Todos os capítulos de さよならは、笑顔の後で: Capítulo 81 - Capítulo 90

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 自室に戻ってからどれくらいの時間が経ったのだろうか。「…………?」 ベッドに腰を下ろしぼんやりとしていると、突然ドアをノックする音が聞こえてきた。 その音は控えめながらも、中々諦めが悪いようで。始めに三回。その後暫く反応が返ってくるかどうかを確かめてから、今度は二回と、感覚を置いてノックを繰り返している。「……何?」 正直に言えば無視をしようかとも思っていた。しかし、父親の呼び出しだと後が面倒な事になるなと思い、余りのしつこさに耐えかねて、仕方なくドアを開くことにする。「……誰でしょうか?」 ゆっくりと開いた扉の向こう側。「こんばんは」 そこに居た人物の姿を見た瞬間、海亜は取り繕うことを忘れ嫌そうな表情を浮かべてしまう。「ごめんなさい。お休み中だった?」「…………いえ」 出来る事なら、この人の顔なんて見たくも無かった。今一番会いたくないと思っているのに、此方の気持ちなどお構いなしに現れた相手が憎らしくて仕方が無い。「何かご用ですか?」 それでも、顔を合わせてしまった以上無理に出て行けとも言い出せず、諦めて要件を尋ねることにする。「少し、話をしても良いかな?」 話をしても良いかなんて、聞かなくても分かっているでしょう。思わずそう言ってやりたくなるのをぐっと堪えて黙っていると、彼女は申し訳なさそうに視線を逸らしながらどうしようかと迷う素振りを見せた。「迷惑だったらいいの。帰ってきたばっかりで疲れてるだろうし」「…………はぁ」 空気を読んだのならわざわざそんなことを言わずに立ち去って欲しかった。しかし、敢えてこんなことを口にすると言う事は、今話せなくとも日を改めて話をしたいという意思表示も含まれているのだろう。「良いですよ。何でしょうか?」 部屋に招き入れるかどうか迷いはしたが、そこはどうしても拒絶が強く出てしまったため考えないことにする。自らも廊下に出て扉を閉めると、海亜は改めてこの女性と向き合いこう尋ねた。「わざわざここに来たと言う事は、大事な話なんですか?」「……大事……というわけじゃないんだけど……」 この煮え切らない態度は何なのだろう。「食事の席の時の態度を注意しに来たのでしょうか?」 会話なんて元からすることも無いのだ。談笑を楽しむために来た訳じゃ無いのなら、可能性としてあるのは夕食の時の海亜の態度につい
last updateÚltima atualização : 2026-09-26
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「ずっと伝えなきゃと思っていたの」 どんなに藻掻いても緩むことが無い拘束に、海亜は次第に大人しくなっていく。「あのね、海亜さん。落ち着いて聞いて欲しいんだけど」 抵抗の意思がなくなった事を悟ったのだろうか。海亜を抱き締めていた彼女の腕から力が抜け、すっと身体が離される。「お父さんはずっと、あなたのことを心配してるよ」 改めて真正面から向き合うこの女性は、未だに義母と認められない相手だ。それなのになぜこんなにも、優しい目で自分の事を見るのだろう。「ずっと誤解させてしまってごめんね。でもね、海亜さん。あなたのお父さんと私は、海亜さんが思っているような関係では無いからね」 そう言われたって信じられない。そんな思いから首を横に振ると、彼女は困ったように眉を下げながら笑い、そっと海亜の手を包み込むようにして握る。「お父さんね、ずっと好きな人が居るんだよ」「…………え?」 それはどういうことなのだろう。突然告げられた父の裏切りに動揺が隠せず彼女を睨むと、違うのと言いながら彼女が再び口を開いた。「ごめん、ごめん。言い方が悪かったね。あのね、海亜さん。あなたのお父さんはね、あなたのお母さん……慈乃さんのことをずっと大切にしてるんだよ」 ここに来ていきなり出てきた母の名前。まさかこの人の口から母の名前が出るとは思わず、海亜は反射的に叫んでしまう。「あなたに何が分かるの!!」 少なくとも、あなたにだけは母の名前を言って欲しくない。そんな思いで睨み付ければ、彼女は悲しそうに俯いたあと、ごめんねと謝ってからこんな話をし始めた。「きちんと説明をする機会が作れなかったから伝えられていなかったんだけれども、お父さんと私は、契約結婚です」 海亜の義母こと九藤千明という女性は、元々貴久の秘書を務めていた人間だ。 彼女が貴久と結婚することになった経緯は少し複雑にはなるが、少なくとも貴久との恋愛感情があることを前提とした決断では無いことはっきり断言できる。 貴久の会社に入ったのは夫の友人から紹介されたのがきっかけで、急な事情で辞めてしまった秘書の代わりに直ぐに動ける即戦力が欲しいと頼まれたことと、夫の支えになり両者が円滑に取引を行える様になればという思いから申し入れを受け入れることにし、就職を果たした。 幸いにも、千明の他にも優秀な秘書が既に居て、その人
last updateÚltima atualização : 2026-09-27
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 慈乃がこの世を去った事で、千明には大きな変化が訪れることになる。 当初、千明は慈乃の娘である海亜に対して、父親の部下の立場で接するつもりで居た。 何故なら、千明自身、貴久のことは尊敬出来る上司とか見て居らず、彼の妻であった慈乃の事を大切な友人だと思っていたからだ。 そうでなくとも千明自身、人の妻でありまた母でもあったため、貴久と婚姻関係を結ぶことは一切想像もしたことが無かった。 そのため、彼女は、慈乃の残した忘れ形見である海亜の事を、父親の部下の立場から見守るつもりで居たのだが、時に運命とは残酷な悪戯を始める事がある。 数ヶ月後、千明の身にも大きな不幸が訪れる事により、千明の運命は大きく狂いだしてしまったのだった。 彼女の夫は実に誠実な人間だった。 仕事は出来るが運に恵まれず、常に気苦労が絶えない性格で。それでも持ち前の明るさで、周りを和やかに出来る温かい雰囲気のある男性で、千明はそんな夫の事をとても愛していた。 少し間の抜けた夫と、しっかり者の千明。丁度良いバランスで仲の良い夫婦。それが世間の知る彼等の関係。勿論、その印象は見たままの通り、千明と夫は本当に仲が良く、それなりに幸せに暮らして居たことは間違い無い。 子育てを千明の母に手伝って貰い、夫婦が共働きの状況と言う事から、生活は贅沢を楽しめるほど余裕が有ったわけでは無い。それでも堅実的に貯金を進め、いつかは大きな家を買うという些細な夢を叶えるべく、千明は夫と二人三脚で頑張っていた。 夫が貴久と知り合いだったのは幸いで、貴久は夫と千明のことを良く気にかけてくれていた。聞けば、学生の頃からの付き合いらしく、その頃から千明の夫は人の良さに付け込まれ、いろいろなトラブルに巻き込まれる体質だったようだ。 その度に貴久が間に入り、それらのトラブルに対処して回っていたのだと言うのだから、本格的に笑えない話だと思ったのは言うまでも無い。 そんな夫だが、ある日、千明の元に一本の電話が掛かってくる。 受けてみるとそれは医療機関からのもので、夫が担ぎ込まれたと言う事を知らせる内容だった。 職場でその連絡を受けた事は幸いだったのだろう。崩れ落ちそうになる千明のことを、寸でのところで貴久が手を伸ばし支える。どうしたのかと尋ねる言葉に対し、夫が医療機関に居ると言う事を伝えたところで、貴久が直ぐに
last updateÚltima atualização : 2026-09-29
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 千明の夫が事故に巻き込まれて命を落としたのは偶然にしか過ぎず、そのような未来を慈乃が知っていたとは到底思えなかったからだ。 そのため、始めはこの提案を丁重に断った。 そうでなくとも、お互い伴侶を亡くしたばかりの人間なのだ。再婚を決めるには早すぎるし、何よりも体裁が悪い。勿論、そういう意図で籍を入れる訳では無いとはっきり言えるのだが、それはあくまでも当事者側の言い分にしか過ぎないのだ。余所から見て納得して貰えるのかは正直に言えばほぼ不可能だし、悪い噂がたつ可能性の方が明らかに高い。 それにまだ、千明の中で夫の存在を過去の思い出としてしまい込むのは難しかった。 否。難しいと言うよりは寧ろ、そうしたくないという想いの方が強いというべきだろうか。 千明にとって、夫の存在は唯一無二であり、代わりなど存在するはずが無い。確かに貴久の提案を受け入れる事が出来れば生活は安定し、様々な不安が解消されるのは分かっては居るが、それでも夫の事を裏切るなんてことは、千明には考えられなかった。 だからこそ彼女は、一度はシングルマザーになる事を決意し、貴久との婚姻に首を振った。 しかし、その決断もまた、後々覆される事となってしまう。 彼女の決断を変えた理由。そこに大きく関わるのは、貴久と慈乃の一人娘である海亜の存在がある。 夫の葬儀が終わってからも、貴久は変わること無く千明を部下として雇い続けてくれていた。下心があるというよりは寧ろ義務感に近いものを感じては居たが、正直に言えばこのように友人の妻を気にかけてくれる上司の存在は有り難いと感じて居る。 子ども達のこともあるし、気持ちの整理があるだろうと言う事もあって業務時間には随分と融通を聞いて貰っているため、いつかは恩返しをしなければと思いながら帰宅した時に掛かってきた一本の電話。取ってみると、酷く動揺した貴久の声が千明の耳に届く。 何があったのかと尋ねてみると、彼にしては珍しく答えるまでに時間が掛かっていた。  指定された場所に駆けつけてみれば、白いベッドに横たわる一人の少女の姿が目に止まる。 傍らには憔悴仕切った様子の貴久と、彼を心配し見守る田万里の姿。千明の姿を確認したと同時に、酷く怯えた顔で狼狽える貴久が力なく縋り付いてくる。『頼む……助けて、くれないか……』 普段の彼からは想像も出来ないほど弱り果てた姿に、
last updateÚltima atualização : 2026-09-30
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 慈乃から聞いていた印象とは全く真逆の態度に、千明自身驚きはしたものの、様々な事が重なった上で新心的ストレスが過多に掛かっている状態だと思えば、その様子にも納得はいく。 そもそも、こういうデリケートな問題については、時間をかけて対処をしないといけないと分かっていたはずだ。 元々、海亜と貴久の関係というものは、決して悪いわけではないものの距離感がある状態で。そこに大好きな母親を失ってしまうことが重なってしまったことから、彼女の状態は非常に不安定なものになってしまっている。 それは彼女の感じる孤独が深いせいだと分かってはいたはずだ。 そんな状態で突然新しい家族が増えますと言われても、簡単には納得して貰えるはずも無いと理解出来ていたのに、事を急ぎすぎたせいで全てが後手に回ってしまう。 今になったら分かる事ではあるが、あの時は誰もが余裕の無い状態で、冷静に物事を判断しにくい状態だったのかも知れない。 婚姻までの時間は秒読み。想定よりも早く夫婦や家族という形に収まったものだから、捻れを正すきっかけを見つける事が出来ないまま、今日という日まで来てしまっていることは否定出来る事では無かった。「海亜さんのためをと思って決断したんだよと言っても、あなたの事を置き去りにしたままにしてしまったことは否定できることじゃないよね。それは分かってる。ごめんなさい」 そう言われてもそうですかだなんて。簡単に受け入れられる話では無いだろう。現に、海亜としては言われたことが信じられないと肩を震わせ怒りを抑えている状態で。それで許してもらおうだなんて思わないでと彼女を睨み付けてしまう。「許して欲しいなんて言わない。許せる事じゃ無いって分かってるから。でもね……私としては、あなたは慈乃さんから託された大切な娘だと思ってるの。旭や陽菜と同じように、あなたのことも大切な子どもだと思ってるんだって事、少しだけでも気に留めておいて貰えないかな?」 随分と時間が掛かってしまった。その事を言い訳するつもりは無かった。それでも、どんどん拗れていく関係を修復するには、互いに言葉が足りなさすぎて。追い掛ければ逃げ、掴もうとすれば引
last updateÚltima atualização : 2026-10-01
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「落ち着いた?」 海亜を抱き締め、あやすように背中を叩いていた千明が優しい声でそう問いかける。「……すいません」「謝らなくても大丈夫だから。気にしないで、ね?」 あれほど邪険に扱っていたのに、こんな風に言って貰える事に感じたのは強い罪悪感だ。無意識に噛んだ唇から血の味が広がり、再び涙が溢れ鼻を啜る。「後で顔を洗おうか。折角の綺麗な顔が台無しになっちゃってるし」「……はい」 顔の事なんて、今、気にしてる場合じゃ無い。そう思うと可笑しくて、海亜は思わず吹き出してしまう。「やっと、笑ってくれたね」 すっと離れる温もり。それが名残惜しくて目で追い掛けると、千明は柔らかく笑い海亜の頬を優しく撫でた。「やっぱり海亜さんは笑った方が素敵だと思う。慈乃さんにそっくりで綺麗だから」「そっ、そんなっ!」 母に似ている。そう言われると嬉しくて。それでいて恥ずかしくて。思わず照れ隠しに彼女の名前を言おうと口を開くのに、肝心の名前が音となって伝わる手前で声が出なくなってしまう。「……あ……」「どうしたの?」「い、いえ……」 彼女のことをどう呼んだら良いのだろうか。それが分からず混乱していると、突然予想外の方向から全く別の声が聞こえてきた。「あのさ」「っっ!?」 反射的にその方向へ顔を向ければ、気まずそうに此方を見る男の子と目が合ってしまう。「あ。旭」「母さん?」 旭と呼ばれた男の子は、気まずそうに視線を逸らしながら頭を掻く。「姉さんを泣かせたりして何やってんのさ?」 海亜に気を遣っているのだろうか。彼女のことを余り見ないようにと顔を背けつつ、背負っていたリュックサックの中からタオルを取り出すと、それを差し出し「使えば?」と声をかけてくれる。「あ。一応、これ、使ってないものだから。匂いとかは大丈夫なはず……た、多分」 差し出したはいいものの、自らが部活帰りだったことを思い出したのだろう。しまったと顔を顰め慌てて引っ込めようと動いた事に、海亜は思わず吹き出してしまった。「え?」 次の瞬間、旭の顔が真っ赤に染まる。「ち、違う! これは、その!!」 何だか可愛らしい反応に、海亜の笑いは止まらない。「か、母さん!!」 その事が恥ずかしいのだろう。必死に母親に助けを求めるが、千明もそれを面白がって笑うだけで、耐えられなくなった旭が大きな声で
last updateÚltima atualização : 2026-10-03
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 父と話す時は酷く緊張してしまう。 それは母である慈乃が居なくなってからずっと感じて居たことだ。 昨夜の事もまだ記憶に新しいままで迎えた次の日。沢山泣いたことで頭が重く、起床時間が随分と後にズレてしまったため、珍しく海亜は寝坊をしてしまった。 寝室を出て階下へ降りると、丁度リビングに貴久の姿がある。「起きたのか?」「え? ええ」 話しかけられるとは思っては居なかった。そのせいで、反射的に身体が強張り声が固くなってしまった。「…………」 その事に貴久も気付いて居るらしい。暫く海亜を見た後、気まずそうに顔を逸らし何かを考え始める。 どうしよう。 このまま立ち去るべきなのか、それとも自ら声をかけるべきなのか。どう判断するのが正しいのか分からず悩んでいると、ふと貴久の方から声をかけられた。「少し、良いか?」 そう言われたとき、思わず逃げ出してしまいたい衝動に駆られてしまった。「…………」 ただ、そうすることはせずに踏みとどまったのは、昨日千明に言われた言葉を思い出したからである。「何でしょうか?」 進められるがまま向かいのソファに腰を下ろすと、貴久は充分に間を置いてからこう告げる。「今まで、済まなかったな」 何故謝られたのか。それは何となく分かった気がしている。「本当はもっと早く、お前とこうして話をするべきだった」 海亜が父親と向き合うことを避けていたように、貴久自身も娘と向き合い、言葉を交わす事を避けてしまっていた。元々が不器用な性格だからということもあるだろうが、何より、娘とどう向き合えば良いのかが分からないほど、妻を失った悲しみに囚われてしまっていたこともあるのだろう。 これではいけないと気が付いたときにはもう、海亜はすっかり心を閉ざし、歩み寄ることを拒絶してしまっていた。 こうなってしまうと貴久としてはもう、どうすることも出来ず、娘のほうから歩み寄ってくれる事を願いながら彼女のことを見守り続ける。そんな風にしか娘との関係を築くことが出来なくなってしまっていたのだ。「千明さんに言われたよ。あなたは言葉が少なすぎるんですって」 口下手なのは自覚している。そう言いながら貴久は大きな溜息を吐く。「お前に何も相談せず、いろんな事を決めてしまって悪かった。その事でお前が追い詰められていたんだってこと、今になって漸く気付いたんだよ
last updateÚltima atualização : 2026-10-04
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 海亜の結婚が決まったとき、内心ほっとしたのは言うまでも無い。 不安は残る。しかし、自らが幸せにして上げられなかった以上、望んだ相手との婚姻で幸せになって貰えたらと願いを込めた。 元々は、互いの家同士で一度、婚約を決めた中なのだ。相手のことはある程度把握していたし、海亜の夫になる昴に対しての好感度も悪くは無い。何よりも、彼自身が娘のことをずっと諦めなかったことは間接的に伝えられていたため、躊躇うこと無く娘を一条の家に預ける事に同意をした。 自らは嫌われたって構わない。 ただ、いつまでも笑顔で、幸せになってくれたらそれだけで充分だ、と。 間接的に届く娘の様子を記した手紙。文面だけの繋がりにはなってしまったが、それでも文句を言わず享受したのは、謝るきっかけが見つけられなかったからだ。 その事について千明には、幾度となく自ら動けと叱られはしたのだが、今更どの面を下げて言葉を交わせば良いのか分からず、相変わらず後手に回ってしまう。 もう少し時が経てば、その時は落ち着いて、我が子の話が聞けるかも知れない。 その際彼女の腕の中には可愛らしい孫の姿があり、ぎこちないながらも親として抱き締めてあげられればだなんて、そんな甘い考えを持って時が来ることを待っていた。 しかし、皮肉にも、娘は全く別の形でこの家に戻ってくることになってしまった。 久方ぶりに見た我が子は、相変わらず貴久の事を恨んで許す気配は無い。それに加えて愛する人からの裏切りも重なり、相当な警戒を見せ必死に離れていこうと抵抗された。 それを無理に引き留めたのは、このままではいけないと本能的に悟ったからだ。 ただ、貴久の方から話を切り出したとしても、余計に関係が拗れることは分かっていた。それほどにまでこの家の形はおかしく歪んでしまっていたのだから、これはもうどうしようも無いことである。「きっかけを作ってくれたのが千明さんだってことは、私も把握している。彼女には本当に感謝しかない」 すっくと立ち上がりゆっくりと歩く貴久の姿。海亜が黙って目で追っていると、いつの間にか隣に座り、父の大きな手が娘の手に重な
last updateÚltima atualização : 2026-10-05
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「お前が言うな!!」 向かいの席から飛んでくるのは、今まで言われたい放題だった旭の避難の声である。「俺だって姉さんが欲しいって思ってたよ! 陽菜とは違って優しくて頼りになる姉さんが居ればなってずっと思ってたからな?」「何よっ! それってどういう意味!?」「そのままの意味だ!」 突然始まる兄妹喧嘩は騒がしいもので、互いに似ている事もあり両者とも一歩も引かずに平行線の言い合いが続いていく。「クスクス」 それが妙に可笑しくて笑ってしまったら、双子は全く同じ表情を浮かべた状態で海亜の方をじっと見てきた。「え? な、何?」「……笑った」 次の瞬間、全く同じ反応で旭と陽菜が手を取り合う。「ね、ねぇ、見た? 旭」「お、おう。見た、見た」「お姉ちゃん、笑ってたよね?」「ああ、笑ってた。笑ってたよ」 笑うという行動の何がおかしいのだろう。不思議に思い海亜が首を傾げると、旭と陽菜がそれぞれ右と左に移動し同時に海亜の腕を掴み嬉しそうに笑う。「やっと笑ってくれた! ねぇ、そうだよね!」「ああ! 俺もしっかり見た! 姉さん、ホントに笑ってくれてた!」 訳も分からず戸惑っていると、少し離れた場所から千明が可笑しそうに笑いながら答えた。「海亜さんは、家に帰ってくる度ずっと難しい顔をしていたからね。この子たち、あなたの笑ったところ殆ど見た事無いんだと思う。だから、ね?」 言われて見れば、と。海亜は思う。「そ、そう?」 それでもそんなことは無いと無意識に答えようとしたのだが、間髪入れず左隣に居た陽菜が大きく頷きながら千明の言葉を肯定して見せた。「うん! 見た事無い!」 それに同調するように旭も首を縦に振っている。「お姉ちゃん、私たちを見る度に直ぐに逃げちゃうんだもん。結婚してからは家に帰ってこなくなっちゃったし。だから、お姉ちゃんがこんな風に笑ったところ見たの、多分、初めてだよ」「そ、そう?」「そう!」 今まで、どれだけ周りを見ようとしなかったのか。改めてその事実を突きつけられ、海亜は段々申し訳ない気持ちでいっぱいになってくる。「なんか、ごめんなさい」 逃した時間が広げた距離は随分と遠い。そんな風に感じてこれからどうしようかと悩んでいると、そっと右肩を叩かれこんな言葉が掛けられた。「別に、良いんじゃない?」 顔を上げると少しだけ。照れた
last updateÚltima atualização : 2026-10-07
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店内は落ち着いた雰囲気だが、思ったよりも明るい。ウッド調を基調に観葉植物の緑が映え、ブラックをベースにした照明器具がそれらを邪魔しないようにバランス良く配置されている。「此方へどうぞ」案内されたのはテーブル席で、焼き色を入れた木目のある天板をアイアンフレームで固定したテーブルは店内の雰囲気に良く似合っていた。それと対になるように置かれた椅子は、無骨な見た目ながらもクッション部分は柔らかく、以外と座り心地が良い。「お決まりになりましたら、そちらのベルでお呼び下さい」必要なことだけ伝えると、ホールスタッフの女性は他の客の対応へと向かってしまった。とは言え、必要以上に干渉されない距離感は心地好いと感じ、この雰囲気は嫌いでは無いと海亜は思う。「ねぇ、これなんてどうかな?」上司はと言うと、目を輝かせながらメニューを見て声を弾ませている。開かれたページにあるのはランチタイム限定の日替わりセットで、内容に対して値段がリーズナブルなのが丁度よく、メインが三種類のパスタから選べるのも嬉しいと感じる。「良いですね」上司の提案に二つ返事で同意を示すと、それぞれメインのパスタを決めて注文を伝える。料理が運ばれてくるまでの間に話す話題は仕事についてが殆どで、作業の進展状況と今後のスケジュールについて相談に乗って貰っているところでセットのサラダが運ばれてきた。「わぁ……美味しそう……」喜びが大きくなると、派手なリアクションは中々出てこなくなるのだろうか。まるで儀式を行うかのように両手を合わせ呟いた言葉は「いただきます」で、その言葉を合図に早速、目の前の料理に口を付ける。「あ。美味しい」 なるほど。と思うのは、想像していたよりも随分と好みの味が合うからなのだろうか。思わず打つ舌鼓に自然と顔が笑顔に変わる。 そうやって食事の時間を楽しんでいると、不意にどこからかこんな言葉が聞こえてきた。「ねぇねぇ、知ってる? MAYUって居るじゃん? やっぱり、付き合ってるらしいよ。ミリセック・カーゴの社長と」 楽しかった時間が一瞬にして冷えていく。無意識に止まった手は中途半端に宙に浮いたまま。フォークに絡めた細い麺が、重力に逆らえず皿の上に落ちる。「あ、やっぱり? なんかそんな感じはしてたよねぇ」 噂話をしている人達に悪意なんて有るはずが無い。彼女達は純粋に、ゴシップとして上
last updateÚltima atualização : 2026-10-10
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