「今日はここまでにしよう」 ゼルヴァンが静かに言う。 「聞くべきことは、まだある。だが一度に全部は無理だ」 セレフィアはゆっくり頷いた。それ以上話そうとすれば、今度こそ声が崩れそうだった。「君は休め」 彼は立ち上がる。 「城に着いたばかりで、昨夜もほとんど眠れていないだろう」 セレフィアも慌てて立とうとする。だが足へ力が入る前に、ゼルヴァンが軽く手を上げた。「無理に立たなくていい」「ですが……」「いい」 短く、それで十分だった。 ゼルヴァンは扉へ向かう前に、一度だけ卓上のカップへ視線を落とした。「飲み切れ」 彼は言う。 「冷える前に」 それが命令なのか、気遣いなのか、セレフィアには判断がつかなかった。たぶんその両方なのだろう。この人は、感情をきれいに切り分けず、必要なことを必要な形で置く。それだけだ。「……はい」 返事をすると、ゼルヴァンはほんのわずかに頷き、部屋を出ていった。 扉が閉まる。 静けさが戻る。 だが今度の静けさは、昨夜ほど鋭くなかった。代わりに、どこへ置けばいいのかわからない重さが部屋の中へ残っている。責められなかったこと。理由を聞かれたこと。聞かれたことによって、自分でも考えたことのなかった「なぜ」が、今さら形を持ち始めてしまったこと。 セレフィアはしばらくそのまま椅子へ座っていた。 目元は熱い。喉も痛い。胸の奥には重い石のようなものがある。けれど涙は落ちてこない。泣きたいわけではないのかもしれない。泣くには、まだ何も終わっていない。あるいは、責められなさすぎて、涙の落ちる場所すら見失っているのかもしれない。 卓上のカップからはまだ湯気が細く上がっていた。 冷える前に、と言われたのを思い出し、セレフィアは両手でそれを包んだ。さっきよりも少しぬるくなっている。それでも喉へ流し込むと、体の奥にじわりと熱が落ちていく。乾いた草の香りと、ほろ苦さ。王都の甘い茶とは違う、余計なものを削った味。 この城の空気も、人も、そういう感じなのだろうかとふと思う。余計なものを削って、それでも冷たさだけではない何かが残る。 セレフィアはカップを置き、両手を膝の上へ戻した。 誰一人、理由を聞かなかった。 その事実が今さら胸へ沁みてくる。父も、母も、姉も、なぜ自分が書けるのか、なぜ断れないのか、なぜ従ってきたのか
Last Updated : 2026-07-16 Read more