久世匡は朝から三度目の胃薬を机の上に置いた。 飲むか。 まだ耐えるか。 その判断を迫られている時点で、今日の業務はすでに健全ではない。 鷹宮グループ本社ビル、上層階。 総帥府特命戦略局の執務フロアは無駄に静かだった。足音は絨毯に吸われ、ガラス越しに見える都心の景色だけが、やけに現実離れしている。 その一角にある玲央の執務室で、久世はタブレットを片手に立っていた。 目の前のソファには鷹宮玲央が座っている。 いつも通り穏やかな顔。 いつも通り姿勢がいい。 そしていつも通り、時々とんでもないことをする。「久世さん。契約書の草案は送れましたか」「はい。朝比奈琴葉様の個人メールアドレス宛に、セキュアクラウドの閲覧リンクをお送りしました」「ありがとうございます。早いですね」「早くせざるを得ない状況を作られたのは玲央様です」「返す言葉がありません」 返す言葉がないなら、そもそも昨夜ホテルで初対面の女性に婚約契約を提案しないでいただきたい。 久世はそう思ったが、口には出さなかった。 出すと長くなる。 そして、長くなったところで玲央は反省した顔で聞き、最終的には同じことをする。 鷹宮家の血は強い。「それで、身元確認の方ですが」「はい」「重要な確認事項がございます」 久世の声が少しだけ低くなった。 玲央が顔を上げる。 その表情に緊張はない。むしろ、何か問題でも、と言いたげな穏やかさがある。 ある。 問題はある。 特大である。 久世はタブレットの画面を玲央へ向けた。「朝比奈琴葉様の勤務先が判明いたしました」「そうですか」「鷹宮ライフデザイン株式会社です」 数秒。 室内が静まり返った。 窓の外を走る車の流れだけが、遠
Last Updated : 2026-07-04 Read more