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第六話 気づかないふりなのか、それとも本当に

Auteur: 煉彩
last update Date de publication: 2026-06-23 21:06:51

 この声だけは、凜華は忘れたことがなかった。冷たく感情がない、人を支配するような圧迫感のある重低音の声音。

 一年間ずっと見続ける悪夢の中で、何度も何度も聞き続けてきた声だった。凜華は収監されてから毎日のように、囚人たちから嫌がらせを受けていたのだ。冷たい水、カビの生えた布団、ボロ雑巾のような囚人服、空腹を満たすことがない食事。最初は自分が「罪人」だから、当然の仕打ちだと思っていた。だが、それは違った。

 あの日の夜。高熱にうなされ、部屋の隅で寒くて身体を丸めてうずくまっていた凜華の前で、数人の女たちが故意に目の前の水を蹴散らし、冷めた笑みを浮かべた。

「可哀想なふりをしないで」

「直哉様から直接指示が出ているのよ」

「あんたみたいな女はーー」

「しっかり“面倒を見てやれ”って」

……

 凜華の指先が恐怖からか微かに震える。彼女は必死にその記憶を断ち切った。

――絶対に、気づかれてはいけない。

 見物人たちが直哉の放つ威圧感を感じたのか、自然に道を開ける。

 漆黒のシワ一つないスーツを纏った男。手首にはオーダーメイドで作られた高級ブランド時計。

 その隣には、オートクチュールに身を
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  • 私を刑務所へ送り込んだ夫が、今さら執着するなんて   第六十五話 医師には戻れない/招かれることのない来客者

    「凜華。こんな生活を続けていないで、医者に戻ったらどうだ?」 涼真は凜華の身体のことを考え、伝えた言葉。 だが、その言葉を聞き、凜華は渋い顔をする。「戻れない。私は逮捕されたの。医師免許が停止になっているのよ」(出所した時、そうなっていることは覚悟していたけれど。直哉に連絡がすべていっているから、はっきりしたことはわからなかった)「涼真から医師として働かないかと提案を受けた時、調べたの。そしたら、三年の免許停止処分になっていたわ」(この間、涼真からビジネスの話をされた。もう一度医師として働ける場があるならと希望を持ったけれど、現実は甘くはなかった。はく奪になっていないだけマシって考えたけれど) 涼真は言葉を失っている。凜華を冤罪へ追いやったのは自分。それを理解しているからだ。「しばらく医師には戻れない……」 ぽつり彼女の発した言葉はとても重かった。医師として働くことができたらどんなに良かったことだろう。今の彼女には許されない。」「凜華、俺が……」「だからと言って、今のところで命を削りながら働くことはありません。俺がどうにかします」 涼真が何かを言いかけたところで、琥珀が涼真の発言を遮るかのように言い切る。「今の住居や職場環境は劣悪です。日葵ちゃんのためにも良くありません」「わかっているわ。だけど、前科がついている私を雇ってくれるところなんか。住むところも一人じゃ契約できないのに」「俺がなんとかします。だから信じてください」 凜華の知っている、あの穏やかで優しい琥珀ではなかった。頼りになる、そんな存在へと変わっている。凜華が指示を出していた後輩の姿は、もうそこにはなかった。「ありがとう」 ただ、彼女は感謝を伝えることしかできない。 涼真は悔しそうにその光景を見ているしかなかった。自分が凜華へ行ったことの後悔の念、自分が直哉から凜華を奪い、幸せにすることを決めていたのに。 目の前にいる部下の方が圧倒的に凜華に信頼されている。(こんなはずではなかった。あの男から凜華を引き離せば、すべてはうまくいくと思っていたのに) 涼真はなんとも言えない感情を抱く。嫉妬、後悔、怒り。涼真が凜華へ行った行為は許されることではない。 自分が提案した「医師へ戻れ。俺の病院で働けば良い」そんなことが叶うわけがなかった。 その時<トントントン>

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    「唯衣が犯人って……」(どうして? 唯衣は何を考えているの? きっと、直哉と籍が入っている私の存在自体が彼女にとって邪魔なんだわ) 凜華は、唯衣が直哉のことを慕っているのは、知っていた。直哉も唯衣のことを大切にしている姿を何度も目撃している。(もう私のことなんかほっといてよ……。私は日葵と二人で暮らしたいだけ。それだけを望んでいるのに) 凜華は唯衣の本来の姿を理解し、すでに分かり合うことはできないと諦めている。「もちろん、実行犯はあいつではない。金で雇われている奴らが何人かいるようだ」「それはそうでしょうね。直接自分の手を汚すことはしないでしょう。証拠はあるんですか?」「はっきりした証拠はまだ掴めていない。だが、おそらく影で動いているのは唯衣だ。俺が凜華と接近しないように、俺指名のVIP客の入院患者を斡旋させていることが確認できた」「使用人からの報告で実行犯に問い詰めたところ、灰原家という言葉を濁している」(灰原家、父と母がこんなことをするわけがない。あの二人は私のことは死んだと思っているくらいだし、興味もないだろう)(こんな陰湿な虐めを楽しむ、最近の唯衣ならやりそうなことね。私が自我を保てないほど追い詰めようとしたんだろう) 凜華は涼真の発言を聞き、思い、感じる部分があった。 今の義妹ならば、考えそうなこと。「唯衣に、私の住んでいるところが知られているってことよね?」「ああ。そうだ」(直哉が唯衣に話したの? あの二人は繋がっていると思うから、きっとそうよね) 凜華は直哉が関わっていることを疑っている。(住処を唯衣に話したのは直哉で、唯衣がこんなバカなことを提案して、きっと二人で私のことを嘲笑っているんだわ)(どこまで人のことを追い詰めたら気が済むの? 離婚なんていつでもしてあげるのに) 凜華はぎりっと奥歯を噛みしめた。「俺の部下が実行犯の一人を捕えたことは、向こうにも伝わっているだろう。だから、しばらくは何もできないはずだ。向こうも今頃、こちらの様子を伺っていると思う」「さすがの灰原家でも、こっちには宗像先生や俺もいるんです。バレたとわかれば、簡単に手を出してきたりはしないでしょうね」 琥珀は冷静に三者の関係性を考察していた。だが、一つ気になっていることがある。「宗像先生は、灰原唯衣とも関係が深かったはず。凜華さんの事

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    「凜華さん」 凜華が目を覚ますと、病室だった。点滴とモニターに繋がれている。「琥珀くん?」 自分の名前を呼んだ人物は、琥珀だった。「すみません。俺が守るって言ったのに。凜華さんが大変な時に近くにいることができなくて」 琥珀は目線を下げ、肩を落としている。「出張から帰ってきて、すぐに凜華さんの家へ行ったんですが。居なくて。宗像先生なら事情を知っているかと思い、聞いたらうちの病院に入院していると聞きました」(琥珀くん。病院よりも先に私の家へ行ってくれたんだ)「公衆電話からの電話履歴は確認していて。もしかしたら凜華さんが何かヘルプを出しているかもしれないと思い、予定よりも早く帰ってきたんですが。こんなに大変なことになっているなんて」「悔しいです。近くにいることができなかった自分が」 琥珀は両手をギリギリと握りしめている。「ううん。琥珀くんのせいじゃない。私がいけないの。私がこんなにも弱いから」(自分一人で生きていくと決めたのに。結局守られてばかりの自分が悔しい)「何があったんですか? 宗像先生に聞いたら、何か知っていそうな雰囲気でしたけれど、何も教えてはくれませんでした」「涼真が知っていそうだった?」(私は何があったのかは、涼真に詳しくは話していない。なぜ涼真が知ってるの? まさか犯人は……) 凜華が深く考えそうになった時、ガラッと病室のドアが開く。「仁王。誤解するようなことを言うな。凜華が俺が犯人だと思ったらどうするんだ?」「日葵!!」 不機嫌そうに入ってきた涼真だったが、大切に愛おしそうに抱えている存在がいる。 凜華の子ども、日葵の姿だった。 日葵も涼真を嫌がることはなく、落ち着き抱かれている。 涼真は凜華のベッドへ近づき、そっと彼女のとなりへ日葵を降ろした。「日葵。ごめんね……。ごめんね」 凜華は点滴に繋がれていない方の腕を日葵へ伸ばし、頭を撫でる。「うーー」 母親に撫でられた日葵は上機嫌のようだ。「そろそろ目覚めると思って、日葵を連れてきた。凜華は感染症の類ではないから心配するな」「ありがとう。日葵が元気そうで、本当に良かった」 今ではただ一つの宝ものである日葵。 凜華にとって、日葵以上の存在はない。「言っとくが、俺はお前に嫌がらせなんてしていない。俺が独自に調べたんだ。疑うなよ」「嫌がらせって、ど

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    「あいつも多忙な奴だからな。あいつが下請けに指示をしたなんてことはないのか?」「簡単な調査ですが、桜庭が指示しているような感じではありません。凜華さんへ嫌がらせをしていた犯人をこちらでも調べてみます」 使用人との電話を終わらせ、嫌がらせをした黒幕、実行犯、桜庭直哉の存在、涼真はソファに座り、一瞬考え込んだが、考える間もなく、すぐに医事課からの連絡が涼真の元へ届いた。「なんだ? 今、取り込み中で急用じゃなければあとにしてほしい」<申し訳ございません。ただ、また宗像先生指名の患者様がいらっしゃってまして。この間、当選された政治家の先生なんですが>(また俺指名か? さすがに多すぎる)「わかった。対応するから、来客室へ通してくれ」 涼真は息を吐き、足取り重くVIP患者が待っている来客室へと向かう。 ノックをして入室すると、中高年の男性が一人、秘書らしき人物が一人、ソファへ座っていた。「はじめまして。宗像です」「ああ。キミが宗像先生か。予想より随分と若いな。本当に腕の良い医者なんだろうな?」(自分は客だと思っているんだろう。偉そうな態度だな)「それで、紹介状か何かをお持ちですか? 病状など、詳しくお聞かせください」 会話を広げることが面倒だと感じた涼真は、医師らしい態度をすることだけに勤めた。「ああ。最近、膝の調子が悪いんだ。立ち上がる時に、痛みがあって」 患者である政治家は、自分の左膝を擦る。(俺は整形外科医ではない。どうしてこんな奴らばかりの対応をしなきゃいけないんだ)「基本的なことは僕でも診ますが。当院にも専門医がおりますので、まずは整形を受診していただいた方が良いかと」「そうか。なんだ。キミは整形には詳しくないんだな。せっかく良い医者がいるからと紹介されてきたのに」 嫌味に聞こえた涼真は、腹を立てそうになったが、感情を抑える。「どなたからの紹介ですか?」(紹介状を持っていないようだし、まだ未受診だ。誰からの紹介だと言うんだ)「あの、灰原家の令嬢だよ。あの子、たしか桜庭家との関わりの方が強いはずなのに。わざわざキミの名前をあげたんだ」「最近、キミ指名の患者が多くなかったか? あれも灰原家の令嬢のおかげだよ。あの子がいたるところでキミの良い評判を広めているんだ」「灰原家の令嬢ですか……」(唯衣か。凜華の義妹。なぜ俺のこと

  • 私を刑務所へ送り込んだ夫が、今さら執着するなんて   第六十一話 日葵を守るためにーー。凜華が訪れた病院は……

    「琥珀くんに会いに来たの」 退院した時より、かなり顔色が悪い凜華は、目の前に現れた男に力なく告げた。「仁王は、今出張で他県に行っている」(そっか。だから最近顔を見ないのね) 公衆電話から琥珀にかけた電話は繋がらず、琥珀なら何かを察して来てくれると心の隅で期待してしまっていた凜華は、彼が訪ねてこない理由を知った。「宗像涼真、あなたに頼みごとをする日が来るなんて思わなかった」(本当は、信頼している琥珀くんに頼みたい。でも四の五の言っている場合じゃないわ) 凜華が訪れた病院は、琥珀が勤める病院でもあり、宗像涼真が経営をしている。 事務員に仁王琥珀と面会をしたいと頼んだ凜華だったが、凜華の様子から不審に思った事務員が涼真に対応を仰いだ結果、様子を見に来た涼真と対面することになった。「歩けるか? 医院長室へ行くぞ」 涼真はフラフラと立ち上がる凜華を支え、凜華の背中にいる日葵も気にしながら、プライベート空間である医院長室へと連れて行く。「私、具合が悪くて。日葵を見てもらうことはできないかしら。私はどうなっても構わないから。お願い、日葵だけ……」 医院長室のソファへ倒れ込むようにして座った凜華は、悔し涙を浮かべる。(俺に頼ることを避けていた凜華が、一番大切な子どもを俺に託すなんて……。何が起きた?)「わかった。子どもは責任を持つから。安心しろ」 凜華はコクっと頷くと、目を閉じ、意識を失った。「おい、凜華!」 涼真は凜華を触診し、すぐに救急外来へ運ぶよう部下へ指示を出す。(くそっ。最近、俺指名のVIP患者が多くて、凜華のところへ訪問できずにいた。もう少し早く様子を見に行けていれば……) 涼真自身も残業が続いていた。立て続けに政治家や芸能関係者が涼真の元を訪れ、病院の経営のために悪評がたたらないよう治療だけではなく、丁重にもてなすことに緊張した状態だった。 バタバタと医師と看護師が集まり、凜華を担架に乗せる。 その様子を見ていた日葵は、泣き始めた。「うわぁぁん」 母の状態なんて、日葵ほどの乳幼児にはわからないだろう。 しかし何かを察したのか、母へ手を伸ばす仕草を見せたのだ。「大丈夫だ。ママは、元気になるから」 涼真はらしくないと思いながらも、日葵を抱き上げ、落ち着かせるために優しく揺すった。(この子は、俺が責任を持って面倒を見る

  • 私を刑務所へ送り込んだ夫が、今さら執着するなんて   第六十話 何が狙いなの? 精神的に追い詰められる凜華

    「いい加減にしてよ!」 警察へ相談した次の日も、凜華が帰宅をすると玄関ドアへ落書きがされていた。<ここに住む女は、犯罪者。気をつけろ> ホテルの仕事で疲れた身体に鞭を打ちながら、必死でドアの落書きを消す毎日だ。(毎日こんなことが起こるなんて。管理人に見つかるよりも先に自分から相談をしておいた方が良いかもしれない) 凜華は社員寮を管理する部署へ行き、毎日起きる嫌がらせについて相談をした。「すでに警察へ届けているみたいですし、私たちでは何も解決できません。もしもまた落書きをされたら、自分で消してください」 期待はしていなかったが、同情や心配する言葉もなく、素っ気ない対応だった。 嫌がらせは、落書きだけではなく、玄関ドアへ卵をぶつけられた跡があったり、集合ポストへは大量の生ごみが入れられることもあった。「またお前の名前で苦情が入ったぞ。ホテルの口コミにもお前の名前が書かれている。お前のせいでホテルの評価が下がったらどうするんだ?」「私は与えられた仕事はきちんとしています。誰かが私に嫌がらせをしているんです」「嫌がらせを受けるようなことをお前がしたからだろう?」 おまけにホテルの口コミにも凜華の名前が書かれた悪質な口コミが書かれ、毎日サービス担当者へ呼び出され、一方的に罵られるか問い詰められる日々。「こんな毎日、どう解決しろと言うの。警察も動いてはくれない」 帰宅するのが怖くなる。犯人を突き止めようとして、休みの日にずっと見張っていたこともあったが、休みの日だけは嫌がらせがなかった。(これは私の出勤する日が犯人に知られているか、私のことをずっと見張っていて部屋にいることがわかっているからだわ)(身体を傷つけるような攻撃はしてこない。犯人は何を考えているの?) 日葵の寝顔を見ている時間が凜華にとって何よりの休息の時間だった。 しかし凜華は精神的にも身体的にも追い込まれていく。「おい。今度、お前の名前で苦情が入ったら、辞めてもらうからな。それに社員寮にまで物騒なことをされているみたいじゃないか。そんな人間が働いてもらっても困る!」「そんなっ!」 凜華が反抗しようとすると「これは真っ当な理由があるからな。不正な解雇ではない。お客様から苦情が何件も入っているんだから」 管理者は言い訳は聞かないと言った態度でその場から出て行った。(解雇

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