「失礼いたしました」 相良さんは言葉を選ぶように、手元で持っていたファイルへ目を落とした。 「試すつもりなら、始める前にそう言ってください」 相良さんは、今度は返す言葉を探すように視線を落とした。 「おっしゃる通りです」 謝ったあとに余計な言い訳をしないところは、律に似ていた。 そのせいで、こちらも言葉を重ねにくくなる。 扉の外で、車椅子の車輪が床をこする音がした。 律が、管理室の入口にいた。黒い仮面の下の目が、こちらではなく相良さんへ向く。 「相良」 「大丈夫です」 「試すなら、本人に断れ」 「申し訳ございません」 「私に謝るな」 相良さんは一拍置いて、私へ向き直った。 「朝霧様。失礼いたしました」 今度の謝罪は、さっきより少しだけ人の声に近かった。 「……次からは、先に言って」 「……はい」 律はそれ以上、相良さんを追いつめる言葉を重ねなかった。 車椅子を少し進め、私の隣ではなく、机の向こう側で止める。近すぎない位置。けれど、こちらを一人にしない距離。 「何が分かった」 「屋敷の管理システムが、たぶん古いです」 「試験の結果ではなく?」 「相良さんにも、少し古いやり方が残っていると思います」 言ってから、少し直接的すぎたと思った。 相良さんが咳払いをした。 律の目元がかすかに緩んだ。 「否定はしない」 「榊様」 「今後は、本人に断る」 相良さんは短く頷いた。 その間が少しだけおかしくて、私は目を画面へ戻した。 「大きな不正、とまでは言えません。でも、承認履歴が残らない運用は危ないです」 画面の承認欄は空白だった。記入漏れにすぎないのかもしれない。それでも、そこだけぽっかり穴が開いているようで、目を離せなかった。 「業者名も表記が揺れています。このままだと二重計上に気づきにくい。家政の範囲ならまだしも、グループ内の他部門でも同じ仕組みなら……早めに直した方がいいと思います」 「直せるか」 律が静かに聞いた。 私は答えるまでに間があった。 直せる。 少なくとも、改善案は出せる。簡単なチェック表も作れる。表記揺れの一覧、承認者IDの空欄検出、請求番号の重複抽出。難しい話ではない。 でも、ここで即座に頷けば、榊家の仕事を引き受けることになる。
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