All Chapters of 婚約破棄されたあとに再会した幼なじみからの溺愛が止まりません: Chapter 21 - Chapter 28

28 Chapters

第二十一話 反論しないという選択

「ねえ、澪ちゃん。これ、どうする?」 奈央が眉を下げてスマホの画面をじっと見つめた。徐々に眉間にしわが寄り、嫌悪感があらわになっていく。「どうもしません。ほっとけばいいんですよ」 澪はあっけらかんと答えた。 もう花音と関わるのはまっぴらだ。花音はきっと、これを見て澪が抗議してくるのを待っているに違いない。さらに、それを逆手に取って「朝倉澪はひどい女だ」と吹聴するつもりだろう。「でもさ、澪ちゃんの名前……。ずいぶんバズってるよ?」「いいんです。だって、ケーキに突っ込んでいって壊したのは花音自身ですよ? あたしじゃありません」「そう……なんだろうけどさ。澪ちゃんの会社も、そのうち特定されるんじゃ……」 その言葉を聞いて、澪は言葉に詰まった。会社の人たちには迷惑をかけたくない。会社だけではない。顧客にまで迷惑がかかってしまう。 澪は唾を飲み込んだ。「なんとか……します」 澪は席に座り、背筋を伸ばしてまっすぐモニターを見つめた。 どうしよう……。 誰も頼れる人がいない。 仁に連絡しようかと一瞬頭をよぎり、スマホを握りしめた。 だめだ。 仁は幼なじみだが取引先で、迷惑をかけるわけにはいかない。 スマホを握る手に汗がじんわりとにじんだ。 * 「なんで反論してこないのよ!」 花音はぎりっと親指の爪を噛み、スマホの画面を睨みつけた。 知り合いのインフルエンサーに頼んで、自分の投稿を拡散してもらった。これだけ多くの人が見ているのだ。きっと澪から連絡が来るはずだと思っていたのに、なにも反応がない。 業を煮やして、ダイレクトメッセージを送った。《えらく、SNSで澪の名前が出てくるけど、結構有名人になったんだね?》 こ
last updateLast Updated : 2026-07-22
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第二十二話 実力での指名

 澪は椅子から立ち上がった。膝がガクガク震えている。 震える足に力を込めて、上司の後についていく。気を抜けば、その場に倒れてしまいそうだった。 上司は澪を会議室へと促した。そこにはほかに誰もいなかった。「座って」「し、失礼します……」 上司に席を勧められ、澪は椅子に座った。パイプ椅子がギシッと軋んだ。蛍光灯が白々と光り、机を照らしている。指先が冷たくなっていくのがわかった。笑顔を作っているつもりなのに、頬がひきつっていた。「お疲れさま。朝倉さん、いつも仕事がんばってるわね」 上司は机の上で手を組んで、にっこりとほほえんだ。「ありがとう……ございます」 口から出た声が掠れている。喉の奥がカラカラに乾いて、張りつきそうだ。「いつも、朝倉さんの商談さばき、見事だと思ってるの。手作りコスメの知識もあるし、すごいわよね」 澪はただうなずくしかできなかった。このあとに続く言葉は、予想がついた。ここでの仕事は楽しかった。大好きなコスメの仕事ができて、本当に幸せだった。「あの……退職届はいつまでに出せばいいですか?」 澪がようやく声を絞り出すと、上司は首を傾げ、「え?」と不思議そうな顔をした。「朝倉さん、辞めるつもりなの?」「……え?」 今度は澪が首を傾げる番だった。ふたりとも、相手の言葉が理解できないという表情をしていた。「会社にご迷惑をかけたから、依願退職をしろということでは……?」「そんなこと、あるはずないじゃない!」 上司は驚いて、大きな声を張り上げた。「違うんですか?」「なんでこんな優秀な人材を、手放さなきゃならないのよ!」 上司は怒りをあらわにした。「私はね、次のダーマコードとの共同プロジェクト第二弾は、朝倉さんにプロジェクトリーダーをやってもらおうと思っていたのよ
last updateLast Updated : 2026-07-23
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第二十三話 覚えている男

 キックオフはダーマコード本社で行われることになった。 澪はまっすぐ前を見て、大股でビルに近づいた。エントランス前でビルを見上げた。 太陽に照らされた窓は、まるで鏡のようにキラキラ光っていた。 澪はバッグの持ち手に力を込め、ビルに足を踏み入れた。 会議室は少し広めで、二十人ぐらいが入る部屋だった。グロウセオリー側は澪を含めて五人で、ダーマコード側は十五人だ。 席にはネームプレートが置いてあり、そこにはダーマコードの資料もすでに用意されていた。澪はその横に、グロウセオリーが用意した資料を置いていった。 澪は会場を見渡した。仁はまだ来ていない。 指定された席に腰掛けて、会議が始まるのを待った。 蛍光灯の光がやけに明るく感じる。自分が今回のプロジェクトのトップになるという緊張もあり、指先がじんわりと冷たくなってきた。 そのとき扉が開き、仁が会場に入ってきた。背が高く細い男性と並んで、楽しそうに会話していた。 そして、澪に気づくと、隣の男性に声をかけて一緒にこちらへやってきた。「朝倉さん、紹介します。当社のCOOの真壁です」 澪は名刺を取り出して差し出した。「はじめまして。グロウセオリーの朝倉澪と申します」「ダーマコードの真壁恭平です。よろしくお願いします」 名刺を交換すると、仁が口を挟んだ。「真壁は私の大学院時代の先輩で、それからの仲なんです」「そうなんですか」「後ほど紹介しますが、今回のプロジェクトに参加してもらいます」「トップおふたりが参加されるとなれば、こちらとしても心強いです。よろしくお願いします」「こちらこそ」 軽く挨拶を済ませると、仁と真壁は談笑しながら指定された席へ向かった。見た感じ、とても仲のいい友人のようだ。大学院時代からの友人と会社を興したのだろうか。 全員が揃うとキックオフミーティングが始まった。 澪はプロジェクトリーダーとして挨拶をした。「今回
last updateLast Updated : 2026-07-24
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第二十四話 書いては消す夜

 澪の提出した企画書は、ダーマコードにとって負担になる内容だったものの、手応えはかなりよかった。今後も会議を重ねていけば、いいものを作り上げることができそうだ。 風呂上がり、澪はドレッサーの前で手作りの化粧水を頬に馴染ませていた。ホホバオイルのやさしい匂いをまとった指先が、ふと止まる。 それにしても、会議中の澪への心配りはなんだったのだろう。プロジェクトリーダーとはいえ、取引先の担当者にあれほど細かいことをする必要があるのかと思ってしまう。 資料の置き場所はたまたまだと思える。けれど、コーヒーの温度は仁の指示に違いない。澪のコーヒーだけぬるめにしてくれと指示したのだと思うと、頬が熱くなる。それに、その指示を受けた人は、不思議に思ったかもしれない。自社の社長が、取引先の担当者のコーヒーの好みの温度を知っているなんて、普通はない。 そんなやさしさを向けられて、嫌な気持ちになる人などいないだろう。 しかも、あの夜のことはなかったことにしてくれと頼んだのに、仁はこうして澪のことに心を砕いてくれる。 じんわりとあたたかさが体の中に広がるのを感じた。 けれど――。 もう、恋をしないと決めた。 仁のことを、こわいとは思わない。あれだけ澪に対してやさしくしてくれるのだ。この人のことを好きになれたら、と思う。それに、仁にやさしくされると、心も体もふわふわする。ずっとそばにいたい。それは本当だ。 そして、仁が向けてくれるやさしさは、ずっと澪だけに向けてほしいとさえ思う。自分がこれほど独占欲が強いのかと思えるほどだ。 でも――。 もう、人を好きになって、裏切られるのはごめんだった。 告白を何度断っても「澪が好きだ」と言って譲らなかった直哉でさえ、浮気をしてしまった。自分から好きになったわけではないが、最後は折れて付き合うことにした。でも、付き合ってから日にちが経つにつれ、直哉のことを好きになっていった。だから、結婚しようと言われたときも、迷うことなく承諾したのだ。 ずっと直哉のことを信じていた。あれほど澪のことを好きだと言ってくれた人が、浮気などするはずない。こ
last updateLast Updated : 2026-07-25
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第二十五話 香りの距離

 澪が提案した企画は、ダーマコードCEOの仁が強く望んだことで、実現する運びとなった。「面白いじゃないか。これを機に、セミオーダーのラインを工場に作ってしまえば、これからはセミオーダーにも対応できる。他社が参入していない今、挑戦しなくていつ挑戦するんだ」 仁は自社の社員にそう言った。 ダーマコードは社員二十五人の小さな会社だが、精鋭揃いだ。だからこそ短期間で、業界で知らない人はいないほど成長したのだ。 セミオーダーの「Onlyé for you」を開発することになり、仁はラボにこもった。昼は開発担当を呼び、ひとまずベースをいくつも試作した。夜も家に帰らず、たったひとり残って作業を続けた。その作業は、商品化に向けたものではない。たったひとり――澪のために行う、開発だった。 モニターに開かれた処方データのファイル名は、商品コードではなく、ただ二文字――『M.A.』。 サロンの日、澪に使ったOnlyéは、澪のために特別に処方したものだった。澪はいまも、それを使い続けてくれている。会うたびに澪の肌は調子を取り戻し、肌荒れは消え、赤みも引いて、艶も増している。ただ、澪は敏感肌だ。あの肌に本当に合う化粧品は、市販にはないはずだ。「データ上はこれでいいはずなんだが……」 これができあがったら、澪に使ってもらおう。 作業を終え、椅子にもたれかかった。仁は右手をゆっくりと握り、そしてひらいた。「澪……」 仁はぎゅっと目をつぶった。 *  澪の元に仁から連絡が入った。《Onlyé for youのベース試作品ができましたので、弊社のラボへお越しいただけませんでしょうか》 澪はそのメールの内容に心が躍った。 試作品の段階から商品を見せてもらえるなんて、EC事業者ではそうそうないことだ。これも、共同開発をしているからだろうか。 澪はいそいそとダーマコードへと赴いた。
last updateLast Updated : 2026-07-26
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第二十六話 試してしまう女

 澪は翌週の定例会議で再びダーマコードを訪れることになっていた。 試作段階の商品を見せてもらえたことがうれしかった。あの商品がグロウセオリーのECサイトに掲載される日が、今から待ち遠しい。いっそダーマコード商品の特集を組んで「Onlyé」と「Onlyé for you」の両方の販売促進をするのもいいかもしれない。 澪はダーマコードのこれからの商品展開を頭の中で思い描くだけでとても胸が高鳴った。Onlyéはすでにグロウセオリーで人気商品となっている。これをカスタマイズしてセミオーダーできるなら、既製品が肌に合わない人にも響くはずだ。 Onlyéはもともと無添加で、オーガニック原料を使っている。それだけでも肌への負担は少ない。いくつもブランドを立ち上げて選択肢を増やすより、AIの肌診断が答えを出してくれるほうがずっといい。なにが自分に合うか、悩む必要がないのだ。必ずこの商品は売れると確信している。 そんなことを考えながら、澪はビルに入った。 受付に差し掛かったとき、足が止まった。 受付で女性と楽しく喋っている仁がいた。満面の笑みで親しげに話している。その姿を見た途端、さっきまで楽しくふくらんでいた気持ちが、針を刺されたように萎んでいった。 ――やっぱりね。仁は誰にでもやさしいんだ……。 そう思った瞬間から、澪は勝手に「証拠」を集めはじめた。女性に向けられたやわらかい目元。楽しそうな相槌。あの日、ラボで自分に向けられていたものと、どこが違うというのだろう。 あの笑顔もやさしさも、澪にだけ向けられたものだと勘違いしていたのだ。幼なじみだから、少し行き過ぎた要望でも受け入れてくれていただけなのだ。 急に胸の奥が苦しく締め付けられた。 なんだ……。「ははっ……」 自分の勘違いに乾いた笑いしか出てこない。 そのとき、仁が澪に気づいた。女性に向けていた笑顔よりも一段明るい笑顔を澪に見せた。「朝倉さん、お
last updateLast Updated : 2026-07-27
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第二十七話 返事はいらない

 メッセージを送り終えると、仁は枕元にスマホを放り投げた。ベッドで寝返りを打ち、右腕を枕にして、仁はじっと窓を見つめた。サンスベリアは仁のことなどお構いなしに、すっと背筋を伸ばして天井に向かって葉を向けている。 仁はそっとベッドの表面を左手で撫でた。 目をつぶれば、あの夜のことが蘇る。 さらに強く目をつぶって、奥歯を噛み締めた。 目を開けると、やけにシーリングライトが眩しかった。目を眇めてゆっくりとベッドから起き上がった。窓辺のデスクに向かい、鍵付きの引き出しの鍵を外す。引き出しをそっと開けた。そこに入っていたのは、古びた手紙が一通だけだった。差出人は「高宮仁」。まだ拙い文字で自分の名前が書かれている。 仁はその手紙を手に取り、そっと撫でた。「今度こそ……」 そうつぶやいて、再び手紙を引き出しにしまい、鍵を閉めた。 *  仁から「十分だけ時間がほしい」と言われた。あのあと、場所と時間だけが簡潔に送られてきた。会社近くの公園、昼休み――それだけ。 そのせいで、澪は眠れない夜を過ごした。 いったいなんの話をされるのだろうか。 会議中の態度が悪かったことを指摘されるのか。それとも、企画をした本人なのに、販売に向けた構成をきちんと練れていない。そう呆れられて、取引をやめたいと申し出られるのだろうか。 目をギュッとつぶっても、いろんなことを考えてしまう。すっかり頭が冴えてしまった。何度も寝返りを打ったが、眠れるはずもなかった。 ようやくうとうとして、眠りについたのは明け方。数時間もしないうちに出勤時間を迎えた。 仕事関連の話なら、会社で会うだろうに、なぜ公園なのか、さっぱりわからない。 仕事中も仁になにを言われるのかが気になり、上の空だった。 あっという間に昼休みになった。「お昼、行ってきます」 澪はオフィスを後にして公園へ向かった。 ビルを出て公園に向かいながら、ふと思った。
last updateLast Updated : 2026-07-28
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第二十八話 新幹線の隣席

 昼休みを終えてオフィスに戻ると、上司から呼ばれた。「朝倉さん、ちょっといい?」「はい、なんでしょうか」 上司のデスクの前に立った。上司はやけに神妙な顔つきで、机の上で肘をつき、手を組んでいる。そうして澪の顔を見上げた。その表情を見て、澪はなぜか冷や汗が出た。なにか、悪いことを言われるのではないかと思ってしまう。ドキドキしながら上司が口を開くのをじっと待った。その時間が妙に長く感じられた。 上司は神妙な顔を解いて、にっこりと笑った。 この笑顔の意味は、なんだろうか。澪の心臓は痛いほど早鐘を打った。「朝倉さん。大阪に出張に行ってくれない?」「出……張」 澪はその言葉を理解するのに時間がかかった。「そう。今回のダーマコードとのコラボ企画第二弾は、リリース前にOnlyéの催事をやろうと思ってるの。そこで、第二弾のセミオーダーコスメを少しだけ見せたらどうかと思ってね」 催事なんて、この会社に勤めてからは初めてだ。それだけOnlyéに社を挙げて力を入れているということだろうか。「つまり、セミオーダーコスメを手作りコスメのようにその場で作ってみせる、ということでしょうか?」「楽しそうでしょ?」 確かに楽しそうだ。自分がオーダーした化粧品が、目の前で作られていくのを見られるのだから。澪は最初に手作りコスメを作った日のことを思い出した。自分で材料を選定して、自分の手で作る。心が躍った。「すごく面白そうですね。自分の目で直接化粧品ができあがる過程を見ることができれば、興味を持つ人が増えるかもしれません」「でしょ? だから、朝倉さんの出番なのよ」「私……ですか?」「だってあなた、手作りコスメが趣味でしょ? 知識も豊富だし。ダーマコードの担当者と一緒に出張に行ってきてちょうだい」「え?」 上司は資料を澪に手渡した。「詳細は、そこに書いてあるから、よろしくね」 よろしくと
last updateLast Updated : 2026-07-29
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