なんでこいつと結婚しちまったのかさっぱりわからない。 離婚届を叩きつけたあとも、花音はソファから動かなかった。スマホを握ったまま、上目遣いにこちらを見上げてくる。 直哉はその顔を見下ろした。 家事はすべて雑だ。食事もろくに作らずにスーパーの惣菜やデリバリーばかりだ。 お腹の子によくないんじゃないか、と助言しても「つわりのときは食べられるものだけ食べてたらいいんだって、お医者さんが言ってた」と言われた。 なぜあんな判断をしてしまったのか。澪の仕事が忙しいからと、花音に相談に乗ってもらったことが間違いの元だった。 あのとき、するっと膝に手を乗せられた。爪の先で、ゆっくりと円を描かれた。それだけだ。それだけで、内腿の奥がじわりと重くなった。 澪とあまり会えていなかったからだ。ずっと我慢していたのだ。だからつい、流されるように、花音を抱いた。 悪いのは、忙しくしていた澪のほうだった。 けれど、たった一回しかやっていないのに、それで妊娠したと母子手帳を突きつけられたときには血の気が引いた。ほかの男との子どもじゃないのかと疑いたくなったが、「あの日、危険日だったの」って言われたら口をつぐむしかなかった。 その後、澪と別れて花音と結婚したが、後悔の連続だった。 別れてから、澪はやけにきれいになった。もともときれいだったのだが、それは自分だけが知っていればいいことだった。それなのに、結婚式に現れたときには、参列者が目を見張るほどの美しさだったのだ。 そしてそのそばには、あの高宮とかいう社長が出しゃばっていた。あいつはまるで「澪は俺のものだ」と言わんばかりに、澪を抱き寄せてそばに置いていた。 ――本当は俺のものだったのに……! 怒りがわき起こり、どうしようもなくなった。自分の横に立っているのは、花音ではなく澪のはずだった。 妊娠したと言うから、仕方なく責任をとって結婚することにしただけだ。 結婚してから、楽しいと思えたことは一日もない。けれど、唯一の楽しみは、自分の子どもをこの手に抱くことだった。
Last Updated : 2026-08-31 Read more