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第四話 どこへ行っても、俺はお前を見つける

Autor: 煉彩
last update Fecha de publicación: 2026-06-23 21:02:21

 十分後――。

 使用人の田中は、床へ崩れ落ちたまま、震える声で何度も頭を下げていた。次第に瞳孔は開き、潤みが増している。

「知っていることは、全部お話しましたっ!ですから、どうか奥様を責めないでください……!あの方は、もう十分苦しんでこられました……」

 平伏しているにも関わらず、直哉は冷え切った目で彼女を見下す。

「苦しんだ?」

 鼻で笑うように呟き、ネクタイを緩く外した。

「桜庭家夫人として何不自由なく暮らしていたくせに、まだ不満だったのか。俺の前から逃げようなんて、身の程知らずにもほどがある」

 自分から逃げる、その選択肢が彼は許せなかった。涙を流し続けている使用人に背を向けた。重たい足音が遠ざかっていく中、田中は涙を流しながら唇を噛み締める。

(奥様、申し訳ございません。約束したのに、すべて話してしまいました)

 去り行く直哉の背中をキッと田中は睨みつけた。

(それでも、一番大事なことだけは、最後まで隠し通します)

 直哉は書斎へ戻り、集めた部下へ向かい

「凜華名義の口座と資産をすべて凍結しろ」

 短く、重低音の声音がシーンと静まり返っている部屋に響いた。

「……。困り果てれば、あいつも自分から戻ってくるだろう。俺から逃げることができないことを思い知らせてやる」

 直哉は氷の入ったグラスを静かに揺らしながら、淡々と言い放つ。

 部下は言いづらそうに視線を伏せた。

「ですが、先ほど田中が、“奥様はかなりお金に困っている様子だった”と……。ここまでするのは、少しやりすぎでは......」

「やりすぎ?」

 直哉は鼻で笑った。

「お前は、あんな裏切り者に情けをかけるつもりか」

「い、いえ……。そのようなつもりでは。ただ……」

 だが、直哉は部下の言葉を最後まで聞こうとはしなかった。

「一年前、俺を裏切った時点で、こうなる覚悟くらいしていたはずだ」

 直哉の命令に誰も逆らえるはずがない。直哉の様子にごくっと部下は唾を飲みこむ。

 静まり返った部屋には、カランと氷の触れ合う乾いた音だけが残り、凍結手続きは早急に進められた。

・・・

 凛華は娘を抱き、大型ショッピングモールを歩いていた。

(自分のことはどうでもいい。ただ、娘にだけは少しでも良いものを与えてあげたい)

 そんなことを考えながら。

 必要なものを選び終え、会計を済ませようと彼女がカードを差し出したその瞬間――。

「ビビー」

 不快な機械音と共に、無機質な記載が支払い画面に表示された。

 別のカードを提示するも、結果はすべて同じだ。

「どうして使えないの……?」

  小さく掠れた声が漏れる。

「これは私が医者として精一杯働いて、必死に貯めたお金なのに……」

  凛華はカードを見つめたまま、息を止めた。

  偶然にしては、あまりにも出来すぎている。

 ――まさか。

  胸の奥に、冷たいものが落ちる。

(直哉……?)

  その瞬間、店員が露骨に顔をしかめた。

「お客さま、何度やっても結果は同じです。会計を待っている他のお客様にご迷惑です。退店をお願いします」

 うしろで会計を待っていたであろう客に彼女は声を大きくされた。

「最近、こういう人が多いんですよね」

 やり取りを見ていた他の客まで小言を言い始め、周囲からの視線も集まっている。

「すみません」

 凛華は娘を支えながら、咄嗟に頭を下げた。

(ここで騒ぎになるわけにはいかないわ。誰かに見られたら、直哉に居場所がバレてしまう)

 日葵を抱き直し、その場を離れようとした時、慌てた拍子に、入店をしてきた女性の肩に軽くぶつかってしまった。

「申し訳ございません――」

 反射的に顔もしっかりと見ずに謝罪をした。

 その刹那

「汚らしい人が触らないでくれる?」

 耳へ刺さるような声に、彼女の足が止まる。

「この靴、限定品なの。あんたなんかが汚したら、弁償しても足りないわ!」

 恐る恐るゆっくりと顔を上げたその瞬間、凜華は全身が凍りついた。そこに立っていたのは、義理の妹の灰原唯衣《はいばら ゆい》だったのだ。

 かつて本当の妹のように可愛がり、守り続けてきた妹。だが、刑務所に入ってから、凛華はようやく知った。夫の企業の機密を流した本当の犯人が、自分ではなく、この義妹だったということを。それでも、罪を被せられたのは彼女だった。

 その事実を思い出した瞬間、凛華の胸に押し込めていた憎しみが一気に込み上げた。

「……。何、その目?バカにしてんの?」

 唯衣は凛華を見つめ、眉をひそめた。

「あんたみたいな人が、睨み返すなんて生意気ね」

 次の瞬間、唯衣はわざと強く肩をぶつけ、凛華をドンと突き飛ばした。

「っ……!」

 凛華は咄嗟に娘がケガをしないように自分を盾にして庇う。

 強く胸へ抱き寄せられた赤ん坊は、驚き、泣きだしてしまった。

「うわああああんっ」

 喃語のため、理由を伝えることはできないが、驚いたのだろう。

「よしよし……。大丈夫。大丈夫だから……」

 凛華は震える声で必死にわが子をあやす。唯衣はその姿を見て、愉快そうに笑った。

「ははっ……。あんたも惨めだけど、その赤ちゃんもこんな母親で可哀想ね」

 その時だった。

 唯衣が凛華の顔をぐいっと近くまで除き込み、動きを止める。

「……。お父さん、お母さん」

 近くにいた両親に唯衣は声をかけた。

 赤ん坊を抱いている凛華の動きが一瞬止まる。

「この女……」

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  • 私を刑務所へ送り込んだ夫が、今さら執着するなんて   第六話 気づかないふりなのか、それとも本当に

     この声だけは、凜華は忘れたことがなかった。冷たく感情がない、人を支配するような圧迫感のある重低音の声音。 一年間ずっと見続ける悪夢の中で、何度も何度も聞き続けてきた声だった。凜華は収監されてから毎日のように、囚人たちから嫌がらせを受けていたのだ。冷たい水、カビの生えた布団、ボロ雑巾のような囚人服、空腹を満たすことがない食事。最初は自分が「罪人」だから、当然の仕打ちだと思っていた。だが、それは違った。  あの日の夜。高熱にうなされ、部屋の隅で寒くて身体を丸めてうずくまっていた凜華の前で、数人の女たちが故意に目の前の水を蹴散らし、冷めた笑みを浮かべた。「可哀想なふりをしないで」「直哉様から直接指示が出ているのよ」「あんたみたいな女はーー」「しっかり“面倒を見てやれ”って」…… 凜華の指先が恐怖からか微かに震える。彼女は必死にその記憶を断ち切った。――絶対に、気づかれてはいけない。 見物人たちが直哉の放つ威圧感を感じたのか、自然に道を開ける。 漆黒のシワ一つないスーツを纏った男。手首にはオーダーメイドで作られた高級ブランド時計。 その隣には、オートクチュールに身を包んだ唯衣がいる。まるで最初から「この二人であるべきだ」と言わんばかりの並びだった。 はじめて二人を見る通行人すら囁くのだ。「本当にお似合いの二人だ」と。 その光景は、凜華の目に非情にも突き刺さった。一人は自分の夫、もう一人は自分の妹であるのに。皮肉だとしかいいようがない。凜華が唖然としていた時、唯衣が小走りで駆け寄った。「直哉くん、どうしてここにいるの?」 両親も驚きのあまり声をかける。「直哉は多忙なはずでしょう?」 直哉は「今日は一日付き合うと約束しただろう」 淡々と答えた。「モールにいるとは聞いていたが……。まさかベビー用品店とは思わなかった」 唯衣は直哉の言葉を聞き、視線を泳がせた。「ああ。ううんっ。たまたまだよ。ちょっと寄っただけだから」 慌てて、誤魔化すようにフフッと笑っている。 直哉は疑わず「さっき、何があったんだ?」 唯衣にそう訊ねた。 唯衣は咄嗟に直哉の視線を遮るかのように立ち「何でもない。ただの目障りな貧乏人がいただけよ」 両親もすぐに頷き「そうそう。気にしないで。私たちは先に失礼するわ」 直哉の機嫌を損なわないよう、軽く会釈

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