朝比奈総合病院では一人の女性が院長室へ呼ばれていた。女性は三十代半ば。彼女の幼い娘は心臓が弱く、朝比奈総合病院に入院している。幼い娘は母親に傍にいて欲しがり、彼女は仕事をしながら毎日病院に足を運んでいる。毎日、気づけば眠る時間になっているほど、彼女は忙しかった。大変だ。苦しい。でも、娘のほうが病気で大変な思いをしている。自分がつらいなんて言ってはいけない。そんな思いに心を日々削られていたある日、彼女は無意識に「疲れた」と呟いた。そこで声をかけてきたのが小春だった。――お疲れ様です。そう言って渡された甘いミルクティーの缶を、彼女はリビングの棚の上に置いた。疲れた、大変、苦しい、つらい。彼女は毎日その缶に向かって呟いていた。そして缶に呟くことに虚しさを感じる頃になると、いつも小春に声をかけられた。――お疲れ様です。またそう言って、またミルクティーの缶を渡される。新しい缶をもらうたび、家の棚に置いていた缶と入れ替えた。ネガティブな感情が詰まった缶を捨てるとき、彼女の気持ちはスッキリしていた。彼女は小春に救われていた。その小春に最近会えない。どうしたのかと病院に問い合わせても、個人の事情だからと教えてもらえない。小春に会いたい。そう思って病院内をフラフラと歩いているとき、男に声をかけられた。男は、朝比奈病院長の秘書だと名乗った。◇◇◇「お掛けください」崇道は柔らかな笑みを浮かべた。「今日はもう娘さんとお会いしましたか?」「は、はい。先生たちのおかげで発作を起こすこともなく……」女は緊張しながら答える。「それは何よりです」しばらく娘の入院状況について話したあと、崇道は何気ない口調で切り出した。「そういえば、以
Last Updated : 2026-09-06 Read more