セレフィアは、自分の手の中の紙を見下ろした。きちんと整えたつもりの小さな提案書が、急に少し滑稽にも思える。遅かったわけではない。意味がなかったわけでもない。だが、自分が「こうしたらどうか」と考えるその前に、ゼルヴァンはもう、その案が形になるための土台だけを黙って整えていたのだ。 言葉より先に、手を打つ。 それが彼なのだと、頭では知っていた。帳簿の補正の時もそうだった。市場へ下りることも、春までの契約もそうだ。けれどいま、そのことがあまりにも具体的に目の前へ現れると、胸の奥が別の意味でざわついた。「……どうして」 思わず、小さくそう漏れる。 バルタザルは、セレフィアの顔を一度だけ見た。その視線には、わずかなあたたかさがある。老執事らしい、見ていても決して余計には言わぬ人の目だ。「奥方様のお考えが、口にしたまま棚へ上げられぬように」 彼は言う。 「旦那様は先に場を整えておくお方です」 それだけだった。 だがそれ以上、何を言われるよりもその説明が胸へ沁みる。口にしたことが、棚へ上げられぬように。そのために先に予算と人手を押さえておく。形にできるよう、黙って道をあける。 それは命令でも、手柄の横取りでもない。ましてや大げさな「任せろ」でもない。ただ、自分の案が現実へ落ちるための見えない支えだけを、もう先に整えておくのだ。 セレフィアは、ゆっくり息を吸った。 これが彼の愛情なのかもしれない、と、ふと思う。 まだ「愛されている」と言い切るほどのものを、彼から直接渡されたわけではない。甘い言葉もない。二人きりの時に名前で呼ばれ、外套をかけられ、必要だと思うことを先に整えられる。そのどれもが、別に恋の証として差し出されたものではないだろう。彼にとってはただ筋が通っているから、必要だから、そうしただけなのかもしれない。 けれど、それでも。 言葉より先に手を打つ人が、自分の案が埋もれぬよう先に場を整えていた。 その事実は、どんな飾ったやさしさよりも深く胸へ刺さる。「……見に行っても、よろしいでしょうか」 自分でも少し頼りない声でそう尋ねると、バルタザルはすぐに頷いた。「もちろんにございます」 そして、わずかに目元をやわらげる。 「ご自分の案がどう形になるか、見ておくのは大事なことでしょう」 最初に向かったのは薬草乾燥庫だ
Last Updated : 2026-08-17 Read more