その日の空は、朝のうちはおそろしく澄んでいた。 北辺の晴れた空は、王都の春のようなやわらかい青ではない。もっと高く、もっと乾いていて、刃の腹みたいに冷たく光る。雲は薄く遠く、山の稜線はくっきりと見え、雪の残る斜面まではっきり数えられそうなほどだった。 だからこそ、誰も夕刻の吹雪を予想しなかった。 いや、正確には、空の変わりやすさを知っている者ほど、完全に油断していたわけではないのだろう。だが、少なくとも朝の城の空気は穏やかだった。風はあるが荒れてはおらず、補修の進捗を見に出るには悪くない日取りだと、バルタザルも、同行する兵も判断した。 視察の行き先は、城下からさらに北西へ伸びる山道沿いの見張り道だった。 春の雪解けに備え、荷車の通る道と、山裾の見張り小屋、途中の橋板の傷み具合を確かめるための視察。もともとはゼルヴァンと兵だけで行く予定だったらしいが、セレフィアが書庫で橋補修と税の猶予の記録を読み込んでいたこともあり、ネリサが「実際の道を一度ご覧になったほうが、紙の上の線がもっとはっきりいたします」と進言し、ゼルヴァンも短く肯いたのだった。 最初にその話を聞いた時、セレフィアはまた少しだけ躊躇した。 城の中ではない。市場よりももっと遠く、風と雪の名残が濃い場所だ。しかも同行するのはゼルヴァンと兵たち。奥方としての外向きの意味もあるだろうし、同時に、彼の仕事の只中へ足を踏み入れることにもなる。 けれど結局、彼女は頷いた。 見たい、と思ったからだ。橋の記録を数字で追い、市場で冬の暮らしを見て、倉庫で備蓄のほころびを見つけた今、それらがどこへ繋がっているのかを、自分の目で確かめたかった。 そう思える自分に、少しだけ驚きながら。 朝の支度はいつもよりさらに実用的だった。外套は厚く、足元は雪と泥の両方へ耐える長靴。手袋は二重で、内側は柔らかく、外側は風を通しにくいもの。髪は編み込み、襟元へしっかり収める。王都なら「奥方」として見せることに神経を使うところだろうが、ネリサの手つきはその逆だった。「見せることより、冷やさぬことです」 彼女はそう言い、セレフィアの襟元をきつすぎぬよう整える。 「山道では風が横から入ります。ここが開くとすぐに喉へ参りますから」 セレフィアは頷き、自分でもその外套の重みを確かめた。王都で着せられた華やかな冬用ドレスより
Last Updated : 2026-08-08 Read more