週明けの朝、私はいつもより少し早く会社に着いた。 鞄の中には、休日に本屋で買った一人分の料理本が入っている。なぜ会社に持ってきたのかと聞かれたら、自分でも少し困る。朝、部屋を出る前にテーブルの上に置いてあるのを見て、なんとなく鞄へ入れてしまった。 休みの日に、自分で選んで買った本。 ただそれだけなのに、置いていくのが少し惜しかった。 その本の帯には、『まずは自分のために、ちゃんと食べる』と書かれていた。 その一文が目に入った時、私は少しだけ立ち止まってしまった。誰かの好みに合わせる料理ではなく、失敗しないための料理でもなく、まず自分が食べるための料理。 そんな当たり前のことを、私はずいぶん長く後回しにしていた気がする。 デスクに鞄を置き、パソコンを立ち上げる。結和ケアの正式導入協議はまだ本格的に始まっていないけれど、確認しておきたいことはいくつかあった。 それでも、今日は資料へ飛びつかない。 まずはメールを確認して、予定を見て、落ち着いて一つずつ進める。 そう思っていたところで、背後から声がした。「琴葉」「おはよう、朱音」「おはよう。で、その顔は何?」 いきなりだった。 私は思わず振り返る。「顔?」「うん。週明けの朝から、妙に穏やかな顔してる。仕事で勝った人の顔とはちょっと違うし、よく寝た人の顔とも違う」「顔だけで分類しないで」「じゃあ、心の距離感で分類する」「もっと困る」 朱音は自分のデスクに荷物を置きながら、こちらをじっと見る。 その目が、妙に鋭い。「水族館の人?」 私は一瞬だけ返事に詰まった。 本当に、一瞬だけ。 けれど朱音はそれを見逃さなかった。「はい、今ので八割確定」「何が」「水族館の人が関係してる」「……昨日、少し会っただけ」「少し
Last Updated : 2026-10-27 Read more