ノヴァリンクに戻ってからも、莉愛はすぐには自席を離れなかった。 比較検討会で使った資料を開く。『初期導入時に増える作業と、増やさない作業』 自分で前に出した一枚目だった。 強みを後ろへ回し、痛いところを先に見せた。現場に新しく増える作業も、増やさない作業も、隠さずに置いた。未確認の通知が残るケースも入れた。成功だけのデモにはしなかった。 悪い資料ではなかった。 少なくとも、莉愛はそう思っている。 けれど、選ばれなかった。 その事実だけが、どれほど資料を読み返しても動かない。 莉愛はマウスを握る手に、知らないうちに力を込めていた。指先が少し白くなる。画面の文字は整っているのに、自分の呼吸だけが乱れているようで、それがまた腹立たしかった。 悔しい。 認めたくない。 何より、自分がここまで悔しがっていることを、誰にも見られたくなかった。「小鳥遊さん、今日の資料、閉じますか?」 担当者の一人が控えめに尋ねた。 莉愛は画面から目を離さずに答える。「いいえ。残して」「修正版としてですか」「負けた資料として」 会議室の空気が、少しだけ固まった。 担当者が返答に迷う。 莉愛はそこでようやく顔を上げた。「言い方が悪かったわね。でも、消さないで。今回の提案は、採用されなかった。なら、どこまで届いて、どこから届かなかったのかを残す必要がある」「はい」「表紙も変えないで。後から見返した時に、何を一枚目にしたのか分からなくなると意味がないわ」 担当者は頷き、メモを取った。 莉愛はもう一度、資料へ視線を戻す。 悔しいだけではない。 腹立たしい。 情けない。 そして、認めたくないほど痛い。 鷹宮側は、完成したから選ばれたわけではなかった。 止まった場所が見えていたから選ばれた。
Last Updated : 2026-10-17 Read more