セレフィアはしばらくその場に座ったまま、カップの残りを少しずつ飲んだ。温度はだんだん下がっていく。だが下がる速さを知ることすら、たしかに「慣れる」ことの一部なのだと、さっき言われたばかりだった。 窓の外では風がまた鳴った。 セレフィアは立ち上がり、窓辺へ寄る。中庭では数人の使用人が忙しく行き来していた。桶を運ぶ者、薪を積む者、布を抱えて足早に渡り廊下へ消える者。誰も立ち止まらない。寒さの中で動き続けることに慣れた身体だ。王都の使用人たちの流れるような優雅さとは違う、実用のための速さがある。 あの中で、自分は「奥方様」と呼ばれるのだ。 やはり胸の奥には罪悪感がある。偽物なのに、という思いは消えない。むしろ、丁寧に扱われるほど濃くなる。だが同時に、バルタザルの言葉が小さく沁みているのも否定できなかった。ここでは役目より先に体を休めてください。たったそれだけで、張りつめていたどこかが少しだけほどけたのだ。 王都にはなかった優しさだった。 自分が弱っていることを「怠け」や「役立たず」と結びつけず、まず休ませるほうへ動く優しさ。偽りを知っていてなお、必要な形で「奥方様」と呼ぶ優しさ。過剰に哀れまず、けれど放り出さない優しさ。 セレフィアは窓硝子へ映る自分の輪郭を見た。薄い白昼の中に浮かぶ自分は、まだ疲れていて、顔色もよくない。奥方様と呼ばれて然るべき姿には到底見えない。けれど、それでも今この城では、その呼び方で生きていかなければならないのだろう。 背後でまた扉が控えめに叩かれ、今度はミレナが入ってきた。おそらくバルタザルが廊下ですれ違いざまに許したのだろう。彼女はセレフィアの顔を見るなり、少し安心したように息を吐いた。「……バルタザル様がいらしていたのですね」「ええ」「何か、厳しいことを?」 その問いに、セレフィアは少し考えた。 厳しいと言えば厳しいのかもしれない。奥方様と呼ぶことは変えないと告げた。城内の動きにも制限をつけた。だがそれらは、押しつけられた窮屈さであると同時に、守るための枠でもある。「いいえ」 セレフィアはゆっくり首を振る。 「厳しいというより……きちんとしていたわ」 ミレナは首を傾げる。「きちんと?」「ええ。私が何に戸惑っているのかを見て、それに必要なことだけを置いていく感じ」 言いながら、少しだけ自分の言葉を
Last Updated : 2026-07-21 Read more