だが、次の呼吸で、私の側のドアが半分開いた。患者のふりをしていた男が、その隙間から私の左腕へ手を伸ばした。 車内で律が上体を起こす気配がした。相良さんがもう一人の男へ向き直るのが、窓越しに見えた。 ドアの取っ手には、係員のような顔をした三人目の手がかかっていた。窓越しの運転手へ注意を向けている間に、私の側へ回っていたのだ。 手首を掴まれる。 冷たい指だった。 身体が、一瞬で昔の階段へ戻りかけた。 掴まれる。引かれる。倒される。見られる。 違う。 今は違う。 私は肩を引かず、逆に手首を内側へ回した。コンビニの夜勤で、酔客に腕を取られた時、店長から一度教わった外し方だ。完全には外れない。けれど、相手の力がずれた。「相良さん」 声は震えていた。 でも、出た。 次の瞬間、相良さんが男の手首を押さえ、車のドアから引き離そうとした。男が踏ん張り、靴底が舗装を擦った。 律が車内から低く言った。「朝霧さんから手を離せ」 声が荒いわけではなかった。 それなのに、男の指が一瞬だけ強張った。 車椅子に座っている。黒い仮面で顔を隠している。噂に守られ、噂に閉じ込められてきた人。その人の低い声が、今は私の腕に食い込む指を止めていた。 男の指が緩んだ隙に、私は掴まれていない右手で、スマートフォンのカメラを窓の外へ向けた。 録画は続いている。画面の端に、偽送迎車のナンバーと、窓の外にいる運転手の端末が映っていた。「その画面、消さないでください」 言ってから、ようやく左腕が痛いことに気づいた。記録を残さなければと考えている自分が、他人のようだった。 自分の声が、病院前の空気に響く。 窓の外の運転手が、反射的に端末を伏せようとした。 相良さんは私の腕を掴んだ男の手首を押さえたまま、運転手に「そのままで」とだけ言った。 私は録画画面を見て、ナンバーが入っていることを確認した。「今、表示されてる予約番号と発注元、見えています」 録画画面の文字が揺れていた。左腕を掴ま
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