「……院長?」受話器を置きながら、「まずい」と呟いた崇道に秘書は首を傾げた。篠原樹にこちらの情報を握られないよう、職員に箝口令を敷くと言っていたのに。後手に回ったのだろうか。「皆川隆盛が、職員に小春のことをいろいろ聞いて回っていた……」崇道は秘書を睨む。「なぜ気づかなかった!」「えっ!」崇道の言い掛かりに驚いている間に、手帳が飛んできた。避ける間もなく、秘書の額に手帳が当たる。ガツッと重い音がして、遅れて痛みがやってきた。「きゃあっ」入ってきた秘書が悲鳴をあげた。「何だっ!」「あ、あの……」秘書が遠慮がちに声を掛ける。「お、奥様がお見えです」彼女の言葉で、夏美との約束を思い出した。「……通してくれ」.数秒後、朝比奈夏美と千夏が院長室へ入ってきた。「あなた、今週の婦人会なのだけど……やだ、大丈夫?」夏美は崇道の顔色を見るなり不安そうに尋ねた。「何があったの?」「小春のことを、皆川隆盛が調べている」崇道の一言に、二人が顔を見合わせる。「それが?」「え……」不思議そうに首を傾げる夏美に崇道は驚いたが、すぐに理解した。崇道は、自分が朝比奈家の直系ではないことを自ら口にすることはない。古参の者は知っているし、若い者たちには敢えて言う必要はない。血筋で言えば直系は小春だが、小春よりも自分のほうが朝比奈家の当主に相応しいから。傍系といっても、先代当主の弟の血筋。幼い頃から神童と名高く、それに見合う経歴も積んできた。あの花乃よりも自分のほうが朝比奈家当主の座に相応しい。それなのに。「皆川隆盛は、小春とその子どもが朝比奈家と病院を継いでいくことを願っている」「はあ?」崇道の言葉に反応したのは千夏だった。「何でお姉ちゃんなの?」千夏の表情が歪む。「私が愛人の娘で、お姉ちゃんが正妻の娘だから? なんで? 同じ、お父さんの娘じゃない」崇道が反応に困っていると、夏美が宥めるように千夏の肩に手を置いた。「落ち着いて、千夏。あなたは、まだ小春は見つかっていないんでしょう?」「……見つかった」崇道は低い声で答えた。「小春は、篠原樹のもとにいる」「篠原……?」千夏が首を傾げる。「あの冷酷って恐れられている、あの篠原樹?」「そうだ」「どうして、そんな人のところに」崇道は苛立たしげに机を指で叩いた。
Last Updated : 2026-08-28 Read more