All Chapters of 婚約破棄されたあとに再会した幼なじみからの溺愛が止まりません: Chapter 31 - Chapter 40

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第三十一話 告発メール

 澪は奈央からプリントアウトされた紙を受け取り、内容を確認した。 タイトルには「告発」とあった。差出人名はなく、メールアドレスは記載されているが、おそらく「捨てメアド」だ。ユーザー名はランダムなアルファベットや数字、記号で構成されている。 本文に目を向けると、澪の背筋が凍った。「朝倉澪は、ダーマコードCEOと不適切な関係であり、コラボ選定は私情によるものである」 違う。選定は私情など一切挟んでいない。 確かに、企画を見たときから画期的な商品だと思った。そして商談に来たのが仁で、驚いたのは確かだ。 商品のよさは確かで、Onlyéはすでによく売れている。肌タイプ別にブレンドされた化粧品で、使い心地も多くの人が満足するはずだ。 いいものを選んでなにが悪いのだ。 そもそも澪は、コスメの知識では誰にも負けないと自負している。自分は乾燥肌で、しかも敏感肌だ。そのため、コスメに含まれる添加物にはとても敏感である。Onlyéは、そうした不安要素をすべてクリアした無添加化粧品なのだ。少し値が張っても、いいものが欲しいと思う人は多い。 しかし、「不適切な関係」という言葉が引っかかった。 あの日、澪は花音の結婚式を抜け出し、仁の部屋に行った。そして体を重ねてしまった。けれど、そのことは誰にも話していない。きっと仁もそんなことをペラペラ言う人ではないはずだ。 ふたりがあの場にいたことを知っている人物――。 そのとき、上司が澪を呼んだ。「朝倉さん、ちょっと……」 上司は眉を下げて、困った顔をしていた。 澪はまっすぐ前を向き、上司のもとへ向かった。 上司は無言だ。澪はその後ろをただ黙ってついていった。  澪が連れてこられたのは会議室だった。ただし会議室といっても、人事の面談などに使われる小さな部屋で、四、五人が入れる打ち合わせスペースだ。「失礼します」 部屋に入ると、人事課長がいた。上司はその横に座った。
last updateLast Updated : 2026-08-01
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第三十二話 自分で片付ける

 告発文が社内で噂になり、澪はまたもや好奇の目を向けられることになった。 妬み、嫉み、そして嘲笑……。 何度このような視線に晒されなければならないのだろうか。 そんなふうにされるほど、澪は社内で嫌われているのだろうか。けれど、澪の企画はどれも好調で、そのおかげで会社は潤っているはずだ。悔しいのなら、仕事で見返せばいいのにと思う。仕事でも見返せずに人を恨んだり文句を言ったりするのは、お門違いだ。 澪はため息をついて自席についた。 澪はモニターに向かい、先週の大阪での催事の報告書をまとめることにした。催事は盛況で、特にOnlyé for youのデモが人気だった。自分の目の前で、自分の肌質に合ったコスメが作られていく。それを見ている人たちの目は、輝いていた。 それを肌に乗せた途端、目を丸くする人もいた。今まで使ったことのない肌なじみのよさに驚いたのだろう。 大阪での反応を見ると、きっと販売開始すればすぐに売り上げも上がるに違いない。 いっそのこと、東京でも催事をするのはどうだろうか。だが、会場の確保や販売日との兼ね合いもある。やはり無理か……。 澪の仕事は新規取扱ブランドの選定と交渉だから、それはきっと業務外になるだろう。しかし、Onlyéは澪の担当ブランドだ。それくらい提案してもいいだろうか。 椅子の背もたれに体を預け、天井を仰いだ。蛍光灯の灯りがやけに眩しい。視線に神経を尖らせているせいだろうか。 ――もっともっと仕事して、みんなに認めさせればいいじゃない。 澪はぎゅっと目をつぶった。 そのとき、スマホが震えた。画面を見ると、仁からのメッセージだった。 業務中にメッセージアプリに連絡をするなんて珍しい。 澪は画面をタップして内容を確認した。《澪、今から少し話せるか?》《今、オフィスにいるんだけど、仕事のこと?》 仕事だったらオフィスの電話にかけてもらおうと思った。だが、仁からの返事はそうではなか
last updateLast Updated : 2026-08-02
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第三十三話 神宮寺麗奈

 受付の女性からロビーで待つように言われ、麗奈は腕を組んで立っていた。 ――さて、この会社、いえ、あの男をどう料理しようかしら。 そう考えると自然と笑みが溢れた。 麗奈の勤めるオレリアン・キャピタルにプレゼンをしに来た、高宮仁という男に、麗奈はこの上なく興味を持った。彼は面白い発想の化粧品を開発していて、知識も豊富で有能だ。さらに、眉目秀麗な容姿にも目を見張った。麗奈に釣り合うのは、この男しかいない。舌なめずりをしたい衝動をこらえるのに、必死だった。 一担当の麗奈が出資を決めることはできないが、このダーマコードという会社がいかに将来有望かはプレゼン内容からわかった。そこで麗奈は、自分が出資担当として手を挙げられるよう、必死にこの会社を推した。 その甲斐あって、ダーマコードは麗奈の担当となったのだ。 ベンチャーキャピタルから出資を受けるということは、ダーマコードがこちらの要望をなんらか受け入れることを意味している。 会社と高宮仁、両方手に入れたい。 そもそも、麗奈に言い寄られて堕ちない男など今までいた試しがない。 ――今回も、楽勝ね。 麗奈はさらさらの黒髪を手で後ろに流した。 そのとき、ロビーに高宮仁が現れた。「神宮寺さん、お待たせしました」 質のよいスーツを身に纏い、ジャケットの前ボタンをきちんと閉めている。 麗奈は目を細めて高宮仁の胸元を見つめた。 そのスーツの下を見てみたい。 口元が自然とゆるんだ。「高宮社長、お久しぶりです」 丁寧に腰を折って挨拶をする。ジャケットの下のカットソーは胸元が大きく開いている。だから、この角度なら胸の谷間が見えるはずだ。 ちらっと彼に目を向けると、こちらの意に反して、彼は受付に向かって歩いていた。「今日、空いてる会議室はあるか? 三人入るところを押さえてほしい」「かしこまりました」 高宮は受付に、会議室を押さえるよう頼んでいるようだった。 それにしても三人とはどうい
last updateLast Updated : 2026-08-03
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第三十四話 小さな勝利と公認の距離

 人事に提出した、ダーマコードの選定に関する報告書について、選定プロセスに問題がないことが確認された。「あの告発文は、ただの言いがかりだとわかりました。今後、この件に関して変な噂を流さないようお願いします」 上司がみんなの前でそう宣言した。その言葉に澪は心底安堵した。 けれど、澪の後ろでは三枝がまだぶつぶつと文句を言っている。「絶対、嘘の報告書を出したに決まってるわ!」 澪が振り返って三枝を睨みつけると、三枝は唇を噛んでうつむいた。「やったね、澪ちゃん!」 奈央が澪の肩を叩いた。振り返ると、奈央は満面の笑みだった。「ありがとうございます。奈央さんがあたしの味方になってくれたから……」「なに言ってんのよ。当然じゃない。だって、澪ちゃんの仕事ぶりはあたしが一番よく知ってるんだからね?」 その言葉を聞いて、胸の奥が熱くなった。自分を信じてくれる人がいることは、これほど心強いのだ。「本当に、ありがとうございます」 澪は深く頭を下げた。すると、奈央が慌てて澪の肩に手をやり、体を起こさせた。「やだ、当たり前のことしただけだから……」「それじゃ、あたしの気がおさまりません。じゃあ、今度食事でも行きませんか? あたしがおごりますから」「いいよ。じゃあ、ご飯行こ!」 奈央はうれしそうに自席に戻っていった。こうやって仲良くしてくれる先輩がいて、澪の心はあたたかくなった。 そのとき、上司が澪に声をかけた。「朝倉さん、ちょっといい?」 上司が打ち合わせスペースを指さしていた。「はい」 澪は上司の後を追って打ち合わせスペースに向かった。 着席を促され、澪は椅子に浅く腰をかけた。ダーマコードの選定に問題はないとお墨付きをもらったはずなのに、つい身構えてしまう。澪は膝の上で拳をきつく握った。「今回の選定については、さっきみんなに伝えたとおり。告発文のように私情で選定したとい
last updateLast Updated : 2026-08-04
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第三十五話 来ない通知

 仁からメッセージが来ないと気づいてから、スマホの存在が急に大きく感じられるようになった。 ブブッ、と震えるたびに画面を確認してしまう。そして、その通知が目当てのものでないとわかると、あからさまに落胆した。 仕事中でも、手が空けばスマホを手に取り、通知を確認してしまう。なにも表示がなくてがっかりし、いったん画面を暗くしても、すぐにまたタップしてつけてしまう。 一体なにをしてるんだろう。 自分でも呆れ返る。 今まで仕事中に、直哉と付き合っていたときも、スマホが気になったことなどなかった。婚約が決まった後でさえ、こんなふうになったことなど一度もない。 こんなことしていてはだめだ。仕事に集中しなければ。 澪は眉間にぐっと力を入れて、モニターを見つめた。それでも、机の端に置いてあるスマホが視界に入る。澪はスマホを掴んだ。脇机の一番下の引き出しからバッグを取り出し、スマホをバッグの奥へ突っ込んだ。「ふう……」 視界からスマホが消えると、肩の力が抜けた気がした。 そのおかげで、さっきよりも仕事に集中できたように感じた。けれど意識は、脇机の一番下の引き出しに入れたバッグ、その奥底へ引っ張られていた。  家に帰ってからも、スマホの画面をつけたり消したりするのを繰り返した。何度確認しても、仁からのメッセージは来ていない。 本当にどうしたんだろうか。まさか、あれだけ澪のことを好きだと言いながら、あっさり諦めたのだろうか。 その考えに思い当たったとき、胸の奥が締め付けられた。息ができないほど苦しい。 ――突き放したのは、あたしのほうだ。それなのに、諦められたら悲しいなんて。……自分勝手にもほどがある。 澪は仁とのメッセージ画面を開いた。メッセージは、例の告発文がグロウセオリーに届いた日を最後に途絶えていた。 澪はメッセージを打ち込んだ。《元気?》 そう入力して、乾いた笑いが出た。 仁が元気なのは知ってい
last updateLast Updated : 2026-08-05
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第三十六話 車内の告白

 澪は、車に乗るべきか躊躇した。 会社の前だ。今、ここで仁の車に乗れば、会社の同僚に見られる可能性もある。そんなことになればまた、どういう噂が流れるかわからない。それに、上司からも仁とはプライベートで距離を置くように言われたのだ。 けれど仁は「仕事の話」だと言った。仕事の話なら、メールや電話でも済ませられるはずだ。それなのに、わざわざ会社の前で澪の退勤を待っていたのなら、職場の人には聞かせられない「仕事の話」なのだろう。 澪はグッとバッグの持ち手に力を込めた。うつむいて、大きく息を吐く。そしてまっすぐ前を見つめて、大股で仁の車へ近づいた。ドアの取っ手に手をかけ、車内に滑り込む。「失礼します」 仁は笑顔を浮かべていたが、少し緊張しているようにも見えた。 かちゃっ。 シートベルトを締める音が車内に静かに響いた。その音を合図に、車は静かに滑り出した。 仁はなにも言わず、ただ前を見てハンドルを握っていた。車内に聞こえるのは、エンジン音と行き交う車の風音だけだった。自分の呼吸や心臓の音が聞こえるのではないかと思えるほど、静けさに包まれている。 澪は運転席の仁をさりげなく見た。長いまつ毛、高い鼻、薄い唇。その整った顔に、幼いころの面影をつい探してしまう。あの泣き虫だった仁が、こんなにも凛々しい男性になっていた。 仁の横顔を見ているだけで、心臓が激しく打ちつける。息を浅くして、澪は窓の外へ視線を逃がした。 こんな気持ちになるのなら、仁のことを受け入れればいい。 けれど、やはりまだこわいのだ。 好きな人が自分から離れてしまうのは、二度と経験したくない。 心の中で、「仁と恋人になりたい」という思いと、「このまま幼なじみで取引先という関係を続けたい」という気持ちが交錯する。 車が徐々にスピードを落とし始めた。前を見ると、信号が黄色から赤に変わるところだった。完全に停車すると、仁はまっすぐ前を向いたまま口を開いた。「グロウセオリーに届いた、澪への告発メール。うちが使ってるセキュリティの会社に調べさせた」「&hell
last updateLast Updated : 2026-08-06
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第三十七話 出資を握る女

 麗奈はダーマコードが入るオフィスビルを見上げた。 ――今日こそ落としてやる。 肩にかけたバッグの持ち手をギュッと握ってビルに足を踏み入れた。 ダーマコードの受付まで行き、用件を伝えた。「あたくし、オレリアン・キャピタルの神宮寺と申します。高宮さんとお約束してますの」 受付の女性が「少々お待ちください」と言い置き、電話をかけた。 ――まったく……。このあたくしを待たせるなんて。きちんと到着時間を伝えておいたのに、どういうことかしら! 麗奈は腕を組み、二の腕を人差し指でとんとんと叩いた。 しばらく受付のあるロビーで待っていると、コツコツと足音が響いてきた。 来た! 反射的に振り向いた。サラサラの黒髪がふわりと揺れた。顔には最上の笑顔を貼り付けた。それなのに――。「……え?」「お待たせいたしました。こちらへどうぞ」 やってきたのは高宮仁ではなく、真壁だった。「なんであんたが?」「高宮は今、手が離せませんので。さあ、会議室へ」「高宮さんは打ち合わせに出席されるんでしょうね?」「もちろんです」 真壁はにこやかな笑みを崩さずに先を歩いた。その笑顔が、なぜか癪に障る。 麗奈は真壁の後ろをついていきながら、歯ぎしりをした。 ――なんで、高宮仁が来ないのよ! 今まで狙った男は、一度も落とし損ねたことがない。しかも、長期戦になったことなどなく、一、二回で麗奈の手の内に転がってきていた。今回は「出資」という強みを持っているにもかかわらず、なかなか手強い。だから、今日こそ決着をつけたい。 会議室に到着すると、高宮はまだ来ていなかった。「あら、本当に高宮さん、いらっしゃるの?」「間もなくまいります。少々お待ちください」 真壁に勧められた椅子に座ると、真壁は麗奈の真正面に座った。 まさか、真壁も打ち合わせに同席する気なのだ
last updateLast Updated : 2026-08-07
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第三十八話 一週間あげる

 澪の頭の中に、仁のスマホにあの『神宮寺麗奈』と表示された画面が浮かんでは消える。すっと画面を伏せたのは、澪に対して後ろめたいことがあるからだろうか。 あのふたりはとてもお似合いだった。対等に仕事をしていたし、美しい麗奈は眉目秀麗な仁の隣に並んだとしても引けを取らない。 それに比べて、澪はどうだ。仕事には誇りを持って取り組んでいる。手作りコスメの知識があるから、グロウセオリーで販売しているコスメの成分だって読むことができる。 けれど――。 美人でも、スタイルがいいわけでもない。仁の横に立てば、みすぼらしく見えるに決まっている。 花音たちの結婚式のとき、周りの人はたしかに褒めてくれた。けれどあれは「高宮社長のパートナー」に向けられた言葉だ。澪個人を見て言われたわけじゃない。あの日きれいに見えたのだって、仁が選んでくれたドレスのおかげ。「はあ……」 大きなため息が出た。 顔を上げると、オフィスの天井から冷たい光が降り注いでいた。周りからは、キーボードを叩くカタカタという音が聞こえる。 澪は眉間を揉み、モニターに顔を向けた。ちょうど奈央がこちらへ歩いてくるところが目に入った。奈央は一瞬目を見開き、それからニヤニヤと笑って声をかけてきた。「なに? 恋にでも悩んでるの?」「なっ……! 違いますっ!」 とっさに否定したが、嘘だった。「へえ……。それにしても大きなため息だったね。悩みがあるなら、聞くよ?」「い、いえ。大丈夫です……」「そう? ならいいんだけど」 じゃあね、と奈央は給湯室へ向かった。 まったく、めざとい。そんなにもわかりやすかっただろうか。 澪は両手でパン、と頬を叩いて、目の前の仕事に戻った。 昼になり、席を立とうとした。そのとき、デスクの電話が鳴った。『朝倉さんにお客さまがいらしています』「わかりました」 誰だろう。 今日は来客の予定などなかったはずだ。とにかく、来客だというのだから、受付へ向かった。 受付に着くと、そこにいたのは神宮寺麗奈だった。「神宮寺さん」 麗奈がいったい、澪になんの用だろうか。先日、ダーマコードの出資の件で打ち合わせに同席させてもらった。だが、あのときは仁に呼ばれただけで、内容には関わっていない。だから、麗奈がここに来ている意味がわからない。「朝倉さん、ごきげんよう」 麗奈は口元を三日
last updateLast Updated : 2026-08-08
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第三十九話 つけられない香水

 最近、澪の様子がおかしい。 仁は社長室の椅子の背もたれに体重を預けて、天井を仰いだ。目をつぶって考えを巡らせるが、一向に思い当たらない。 先日、澪の会社に車で迎えに行ったとき、自分から「澪のために距離を置いている」と伝えた。あれから、グロウセオリー内の告発文騒ぎも収束したはずだ。 こちらから業務の連絡を入れても、返ってくる文章が硬い。 仁は、ふっと口元をゆるめた。たかがビジネス文書で澪の様子がわかるなんて、なかなかない。 そういえば、大阪出張のときに渡した香水はつけてくれているだろうか。試作品だと言って渡した。本当は、試作でもなんでもない。 仁は指先で、机の端をとん、と叩いた。「澪……」 仁は、誰にも聞こえない声で名前を呼んだ。 *  麗奈に言われた言葉が頭から離れない。 オレリアン・キャピタルがダーマコードへの出資を引き上げたら、一体どうなるのだろうか。ダーマコードは立ち行かなくなり、せっかく勢いがあるのに、業界から撤退ということになりかねないのではないだろうか。 麗奈と別れたあとオフィスに戻ったものの、澪はどこか上の空だった。仕事に身が入らない。 自分がどうすればいいのかわからない。 仁に相談しようかとも思った。けれど、そんなことをしたら仁の会社が危うくなるかもしれない。そう思うと、スマホにメッセージを打ち込む指が止まった。 そもそも、澪と仁の関係は、今はまだ幼なじみのままだ。 ただ、澪が仁に惹かれているのは確かだった。深く踏み込めないのは、好きな人に離れられるのがまだこわくて、一歩を踏み出せないからだ。 仁から離れろと言われても、今は仕事で関わっているので、離れるに離れられない。コラボ企画のOnlyé for youは販売開始がまだ先で、少なくとも一週間は、仁のもとから離れるわけにはいかないのだ。だからといって、担当を変えてもらうなど考えられない。あれは澪の企画だ。それをダーマコードが採用して
last updateLast Updated : 2026-08-09
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第四十話 雨の夜

 仁から離れないと……。 そんなことばかり考えて、毎日、足元が定まらない。 仁を守るには、澪が離れるしかない。仁が大切に築いてきたものを守るためにも。 それなのに、仁から離れたくないと思う自分もいる。もうすっかり仁が澪の心の中に入り込んでいた。 ――好きだと言われたのに、自分の気持ちも返せないのに……。 仁に対する業務連絡メールですら、そっけない文章になってしまう。 きっとその程度では、仁はなにも気づかない。そう思っていたのに――。 職場のデスクでモニターをぼんやり見ていると、スマホが震えた。 誰だろう。スマホに連絡をくれる人など、今の澪にはいない。 おもむろに画面を確認すると、仁からだった。通知にはメッセージの冒頭が表示されていた。《澪、なにがあった?》「……っ!」 澪はメッセージを開かず、画面を伏せた。返信しないでいると、机の上でスマホがブーブーと規則正しく震えた。着信だ。再び確認すると、仁からだった。 澪は通話を拒否し、脇机の一番下の引き出しにあるバッグへスマホを突っ込んだ。手が届かないよう、バッグの底に沈める。 それでも、しばらくすると脇机の中でブーブーと振動する音が聞こえた。澪は目をぎゅっとつぶって、耳を塞いでうつむいた。唇を噛みしめすぎて、口の中に鉄の味が広がった。「朝倉さん、スマホ鳴ってるみたいだけど……」 隣に座っている同僚が、心配そうに澪に声をかけてきた。澪はゆっくりと顔を上げた。「え? 大丈夫? なんか、顔色悪いけど……」「……ありがとうございます。大丈夫です……」 澪は一番下の引き出しからバッグを取り出した。バッグからスマホを取り出し、電源を切った。これでメッセージの受信も着信もなくなる。 これでいい。そう思っているのに、目の奥がじ
last updateLast Updated : 2026-08-10
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