愛する妻が置き手紙一つ置いて家出をしました。~初恋を拗らせた旦那様は妻を取り戻したい~ のすべてのチャプター: チャプター 31 - チャプター 40

55 チャプター

第31話 妻の最高の騎士

 ※ ※ ※「お帰りはいつになりますか?」  イアン・ジョー・グゥイン公爵は広い屋敷の玄関ホールで妻のオリヴィア・リー・グゥイン公爵夫人からおずおずと訊ねられ、彼女を見下ろした。 琥珀色の瞳とパチっと目が合うと、咄嗟に目を逸らされる。シルクのような美しい髪と同じ色をした銀色の長い睫毛が微かに震えているのがイアンの視界に入った。「いつもと変わらない時間に帰るよ」「もちろん」と付け加えると、「そうですか」と短い返事が返ってきた。「君と少しでも長く過ごしたいからね」とイアンが言うと、オリヴィアは俯いて「そうですか」と答えた。それから、すぐに顔を上げて、「明日は何時頃に帰りますか?」「明日は早く仕事を切り上げるつもりだよ。前日に記念日の確認をしておきたいんだ。抜けがあっては困るし」「明日は何時頃に寝ますか?」「早朝、ジョギングをするつもりだから、いつもより早く寝る……」(本当は仔犬を受け取りに行くんだが……オリヴィアには悟られないようにしないと) なんせ、驚かせたいが為に犬が欲しいと言ったオリヴィアの願いを一度無下にしている。その時は、オリヴィアの傷付いた表情が夢にも出てくる羽目になるとは思いもしなかったが……当日の朝、オリヴィアの喜ぶ笑顔が悪夢を忘れさせてくれる筈だ。 「じゃあ──記念日の夜は?」「記念日の夜は、例年通り……」 質問の意図が分からないまま、イアンはオリヴィアの問いに丁寧に答えた。 しかし、オリヴィアは何故か歯切れが悪く、「そうですか」としか言わない。どこか上の空で、何か言いたげなのは見て分かる。なんせ、オリヴィアの挙動を何一つ見逃さないように、屋敷内で目で追っている男なのだ。  「何かあった?」「なにもないです」 という割に何か言いたげで、オリヴィアの目はキョロキョロと左右に動く。唇は言葉を紡ごうと小さく震えるも、すぐキュッと閉じる。微かな隙間か
last update最終更新日 : 2026-07-22
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第32話 黒い犬と花冠とリンゴ

(俺の方が最高で最強だがな) あくまで俺が留守の時の、って意味だ。  フッ、と鼻で笑い、アンにマウントを取ってしまう。 イアンとアンはバチバチと火花を散らし睨み合う。 オリヴィアはイアンの隣でブツブツと独り言を言っていて、二人の不穏な空気に気付いていない様子だ。 不毛な争いを続けるイアンとアンを止めたのは、メイド長だった。 「そろそろ馬車に乗らなければお仕事に遅刻してしまいます、旦那様」 四十代後半で小柄なメイド長ターニャは、職務を忘れているアンの肘を小突いて注意をしてから、仕事へ行くようにイアンを促した。 オリヴィアから引き離されるようにターニャに背中を押されて、外に出されてしまう。ターニャを忌々しく思いながらも、イアンは後ろを振り返ってオリヴィアを見た。「いってらっしゃいませ、旦那様」 浮かべた笑みはいつもと変わらない。それでも物言いたそうな目に不安感を覚え、イアンは馬車に乗れずにいた。「お仕事に遅れてしまうわ」「しかし……」「遅刻しますよ、旦那様」 ドン! ターニャから背中を押され、馬車に放り込まれてしまう。文句を言おうと口を開いた途端、馬車の扉を閉められてしまった。 ターニャの旦那は軍人で、彼から聞いた話では、小柄で大人しそうな佇まいのターニャは、筋肉ばかりの自分さえ投げ飛ばせるという。「怒らせるとおっかないから、喧嘩しねぇんだ、負けるからな!」 ガハハ、と笑っていたのを思い出す。 それを聞いて他の屋敷で働いていた彼女をスカウトして、メイド長として屋敷に呼んだ。自分が留守の間、オリヴィアの身を守る者は、アン以外にも多い方が良い、と思ったからだ。 (アンより威厳がないと言ったのは取り消す。なんて乱暴だ!) あれほど小柄な女が、自分のような大柄な男をひと押ししただけで動かせるなんて、自分より腕力があるのではないか、と思ってしまう。 しかしながら、彼女を雇って正解だった、とも思う。
last update最終更新日 : 2026-07-23
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第33話 ラストダンスを踊りたい

  その頃の私は、いつも考えていた。 どうしてお母様は私を置いて月へ行ったのか、どうしてワンちゃんまで居なくなったのか。 窓から見える月を見上げては、お母様が現れてくれるのではないか、とずっと待ち続けた。 待ち続けても姿を見せてくれず、アンから寝るように促される。泣きながらベッドに横たわって、瞼を閉じる……お母様に抱き締められ、ふわふわなワンちゃんを抱き締める夢を見る──……。目を覚ませば、いつも私を抱き締めて一緒に眠ってくれたお母様は居ない。目を覚ましても、誰も居ない──……。アンは隣では寝てくれない。「その場所は、サラ女皇の場所ですから、わたくしが奪う訳にはいきません」 へんなところで真面目なアン──……。 でも、アンは私に優しい。ある日落ち込んでいた私にドレスを着せてくれた。「お下がりで申し訳ございません。でもお似合いです」「まるで天使が舞い降りてきたかのようです」と感嘆し、真顔で言う。  でも、アンは嘘を吐かないから、私はその言葉にとても喜んで、はしゃいだ。「きょう、ぱーてぃがあるんでしょう? わたしもおどりたい」「誰から聞いたんですか?」「おそとでだれかはなしているのきいたわ」「そいつらに何かされたりしてませんか?」「なにかってなぁに?」 首を傾げて見せたら「まぁ良いでしょう」とアンは咳き払いをした。「ダンスパーティへ行ってはなりません」「どうして? おかあさまはわたしが、ラストダンスをおどっているすがたをみたい、っていってたもん。だからおどりたい」  お月様へ行ったお母様に見せてあげたい──。 アンが可愛いって褒めてくれたこの姿で、踊ったら月から降りてきてくれるかもしれない。 そう思ってアンを見上げると、彼女は眉を寄せた。こういう時は大抵、「駄目です」 即答だ。そんなアンを見て肩を落とし、落胆して見せる。
last update最終更新日 : 2026-07-24
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第34話 帝国で最後に笑った夜

「これをきてねる!」と騒いでアンに反対されたものの、結局は私の「おねがい」を聞いてくれた。アンは私が怪我をする事には絶対に反対するけれど、危険がないと判断したものは、大抵何でも許してくれるのだ。 まさか、皆が寝静まった頃にパーティ会場へ行く為、着替えずにいたとは思わなかっただろうけど。 アンに内緒で、遠くから聞こえる音楽を辿りながらダンスパーティ会場へ足を進めるも、普段から歩き慣れていないせいで、すぐに疲れてしまう。遠くまで歩いたつもりだったのに、後ろを振り返ったら家が見える距離にあって、たいして歩いていない事を知った。ダンスパーティへ行くことに心が折れ始めてしまう。 お母様が残してくれたジャスミンの花の中で仰向けに倒れて、月を見上げた。月に向かって右手を上げる。「おかあさま……」 広げた指の間から月が見えた。あの月が落ちてきて、お母様が目の前に現れたら良いのに。 遠くから聞こえる音楽をBGMにして私はゆっくりと瞼を閉じた。お母様に夢で会うために……。 瞼を閉じて、じっとしていると頬に風を感じた。それに鼻の下が擽ったい。パッ、と目を開けると、月夜の空に放たれた眩い光──太陽が昇ったんだ、って思った。上半身を起こすと、太陽は遠退いて行って、それは自分の勘違いだと知る。 太陽だと思った眩さは、金色の瞳だった。頭から足元まで黒い中に浮かぶ二つの光──ワンちゃんにそっくり。 「俺の頭は大丈夫だ」 という声を聞いた時も、ワンちゃんよりも声は低かったけど、心地良い声だと思った。私の知る世界では、アンのお父様とお兄様達しか男性は居なかった。彼らに比べて目の前にいるワンちゃんは若干声が高かったように感じる。彼らよりもワンちゃんは若かったし、目鼻立ちのはっきりとした顔だった。益々、ワンちゃんに見えてしかたない。無表情かと思いきや、口をポカンと開けて間抜けな顔をしたり、私が泣くと耳を垂らして困ったように慰めてくれたり、ニコッと可愛く笑ったりするところまで──……そっくり。 リンゴみたいに真っ赤になった顔が、幼く見え
last update最終更新日 : 2026-07-25
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第35話 貴方は初恋の人でした

  母親も、可愛がっていた仔犬も、ある日突然姿を消して、毎日寂しい日々を過ごしていた中で、唯一寂しさを忘れられた。  この後、私には姉が三人いて、同じ歳の妹が一人、義理の母親が四人居る事を知った。  それから──遅れて父親とも対面する。母親が語っていた父親像と掛け離れていたせいで私の父親像は音を立てて崩れていく。そして私が過ごしていた空間は普通じゃなかった事を知った。    ★ ★ ★    ──オリヴィアは過去の思い出から浮上した。  あの庭で過ごした綺麗な思い出に浸っていた筈なのに、暗い記憶を思い出してしまいオリヴィアの表情は曇った。  腕を上げて服越しに背中へ触れる。オリヴィアは首や背中が見えるドレスを纏わなかった。服の下に、醜い、見るに堪えない傷があるから──。姉妹達はオリヴィアを抓ったり、叩いたりして暴力を振るい……罵倒もした。それを知ったアンは激昂し、姉妹達に会いに行こうとしたが、それを止めたのはオリヴィアだった。『白髪を助けたら、父上に進言するわ! あんたの任を下ろさせろ、って!』 声高にそう叫んで、お母様から「キレイね」と褒められた髪の毛を掴まれ、肩まで伸びた髪を鋏で乱雑に切り刻まれた。ある時は、火で髪を炙られた事もある。特に、第四側室の娘で、オリヴィアと同じ歳の妹の仕打ちは酷かった。  それでも、アンは私を助けようとしたけど私が泣いて縋ったの。「私を助けなくて良い」って。アンにまで居なくなられたら、私は本当に一人になっちゃうから。「考えるのは、やめ、よう……」 キリがない。つい思考が悪い方へ向かってしまうのは、悪い癖だ。  オリヴィアは頭を横に振りながら、フーッと長い息を吐いた。 ──オリヴィアは、帝国で最後に大笑いしたあの日の晩を覚えていた。あの庭で十七歳だったイアンと出会い、月光の下で踊った事は、彼女にとって一番の思い出だった。  その思い出をオリヴィアは結婚記念日に、イアンに語るつもりだ。 彼の事だから、きっと黙って聞いてくれる筈だわ……。  あの思い出は帝国で辛い目に遭い続けたせいで
last update最終更新日 : 2026-07-26
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第36話 貴女の剣であり盾

 イアンと再会した日、彼は身に着けていた剣と銃を足元に置く。軍服のズボンの裾を上げ、隠していた短剣も床に置いて身軽になった。その後イアンが私に誓った言葉がある。『貴女を傷つけません』『オリヴィア。貴女に心からの忠誠を誓う事を許して頂きたい』『わたくしを信じて頂きたいのです。わたくしは決して貴女を傷つけない。その事をまず知ってもらいたい』『わたくしは騎士ではなく、軍人です。しかし、オリヴィアに信用して貰うにはこれしかないと思い貴女に騎士の誓いをさせて頂きたい』『決してオリヴィアを傷つけません。オリヴィアを傷つけるもの全てからお守りする事を誓います。わたくしはオリヴィアの剣であり盾です。オリヴィアに一生を賭けて忠誠を誓います』 イアンは剣を鞘から抜き出して、私にそれを預けた。 真剣な眼差しに負けて剣を受け取った私は、刃を彼の肩に置いてこう言うようにと、イアンから言葉を伝授された。 イアンの言う通り、私はイアンの肩に剣を置き、息を吸い込んだ。『裏切る事なく、誠実であれ──許、します』 唱え終わるとイアンは向けられた剣の刃に口付けをした。口付けをしながら流し目で私を見るから、ついドキッとして手が震えてしまった。彼の唇を斬ってしまわないか、怖かったけれど……その姿が神々しくて、私は知らぬうちにその姿に見惚れていた。  ──イアンのプロポーズの言葉と私に誓った騎士の誓い。 お母様やワンちゃんは、私が知らない間に逝ってしまって、イアンの「私より先に死なない」というプロポーズは「愛している」という言葉よりも安心出来た。 そして、イアンは誰よりも強い軍人だった。 命を狙われたとしても、自分で対処が出来る程強い男性だ。病気だって簡単に罹らない。 騎士の誓いが決して裏切られない事は、アンを見ているから知っていた。アンは私を傷つけない。私に常に誠実な彼女が「お母様は月へ行った」と嘘を吐いたのは、私にお母様の亡骸を見せる事を憚った為だった。 イアンもアンと同じように私に誠実な筈。 イアンが私に騎士の誓いを
last update最終更新日 : 2026-07-27
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第37話 忘れてしまったと思っていた

  私たちは毎晩欠かさず、二人同じベッドで寝た。私より低い体温、私と同じ石鹸とシャンプーの香り。ホワイトムスクの清潔感のある石鹸の香りが鼻先を掠める。暑い夜でも、イアンは抱き締めて眠ってくれる。夏は汗の香りもするけど、それを一度も不快だと思った事はなかった。結婚記念日の夜はジャスミンの入浴剤に浸かるから、イアンからも、私と同じ甘い香りがする。 彼から与えられる安心感と満足感、安定感、信頼感、充実感、幸福感──全部、全部、ぜーんぶ、イアンのプロポーズの言葉と騎士の誓いから得られるものだとばかり思っていた。 でも……自分の気持ちを自覚した時、満足感、安定感、信頼感、充実感、幸福感を得ていたのは、イアンを愛している、からだった。不思議とその言葉はストンと私の胸に落ちてきた。私はイアンと再会してから今日まで、ずっと彼の事を好きだったのだ。 ──その事に二カ月前、やっと気が付いて、オリヴィアはイアンに自分の想いを吐露する事に決めた。 その想いをイアンに告白する為に、オリヴィアは『黒い犬』『花冠』『リンゴ』を欲したのだった。 この三個をイアンの前に出しながら、あの時どう感じたのかを告白して、今、私はこんなふうにイアンを想っているのだと、大告白をする。イアンが毎日欠かさず愛を囁いてくれるから、私もどれだけイアンが大好きかをプレゼンしなきゃ。 だがしかし。 オリヴィアの計画は今、頓挫していた。『黒い犬』を手に入れる事が出来なかったからだ。 まさか、何でも私に買い与えてくれるイアンが断るなんて微塵も思っていなかったのだ。『犬は粗相をするから、飼わない』 初めてイアンに拒絶された。 ショックで、イアンが仕事へ出掛けて一人になってからオリヴィアはベッドへ俯せに倒れて泣きじゃくったのだった。それを冷めた目で見ながら「離婚しましょう」と言ったアンの言葉を無視して、オリヴィアは「我儘を言って嫌われたかも」と思い悩んだ。あんなふうにイアンから冷たくあしらわれるのは初めてだった。 多少大袈裟な気もするが、そう思ってしまう程、イアンはオリヴィアの意見に反対をしないし、彼女に対して
last update最終更新日 : 2026-07-28
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第38話 離婚します、とですか?

 「どうしましょう、どうしましょう……」 オリヴィアは呪文のようにブツブツと唱える。 今朝、イアンに帰宅時間や就寝時間、記念日の予定を訊ねた理由は、イアンに犬を断られた為、自分で手に入れる事にし、イアンが留守の間に決行しようと考えたからだ。サプライズ告白なのだから、計画に必要な『モノ』を用意している事をイアンに知られては台無しになってしまう。記念日当日の早朝に家を出て犬を購入しようと考えたが、イアンから「早朝ジョギングへ行く」と言われてしまい、この計画も実行できそうになかった。 それ以前に、イアンから「犬は飼わない」と冷たくあしらわれてしまったので、自分で用意して良いものかどうか、結婚記念日を前にして、頭を抱えている。  (黒い犬が欲しい、って言えば、ピンとくるかも、って思ったのに……) イアンと再会した日に、月夜の下で踊った事を思い出した私と同じように、思い出してくれなかったのね……。 少しくらい、思い出してくれても良いのに。(でも……イアンは覚えているんじゃないかって、たまに思う事があるのよね……) 例えば、寝室の壁に掛けられている花冠のドライフラワー。厳重にガラスケースに収納されて壁に飾ってある花冠はベッドから見える位置にある。『あの花冠はどうしたの?』『あれは……俺が戦場デビューで勝利を収めた時の花冠です』『自分で編んだの?』『ユング将軍が』 サーレンは将軍の座を退き、現将軍はイアンの元上官のユングだ。イアンの話を詳しく聞くと、イアンが機転をきかせたお陰で、彼らの部隊は危機的状況に陥らずに済んだ。それを喜んだユング中将は、その場に咲いていたジャスミンの花をちまちまと摘んで、花冠を編み、イアンの頭上に飾った。『勝利の王冠だ……!!』 ガハハ!! と豪快に笑いながら。 オリヴィアが編んだ花冠を飾
last update最終更新日 : 2026-07-29
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第39話 旦那様とは呼びません

 ハッと振り返ると、背後にアンが立っていた。いつからそこに立っていたのか……騎士の頃からの癖なのか足音を立てずに、背後に立つのだ。   「お手伝いしますよ」と、アンはさも良い案だと言わんばかりに頷いた。「まずは教会から離婚届を用意しなければいけませんね。今から教会へ向かえばあの男が帰ってくるまでに余裕でオリヴィア様はサイン出来ますよ」 「何を言うの、アン! 離婚はしないわ」 「そろそろあの男が気持ち悪くなってきた頃かと思いまして」 毎日毎日、オリヴィアへ愛の言葉を囁く姿を見て吐き気しか催さない。『俺は君と毎日過ごせて本当に幸せ者だ』 『君に首ったけだ』 『今日のオリヴィアは昨日のオリヴィアよりも美しいね。毎日美しさを更新している』 『今日も愛らしいね』 『俺の隣に女神がいるかと思った』 『貴女の美しさは宝石が霞んでしまう程の美しさだ』 砂を吐くレベルだ。(オリヴィア様が愛らしいのは分かり切った事なのに、それをいちいち変な言葉を付け足さなくて良い) 忌々しいイアンの顔を思い浮かべるアンをオリヴィアは「もう」と困り顔で見つめるも、アンは悪びれる様子を見せない。「……アンも、似たような事を言っているわ」と呟いたが、アンの耳には届いていない様子だ。   「いつ入ってきたの?」 「ノックはしました。返事がなかったので倒れていないか心配でしたので入った次第です」 「そう……」 十九歳にもなって落ち着きがないように動き回っていた事が急に恥ずかしくなって、背中に流した髪を胸の前に流す。一房手に取って、指で梳きながらオリヴィアは椅子に腰かけた。鏡越しにアンを見る。  騎士服からメイド服に変わっただけで、彼女の役割は何も変わらない。アンはいつだってオリヴィアの傍に居てくれる。 私の傍に居続ける為、アンは自ら辺境伯令嬢という身分を捨て、貴族籍を抜けた。新帝国を築き上げている彼らの娘なのに、アンは家族ではなく私を選んだ。(私はアンの幸せの
last update最終更新日 : 2026-07-30
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第40話 告白の先に待つもの

 オリヴィアは息を吐いた。 (二人とも同じ波長だと思うのに、どうして水と油のような関係なのかしら……?)  同族嫌悪、という単語があるが、イアンとアンはそういう類である。二人ともオリヴィアが幸福でいる事が一番だが、どうも「どちらがオリヴィアを想っているか」マウントを取るせいで上手くいかないのだ。「本当に、あの男に告白をするつもりですか?」「えぇ、する」 鏡越しのアンは眉を寄せていた。それから、櫛を置いてオリヴィアの両肩に手を置いて、真っ直ぐにオリヴィアの目を見た。「私は反対です」「アン」「あの男の金を吸い取るだけ吸い取って、傍にいるだけでは駄目なんですか?」 イアンへの気持ちに気が付いた時、真っ先に相談した相手はアンだった。 アンは私が傷つく事を許さない。イアンに想いを伝える事で、私が傷つくと思っている。「私は、傷付かないわ」(信じるって決めたもの……揺らいではしまうけど、でも信じるわ)「オリヴィア様は、告白した先に待つ"何か"の事を考えておいでですか?」「"何か"? 何かって?」 分からないと首を傾げるオリヴィアに、アンはハッキリと告げた。「セックスです。あの男は獣のようにお嬢様を襲います。間違いありません」「イアンはそんな人じゃないわ!」 オリヴィアは頬を染め、思わず振り返ろうとするもアンに後頭部を固定されてしまい、身動きが出来なかった。鏡に映るアンに視線を送った。「男とはそういう生き物です」「イアンはそんな人じゃないわ、だって、私と一緒に寝ても、彼の手が上にも下にも移動した事なんて一度もない。私のお腹の上でいつも固定されているの」 彼と腕を組んで歩いた事はある、結婚式でダンスを踊り、身体が密着した事だってある。手を繋いで歩いた事だってある。手繋ぎも指を絡めるものではなく、掌同士を合わせて繋ぐシンプルなものだった。一緒のベッドで抱き締めて眠ってくれて、身体は
last update最終更新日 : 2026-07-31
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