第68話 弟・朔の登場

コンペを受けると決めてから、平坦な日々ではなかった。深夜まで資料と向き合う日が続いた。過去のコンペで掴んだ「相手を見る」という軸を、今度はどう別の形に落とし込むか。何度も企画を練り直し、時にはボツにした案が机の上に積み上がった。二週間が経った頃、ようやく自分でも納得のいく形にたどり着いた。『西園寺柚葉として出された企画が、コンペを通過しました』城島さんからその連絡を受けた時、しばらく息をするのも忘れるほど嬉しかった。身代わりでもなく、誰かの恋人としてでもない。西園寺柚葉という一人の人間として、自分の力だけで掴み取った結果だった。あの夜、柊さんから届いた『結果を見たい』という一文。それに、ようやく胸を張って応えられたのだ。報告をした時、柊さんは「そうですか」と短く言っただけだった。けれど、電話越しの低い声には、隠しきれない優しさが滲んでいた気がした。そして──『今週末、黒瀬の家に来てほしい』と、彼から正式に招かれた。◇当日。黒瀬家に到着した瞬間に、私は思った。招かれて来た。それだけのことなのに、誠一郎さんの庭に連れてきてもらった時とは違う緊張感があった。あの時は、流れの中でそうなった。今日は、柊さんが「来てほしい」と思って、呼んでくれた。黒瀬家の門をくぐると、玄関先で見知った顔が待っていた。「いやー、やっと来た」開口一番、そう言って手を振ったのは朔さんだった。パーティーで一度顔を合わせただけなのに、まるで昔からの友人のような気安さだ。「改めまして、弟の朔です。いつも兄がお世話になってます」「西園寺柚葉です。……本日はよろしくお願いします」「堅い堅い。普通に話してくださいよ」屈託のない笑顔。柊さんとは全く違う空気を纏った人だった。同じ血が流れているとは思えないほど、表情の作り方が自由だった。「兄貴が女性を家に連れてくるなんて生まれて初めてだから、俺めちゃくちゃ楽しみにしてたん
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第69話 姉からの連絡

「それは、二人きりの時にご自分で確かめてください」そう言ってウィンクすると、彼は楽しそうにリビングへ戻っていった。……朔さんまで、教えてくれないんだ。城島さんといい、朔さんといい、どうしてあの人の周りにいる人は、みんなして意地悪なのだろう。一人残された廊下で、胸の奥がトクンと跳ねる。城島さんが言いかけた「少しだけ──」の続きも、朔さんが言った「あんな顔」の意味も。教える気がないくせに、こちらの心を大きく揺さぶっていく。遠くから、柊さんの低く落ち着いた電話の声が聞こえてくる。……二人きりの時に、確かめるなんて。そんなこと、できるわけがないのに。朔さんの言葉が、甘い熱となって身体に巡っていく。◇しばらくして、電話を終えた柊さんが廊下の向こうから戻ってきた。「待たせた」「いえ」柊さんと目が合った瞬間、彼はわずかに視線を泳がせ、気まずそうに小さく咳払いをした。電話越しに朔さんと何を話していたのか察しているような、絶妙な間だった。「……朔が、変なことを言わなかったか」「いいえ。何も」嘘をついて微笑むと、後ろから追ってきた朔さんが悪戯っぽく声を挟んできた。「兄貴、今度は柚葉さんの友達も呼んでよ。ずっと支えてくれてる人がいるんでしょ、気になるなあ」「朔」柊さんが低く咎めたけれど、朔さんはどこ吹く風だった。友達──真っ先に、葵の顔が浮かんだ。葵と朔さんが顔を合わせたら、一体どうなるんだろう。想像すると、少しだけ楽しみな気持ちが芽生えた。◇黒瀬家を出て、一人で駅までの道を歩いていた。夕方に近づいた空が、少しずつ橙色を帯び始めている。歩きながら、今日一日のことを振り返った。朔さんの明るさ、柊さんの珍しい狼狽、食卓の賑やかさ。どれも、これまでの
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第70話 朔と葵、そして小さな嫉妬

七月の第三週、木曜日の昼。スマホに、葵からメッセージが届いた。『近くに来たので昼でもどうですかって、朔さんが』一瞬、文字の意味が頭に入ってこなかった。『え、なんで朔さんが葵に?』打ち返すと、すぐに返信が来た。『仲良くなったから』軽い一言に、余計に疑問が膨らんだ。仲良くなったって、いつの間に?◇待ち合わせのイタリアンの店に着くと、すでに朔さんと葵が向かい合って座り、何やら楽しそうに話していた。その光景に、束の間、ぽかんと立ち尽くしてしまった。「あ、来た来た」朔さんが軽く手を挙げる。柊さんは少し遅れてやってきて、私の隣に座った。「一体、いつの間に知り合っていたんですか」席に着きながら私が尋ねると、朔さんがにやりと笑った。「実はコンペの日、城島さんに頼み込んで、隅の方で見学させてもらったんですよ。兄貴が気にかけてる人がどんな仕事をするのか、確認したくて」「そうだったんですか……」「そしたら、会場の隅で拳を握りしめて祈ってる人がいて」朔さんが葵を指さした。「それが、この人でした。あまりに必死だったから声をかけたら、柚葉さんの親友だって言うからさ。その場で、連絡先交換させてもらったんです」葵が、少し照れたように笑った。「柚葉が心配で、いても立ってもいられなくて。私もこっそり見に行ったら、隣に明らかに関係者っぽいイケメンがいてびっくりしたんだけどね」「それが俺、というわけです」朔さんが得意げに胸を張る。柊さんは隣で黙って聞いていたが、その口元がわずかに緩んでいるのが見えた。◇食事が進むにつれ、朔さんはどんどん葵に話しかけていった。葵も負けじと言葉を返す。二人のテンポは、出会って間もないとは思えないほど噛み合っていた。「葵さんって、柚葉さんとはいつから?」朔さんが、水を向けるように言った。「大学から。もう十
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