Semua Bab アストラル・オース〜白い羽根の君に誓う、最強勇者の恋〜: Bab 41 - Bab 50

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第41話 何度いなくなっても

それから数日後、俺は花が枯れないように毎日水やりをしていた。 朝の光は、薄いカーテンを一枚通るだけで、ずいぶん柔らかくなる。窓辺に置かれた花瓶へ水差しを傾けると、透明な水が細い音を立て、淡い色の花を支える茎の間へ注がれていった。 水を入れすぎて根元を傷めないように量を確かめ、萎れかけた葉を指でそっと起こす。花の世話なんて、元の世界にいた頃はしたこともなかった。それなのに今では、水面の高さや花びらの張りを毎朝確かめないと落ち着かない。 窓ガラスには、制服姿の俺が映っていた。 黄金の光をまとった甲冑は消え、身体はどこにでもいる高校生の姿へ戻っている。ただ、髪だけは戦いの前の色には戻らず、自然に流れる金色のままだった。朝日を受けるたび、見慣れない自分が窓の向こうからこちらを見返してくる。 その姿を見つめていると、胸の奥で別の鼓動が打った。 本来の鼓動へ黒い脈動が重なり、内側から心臓をつかまれたような圧迫感が広がる。水差しを持つ手が一瞬止まり、吸い込んだ息も喉の途中で途切れた。 俺は制服の上から胸を押さえ、痛みが少し引くのを待った。 背中へ視線を感じて振り向くと、寝台の上で身体を起こしていたミユウと目が合った。 銀色の髪は肩の辺りで柔らかく跳ね、朝の光を薄く映している。小さな身体の背には白い翼が畳まれ、呼吸に合わせて羽先だけがわずかに動いていた。 正天使だったときの面影はある。それでも、いま目の前にいるのは、力を使い果たして幼い姿へ戻ったミユウだ。 彼女は数日前に目を覚ましてから、少しずつ身体を起こしていられるようになった。けれど、俺と過ごした時間について尋ねても、困ったように首を傾げるだけだった。自分の名前を呼ばれても、それが本当に自分のものなのか確かめるように、何度か口の中で転がしていた。 俺のことも、毎日ここへ来て花や部屋の世話をする、金髪の年上の少年としか見ていない。 それでも今日は、昨日より長く俺の手元を眺めていた。「お花を育てるのが好きなの?」 窓辺の静けさを破った声は、思っていたより明るかった。 俺は胸から手を離し、何事もなかったように水差しを花瓶の横へ置いた。「好きと言うか、いつも見張ってないと勝手にかれたりするだろ。昔のお前みたいに」 重い話にしたくなくて、わざと不器用な冗談に変える。 ミユウは二度瞬きをしてから、自分
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第42話

ミユウ、どこだ。教えてくれ。 冷え切った夜気を吸い込むたび、乾いた喉の奥が鋭く痛んだ。 静まり返ったアストリアの石畳を、俺の靴音だけが絶え間なく打ち続けている。窓の灯りはほとんど消え、並んだ家々も、夜の底へ沈み込んだように動かない。「ミユウ!」 声を張り上げても、返ってくるのは建物の壁にぶつかった俺自身の声だけだった。 制服の胸元を片手で押さえながら、細い道へ入る。走るたびに自然に流れる金髪が額へかかり、汗に張りついた。乱暴に払いのけ、暗がりへ目を凝らす。 どこにもいない。 道の端にも、家々の間にも、身を隠せそうな物陰にも、小さな姿は見当たらなかった。 白い羽根ひとつ落ちていない。湿り始めた石畳に、追いかけられるような足跡もない。光も声も残さず、ミユウは夜の中へ消えていた。 まず、城の周囲を捜した。 壁に沿って走り、角を曲がるたびに速度を落として、城壁の陰や閉ざされた扉のそばへ目を向ける。怯えてうずくまっていないか。俺から逃げたあと、行く場所を失って立ち尽くしていないか。 けれど、見つからなかった。 城下へ戻り、別の道を選ぶ。 道が二つに分かれるたび、足が止まりかけた。 右か、左か。 選ばなかった方にミユウがいたらどうする。俺が反対へ走っている間にも、一人でさらに遠くへ行ってしまったら。 焦りが胸の内側へ爪を立てる。 それでも、迷っている時間はない。俺は暗い道の奥を見比べ、城の外へ近づく方を選んだ。 走り出した足音が、再び夜の静寂を壊す。「ミユウ、返事をしてくれ!」 叫びながら角を曲がる。 一瞬、道の先で何かが動いたように見えた。息を呑んで駆け寄るが、風にあおられた布が揺れているだけだった。「くそっ……」 肩で息をしながら、周囲を見回す。 昨夜、ミユウの瞳に浮かんでいた恐怖が離れなかった。 自分は俺の心臓を治せなかった。 自分は俺を殺そうとした。 ミユウの口からこぼれたのは、たった二つの断片だった。けれど、その言葉を口にしたときの顔は、今いる場所さえ見失ってしまいそうなほど青ざめていた。 俺のことを誰なのか分からないまま、それでも俺が苦しんだ光景だけを思い出した。 そんなものを抱えて、一人でどこへ行った。 俺が近づけば、また怯えさせるかもしれない。声をかけた瞬間、逃げられるかもしれない。 それでも捜す。
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第43話 夜明けに選んだ道

「寒くないか?ミユウ」 腕の中で、ミユウの肩が小さく震えた。 返事はすぐには返ってこない。代わりに聞こえてきたのは、喉の奥で途切れる泣き声と、うまく整わない浅い呼吸だった。俺の制服を掴んだ指が、しゃくり上げるたびに強くなる。 湖から戻ったばかりの銀髪は水を含み、朝の淡い光を鈍く映していた。細い毛先から落ちた雫が俺の手首を伝い、濡れた草の上へ吸い込まれていく。 白い翼もすっかり重くなっていた。羽が何枚も重なって身体へ貼りつき、わずかに動くたび、冷たい水滴を落としている。 夜の名残をまとった風が、森の枝葉を揺らした。 湖面を覆っていた朝靄がゆっくりと流れ、その向こうから夜明けの光が細く差し込んでくる。けれど、光はまだ弱く、濡れたミユウの身体を温めるには足りなかった。「……だいじょうぶ」 胸元から聞こえた声は、今にも消えてしまいそうだった。 どう聞いても大丈夫じゃない。それでも大丈夫だと言い張ろうとするのは、俺に心配をかけたくないからなのか、それとも自分自身へ言い聞かせているのか。 問い詰める気にはなれなかった。 さっきミユウへ押し寄せたものが、ひとりで受け止められるほど軽くなかったことだけは分かる。知らないはずの光景と、恐ろしい声と、長すぎる時間の欠片。それらに呑み込まれかけたミユウは、今も俺の腕へ必死にしがみついている。 すべてを思い出したわけじゃない。 俺の名前すら、まだ戻っていない。 それでも、今のミユウをここへつなぎ止めることはできた。俺にできたのは、この腕を緩めず、何度でもそばにいると伝えることだけだった。 片腕でミユウの背を支えたまま、制服のジャケットへ手をかける。 濡れた翼を押さえつけないように注意しながら脱ぎ、冷えた肩から身体を包み込むように被せた。 夜通し森を歩き回ったせいで、ジャケットにも朝露の湿り気が残っている。それでも、湖の水に冷やされた服よりは、俺の体温が残っているはずだ。 ミユウは驚いたように顔を上げた。 泣き腫らした目が、俺とジャケットを交互に見る。やがて両手で前を掴み、残っている温もりを確かめるように、ゆっくりと胸元へ引き寄せた。「お兄さんの服、暖かい」 掠れた声に、ほんの少しだけ安堵が混じった。 ジャケットの襟へ頬を寄せる仕草を見た途端、胸の奥に張りつめていたものが、わずかにほどける。 夜の
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第44話 星の誓いを宿す剣

「我が身体にに眠りしアストラル•オースよ、今我が手に」 ルゥが片手を前へ伸ばした瞬間、アストリア城の中心部にある広い空間へ、澄んだ水音が響き渡った。 湖畔から戻った頃には、すでに日は傾き始めていた。高い窓から入り込む夕日が白い石の床を斜めに照らし、俺たち三人の影を細長く引き伸ばしている。 ルゥの指先を囲むように、透き通った水が空中へ集まっていく。どこから流れてきたのかも分からない水は一滴も床へ落ちず、静かに揺れながら細い流れへ変わった。 一筋だった流れが二つに分かれ、さらに幾重にも重なる。 巻き上がった雫が青白い光を宿し、夕日の残る広い空間をゆっくりと舞った。石床へ映った光も水面のように揺らめき、壁や天井に淡い波紋を広げている。 やがて、流れの中心に真っすぐな輪郭が生まれた。 初めは曖昧だったそれが、次第に鋭い刃の形を取り始める。集まった水が薄く引き延ばされ、切っ先から鍔へ、鍔から柄へと姿を変えていった。 水音が少しずつ遠ざかる。 最後の雫が刃へ吸い込まれた時、ルゥの前には一本の剣が浮かんでいた。 長い刃は夕日と青白い光を同時に映し、冷たく透き通った輝きを放っている。派手な装飾などない。それでも、目を離せないほどの存在感があった。 この剣の前では、息をすることさえ試されている。 そんな錯覚を覚えるほど、周囲の空気が張りつめていた。「これが、俺の新しい剣……」 喉からこぼれた声が、広い空間の奥まで響いていく。 アストラル•オース。 この剣を手にする理由は、もう俺の中では決まっていた。 水晶玉に映った複数の影が、脳裏をかすめる。敵が何者なのかは分からない。いつ、この世界へ牙を剥くのかも分からない。 ただ一つ分かっているのは、危険がまだ終わっていないということだ。 そして俺は、元の世界へ戻らず、ここに残る道を選んだ。 誰かに頼まれたからじゃない。運命に押しつけられたからでもない。 ミユウを守りたい。 それを、俺自身が選んだ。 俺は剣へ歩み寄った。 制服の靴が石床を叩くたび、乾いた音が広がっていく。シャツの胸元では、魔王の呪いが存在を主張するように、不穏な鼓動を刻んでいた。 一度、脈が強く跳ねる。 次の鼓動が来るまで、妙に長い間が空く。 その直後、追いつこうとするように二度続けて胸の奥が打ちつけられた。 息を整え、足を
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第45話 剣に宿る青い星

「魔界最後のアイドル、黒星アイドル・キラノクス!」 闇に沈んだアストリア城の中心で、三つの声だけが不気味なほど鮮明に重なった。 天井の遥か上には、夜空を引き裂いたような黒い穴が開いている。吹き下ろす風が砂埃をさらい、壁際の灯りを揺らしていた。見慣れた白い柱も闇に半分呑まれ、墓標のように並んでいる。 その穴から降り立った三人は、城には似つかわしくない黒づくめの衣装をまとっていた。 中央の青年は胸元へ手を添えて顎を上げ、右の少年は両手を顔の横で広げ、左の女は腰に手を当てて斜めに立つ。指先の角度まで揃った姿から、何度も練習してきたのだと嫌でも分かった。 水晶玉に映っていた三人だ。 だが、俺は何も返さなかった。 アストラル・オースを両手で握り、ミユウとルゥを背後に置ける位置へ半歩ずれる。金色の髪を風にあおられながら、制服の靴底で石を踏みしめた。 胸の奥では、消えない痛みが黒い鼓動となって脈打っている。深く息を吸うことさえ苦しい。それでも、剣先は三人から外さなかった。 さっき刃に現れたはずの青い光は、もうない。星の印も沈黙し、今のアストラル・オースは暗闇のわずかな光を冷たく返しているだけだった。「ちぇ、つまんないの。せっかく人間界の雑誌見て練習したのに」 右に立つ少年悪魔が頬を膨らませ、露骨に肩を落とした。だが、赤い瞳は壊す物を選ぶように城内を眺めている。こいつにとっては、アストリアも人間界も玩具でしかないのか。「龍夜、油断してはいけません。ふざけた姿ですが、あれらの気配は本物です」 低く告げたルゥが、ミユウの前へ腕を伸ばす。いつもの上から目線は残っていたが、声に遊びはなかった。もう片方の手は強く握られ、鋭い視線が三人の足運びを追っている。「分かってる」 短く答えた俺の背中で、白い翼がかすかに揺れた。 中央に立っていた青年悪魔が、整えていた姿勢をほどく。長い脚で一歩進むだけで、奇抜だった空気が消えた。笑みは薄いままなのに、剣を握る右手にも肩にも余計な力がない。 その目が俺の顔からアストラル・オースへ移り、再び戻る。「センターとして、このゼイヴがまずこのガキの相手をする。ルキュ、二人で下がっていろ」 ルキュは不満そうに唇を尖らせたが、逆らわずに右の柱際へ跳び退いた。女悪魔も黒い裾を揺らして左へ下がり、口元に指を添えてこちらを眺める。二人とも
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第46話 2つの世界を守る者

「今度はこっちの番だ」 青い光を淡く残すアストラル・オースを両手で握り、俺は石床を蹴った。 胸の奥で不穏な脈が跳ねる。制服の下から心臓を握り込まれたような痛みが広がり、裂かれた肩も熱を持っていたが、反撃をためらう理由にはならない。 背後にはミユウがいる。 白い翼を広げた彼女へゼイヴを近づけさせないため、俺は自分から間合いを潰した。 右下からアストラル・オースを斬り上げる。 剣は狙った軌道より深く走り、周囲の空気を巻き込みながらゼイヴの胸元へ迫った。 ゼイヴが細い剣を斜めに構える。 刃と刃がぶつかり、甲高い音が暗い城内に弾けた。 俺の一撃は外側へ流されたが、足は止めない。重い剣に引かれて開きかけた身体をその場で回し、斬り上げた勢いを横薙ぎへつなげる。 青い刃が半円を描いた。 ゼイヴは半歩だけ後ろへ退き、紙一重で斬撃の外へ出る。アストラル・オースの切っ先が黒い衣服をかすめ、そのまま石壁へ食い込んだ。 石の表面が大きく削れ、白い破片が飛び散る。 腕を通して骨まで響く衝撃を受けながら、俺は柄を離さなかった。刃を壁から引き抜き、ゼイヴへ向き直る。「倒された直後に、自分から来るか。その点だけは評価しよう」「評価は必要ない。お前をここから退かせれば、それでいい」 上空に開いた穴から、凍えるような風が吹き込んだ。 崩れかけた壁の隙間を風が抜け、不気味な音を響かせる。先ほどまでの攻防で傷ついた石床には細かな亀裂が走り、砂埃が薄く積もっていた。 その中央で、アストラル・オースの青い光とゼイヴの銀色の刃が向かい合う。 ゼイヴは剣を下げた。 油断したようには見えない。むしろ剣を握る指から余計な力が抜け、細い刃が身体の一部になったように静まっている。 硬い靴底が石床を叩いた。 乾いた音が二つ、続いて三つ。 踵と爪先が入れ替わり、一定に思えた間隔が突然崩れる。右へ進むと見せかけて、半歩だけ後退する。次の音が左から響いたときには、ゼイヴの身体が俺の視界の端へ回り込んでいた。 速さだけじゃない。 足音が俺の視線を引きつけ、距離と攻撃の時機を狂わせている。 ゼイヴの足元を追った瞬間、靴音が途切れた。 音が消えた場所から剣が来る。 反射的にアストラル・オースを持ち上げると、刃同士が噛み合った。 重い衝撃が手首から両腕へ駆け上がり、肩の傷へ突き刺
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第47話 君と交わす蒼い誓い

「そんな体で愛する人を守る、素敵すぎるわ」 背中に当たる石壁の冷たさを、制服越しに感じていた。わずかに体をずらすだけで、肩の傷に貼りついた布が引かれる。俺は歯を食いしばり、左肘を壁へ押しつけて姿勢を保った。右手の剣を下ろせば少しは楽になる。それでも、切っ先だけは床につけたくなかった。 倒れたゼイヴの向こうに、女悪魔が立っている。その後ろでは、ルキュが瓦礫に片足を乗せていた。こちらを眺める顔には、まだ笑みが残っている。俺が一人を倒したところで、こいつらは退くつもりなどないらしい。 ミユウは左側にいた。俺へ近づきかけた足を止め、剣を握る手と顔を交互に見ている。その少し前に立つルゥも、敵から目を離していなかった。二人の姿を視界の端に置き、俺は柄を握り直した。指の腹の感覚が鈍く、どれほど力を込められているのか、自分でもよくわからない。 崩れた天井の隙間には、昼とも夜ともつかない空が広がっていた。魔界へ通じる穴から吹く風が、壁の灯火を細く寝かせる。金髪が目元にかかっても、払う余裕はなかった。床を転がる小石の音が近づき、靴の脇で止まる。その小さな音まで、やけにはっきり聞こえていた。 胸の奥が、また強く軋んだ。浅く息を吐き、剣へ目を落とす。刃に残る青い光は淡く、星の紋章の輪郭だけが暗がりに浮かんでいた。さっきは、この剣で踏みとどまれた。けれど次も同じようにできるとは限らない。痺れた腕で重さを支えながら、女悪魔の足元へ視線を戻した。 彼女は、俺から数歩離れた場所で足を止めた。唇がわずかに開き、言葉になる前の音が流れてくる。風に紛れて消えそうな、小さな歌声だった。「わたしはヴィネラ。そんなに怖い顔をしなくても、聞こえているでしょう?」 遠くにいるはずなのに、耳元で囁かれたようだった。胸に響く低い音から、息に溶けるような高い音へ。滑らかに移る旋律を追っているうちに、浅かった呼吸が少しずつ長くなる。肩から力が抜けかけ、俺は慌てて柄を握った。「それ以上、近づくな」 ヴィネラは動かなかった。ただ首を傾け、俺の手元を見つめている。歌声は途切れず、次の言葉がその流れに乗って届いた。「でも、もう疲れない?普通の高校生でいたいのに、こんな世界に飛ばされて勇者だの使命を負わされて。ね、もうこんなことはやめて、わたし達と一緒に世界を支配しましょう」 世界を支配することに、興味なん
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第48話 君の祈りが、翼をひらく

「ミユウ、もう一度正天使に覚醒しなさい。そこまで龍夜を思う気持ちがあるなら、もう一度出来るはずです!」 ルゥの声に、ミユウの白い翼が小さく震えた。頭上から吹き込む風が羽の重なりへ入り込み、銀髪を頬へ散らす。胸元まで持ち上がった両手は、祈る形になる手前で止まっていた。 その目が、俺の顔から肩へ落ちた。裂けた制服の下には浅い傷が残っている。ミユウは何かを言いかけ、唇を結んだ。俺が剣の柄を握り直すと、その動きを追った眉が、今にも泣き出しそうに寄った。「ミユウ。こっち、見ろ」 呼びかけても、すぐには目が合わなかった。彼女は俺の腕を見つめたまま、自分の指を握り込んでいる。俺は剣先を石床へ下ろし、空いた左手を差し出した。 ミユウの手が伸びてきた。けれど、触れる寸前でためらい、指先が宙に浮く。その隙間を埋めようと身体を傾けた途端、胸の奥がきつく疼いた。息が詰まる。気づかれる前にやり過ごしたかったのに、ミユウの手はもう俺の手首を支えていた。「……痛いんでしょ。無理して、笑わなくていいよ」 自分がどんな顔をしていたのか、その言葉でわかった。 俺はゆっくり膝を折った。床に散った砂が制服越しに膝へ食い込み、冷たさがじわりと染みてくる。目の高さが近づくと、ミユウの瞳に映った俺が見えた。額へ落ちた金髪も、強張った口元も、そこでは隠せなかった。「……少し、手を貸してくれるか」 ミユウが息を呑んだ。手首を支えていた指が動き、俺の掌へ滑り込んでくる。冷えた指先が触れた瞬間、胸の痛みとは別のものが喉までせり上がった。 助けてほしいと口にするだけで、こんなに緊張するとは思わなかった。けれど、彼女はすぐにもう片方の手も添えてくれた。俺の手を包むには小さくて、それでも、離さないようにしっかりと。「これで、いい?」「ああ。……ありがとう」 握り返すと、ミユウの睫毛が揺れた。ようやく目が合う。瞳の縁にたまった涙を見て、今すぐ何か言ってやりたくなったが、安心させるためだけの言葉は飲み込んだ。「俺、ミユウの力を借りたい。ルゥにも、支えてほしい。さっき決めたこと、本気だから」「わたしが、また出来なかったら……?」「そのときも、ここにいる。俺だって、まだ覚醒できてないんだ」 ミユウの指から、少しだけ力が抜けた。俺の親指がその手の甲をかすめる。細かな震えは残っていたが、触れたところか
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第49話 この身体で、君と闘う

「俺もなれるか。エクシードに。この体で」 ミユウの白い翼が、すぐ隣で揺れていた。その羽根を映すアストラル・オースを、俺は両手で持ち上げる。肩の傷が引きつったが、剣先を下ろしたくなかった。「エクシード、来い!」 声が城の中心部に響いた。 その余韻が消えるより先に、胸の内側が締め上げられた。 息を吸おうとしても、喉を通った空気が胸まで届かない。口だけが開き、短い音が漏れる。鼓動が一度打つたび、肋骨の奥へ鋭い痛みが食い込んだ。剣を支えている腕まで動かせなくなる。 額から流れた汗は冷たかった。顎を伝う感触が妙にはっきりしているのに、握り込んだはずの指には力が入らない。柄が少しずつ掌から滑っていく。 落とす。 そう思った瞬間、膝が折れた。 石床へぶつかった硬い衝撃が、膝の骨から腿へ突き抜ける。剣の切っ先が床を擦り、耳障りな音を立てた。柄にすがって体を起こそうとしたが、視界の端で柱が傾いた。「お兄さん!」 ミユウの腕が、脇の下へ差し込まれた。床へ倒れ込む寸前、頬に銀の髪が触れる。俺を受け止めた彼女の足が石を擦り、翼の影が目の前を覆った。「わたし、ここにいるよ。お兄さんが立つまで、ちゃんと支えるから」 近くで聞こえる声に返事をしようとして、唇を噛んだ。 立てない。今の俺は、そう言えば済むほどの息さえ整えられない。 それでも、ミユウの腕を振りほどいて立とうとした。彼女に体重を預けたままで、守るなんて言えるのか。その思いが、まだ俺を動かそうとしていた。 だが、俺の肩を抱く小さな手は離れなかった。 羽根の隙間から、ヴィネラがこちらを見下ろしている。「そんな体で、まだ強くなろうとするのね。無理をするから苦しいのよ」 甘い声が、床に伏せそうな俺の耳へ届く。 言い返したかった。けれど、怒りに任せて立ち上がろうとすれば、ミユウまで引き倒してしまう。俺は歯を食いしばりかけて、やめた。 ここまで来て、また一人で背負おうとしていた。 ミユウが隣に立つと決めてくれたことも、ルゥが俺たちと戦おうとしてくれたことも、苦しくなった途端に遠ざけていた。それで二人を守れるはずがない。「……立てる。少しだけ、手を貸してくれ」 かすれた声でも、ミユウには届いた。肩を支える腕が、俺の体を引き寄せる。「うん」 その返事を聞いてから、俺は彼女の肩へ腕を回した。「龍夜、
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第50話 届かない炎

「まぁ、素敵〜」 十歩ほど先、折れた柱の向こうからヴィネラの声が届いた。俺はアストラル・オースを構え、痺れの残る指で柄を締める。切っ先はぶれず、狙った高さで止まった。刃に淡く残る青い光の中で、星の紋章が輝いている。「さっきより、ずっといい顔になったわねぇ。その姿で、どこまで頑張れるのかしら」 ヴィネラが唇に指を添える。深い紺青の襟を冷たい風が揺らし、金の縁取りが頬に触れた。上空の魔界へ通じる穴は開いたままだ。銀の装甲をまとっても、肩の傷や腕の重さまで消えたわけじゃない。それでも、剣を支えるためだけに力を使う必要はなくなっていた。 甘い声が、長く澄んだ音へ変わった。 歌は欠けた石壁に跳ね返り、俺の背後からも聞こえてきた。目の前にいるはずのヴィネラの輪郭が、その響きに滲む。足元の亀裂が細く伸び、見慣れた道路の白線へすり替わった。 傾いた信号の向こうで、ビルの窓が一斉に砕ける。破片が降り注ぐ前に道路が裂け、止まった車が車体を擦りながら沈んでいった。耳を刺す警報音。折れ曲がった街灯の先で火が噴き、俺の知っている街並みを隠していく。 その炎の中へ、アストリアの白い塔が重なった。 塔の根元を黒い亀裂が走り、城下の屋根が順に傾く。石橋の中央が抜け落ち、向こう岸へ続いていた道が途切れた。崩れる城壁の轟音と、車の警報音が混ざり合う。どちらを向いても、景色が俺の目の前で失われていった。「お兄さん、聞こえる? わたし、すぐ左にいるよ」 塔を目で追っていた俺の耳に、短い息継ぎが届いた。声の近さは変わっていない。靴底を押しつけると、石の粉がざらりと滑り、その下に硬い床があった。目に映る裂け目へ足が落ちることはない。「聞こえてる。前へ出るぞ。俺に合わせて進んでくれ」「うん。ちゃんと、ついていくから」 羽根の擦れる音が左で動いた。その位置を確かめ、俺は前へ踏み出す。 崩れる街の向こうへ目を凝らした。歌が壁に反響するより先に届く方向。そこへ剣先を向けると、瓦礫の景色に重なってヴィネラの口元が見えた。俺の足元は崩れていない。そばにいるミユウの呼吸も、歌には消されていなかった。 踏み込んだ足に体重を乗せる。胸を縛る呪いの痛みに息が詰まりかけても、腹には力を込められた。身体の奥で満ちている力を引き寄せ、剣を前へ押し出す。「はあっ!」 青い光が俺の腕から一気に膨れ上がり、
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