All Chapters of 冷酷なCEOが溺愛するのは「悪女」: Chapter 61 - Chapter 70

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第61話 父親の顔

「……院長?」受話器を置きながら、「まずい」と呟いた崇道に秘書は首を傾げた。篠原樹にこちらの情報を握られないよう、職員に箝口令を敷くと言っていたのに。後手に回ったのだろうか。「皆川隆盛が、職員に小春のことをいろいろ聞いて回っていた……」崇道は秘書を睨む。「なぜ気づかなかった!」「えっ!」崇道の言い掛かりに驚いている間に、手帳が飛んできた。避ける間もなく、秘書の額に手帳が当たる。ガツッと重い音がして、遅れて痛みがやってきた。「きゃあっ」入ってきた秘書が悲鳴をあげた。「何だっ!」「あ、あの……」秘書が遠慮がちに声を掛ける。「お、奥様がお見えです」彼女の言葉で、夏美との約束を思い出した。「……通してくれ」.数秒後、朝比奈夏美と千夏が院長室へ入ってきた。「あなた、今週の婦人会なのだけど……やだ、大丈夫?」夏美は崇道の顔色を見るなり不安そうに尋ねた。「何があったの?」「小春のことを、皆川隆盛が調べている」崇道の一言に、二人が顔を見合わせる。「それが?」「え……」不思議そうに首を傾げる夏美に崇道は驚いたが、すぐに理解した。崇道は、自分が朝比奈家の直系ではないことを自ら口にすることはない。古参の者は知っているし、若い者たちには敢えて言う必要はない。血筋で言えば直系は小春だが、小春よりも自分のほうが朝比奈家の当主に相応しいから。傍系といっても、先代当主の弟の血筋。幼い頃から神童と名高く、それに見合う経歴も積んできた。あの花乃よりも自分のほうが朝比奈家当主の座に相応しい。それなのに。「皆川隆盛は、小春とその子どもが朝比奈家と病院を継いでいくことを願っている」「はあ?」崇道の言葉に反応したのは千夏だった。「何でお姉ちゃんなの?」千夏の表情が歪む。「私が愛人の娘で、お姉ちゃんが正妻の娘だから? なんで? 同じ、お父さんの娘じゃない」崇道が反応に困っていると、夏美が宥めるように千夏の肩に手を置いた。「落ち着いて、千夏。あなたは、まだ小春は見つかっていないんでしょう?」「……見つかった」崇道は低い声で答えた。「小春は、篠原樹のもとにいる」「篠原……?」千夏が首を傾げる。「あの冷酷って恐れられている、あの篠原樹?」「そうだ」「どうして、そんな人のところに」崇道は苛立たしげに机を指で叩いた。
last updateLast Updated : 2026-08-28
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第62話 唯一の願い

「本人が帰って来たくなる状況を作ればいい」崇道の言葉に、院長室は静まり返った。「……あなた、本当に何をするつもりなの?」夏美が不安そうに尋ねる。彼女は崇道のことが分からなかった。なぜ皆川のことをそこまで気にするのか。そして、どうして皆川が気にするのが小春のことなのか。(親友だった先代院長の孫というなら千夏だって一緒なのに)夏美は横目で千夏を見た。美しく、そして賢い千夏は自慢の娘だった。(長女だからと言う理由で小春が優先されたのよ)次の院長となるのは、朝比奈家の婿となる門倉悠真。入り婿の立場で院長となる悠真を支えられるのは千夏しかいない。(あんな下働きしかできない子ではなくて)夫婦としてだけでなく、医者としても支えられる存在に千夏はなれる。夏美はそう信じている。幸いなことに、千夏自身も悠真を気に入った。小春と悠真は、婚約することになっていたものの政略的な事情であり、二人が恋人同士ですらなかったことは病院関係者の誰もが知っている。だから、略奪や不貞行為だと後ろ指さされたとしても、大したことはない。そう思っていたから、夏美は千夏と悠真が距離を縮めることを傍観していた。いや。(積極的に関わったかもしれないけれど、結果オーライじゃない?)千夏の妊娠は予想外だったが、妊娠を機に結婚する恋人同士は多い。何も問題はなかった――はずだった。.「小春が大切にしている花乃を利用する」崇道の声に夏美は現実に戻った。(……花乃、さん)崇道の先妻である花乃に対して、向ける感情は特にない。邪魔ではあった。愛とかが関わる、感情的なものではない。彼女がいる限り、朝比奈総合病院長夫人になれないから。だから夏美にとって花乃は、なんでもない人。(でも、この人にとっては違う)「あいつは昔から、母親の名誉だけは守ろうとしていた」崇道は机に置いていた手の指で机を叩く。その音は乱れて、耳障りだ。「だから、我侭に振る舞えと言えばそうした」「どれだけ理不尽なことを命じても耐えた」自分の過去の振る舞いを思い出したのだろう。崇道の歪む顔の中には、喜悦があった。小春を通して、花乃を傷つけているのだ。(……馬鹿馬鹿しい)死んでしまえば、それまでだ。自分に振り向かなかった女が、死んだ後に自分を見るわけがない。亡き妻に片思いする
last updateLast Updated : 2026-08-29
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第63話 罠の行方

翌日。朝比奈総合病院の院長室では、崇道が一枚の書類へ目を通していた。秘書が差し出したのは、病院が毎月発行している広報誌の校正だった。「院長の指示通り作成しましたが……」秘書は言いづらそうに口を開く。「この内容で本当によろしいのですか?」「問題はないだろう」崇道は淡々と答えた。「創立記念特集だ。院長の家族を紹介する企画、不自然などない」「ですが、この内容は……」そこには花乃や小春を直接悪く書く言葉はなかった。いまの院長夫人である夏美を「家族を常に支える理想的な妻」「娘を第一に考える素晴らしい母親」と褒め称えている。それだけなら良いが、「前の妻では無理だった」と、夏美と比べることで花乃を貶める。妻であることよりも、母親であることよりも、花乃が医者であることを選んでいたことは否めない。だが、この記事の中では自分の名声のためにそうしていたと書いてある。秘書の彼が知る限り、花乃は自分の名声など一切気にしていなかった。花乃は自分勝手で病院のことを考えなかったとあるが、確かに花乃は治療については強引で、必要なら躊躇なく資金を投じていた。そのせいで病院は経営難だったとあるが、そんな事実はない。支出が多いときは花乃はその分働いていたし、地域の医療にも積極的で赤字を出さないようにしていた。その事実を捻じ曲げ、夏美の献身と崇道の努力によって経営難だった病院は再建されたという虚偽の内容。読む者には先代の経営が悪かったという印象を与えかねない。「心配するな、本当に載せるわけではない」崇道は笑う。「これを、今までのように小春のメールに送れ」小春は常にスマートフォンで病院のメールを確認していた。小春から連絡はないが、事務局全体宛てのメールは見ている形跡があるという。「これを見ればどう思うか、分かるだろう」崇道は薄く笑う。「母親の名誉を守るためなら、あいつは必ずここに来る」「院長……」秘書は言葉を失った。◇◇◇その頃、篠原家では小春が書斎へハーブティーを運んでいた。「どうぞ」「ありがとう」樹はカップを受け取り、一口飲む。「今日はカモミールも入れてみました」小春が少し照れながら言う。「気持ちが落ち着く香りなので、お仕事の合間にいいかなと思って」「確かに落ち着く」樹は頷いたが、味については個性的としか言えなかった。そんな
last updateLast Updated : 2026-08-30
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第64話 動く

「これ以上、小春から何一つ奪わせない」樹の静かな言葉に、柳沢は深く頷いた。「朝比奈総合病院内のことです。皆川様に動いていただきますか?」「ああ」樹は迷いなく答えた。◇◇◇「急にお呼びして申し訳ない。体調はどうですか?」都内ホテルの最上階。そこにあるカフェで樹は隆盛と対面していた。「すこぶる元気ですよ。適度な運動が必要だと担当医に言われていますしね」隆盛が穏やかに微笑む。紅茶が運ばれ、一口含んだ隆盛は静かに切り出した。「小春は元気ですか」樹はその一言に、小さく目を細めた。「ええ。今朝も日課の散歩をしていました。信頼できる使用人がついているので心配しないでください」「そうですか」隆盛が安心したように頷く。「ボスとも仲良くしていて、最近は私の代わりに餌やりをしてくれています」「ほう。小春が犬好きとは知りませんでした」「いえ、ボスは鳥です」「……鳥」篠原樹のペットとして鳥は意外で、隆盛は軽く驚く。「ええ。私が小学生の頃からうちの庭に飛んでくる鳥で、信頼できる相手だと分かると手のひらに乗って甘えてきます」「鳥……手のひらサイズの……」「ええ、可愛らしいですよ」隆盛の中で篠原樹と言えば、巨大企業である篠原グループを動かす切れ者。まだ若いが商才豊かで、赤字の部門は容赦なく切り捨てる男。そんな彼がペットを飼っていてもおかしくない。だが、手のひらサイズの小さい鳥。しかも名前が「ボス」。「冷酷なCEO」と呼ばれる樹のイメージがかなり変わった。「あと最近は、図鑑を持って庭の花をキングと見て回っていますね」「キングとは、お宅の番犬ですか?」「いえ、猫です。まだ子猫なので、番をするのは先になりますね」成長したとしても、猫に庭を見回ることができるのだろうか。隆盛はそう思ったが黙っていることにした。.「母親も花が好きだったから、庭が好きだと言っていました」「確かに」隆盛は懐かしそうに笑った。「花乃も花が好きでした。庭へ出るたび、私に花の名前を教えてくれたものです」しばらく二人の間に穏やかな沈黙が流れる。「皆川さん」やがて樹が静かに切り出した。「本日は、その花乃さんのことでお話があります」「……崇道が、何かしたのですね」「はい」隆盛の表情が引き締まる。「まだ表立ってはいませんが、こちらを」樹は柳沢から
last updateLast Updated : 2026-09-01
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第65話 問題はあるか

朝比奈総合病院の院長室へ一本の電話が入った。秘書が電話に出る。『皆川だ』その重い声音に、秘書は思わず息を呑んだ。花乃の件で後ろめたい思いがあったことも、それに輪をかけた。だから。『これから向かう』それだけ言って切れた電話。秘書は何も言うこともできなかった。「どうした?」受話器を見ている秘書を不審に思い、崇道は声をかけた。秘書がびくっと体を震わせ、ゆっくりと崇道に振り返る。「院長、皆川様がお見えになるそうです」秘書の報告に、崇道は手にしていたペンを取り落としかけた。「……いつ」「今日……これから向かう、と」「今から、だと?」崇道の顔色が変わる。「応接室を用意しろ」「承知しました」秘書が部屋を出ると、崇道は机へ両肘をつき、小さく息を吐いた。反射的に出迎える準備をさせたが、問題はそこではない。問題は崇道の予定も尋ねず、今からこちらに来るということ。本来の皆川は礼を重んじる。だから、礼には礼を尽くす。しかし。(礼を尽くす価値のない相手と認識したら……)皆川が自分を『礼を尽くす価値のない相手』とみなしたのだとすれば、その理由には心当たりがある。崇道は机の上の封筒を見た。広報誌の校正。小春がいつ来ても話を進められるよう、机の上に置いておいたが。「か、隠さなくては……」崇道には分かっている。皆川にとって自分は、親友の娘だった花乃の婿でしかない。彼が大事にしているのは花乃。そして、今ではその娘である小春。封筒を持って立ち上がった瞬間、ふと気づいた。皆川がこれを知ったなら、どうやって知ったのか。(昨日の報告では、特に動きはなかったはず……)報告書に書かれているのは、いつもとあまり変わりはない。薬を服用した時間と、その薬の名前。散歩の時間。外出したなら、その時間と外出先。「外出先はホテル、友人に会いに行ったとあるが……会ったのは誰だ?」頭に篠原樹の顔が浮かんだ。嫌な予感しかしない。「篠原樹と会ったのか? ……いや、それは問題ではない」皆川が動いた。先触れのないことから、怒っているようだ。その事実だけで十分だった。◇◇◇応接室へ姿を現した皆川は、崇道の予想に反して穏やかな笑みを浮かべていた。「突然ですまんな」「いえ、とんでもございません」崇道は努めて笑顔で迎える。「お体の具合はい
last updateLast Updated : 2026-09-01
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第66話 小春の弱点

「計画を変える」崇道の低い声に、院長室の空気が重く沈んだ。花乃を使うことはもうできない。「しかし、皆川様は……」「分かっている」皆川隆盛は小春がいなくなったことを知っている。そして。(篠原樹に匿われていることも知っているのだろう……だが)皆川隆盛はまだ小春に会っていない。篠原樹が会わせないのか。それとも、小春自身が皆川隆盛に会うことを拒否しているのか。どちらか分からないが、崇道にとっては好都合だった。なぜなら、いないことは証明できない。あの実直な皆川隆盛は、「理由なく」で糾弾などしない。だから、まだ崇道に何も言えない。「今のうちに小春を連れ戻せば、なかったことにできる」崇道は迷いなく答えた。「何か策はあるのですか?」「小春には昔から変わらない弱点があるからな」崇道は椅子へ深く腰掛けた。「自分のことはどうなっても構わないと思う性格だ」「……」崇道の言葉に秘書は何も言えなかった。言っていることは事実である。目の前で他人が傷つくなら、自分が傷つくことを小春は選ぶだろう。だが、小春をそのようにしてしまった張本人が何を言っているのか。「誰かのためなら、自分を犠牲にすることを躊躇しない」「小春が誰かを助けたくなるような状況を作ればいい」ここで崇道は秘書が何も言わないことに気づいた。見ると、秘書が俯いている。それを直視することに耐えられないような態度に、崇道の眉間にしわが寄った。「おい」「あ……も、申し訳ありません」顔を上げ、慌てて頭を下げた秘書を崇道は睨んだ。だが、身体の震えも隠せていない気弱な様子に、こいつが裏切ることはないと力を抜いた。「あいつは他人のためなら必ず動く。そいつを探せ」◇◇◇その頃。篠原家では、小春がキッチンで峰や橘と夕食の下ごしらえをしていた。「毎日手伝っていただいてありがとうございます」「いえ、できることがあることは嬉しいので」小春は器用に野菜の皮をむく。「それに、樹さんに野菜を食べさせるミッションは楽しいです」樹が野菜をあまり食べないと聞いてから、小春は野菜をすりおろして色々な料理に使っている。樹が気づかず完食すると嬉しくて。「今日もやったって思えて、それがまたやり甲斐になります」「そうですね」実は樹は野菜がそこかしこに使われていることに気づいている。それより
last updateLast Updated : 2026-09-02
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第67話 少しずつ

「皆川様の件で計画を変えたようです」「狙いは」樹は言葉を切った。どんな手段を取ったとしても、最終的な狙いは小春だ。そして小春を狙うなら。「狙いは誰だ」「まだ判明しておりません。ただ、病院関係者が小春様の過去を調べ直し始めています」樹は静かに考え込む。「事故や病院時代も含めて調べているようです」「……そういうことか」樹は小さく息を吐いた。そして、樹は窓の外へ視線を向ける。視界に映るのは外の庭だが、思うのは厨房にいる小春。橘や峰たちと楽しそうに笑う小春。「小春の優しさを利用させない」誰かを思う優しさを利用されたら。小春は誰かに優しくすることを怖く思うかもしれない。そして、その結果誰かが傷つけば、小春はもっと傷つく。そんなことはさせない。崇道がどんな罠を用意しようと、小春も、その優しさも、すべて守り抜く。その静かな決意だけが、書斎の空気を張り詰めさせていた。◇◇◇朝比奈総合病院の院長室で、秘書を前に崇道は静かに口を開いた。「院内に、内通者がいるのではないか?」「院長?」秘書が戸惑ったような声を上げる。「それは、皆川様の……」「そちらも気にはなるが、俺が気にしているのは篠原樹だ」崇道は指でとんとんと机を叩いた。「この部屋の外で小春の名前は出さないようしろ。今は、向こうに動きを読まれたくない」「わかりました」「職員全員、最近退職した職員も含めて動きを調べろ」無理だ。秘書はすぐにそう思ったが、その言葉は飲み込んだ。彼の上司である朝比奈崇道はそれを聞き入れることはない。どうせ「やれ」と言われるだけだ。「私に不利益な話を外へ漏らしている者がいないか、一人残らず確認しろ」「……承知しました」
last updateLast Updated : 2026-09-04
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第68話 小春先生

崇道はイライラしながら病院内を歩いていた。小春を呼び出せるもの、弱みとなる人物を探す。我ながら良い案だと思ったが思うように進まない。(すぐに見つかると思ったのに)秘書を急かしているが、「まだ見つからない」と言うばかり。(くそっ! このままでは皆川に介入させる理由を作ってしまう)「また小春さんに会いたいって電話?」小春。崇道は足を止め、その声が聞こえたナースステーションのほうに向かった。「事故でご家族を亡くした人だっけ?」「ううん。今回は娘さんが入院しているお母さん。小春さんが退職したことと、代わりに心理ケアの担当者を紹介するって言ったんだけど」「ダメだって?」「うん、小春さんがいいって……小春さんをすごく信頼していたみたい」隠れて聞いていた崇道は小さく笑う。(見つけたぞ……すぐに見つかるじゃないか)秘書の無能さに一通り文句を言ったあと、崇道はナースステーションに入った。「い、院長っ!」「私のことは気にせず仕事を続けてくれ」崇道の言葉に数人は仕事に戻るためナースステーションを出ていったが、残った者たちは崇道の意図を伺っていた。「先ほど、小春の名前が聞こえたが?」「……あ」看護師たちは崇道の小春への扱いを知っている。体を壊して病院の仕事を続けられないと聞いているが、それが嘘だと薄々気づいている。「娘が入院している母親とは誰のことだ?」二人の看護師が体を震わせた。崇道はそれを見逃さない。「患者対応に関わることなら、院長として把握しておく必要がある」二人に詰め寄る。「誰だか教えてほしい」「それは……」崇道の表情から温かみが抜ける。彼女たちの顔が青くなった。そして一人が口を開いた。「それは――」◇◇◇一方、篠原グループ系
last updateLast Updated : 2026-09-04
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第69話 話を聞く

樹が朝比奈総合病院の看護師長と話している頃、篠原家では使用人たちがいつもより慌ただしく廊下を行き来していた。「何かあったんですか?」小春が橘へ尋ねると、橘は少し困ったように笑った。「新しく来た使用人が失敗をしてしまいまして」「そうですか。もし迷惑でなければ、私もお手伝いを……」「それは大丈夫です」橘は少し悩んだあと、口を開く。「最初は大した失敗ではなかったのです。誰でもやることで、私たちもそう言ったのですが」何があったのか、小春には想像がついた。――大した失敗ではない。――誰でもやる失敗。橘の言っていることは確かなのだろう。だが、失敗の受け止め方は人によって異なる。「はい。かなり落ち込んでしまっているようで……そのあとも失敗を続けてしまったので……」「上手に切り替えができていないのですね」小春の頭に、樹から言われた言葉が浮かんだ。――お前にしか見えないものがあるんだ。(私にしか見えないもの……それが何かは分からないけれど……)いつもより慌ただしい邸内。幾人もの使用人が指示を受けに橘のところにやってくる。(橘さんも忙しそうだし……)「あの……」.「いましたね」橘が数人の使用人から話を聞いて、小春を連れて向かった場所。母屋から離れたところにある倉庫の前。小春に見覚えのない女性使用人が倉庫の扉の前で俯き、小さく肩を震わせていた。「ありがとうございます。少し、お話ししてきます」橘は穏やかに頷いた。「ええ、よろしくお願いします。小春様で無理なら、次は私が喝を入れるので」橘が言っていることは事実だが、小春は自
last updateLast Updated : 2026-09-05
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第70話 大きな前進

翌朝。小春が庭へ出ると、昨日涙を流していた新人の使用人が明るい表情で掃除をしている姿を見つけた。彼女も小春に気づいた。「おはようございます、朝比奈様」「おはようございます」以前よりずっと柔らかな笑顔だった。「昨日はありがとうございました」「お役に立てて良かったです」自然とその言葉が出た。(私……)今までの小春なら、自分は何もしていないと言っていた。でも、役に立てたと自分で言った。言ってしまった今になって、図々しかったとか思ってしまっているけれど。「朝比奈様とお話ししたあと、不思議と気持ちが楽になったんです」それは真実のようで。昨日は気を張っていた彼女は、いまリラックスしているようだった。「夜も一度失敗してしまいましたが……今度はミスしないぞって、また頑張ろうって思えました」「すごいですね」「すごいのは朝比奈様です。朝比奈様とお話しできなかったら、頑張ろうとか思えず、また迷惑かけたくないからってこのバイトを辞めていたと思います」「それは勿体ないです」「そうですよね。こんな色々な建築様式を見られるお屋敷なんてそうそうありません。この庭にもいろいろな技法が使われています。もう、すごく目の保養です」使用人は嬉しそうに微笑んだ。そして深く頭を下げると、軽やかな足取りで仕事へ戻っていく。その後ろ姿を見送りながら、小春は不思議そうに呟いた。「どうしてなんだろう……」ただ話を聞いて、思ったことを口にしただけ。それなのに、どうしてか「ありがとう」を素直に受け取れた。役に立てたと思っている。.「小春様」庭師の新井の声がした。「どうなさいましたか? 何か考え事ですか?」「少しだけ」
last updateLast Updated : 2026-09-05
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