※ ※ ※「お帰りはいつになりますか?」 イアン・ジョー・グゥイン公爵は広い屋敷の玄関ホールで妻のオリヴィア・リー・グゥイン公爵夫人からおずおずと訊ねられ、彼女を見下ろした。 琥珀色の瞳とパチっと目が合うと、咄嗟に目を逸らされる。シルクのような美しい髪と同じ色をした銀色の長い睫毛が微かに震えているのがイアンの視界に入った。「いつもと変わらない時間に帰るよ」「もちろん」と付け加えると、「そうですか」と短い返事が返ってきた。「君と少しでも長く過ごしたいからね」とイアンが言うと、オリヴィアは俯いて「そうですか」と答えた。それから、すぐに顔を上げて、「明日は何時頃に帰りますか?」「明日は早く仕事を切り上げるつもりだよ。前日に記念日の確認をしておきたいんだ。抜けがあっては困るし」「明日は何時頃に寝ますか?」「早朝、ジョギングをするつもりだから、いつもより早く寝る……」(本当は仔犬を受け取りに行くんだが……オリヴィアには悟られないようにしないと) なんせ、驚かせたいが為に犬が欲しいと言ったオリヴィアの願いを一度無下にしている。その時は、オリヴィアの傷付いた表情が夢にも出てくる羽目になるとは思いもしなかったが……当日の朝、オリヴィアの喜ぶ笑顔が悪夢を忘れさせてくれる筈だ。 「じゃあ──記念日の夜は?」「記念日の夜は、例年通り……」 質問の意図が分からないまま、イアンはオリヴィアの問いに丁寧に答えた。 しかし、オリヴィアは何故か歯切れが悪く、「そうですか」としか言わない。どこか上の空で、何か言いたげなのは見て分かる。なんせ、オリヴィアの挙動を何一つ見逃さないように、屋敷内で目で追っている男なのだ。 「何かあった?」「なにもないです」 という割に何か言いたげで、オリヴィアの目はキョロキョロと左右に動く。唇は言葉を紡ごうと小さく震えるも、すぐキュッと閉じる。微かな隙間か
最終更新日 : 2026-07-22 続きを読む