All Chapters of 私を刑務所へ送り込んだ夫が、今さら執着するなんて: Chapter 21 - Chapter 30

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第二十一話 その子は――俺の子なのか?

 凜華は突如現れた夫・直哉の存在に驚きながらも、日葵を守ることだけを考えていた。 直哉は自分の子どもであることを素直に認めるのか、それすらわからない。(もしも直哉が自分の子どもだと認めたら、日葵を私から取り上げるに違いない)(そんなこと、絶対にさせない)「違うわ。この子は、刑務所にいた時にお世話になった友人の子よ。訳あって今、預かっているだけなの」 直哉は日葵を見つめている。「あなたとの子どもができるわけないじゃない」 フッと冷たく笑い、そんなことあるわけがないと凜華は伝えた。 実際に夫婦関係は破綻していた。子どもができる行為など、ここ数年間では、あの一夜のみ。奇しくも逮捕前日に直哉が強引に凜華に求めた一夜だけだった。「……。ああ。そうだったな」 一瞬自分に似ていると思った直哉だったが、振り返ってみれば、凜華と身体を重ねたのは数えるほどしかない。可能性として考えると、ほぼゼロに等しい。(暗くてあまり顔が見えないのが原因だ。よく見ると俺に似てもいない。どうしてそんな勘違いをしてしまったんだ) 凜華に抱きかかえられている日葵は、直哉に興味があるようで、無邪気に一生懸命手を伸ばし、まるで自分のことを抱いてほしいと言っているみたいだ。(もしも凜華が獄中に妊娠して子どもが生まれるようなことがあったら、俺にも連絡が来るはず。そのように手配していた) 直哉は自分に言い聞かせる。目の前にいる子どもは自分の子どもなんかではないと。 凜華は直哉の気を引こうと、直哉に強い口調で詰め寄る。「あなた、どうしてここにいるの? 何をしに来たの?」 日葵を抱え直し、直哉からは顔が見えないようにした。(病院へ会いに行った時は、話すことさえ許されなかったのに。直哉が自ら私に会いに来るなんて。なぜ、こうも無情なのかしら) 凜華の毅然とした態度、言葉が直哉は気に入らない。凜華から頭を下げ、謝罪をしてくると思っていたのだ。 あなたが許してくれないと思って――。 私みたいな女、あなたには相応しくないわ。だから離れたの――。 会いに来てくれて嬉しい――。 しかし凜華から放たれた言葉は「何をしに来たの?」という拒否的な態度。「……。お前、久しぶりに再会したと思ったら、なんだその態度は? 俺を誰だと思っている?」 直哉の氷のような目線が凜華に突き刺さる。(夫婦で
last updateLast Updated : 2026-07-10
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第二十二話 一体誰が? 身に覚えのない真実

 直哉は二人の様子を無言で見ている琥珀に向かい、チラッと目線だけ動かした。 琥珀はその視線に気づく。「あなたが勝手に俺について来たんでしょう? 俺はあなたを凜華さんに会わせるつもりはなかった」 琥珀はギュッと手のひらを握りしめる。その顔は険しく、直哉を目の前にしても臆さない。「黙れ。今は凜華と話をしているんだ」 直哉は琥珀と凜華との関係を正確には理解していないが、直哉にとってそんなことはどうでも良かった。 目の前にいる、久しぶりに会った妻へ意識は集中している。(この二人の関係など、あとで調べれば簡単にわかることだ)(それよりも――)「しばらく見ない間になぜそうも無様な姿になったんだ?」「桜庭さん!その言い方は酷いと思います」 琥珀が凜華を庇うようにして立つ。 凜華は唇を結んだ。直哉は凜華の刑務所内での出来事を知らない。 どんなに辛かったか、苦しかったか、痛みを感じたのか。 心だけではなく、身体にまで傷を負ってしまった――。消えることのない刻印のように。 震える声で凜華は答えた。「すべてあなたのせいよ」 凜華の声は低く、恨み辛みが必然的に宿る。(あなたは私を全く信じてくれなかった。一言でもあなたの証言があったら、変わっていたかもしれないのに)「はっ? 笑わせるな。罪を犯したのは、お前だろう」 凜華は肩の力が抜ける。直哉の一方的な態度は変わらない。 まだ心のどこかで直哉が自分のことを信じていたことを望んでいたのかもしれない。 だが、直哉の今の発言でわずかな希望の光も消えた。「あなたは刑務所の中にまで手を回し、私を傷つけた。この顔の傷も身体にある傷もすべて受刑者や看守によって虐めに遭っていたのよ。そこまでして私を陥れたかったのね」 凜華は顔の傷をサラっと撫でた。煌々と瞳は憎しみの炎が燃えているかのように、輝いている。「なんのことだ?」 直哉はそんな指示を出してはいない。覚えのない疑いに思わず否定をした。(刑務所内では、凜華の様子について情報を得ていただけだ。一年間、刑務所にいる間は特に変わりはないと報告を受けていた。虐めに遭っていた? 一体誰の指示だ?) 変わり果てた凜華の姿を直哉は再度見つめる。 短くなった髪の毛、やせ細った身体、顔には傷がある。 過去、天才外科医として輝いていた凜華の姿はどこにもない。(こ
last updateLast Updated : 2026-07-11
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第二十三話 お前は誰だ――直哉と琥珀

 毅然とした態度で琥珀は凜華を守るようにして、直哉の前に立つ。(こいつ、誰だ? 医者だと言っていたが……) 直哉は目線だけ動かし、琥珀を見つめる。(何か事情を知っていそうな口ぶりだ。この男は凜華の代わりに離婚届を持ってきた)(凜華が重要な書類を依頼できるほどの間柄だと言うのか?)「黙れ。お前には関係ないことだろう。俺を誰だと思っているんだ?」 直哉の威圧的な態度は変わらない。 腕を組み、ギラっと鋭い眼差しを琥珀に向ける。「桜庭直哉さんですよね。知っていますよ。そんなことは」 ケンカ腰とも言える琥珀の態度に、凜華の鼓動は速くなり、呼吸も浅くなった。(琥珀くんが直哉に目をつけられたらどうしよう。直哉の力だったら琥珀くんなんて一瞬で――)「やめてください。こちらの男性は友達の弟なんです」(琥珀くんが医者であることを知っていたら、直哉なら医師免許をはく奪するなんて簡単なことだわ) 凜華は直哉が手段を選ばない男だとわかっていた。気に入らない人物がいたら、徹底的に潰してきた男。一応は妻としての立場で近くにいたこともある。この男が気に入らない人間にいかに横暴であるかを身を持って体験していた。「友達の弟だと……?」 ハハッと甲高く直哉は笑う。「それこそ、本当に関係のない部外者じゃないか? お前はそんな男に離婚届を持たせたのか?」 直哉はまだせせら笑っている。「凜華さん……」 琥珀は本当のことを直哉に伝えようか悩んでいた。 しかし凜華が自分のことをかばっていることを考え、凜華の気持ちを優先した方が良いのかと決めかねている。「琥珀くん……」 凜華は琥珀のうしろにいた。琥珀のスーツの裾を直哉から見えないように引っ張り、サインを送る。真実を伝えるべき相手ではないことを。 三者が睨み合い、膠着状態が続く。「俺に言えないことが――」 その時――。「う゛ううっ、ああああ!!」 凜華の腕の中にいた日葵が急に泣き出した。「よしよしっ、お腹空いたね」(日葵が作ってくれたチャンスを逃すわけにはいかない)「この子が泣いて近所迷惑になるので、お引き取り願えませんか?」 日葵は泣き続けている。 部屋の外、大人の会話に子どもの泣き声、このままだと近隣から苦情が入ることは明らかだ。(直哉を自然に帰らせる口実ができた。日葵のおかげよ) チッと直哉
last updateLast Updated : 2026-07-12
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第二十四話 直哉が感じた違和感

 直哉の登場に凜華の心は空っぽになってしまった。 これから訪れる未来が怖くなる。 日葵を取り上げられる――。 直哉が手を回し、今の仕事が解雇される可能性――。 繋がりを調べられ、琥珀まで医療業界から追放されてしまう可能性――?「うわぁぁぁんっ!」 腕の中で泣く日葵の声が遠く感じ、不安だらけの未来に呆然と立ち尽くす。(私はもう二度と、普通の生活までも送ることができないんだわ) 一点を見つめ、絶望的な未来を凜華は考えていた。「凜華さん。大丈夫ですか? 日葵ちゃんも疲れているみたいだから、部屋に入りましょう」 琥珀からトントンと肩を叩かれ、凜華はハッと我に返る。「そうね。日葵が可哀想だわ」 よしよしと日葵に声をかけながら、部屋に戻る。 急いでミルクを作り、日葵に渡すと泣き止み、うつろうつろしている。「外で寒かったね。ごめんね」 眠りにつきそうな日葵を布団へ横にした。(可愛い。もう寝ちゃった) 先ほどまであんなに声をあげていた日葵も、今はすぅっと静かに寝息を立てている。(私は日葵だけは渡さない。どんなことがあっても。この子は私が育てる) 柔らかい頬を指先で軽くツンと触れる。「可愛いですね」 その様子を見ていた琥珀が、日葵の寝顔を見て呟いた。「琥珀くん。ごめんね。巻き込んでしまって」(私が琥珀くんに離婚届けを頼まなかったら、直哉と関わることなんてなかったのに)「いいえ。お世話になった凜華さんに頼ってもらえて嬉しかったです」 琥珀は静かにベッドの中の日葵を見つめる。「凜華さんはあの男と離婚したいんですよね?」「ええ。あの人も私に執着する理由がないのに。簡単に別れてくれるかと思ったら、拒絶されたわ」(どうして? 私と離婚しないことで何か直哉の利益になることがあるの?) 凜華は理解できなかった。離婚することができない理由が。 直哉は妹の唯と仲睦まじそうで、仕事を大切にする直哉がショッピングモールで唯衣とデートをするほどだ。(私にはあんなに優しい顔も見せたことがないのに)「凜華さん。俺、そろそろ帰りますね。また来ます。何かあったら連絡してください」 琥珀は、別れ際に携帯電話の番号を書いたメモを渡した。 凜華の携帯は料金未納の状態になっており、使用できない。直哉に口座を凍結され、生活すること自体がギリギリだからだ。
last updateLast Updated : 2026-07-13
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第二十五話 凜華が抱いていた子

 直哉は帰宅してから書斎でずっと凜華のことを考えていた。(あの女、容姿が変わり果てた姿になっていた) 髪の毛、顔、身体的特徴、すべてが醜く劣って見え、まるで別人のような女性になっていたことを直哉は思い出す。(刑務所で何があったんだ? あの顔の傷は最近つけられたものではない)(俺のせいだと言っていたが、何のことか思い当たることがない) 凜華は刑務所の中で酷い仕打ちを受けたこと、勤め先にまで手を回したと言っていたことを思い出した直哉だったが、身に覚えのないことだった。 直哉も医者である経験上、凜華の傷は最近負ったものではないことがすぐわかる。 刑務所では、受刑者同士の揉め事やトラブルは規律違反になる。あんなにも傷をつけられたのなら、重要な違反報告となることを直哉は知っていた。だからこそ、腑に落ちない。(もしも凜華が絡んでいる事故などがあったなら、俺に連絡が来る手はずになっていた) 刑務所から直哉に連絡が来ることはなく、凜華は普通の受刑者として過ごしていたと思っていた。 重くなる肩、頭痛まで感じるようになった直哉は、目を閉じる。 その時――。 ふと、凜華が抱いていた子どもが思い浮かんだ。「一瞬でも自分の子どもだと思った俺がバカだったな」 フッと直哉は思い出したかのように笑う。(俺の子どもなわけがない) しかし思い出してみると、確かに似ていたのだ。自分に。 目や眉のかたち、それに――。「俺のことを見ても、あの子は泣かなかったな」 病院の代表医師として、緊急時は小児科を稀に受け持つことがある。 直哉の雰囲気、自分では普通に接しているはずなのに威圧的だと捉えられてしまうことも多く、子どもとは相性が悪い。触診するだけで泣かれることもあった。(どうしようもなく気になるのは、俺の勘か?) 直哉は携帯を取り出し、ある相手に電話をかけていた。<直哉さん?どうしたの> 直哉が電話をかけた相手は、灰原唯衣、凜華の義妹だった。「聞きたいことがあるんだが――。まず、キミのところに刑務所から連絡があったことはないよな?」 唯衣は電話の向こう側でしばらく黙った後<特にないわ。それがどうしたの?> 否定をした。「いや、別に大したことではない。ただ――」 直哉は言いかける。唯衣に話しても大丈夫な内容かどうかを咄嗟に冷静に判断したのだ。(唯衣
last updateLast Updated : 2026-07-14
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第二十六話 彼に相応しいのは私なのに――。唯衣の苛立ち

 直哉との電話のやり取りのあと、唯衣はぎりっと奥歯を噛みしめていた。(最近、直哉さんの様子がおかしい。さっきの電話だって急に切られた。もしかしたら姉さんが関係しているのかもしれない)「あの女、ずっと刑務所にいれば良かったのに」 自室のベッドに横になり、目を閉じながら直哉のことを想う。 心の内に留めておくことができす、本音が言葉となって現れた。(ああ。イライラするわ。明日、直哉さんに直接会って探ってみようかしら) 次の日――。 唯衣は直哉の仕事が終わったあと、約束を取り付け、個室レストランへディナーに来ていた。「唯衣。今日も綺麗だな」 直哉は、食前酒であるスパークリングワインを一口飲み、唯衣へ声をかけた。「ありがとう。このドレス、オーダーメイドなの。有名なデザイナーに依頼した一点ものよ」「そうか。似合っている」(直哉さんは私にはいつも優しい。今日だって綺麗だって言ってくれた。私の勘違いだったのかしら。今は変わった様子は見られないけれど) 目の前にいる直哉を唯衣は見つめる。 こんなにも近くにいるのに、直哉とは結ばれてはいない。 あくまでもまだ直哉は姉の夫だ。 どうして自分が直哉と結ばれていないのか、遺恨を残している。 自分の方が相応しいのに――。 容姿も立場も今では自分の方が上だ。 しかし直哉からはいつまで経っても凜華と<別れる>と言った言葉を聞くことができない。「ねえ。直哉さん、姉さんとはいつ別れるの?」 唯衣が姉のことを話題に出した時、直哉の手が止まる。「まだ別れない」「どうして? 直哉さんは姉さんにもう気持ちなんてないはず。それにあの人は、罪を犯した人なのよ」「直哉さんみたいな素晴らしい人の妻である資格は、姉さんにはもうないわ」 首を傾げ、優しく言い聞かせるように唯衣は直哉を見つめる。「いや。まだだ。調べ残したことがあるかもしれない」 運ばれてきた赤ワインを飲みながら、直哉は一点を見つめ、何かを考えているようだった。(調べ残したこと? 事件のことはもう裁判も終わっているのよ。何を今さら直哉さんはこだわっているの?)「姉さんが犯した罪は、判決も出ているのよ」 直哉の思考が読めず、唯衣は引きつった笑いを見せる。「あの女、受刑中に何かあったのかもしれない。かなり変わり果てた姿になっていた」「直哉さんっ!?
last updateLast Updated : 2026-07-15
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第二十七話 俺が支える―― 突然の来客者 

 直哉と凜華が再会して数日後。 凜華は変わらず黙々とホテル内の清掃業務をこなしていた。(直哉と会ってから数日間、何も起きていない。何か仕掛けてくるかと思ったけど)(油断はできない。私の住処は知られているのだから) 直哉に社員寮に住んでいることを知られてしまった凜華は、ホテルの仕事を辞め、どこか遠くに逃亡することも考えた。 資金不足、日葵への負担、仕事内容は過酷だが、社員寮がある就職先はすぐにはなかなか見つからない。リスクの方が高いと思い、今の仕事を続けるしかなかった。(私は日葵と二人で、普通の生活ができれば幸せなのに) 客室のバスルームを磨きながら、直哉の行動が読めないことに不安を覚える。 仕事が終わり、凜華は家に帰り、日葵のミルクの準備をしていた。(琥珀くんがこの間お金を渡してくれたおかげで、こうやって日葵の食事や日用品を買うことができた。いつか絶対に返さないと)(後輩だった琥珀くんから助けられるなんて、現役だった時は思いもしなかったな) 凜華は直哉から給料振込口座を凍結され、現金を引き出せずにいた。 わずか数百円の現金のみ残り、生きていくことさえ難しいと窮地に立たされた時、琥珀から援助を受け、なんとか生活ができている。 自分が食べる夕食の準備をしていた時、トントントンと玄関ドアが叩かれる音が聞こえた。 ドクンと大きく鼓動が鳴る。(私の部屋を訪ねてくる人なんていないはず。まさか、直哉が――?) 部屋の電気は点いており、居留守を使うことができない。 凜華は静かに、そしてゆっくりと音を立てないよう、玄関ののぞき穴から来客者を確認する。「凜華さん、俺です」「琥珀くん?」 相手が琥珀であることがわかった凜華は、玄関のドアを開けた。「どうしたの?」「差し入れ、持ってきました」 ニコッと笑う琥珀が持っている両手いっぱいの袋には、日葵のミルクやオムツ、簡単に食べられるレトルト用品などが入っている。「えっ。受け取るわけには……」 言いかけ、凜華は言葉を止めた。「とりあえず、中に入って。汚いし、散らかっているけれど」(こんな現場を直哉に見られたら、琥珀くんが危ない目に遭うかもしれない)「ありがとうございます」 古びた社員寮に琥珀の姿は異様に目立つ。誰かに見られることを恐れた凜華は、琥珀を部屋に入れることにした。「お邪魔し
last updateLast Updated : 2026-07-16
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第二十八話 裏の顔――琥珀の正体とは

 凜華は琥珀の決心を聞き、動きが止まる。 だが――。「琥珀くんからそんなこと言われると思わなかった」 フフッと声を出して笑っていた。「本気ですよ。俺が凜華さんを支えます」(凜華さん、まさか俺が本気じゃないと思っているのか?)「ありがとう。こんなみすぼらしい姿を見せちゃってごめんね。でも大丈夫だから」 凜華の中で琥珀の存在は、部下であり後輩だ。 それに、琥珀を巻き込みたくはなかった。直哉は医療業界で名を馳せた医者であり、トップクラスの経営者。直哉の手にかかれば、琥珀の築き上げてきたものが一瞬で壊されてしまう。「琥珀くん、成長したね。私が指導者だった時とは大違い」 凜華は琥珀に本当の想いを悟られぬよう、昔を回想させるためクスっと笑って見せる。(琥珀くんはもう立派な医者になった。せっかくの未来を、直哉の手によって壊すわけにはいけない)「凜華さんにとって、俺はまだ部下って感じなんですね」 琥珀は肩を落として見せた。(凜華さんは頭が良くて優しい人。だけど芯があって強い人だから。きっと桜庭直哉と俺が接触しないよう気を遣ってくれているんだろう)(ここで無理に気持ちを伝えても凜華さんは引かない。今は影のサポート役に徹するんだ)「俺、凜華さんに頼ってもらえるように頑張りますから」「琥珀くん……」(これ以上、私と関わると危ない。琥珀くんに甘えていないで、これからは距離を取らなきゃ) 凜華は自分の大切な人が傷つくのが怖かった。琥珀は凜華が医師であった時の一番の後継者のような存在。どんな時も凜華に付き添い、助手として腕をあげた。今は弟のような、凜華を理解してくれる数少ない人間の一人。そんな尊い人の人生が汚され、崩落するところなど見たくはない。「琥珀くんの気持ちは嬉しい。気持ちだけで十分よ。だから――」「俺、これからもたまにここに来ます。凜華さんだけじゃなくて、日葵ちゃんの顔も見たいから」 凜華の言葉を遮り、琥珀は言い切る。「凜華さんが嫌だって言っても、来ますからね。日葵ちゃんに会いに」 琥珀はベッドにいる日葵の頬をそっと触れる。日葵の頬は温かかった。凜華だけではなく、日葵のことも守りたいと思う気持ちに偽りはない。 日葵を見つめる優しい眼差しが凜華の心を揺らす。出所してからは、一人で生きてきた。 頼れる人、信じられる人なんていなかったから
last updateLast Updated : 2026-07-17
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第二十九話 助けられたくない相手だったのに――。

 琥珀は意味深な言葉を残し、帰って行った。 凜華が尋ねても、はぐらかされ、詳しい内容については教えてはくれない。(琥珀くん、何か直哉の秘密でも知っているのかしら?) 日葵を寝かしつけた凜華は、その隣で横になり天井を見つめる。 ふと、喉が渇き、水を飲みに行こうとキッチンへ向かった時、ミルク缶のとなりに隠すように置いてあった封筒を見つける。「これって……。琥珀くんが?」 封筒には<日葵ちゃんのためにも使ってください>の文字が書かれ、その中身は現金だった。「こんなに入ってる。この間も渡してくれたばかりなのに」 二十万円の折り目一つもない綺麗なお札が入っていた。 二十万など今の琥珀にとっては大きな金額ではない。しかし凜華の性格や現金として保管しておける金額を考慮した時、大金を渡すべきではないという琥珀なりの配慮。 凜華は封筒を大切に包み込むようにして持つ。(私が医師に戻った時、倍にして琥珀くんに返そう) 凜華は琥珀の気持ちを受け取ることにした。<日葵のために使ってほしい>という琥珀の言葉が凜華を動かしたのだ。(今は強がりを言っている場合じゃない。私一人だけならいい。だけど、日葵っていう命よりも大切な存在がいるんだから)(ありがとう。琥珀くん。日葵は絶対に守るからね)・・・・ 息を切らし、凜華は黙々と浴槽を磨いていた。上司の和田は解雇され、ハラスメントは減ったが、仕事内容が過酷であることは変わりない。「早くしてよ!ベッドメイキングができないじゃない?」「時間がないからって掃除、手を抜かないでよ!この間、お客様からバスルームが汚かったってクレームが入ったんだから」 時間に追われながらも、掃除は丁寧に汚れ一つ残してはならない。(クレームのあった部屋の担当は私じゃないのに) 言い返したい気持ちを我慢し、額から汗が流れるほど手を動かし続ける。 掃除が終わったあとは、ホテル周りの庭木の剪定を指示された。(お風呂掃除でかなり汗をかいちゃった。本当は着替えたいけど、文句を言われるだろうな) 汗で下着や制服が濡れている状態での庭木の剪定。その日は風が強く、汗によって濡れた衣類を着ていると肌寒いと感じるほどだ。 凜華が帰宅した時には、身体がいつも以上に重く感じ、日葵にミルクを与えたり、オムツ交換をするのがやっとの状態になってしまった。「す
last updateLast Updated : 2026-07-18
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第三十話 信じられない約束

 凜華は身体を動かし、自分の身体に触れている人物から逃れたかった。 しかし、高熱からか身体が言うことを聞かない。「どうやって部屋に入ってきたの……?」 凜華はいつも通り、玄関のカギはかけたと思っていた。「普通に開いていたよ。電気は点いているのにノックをしても出てこないから、ドアノブを回したら、カギがかかっていなかった」「今すぐ……。今すぐ出て行って。宗像涼真」 凜華の元を訪問した相手は、幼馴染で凜華を刑務所へ送った一人でもある宗像涼真だった。「断る。今のお前の状態は危険だ。俺の病院へ連れて行く」 涼真は凜華のか細い背中に手を回し、抱え込んだ。「嫌よ。離して……」 必死に抵抗を試みようとするも、今の凜華の力では涼真には到底敵わない。(この人に助けられるくらいなら……。このままの方がまだマシよ) 真っ赤な頬で、涼真をキッと睨みつける凜華だったが、その威嚇するような態度も今の涼真には効果がない。「暴れるな。ただ治療をするだけだから。信じてくれ」 涼真は冷静だ。涼真も医師として幾度となく人の命を救っている。 今は凜華が相手でも、医師として冷静に対応しているだけ。 騙そうとする気持ちはないのに――。「絶対信じないわ……」 心から信頼していた涼真に裏切られた凜華の心は、今も固く閉ざされている。 涼真は何も言えず、ただ凜華を抱えた。「行くぞ」 部下を呼び、涼真は凜華を病院へと連れて行こうとした。「……。お願い。日葵を……」 だが、凜華のか細い声が耳に届く。 凜華は涙を流していた。(私が熱なんか出さなければ、こんな男に……) それは許してはいない裏切られた相手に頼まなければいけないという悔しい気持ちの表れでもあった。「わかってる。今部下を呼んだから。娘のことは任せろ。何も悪いことはしない」 子どもを一人にさせておけないと判断した涼真は、すでに部下を呼び指示を出してる。「日葵にだけは、何もしないで……。私はどうなってもいいから」「凜華……」 凜華の言葉に涼真の心が痛む。 自分が良かれと思って計画をした凜華を冤罪へと導く行為。 夫である直哉から離すための行動だった。 出所した時、凜華に理由を説明すれば、簡単に許してくれると涼真は思っていた。 だが今もなお、凜華は自分を拒絶している。 恐怖の対象人物へと変わってしま
last updateLast Updated : 2026-07-19
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