車を降りる時、玲央さんは小さな紙袋を差し出した。「これは?」「明日の朝食です」「……明日?」「帰宅後すぐに休めるように、朝の分も用意しました。重いものではありません。パンとスープ、果物です。不要なら無理に召し上がらなくて大丈夫です」 私は紙袋を見た。 黒い車。 夜の送迎。 温かいスープ。 そして翌朝の朝食。 ここまでくると、親切というより生活インフラである。「玲央さん。契約書に朝食の項目はありません」「ありませんね」「ありませんよね?」「はい。ですので、必要なければ次回から控えます」 違う。 そこではない。 控えるかどうかの問題にされると、こちらが朝食を要求している人みたいになる。「そういうことではなく……」「では、どういうことですか」 玲央さんは真面目な顔で聞いてくる。 困る。 こういう時の玲央さんは、こちらが言葉を探すまでちゃんと待つ。 待ってくれるのに、逃げ道は狭い。「……ありがたいです。でも、少し手厚すぎます」「手厚いですか」「はい。鷹宮基準ではわかりませんが、一般的にはかなり」 玲央さんは少し考えた。「では、次は事前に確認します」「次がある前提」「残業が二度とないなら、次はありません」「ありますね」「では、確認します」 負けた気がした。 私は紙袋を受け取る。 温かい食事と翌朝の朝食を前に、理屈だけで拒否できるほど私は強くない。「ありがとうございます」「どういたしまして。今日はもう、資料を開かないでください」「それも契約外です」「はい。お願いです」 お願い。 その言い方は反則だと思う。 命令
Last Updated : 2026-07-24 Read more