駅から徒歩十分とは思えないほど、静かな環境に佇んでいる女性刑務所がある。 刑期を終えた女性が一人、晴れ晴れとは言えない表情をし、静かに門を通り過ぎた。 空は薄暗く曇り、冷たい風がバサッと吹く。肩までいかないくらいの彼女の短い髪の毛を揺らした。 彼女の名前は、桜庭 凜華《さくらば りんか》。年齢は、三十二歳。 彼女は今、一年ほどの刑期を終えて出所をした。 見送る刑務所職員は冷ややかな目で彼女を見つめ、その目線に気づいたためか、彼女は深くお辞儀をしている。模範のような態度であるのに、軽蔑ともとれる眼差しを向けられ、彼女は目線を逸らした。「刑務所なんて、縁がないと思っていたのに」 ぽつり呟いた本音は、風の音とともにかき消される。 彼女はかつて名医だった。だが、わずか一夜にして、その地位も名誉も奪われ、囚人の身となった。屈辱にまみれた刑務所での一年の間に、彼女はひとりの子を産んだ。 そして、その子の父親こそが、彼女を刑務所に送り込んだ張本人だったのだ。 頭の中でその事実がぐるぐると回る。胸が締めつけられ、目の前の世界がわずかに揺れた。その時、遠くから見覚えのある人物が手を振る姿が目に入る。「日葵《ひまり》……!」 思わず彼女は声をあげた。 駆け寄り、その存在を確かめるようにふわっと抱きしめる。「うー。あー」 喃語しかまだ発することのできないわが子に向かい「ごめんね。ごめんね」 涙を流しながら頬を擦り付けた。 乳児は自分の母親だということを理解しているのか、少し強引に頬を擦り付ける彼女に泣き叫ぶこともなく「ううー」と上機嫌に瞳を大きく輝かせている。「これからはずっと一緒だよ」 彼女は大切なわが子に言葉を伝え、子どもを連れてきた使用人に向かい「ありがとう。あとは大丈夫」 覚悟を決めたかのように力強く告げる。「はい」 使用人は頭を下げ、その場を去った。 五分後、彼女はわが子を抱えたままバスの後部座席に腰を下ろし、目立たない隅の席に座った。周囲の冷たい目線は、もはや彼女の視界には入らない。今の彼女にとって、自分の身なりや匂いなどどうでもいい。 ただ、目の前の小さな命をしっかりと抱きしめたい――。 その思いだけだった。一時間後――。 刑務所の前には似合わない漆黒の限定ロールロイスが静かに停まっていた。 後部座席の男は眉を
Last Updated : 2026-06-22 Read more