All Chapters of 捨てたのはそちらなので、私は年下御曹司と婚約契約します: Chapter 151 - Chapter 160

175 Chapters

第151話 大きい提案の弱点

 ノヴァリンクの会議室には、大きな画面が三つ並んでいた。 中央には、結和ケア向けの提案資料。 左には、家族連絡や利用状況をまとめる管理画面のデモ。 右には、複数拠点へ展開した場合の運用フロー。 どれも整っている。 数字もある。 見栄えもいい。 けれど、小鳥遊莉愛は画面を見つめたまま、しばらく何も言わなかった。「小鳥遊さん?」 担当者に呼ばれて、莉愛はようやく視線を上げる。「悪くないわ」 その一言に、会議室の空気が少しだけ緩んだ。 けれど、莉愛はすぐに続けた。「でも、このままだと強すぎる」「強すぎる、ですか」「ええ。規模も機能も、こちらの強みです。複数拠点を一括で管理できること、家族連絡まで含められること、データを集計して改善に回せること。それは間違いなく武器になる。でも、結和ケア側から見れば、その武器を現場に持ち込むこと自体が負担にも見える」 担当者が資料をめくる手を止めた。 陽斗は少し離れた席で、その言葉を聞いていた。 莉愛は画面のフローを指した。「ここ。導入初月から家族連絡、記録共有、拠点管理を同時に動かす形になっているでしょう」「はい。導入効果を早く見せるために」「効果を早く見せることと、現場が早く慣れることは同じではありません」 会議室が静かになる。 莉愛はそれを気にせず、淡々と続けた。「結和ケアは、うちの提案をそのまま試験導入するにはリスクが大きいと考えているはずです。だから、比較の場では“これだけできます”では足りない。“最初にどこまで入れるのか”“現場に何をさせないのか”“止まった時に誰が受けるのか”まで答えられないと弱いわ」 担当者は慌ててメモを取った。「では、段階導入案を追加しますか」「追加ではなく、前に出して。大きな構想の説明より先に、最初の一歩を見せた方がいい」「最初の一歩、ですか」
last updateLast Updated : 2026-10-07
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第152話 並べられる資料

 比較検討会の日程が決まった。 結和ケア側から共有された議題は、思っていたよりも簡潔だった。『鷹宮グループ試験導入状況の確認』『ノヴァリンク提案デモおよび段階導入案の確認』『正式導入に向けた優先協議先の検討』 その三行を見た瞬間、私はしばらく画面から目を離せなかった。 正式契約ではない。 けれど、ここで方向性が決まる。 結和ケアにとって、ノヴァリンク側の提案は規模が大きい。複数拠点、家族連絡、管理画面、データ集計。便利そうに見える分、そのまま現場へ試験導入するには負担もリスクも大きい。 だから、比較会で答えを出す。 小さく試して直してきた鷹宮側を優先するのか。 大きな仕組みを段階的に入れられるというノヴァリンク側へ進むのか。 資料の上では、たった数行。 けれど、その数行の向こうに、これまで積み上げてきたものが全部置かれる気がした。「琴葉、顔が議題になってる」 隣から朱音が言った。「顔は議題にならない」「いや、かなり審議対象」「そんなに?」「“この人、三行を見て三十分考えそうです”って顔」「三十分は考えない」「二十分?」「……五分くらい」「考えるんだ」 朱音は笑いながら、私の画面を覗き込んだ。「ノヴァリンク側も段階導入案を出してくるんだね」「うん。大きい提案だからこそ、最初から全部入れませんって見せるんだと思う」「ちゃんとしてるじゃん」「そう。ちゃんとしてる」 私は素直に頷いた。 そこが怖かった。 相手がただ派手なだけなら、私たちは現場で直してきたことを説明すればいい。けれど、ノヴァリンク側も現場負担を考え、段階導入を前に出してくるなら、話はそんなに単純ではない。 大きい。 でも、小さく始められる。 そう示された時、結和ケアがど
last updateLast Updated : 2026-10-08
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第153話 陽斗は比べてしまう

 比較検討会に向けた資料が、ノヴァリンクの会議室に積まれていた。 結和ケア向け連携支援システム提案。 段階導入案。 デモ画面の説明資料。 架空ケースを使った運用フロー。 どれも、以前よりずっと現場に近い形に修正されている。 最初に全機能を見せるのではなく、現場スタッフが最初に触る画面から始める。地域連携室が受け取る流れを次に置き、そのあとで管理者向けの集計画面を見せる。導入範囲も、初月、三か月後、半年後に分けられていた。 大きな提案を、小さく始められるように見せる。 莉愛が指摘した通りに、資料は確かに強くなっていた。「陽斗さん、ここはどう思う?」 隣に座る莉愛が、画面を指した。『導入初期は家族連絡機能を通知確認のみに限定』「最初から双方向にしないのか」「ええ。返信対応まで広げると、結和ケア側の負担が読みにくいわ。まずは通知が届くことを確認するだけにした方がいい」「かなり絞るんだな」「絞らないと、試す前に重く見えるもの」 莉愛の声は冷静だった。 陽斗はそれを聞きながら、数日前の会議を思い出していた。 大きいだけではだめ。 最初に何をするのかを見せなければならない。 止まりそうな場面をデモに入れなければならない。 その判断は的確だった。 莉愛は、ただ華やかな提案を好む女ではない。勝ちたいからこそ、相手を見て、必要なら資料の順番まで変える。 分かっている。 分かっているのに、陽斗の視線は別の資料へ向いてしまった。 比較検討会の議題。 そこに書かれている一行。『鷹宮グループ試験導入状況の確認』 試験導入。 その言葉が重かった。 ノヴァリンク側は、デモと段階導入案で示す。結和ケアの現場にそのまま入れるには規模が大きすぎるから、机上で見せるしかない。 それは弱点ではない。
last updateLast Updated : 2026-10-09
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第154話 莉愛は負けたくない

 会議が終わったあとも、莉愛はしばらく席を立てなかった。 画面には、修正途中の提案資料が映っている。 結和ケア向け連携支援システム提案。 段階導入案。 架空ケースを使ったデモの流れ。 どれも、昨日までよりは確実に良くなっている。大きな構想をただ押し出すのではなく、最初に現場が何をするのか、どこで地域連携室が受け取るのか、止まりそうな場面をどう見せるのか。 必要な修正だ。 そう分かっているのに、莉愛はスライドの一枚目を睨んだまま、マウスを動かせずにいた。 表紙の次に置かれているのは、ノヴァリンク側の全体構想だった。 複数拠点。 家族連絡。 管理画面。 データ集計。 どれも強みだ。 けれど、莉愛はそのページを一度クリックし、少し迷ってから後ろへ移動させた。 代わりに前へ出したのは、まだ作りかけの段階導入案だった。『初期導入時に現場へ増える作業』 見出しを打ち込んだ瞬間、胸の奥がちくりとした。 強みより先に、負担を見せる。 こちらが痛いところを、こちらから出す。 そんな資料の作り方を、以前の自分なら選ばなかったかもしれない。「小鳥遊さん」 担当者の一人が遠慮がちに声をかけてきた。「段階導入案の一枚目ですが、“初月に使う機能”をさらに絞るなら、家族通知も外しますか?」 莉愛は画面を見た。 通知確認だけなら負担は軽い。けれど、最初から家族まわりを完全に外せば、ノヴァリンク側の強みが見えにくくなる。「外さないわ。ただし、現場スタッフが直接対応する形にはしないで。初月は地域連携室が通知結果を見るだけにする。現場に新しい返信業務を持たせるのは、二段階目以降」「承知しました」「それから、デモでは成功例だけを出さないで。通知が未確認のまま残るケースを入れて」「未確認を、ですか」「ええ。
last updateLast Updated : 2026-10-10
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第155話 小さいまま出す

 比較検討会の前日、ノヴァリンク側の資料概要が共有された。 もちろん、詳細な提案内容まですべて見られるわけではない。けれど議題整理のために、結和ケア側から各社の説明順と大まかな項目が送られてきた。 ノヴァリンク側は、最初に段階導入案を出すらしい。『初期導入時に増える作業と、増やさない作業』 その見出しを見た瞬間、私は思わず画面の前で固まった。 強い。 そう思った。 規模の大きな提案なら、普通は機能や将来性を前に出したくなるはずだ。複数拠点への展開、家族連絡、管理画面、データ集計。並べれば見栄えのする言葉はいくらでもある。 でも、ノヴァリンク側は最初に負担を出してくる。 増える作業。 増やさない作業。 そこを先に見せるつもりなのだ。「琴葉、顔が一枚目で止まってる」 朱音が隣から声をかけてきた。「ノヴァリンク側、ちゃんと強い」「うわ、素直」「だって強いよ。大きいだけじゃなくて、最初に現場負担を見せる形にしてる」「それ、琴葉たちがずっとやってきたところじゃない?」「だからこそ強いの。大きい提案なのに、そこを隠さないなら、結和ケア側も安心しやすいと思う」 言葉にすると、胸の奥が少し重くなった。 相手を侮れない。 それは分かっていた。 でも、実際に資料の見出しとして見ると、思っていたより響いた。 私たちが少しずつ拾ってきたものを、向こうも見ようとしている。 そう感じた。 午後、上司との最終確認で、私はその不安を正直に話した。「ノヴァリンク側の見せ方がかなり現場寄りになっています。こちらの資料も、もう少し導入効果や将来展開を前に出した方がいいでしょうか」 上司はすぐには答えなかった。 私の資料を一枚ずつめくり、最初のページで手を止める。『利用者さんを見る時間が減るなら、本末転倒です』 何度も見た一文。
last updateLast Updated : 2026-10-11
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第156話 比較検討会、始まる

 比較検討会の会場は、結和ケア本部の中会議室だった。 大きすぎず、狭すぎもしない。けれど今日は、その空間が妙に広く感じた。長机は向かい合わせに並べられ、正面のモニターにはまだ何も映っていない。白い画面だけが、これから出される判断を待つように静かに光っていた。 会議室の空調は効いているはずなのに、手のひらだけが少し冷たい。 結和ケア側の席には、宮坂さん、高梨さん、管理部門の担当者が並んでいる。宮坂さんはいつも通り落ち着いているけれど、今日は資料を閉じたまま手元に置いていた。高梨さんは、配られた資料の表紙だけを見ている。その表情からは、良いとも悪いとも読み取れない。 その向かいに、鷹宮側。 私と上司、それから事業推進室の担当者。 少し離れた後方の席には、玲央さんもいた。ただし、発言者としてではない。あくまで鷹宮側の関係者として、この場を見守る位置にいる。 その距離が、今はありがたかった。 玲央さんが前に出れば、私はきっと安心してしまう。けれど今日、説明するのは私たちが現場で見てきたことだ。私の仕事を、誰かの名前で強く見せるわけにはいかない。 机の上に置いた資料の端を、私は指先で軽く押さえた。 ここで、方向性が決まる。 正式契約の手続きは後でも、今日の判断で結和ケアがどちらと進むのかが決まる。試験導入を続けるのか。別の大きな提案へ舵を切るのか。 小さく積み上げてきたものが、今日、並べられる。 やがて、会議室の扉が開いた。 ノヴァリンク側が入ってくる。 三枝陽斗。 小鳥遊莉愛。 その姿を見た瞬間、胸の奥が一度だけ強く鳴った。 陽斗は濃い色のスーツを着ていた。以前なら、その整った立ち姿を見て、私は無意識に背筋を伸ばしていたかもしれない。彼の隣にいる自分が、釣り合っているかどうかを気にしていたかもしれない。 でも今は違う。 ここにいる陽斗は、元婚約者ではない。 ノヴァリンク側の担当者だ。 莉愛さんも、私から何かを奪った人ではな
last updateLast Updated : 2026-10-12
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第157話 止まった跡を見せる

 モニターに映した最初の一文を、会議室の全員が見ていた。『利用者さんを見る時間が減るなら、本末転倒です』 ノヴァリンク側の資料は整っていた。 画面も見やすく、導入後の未来も分かりやすい。説明を聞けば、確かに便利になるだろうと思える内容だった。 それに比べると、私たちの一枚目はあまりにも地味だった。 けれど、この一文から始めると決めていた。 ここを外したら、私たちが何を見てきたのか分からなくなる。「試験導入では、まず現場の記録と共有の流れを小さく作りました」 私は次のページへ進めた。 細かい機能の説明はしない。 今日伝えるべきなのは、何ができるかではなく、実際に何が起きたかだった。「最初の一件は、記録が共有され、地域連携室へつながりました。ただ、この段階では、まだ仕組みが使われたという確認に留まっています」 宮坂さんが静かに頷く。 高梨さんは、手元の資料にペンを置いたまま、こちらを見ていた。「二件目で、判断の境目が見えました。緊急ではないけれど、通常記録だけでは埋もれるかもしれない。そこを現場が迷いました」 私は一度、言葉を切った。「三件目では、共有後に止まりました」 会議室の空気が、わずかに張った。 成功例ではなく、止まった話。 この場でそれを出すことに、怖さがないわけではない。 けれど、隠してはいけない。「現場スタッフの判断が悪かったわけではありません。記録は残り、共有もされました。ただ、その後の受け取り体制が整理されていなかったため、確認が翌朝に回りました」 陽斗の指が、資料の端を押さえたまま動かない。 私はそこを見ないようにして、続けた。「そこで、受け取り確認を入れました。ただし、すべての記録に返信すると、今度は地域連携室側の負担になります。ですので、対象を絞りました」 次のページには、大きな図も派手な表もない。 ただ、三つの短い言葉が並んでいる
last updateLast Updated : 2026-10-13
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第158話 燃えないとは言えません

 質疑に入った瞬間、会議室の空気はまた変わった。 発表の時とは違う。 用意してきた言葉ではなく、今この場で出る答えが見られる時間だ。 結和ケア側の管理部門長は、まずノヴァリンク側へ視線を向けた。「ノヴァリンク様のご提案について確認します。初期導入時には家族への返信対応は現場スタッフへ持たせない、というご説明でした」「はい」 莉愛さんが落ち着いて頷く。「では、家族側から想定外の問い合わせが入った場合、最初に受けるのはどなたになりますか」「初期段階では、地域連携室または管理側で一次受けを行う想定です。現場スタッフへ直接負担が行かないよう、通知確認と問い合わせ対応を分けます」 整った答えだった。 管理部門長も頷く。 けれど、高梨さんが資料から顔を上げた。「その一次受けの担当者が不在だった場合はどうなりますか」 会議室に、ほんのわずかな間が落ちた。 莉愛さんはすぐに答えた。「代替担当を設定します。未確認の問い合わせは管理画面上で残るため、担当者が不在でも確認漏れを防げます」「画面には残るんですね」「はい」「では、その画面を見る人が忙しかった場合は?」 質問は淡々としていた。 責める声ではない。 けれど逃げ場がない。 莉愛さんは一瞬だけ息を置き、それでも声を崩さなかった。「導入時に確認頻度を決めていただきます。たとえば午前と午後の二回、管理側で未確認項目を見る運用です」「なるほど」 高梨さんはそこで頷いた。 納得したのか、保留したのかは分からない。 陽斗は、隣で小さく資料の端を揃えていた。几帳面な動きだったけれど、紙の角が少しだけずれていた。 次に、管理部門長の視線がこちらへ移る。「鷹宮グループ様にも確認します」「はい」 私は背筋を伸ばした。「現在は運用が回っていると
last updateLast Updated : 2026-10-14
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第159話 採用見送り

 質疑が終わったあと、結和ケア側は一度、内部協議の時間を取った。 私たちは会議室に残されたまま、それぞれの席で待つことになった。 誰も大きな声では話さない。 資料をめくる音だけが、ときどき響く。 私は膝の上で手を重ね、指先に力が入りすぎないように意識していた。発表は終わった。質問にも答えた。できることは全部やったはずなのに、胸の奥はまだ落ち着かない。 斜め向かいでは、陽斗が閉じた資料の端を見つめていた。 最初に会議室へ入ってきた時の、あの余裕はもう見えない。表情は整えているけれど、指先が紙の角を何度もなぞっている。 莉愛さんは背筋を伸ばしたまま、画面の消えたモニターを見ていた。 悔しそうだった。 でも、目は逃げていない。 その違いが、妙にはっきり分かった。 やがて、結和ケア側の三人が戻ってきた。 会議室の空気が、一瞬で張る。 管理部門長が席につき、資料を閉じたまま両社を見渡した。「本日は、両社ともありがとうございました」 穏やかな声だった。 けれど、その声が穏やかだからこそ、次に出る言葉の重さが分かった。「まず、ノヴァリンク様のご提案について申し上げます。広域連携や家族通知、管理機能を含めた構想は非常に魅力的でした。将来的な複数拠点展開を考えた場合、大きな可能性がある提案だと受け止めています」 陽斗の肩が、わずかに動いた。 莉愛さんは表情を変えない。 管理部門長は一度言葉を切り、続けた。「ただし、今回の結和ケアでの正式導入については、現時点では採用を見送らせていただきます」 その瞬間、会議室の空気が止まった。 採用見送り。 はっきりとした言葉だった。 やわらかく言い換えられていない。保留でも、継続検討でもない。 今回、この案件では選ばない。 そう告げる言葉だった。 陽斗の指が、資料の端を強く押さえた。 紙
last updateLast Updated : 2026-10-15
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第160話 見落としていたものに負けた

 会議室を出た瞬間、陽斗は手にしていた資料を閉じた。 閉じた、というより、押し潰すように重ねた。 紙の端がわずかに折れる。 普段の陽斗なら、そういう乱れをすぐに直した。資料の角が揃っていないことも、机の上に置いたペンの向きがずれることも、気にする男だった。 けれど今は、折れた紙を見ても直す気になれなかった。 むしろ、その歪みを見ている方が少しだけ気が紛れた。 整っていないものが、自分の手元にある。 その事実が、今の胸の中と妙に合っていた。「……今回は、結和ケアの判断だ」 誰に向けた言葉なのか、自分でも分からなかった。 隣を歩いていた莉愛が、足を止める。 廊下の窓から入る光が、彼女の横顔を白く照らしていた。「そうね」「ノヴァリンクの提案が劣っていたわけじゃない。広域展開まで見れば、こちらの方が強い部分はいくらでもある」「それも事実よ」 莉愛の返事は静かだった。 静かすぎて、余計に陽斗の中の苛立ちを逆撫でした。「だったら」 声が少し低くなる。 自分で分かっていた。 今の言い方は、仕事の反省ではない。 負けを小さく見せようとしているだけだ。 それでも止められなかった。「だったら、負けたみたいな顔をする必要はないだろう」 莉愛はしばらく陽斗を見ていた。 その視線には、慰めも同意もなかった。「選ばれなかったのよ」 短い言葉だった。 陽斗の胸の奥に、鈍く刺さった。「分かっている」「分かっているようには見えないわ」「分かってる」 今度は、少し強かった。 廊下の先で、結和ケアの職員がこちらを見かけて足を緩めた。陽斗はすぐに表情を整えようとしたが、うまくいかなかった。 莉愛が一歩近づき、声を落とす。「
last updateLast Updated : 2026-10-16
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