All Chapters of 冷酷なCEOが溺愛するのは「悪女」: Chapter 71 - Chapter 80

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第71話 一線を越える

朝比奈総合病院では一人の女性が院長室へ呼ばれていた。女性は三十代半ば。彼女の幼い娘は心臓が弱く、朝比奈総合病院に入院している。幼い娘は母親に傍にいて欲しがり、彼女は仕事をしながら毎日病院に足を運んでいる。毎日、気づけば眠る時間になっているほど、彼女は忙しかった。大変だ。苦しい。でも、娘のほうが病気で大変な思いをしている。自分がつらいなんて言ってはいけない。そんな思いに心を日々削られていたある日、彼女は無意識に「疲れた」と呟いた。そこで声をかけてきたのが小春だった。――お疲れ様です。そう言って渡された甘いミルクティーの缶を、彼女はリビングの棚の上に置いた。疲れた、大変、苦しい、つらい。彼女は毎日その缶に向かって呟いていた。そして缶に呟くことに虚しさを感じる頃になると、いつも小春に声をかけられた。――お疲れ様です。またそう言って、またミルクティーの缶を渡される。新しい缶をもらうたび、家の棚に置いていた缶と入れ替えた。ネガティブな感情が詰まった缶を捨てるとき、彼女の気持ちはスッキリしていた。彼女は小春に救われていた。その小春に最近会えない。どうしたのかと病院に問い合わせても、個人の事情だからと教えてもらえない。小春に会いたい。そう思って病院内をフラフラと歩いているとき、男に声をかけられた。男は、朝比奈病院長の秘書だと名乗った。◇◇◇「お掛けください」崇道は柔らかな笑みを浮かべた。「今日はもう娘さんとお会いしましたか?」「は、はい。先生たちのおかげで発作を起こすこともなく……」女は緊張しながら答える。「それは何よりです」しばらく娘の入院状況について話したあと、崇道は何気ない口調で切り出した。「そういえば、以
last updateLast Updated : 2026-09-06
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第72話 都合のいい奇跡

院長室を出た女性は、しばらく廊下を歩いたあと足を止めた。「本当に……これでいいのかな」胸の奥がざわつく。小春が自分にとって大事な人であることは確かだ。出来ることなら、小春に病院に戻ってきてほしいと思う。(でも、それは私の望みであって……)小春が寄り添っていたのは自分だけではない。病院に来るたび、動き回る小春が目に入った。小児病棟では、あちこちにいる小春を子どもたちが魔法使いだと言っていた。小春先生は瞬間移動ができるんだ、と。そのくらい小春は動き回っていた。話を聞いていた。患者や患者の家族だけではない。病院スタッフとも話している姿をよく見かけた。病院のために奔走していた小春が、父親と喧嘩した程度でいなくなったりするだろうか。いなくなったのには、理由があるのではないか。(そもそも……)どうして自分なのだろう。小春と特別に仲が良かったわけではない。二、三週間に一度、ロビーで少し話すだけ。家族の問題に顔を突っ込めるほどの仲ではない。(利用、されている?)先ほど見かけた朝比奈院長を思い出す。緊張して直視はできなかった。でも、その手だけはよく見えた。一目で高級だと分かる時計。ペンだこもないキレイな手。子どもがつけるような、玩具のような腕時計をつけていた小春。右手の中指にはペンだこがあって、手のあちこちにインクがついていた。働いている人の手。娘の担当医の先生も、小春と同じような手をしていた。娘に手術を受けさせたいと担当医に相談したとき、子どもの心臓の手術ができる医者が少ないこと。自分も探す。その間は娘にも頑張ってほしいと、担当医は言っていた。体力をつける。
last updateLast Updated : 2026-09-06
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第73話

女性は娘の病室で小さな手を優しく握っていた。「ママ、どうしたの?」不思議そうに首を傾げる娘に、女性は微笑む。その笑みは弱弱しい。「小春先生って覚えてる?」「うん!」娘は嬉しそうに頷いた。「お花のお姫様のお話しをしてくれた先生だよね」女性は思わず笑った。「そうね。いつもお花のお話をしてくれたものね」「うん。小春先生大好き」娘は無邪気に笑う。その笑顔に、女性の胸が締めつけられる。小春がやってくれたことは、病気の診察でも治療でもない。ただ疲れている自分の話を聞いてくれた。娘を気にかけてくれていた人。――お母さんが笑うだけで、娘さんは安心するんですよ。夫を亡くした自分の大変さを、言葉にしなくても娘は分かっている。だから、娘は何が欲しいとは言わないだろう。そういう優しい子に、ありがたく甘えてもいいのだと。その代わり、その優しさに笑顔で答えるべきだ、と。あの日掛けられた言葉に、何度救われたか分からない。(小春先生……)ベッドにいる娘を見ると、やはり院長の話を信じたくなる。でも、これまでの小春とのやり取りが胸の奥に違和感を残す。「ママ?」娘が心配そうに顔を覗き込む。女性は優しく笑い、娘の頭を撫でる。「小春先生にまた会いたいなって」「ママもなんだ」娘が笑う。「“も”?」「この病院にいるお友だちと、最近小春先生を見ないねって、会いたいねって話をしたの」そうしたらね、と娘が続ける。「お医者さんや看護師さんにもそう言っている人がいるっていう話になって」「まあ」「エナジードリンクが売り切れのときの『あー』って気持ちなんだって」娘が聞いたたとえ話に女性は苦笑する。何となく分かる気がしたからだ。あるときは特に何も考えない。ないことに気づいたとき、どうしても欲しくなる。「小春先生にまた会いたいね」娘の笑顔を見ながら、女性は静かに決意する。小春に会いに行こう。そして、今度は自分が小春の話を聞くのだ。院長の言葉ではなく、小春の言葉を。その小さな決意が、やがて崇道の思惑を大きく狂わせることになる。◇◇◇朝比奈総合病院では、崇道が秘書から報告を受けていた。「例の女性ですが、小春様に会うため篠原家に行っているようです」秘書の報告に崇道は満足そうに頷く。「会えたのか?」「……いえ、まだ……」「篠原樹の
last updateLast Updated : 2026-09-07
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第74話

「小春様、このあと何かご予定はありますか?」橘の質問に小春は首を横に振った。「よろしければ、私と一緒に和菓子屋さんに行きませんか?」「和菓子、ですか?」「樹様がおやつに『あんみつ』を食べたいと仰りまして」「あ、あんみつ?」「ええ。あと豆大福と、酒まんじゅうと、ヨモギ餅と、あと季節的におはぎがあれば嬉しいと仰っておりましたわ」「たくさん食べるのですね」驚く小春に、「男の子ですから」と橘は笑う。男の子。樹がそう表現されたことと、事もなげに橘がそう表現したことに小春はさらに驚いた。「少し離れているので車で行くことになりますが、そこは樹様のお気に入りのお店なんですよ」「そうなんですね」樹のお気に入りと聞いて、小春は俄然行きたくなった。「季節の上生菓子もきれいで、見て選ぶのも楽しいので是非」「はい。一緒に行かせてください」小春の言葉に橘は笑い、「さあ」と手を叩いた。「それでは、お着替えしましょう」「……え?」驚く小春の後ろに、橘の合図を待っていた女性の使用人たちがズラリと並ぶ。「小春様のお出かけスタイルなのですが」「え、お出かけ……?」「はい」橘が当然のように頷く。「和菓子を買いに行くだけですよね?」「だからこそです」何が『だからこそ』なのか分からない。小春が戸惑っている間にも、女性使用人たちは次々と手にしていたものを見せ始めた。ブラウスとロングスカートのセット。ワンピース。肌寒いときに備えた薄手のカーディガン。帽子まである。「こんなに……」「コンセプトは、和菓子を買いに行こう、です」「そのままですね」「『初めての買い物にいく若奥様』にしましょうか?」「わ、若奥様!?」「あ、間違えました。若奥様“風”です」「……そのままでいいです」残念と橘は笑ったあと、淡い水色のブラウスを手に取った。それを見ても、小春が感じるのは気後れ。あんな素敵な服を自分が着てもいいのか。そんな小春に橘は笑う。「着たい服を選んでほしいと言われても困ってしまいますよね」小春は首を縦に振る。着たい服。母親の死後、そんなことを考えたことはなかった。与えられた役柄に合わせた服を着るだけ。「だからテーマを考えるのです。老舗の和菓子屋さん、有名な茶道家が茶会で使うお菓子を頼んだりする店です。そこに……夜の街で遊ぶギャルのよ
last updateLast Updated : 2026-09-09
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第75話

「それでは行きましょうか」そう言う橘と共に篠原家の車に乗り込んだが、門を出てしばらくしたところで、車は突然速度を落とした。「どうかしましたか?」橘が尋ねると、運転手は路肩に車を停めた。「申し訳ありません。ブレーキを踏んだときに、少し異音がしました」「ブレーキ……」「はい。効きに問題はないようですが、念のためこの車で出かけるのはやめたほうがいいかと」「それがいいですね」橘はすぐに頷いた。その場で運転手は屋敷へ連絡を入れ、別の車を回してもらうことになった。「新しい車が来るまで少しかかるそうです。安全のため、車外で待ちましょう」「分かりました」小春と橘は車を降りた。屋敷の門からそれほど離れていない。小春は目の前の車をじっと見る。「大したことがなければいいですね」「そうですね」頷く橘の隣で、降りてきた運転手が申し訳なさそうな顔をしていた。「お気になさらないでください」「しかし」「小さな異常を見逃さないのも大切なことですから」小春の言葉に運転手が頷いた、そのときだった。「――小春先生」聞き覚えのある呼び方に、小春は驚いて振り返った。ここで、その名前を呼ばれるとは思っていなかった。反射的に小春の身体が強張る。『小春先生』と呼ぶのは、朝比奈総合病院の関係者しかいない。「小春先生……ですよね?」ゆっくりと、声のしたほうを見ると、三十代半ばほどの女性が立っていた。女性の顔を見て、小春はすぐに思い出した。「……あなたは」小児病棟に入院している女の子の母親。何度かロビーで話をしたことがある。いつも疲れた顔をしていた。病院に家族が入院している人は、そういう表情をよくし
last updateLast Updated : 2026-09-10
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第76話

「ここに私がいることは、お父様から聞いたのですね」「はい」小春は彼女をじっと観察する。彼女はここにいるのだから、自分を朝比奈家に連れ戻すという父の意に沿って動いてはいる。でも、その表情は揺らいでいる。自分のやっていることが正しいのかどうかの判断を求めている。「どうして私がここにいるのかは、お父様は説明しましたか?」「親子喧嘩をしてしまったと……それで、小春先生は家を出ていってしまったと……」「……そうですか」小春は自分でも驚くほど穏やかに答えた。胸が痛まない。悲しくもない。どうしてそんな嘘をつくのかと、父親に失望することすらなかった。(私……)以前なら違った。以前なら、父親に嘘をつかれたことに傷ついたはずだ。でもそれは、父親に期待していたからだ。父親なのだから、いつかは自分を娘として大事にしてくれるのではないか。自分を認めてくれるのではないか。そんな期待が残っていたから、傷ついていた。でも、もう何も感じない。(もう、期待していないんだ)そう気づくと、小春は笑った。悲しいことのはずなのに、身体が軽くなった気がした。「家を出ていったことは本当です」「……では」「でも、それは家を追い出されたからです」「……え?」女性が目を見開いた。「妹の千夏が、私の婚約者だった門倉先生と結婚することになったんです」「ええ?」驚く女性に、思わず小春は首を傾げた。「ご存知なかったのですか?」「すみません……」「いえ、気にしないでください」淡々と本心が口から出る。「婚約者だったと言っても、政略的なものです。何か関係があったわけではないからか、裏切られたという感じもあまりないんです」小春の言葉に女性は不思議そ
last updateLast Updated : 2026-09-11
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第77話

「ごめんなさい」女性が突然頭を下げた。体を小さくするその姿に小春は申し訳なくなる。彼女を、自分と父親の問題に巻き込んでしまったから。「頭を上げてください」「でも……」「何か、理由があったのは分かっています」女性の肩が大きく揺れた。この人は悪意でここに来たわけではない。だが、この反応からして、協力したことで彼女は何かしらを得ようとしていたようだ。「お父様に、何を言われたのですか?」女性は顔を上げた。迷っている。口にしてしまえば、自分が何のためにここまで来たのか認めなければならないからだろう。「……娘を」やがて女性は掠れた声を出した。「海外で心臓病を専門にしている名医を、娘のために呼んでくださると……小春先生を朝比奈家へ戻すことができたら、手配してくださるって……」橘の表情が消えた。運転手も僅かに眉を寄せる。小春だけが、しばらく何も言わなかった。「だから……もしかしたら娘が良くなるかもしれないって……そう思ったら……」女性の目から涙が落ちた。「ごめんなさい。小春先生にも理由があるんだって分かっていたのに……でも、娘が……」女性は首を横に振る。「違います。私も、そちらのほうが嬉しいから」「え?」女性が悲しげに笑う。「小春先生が病院に戻ってくれれば、また話ができるって……だから、これは私のわがままで……娘のことも…」「分かりました」小春は静かに言った。そして、優しく笑う。「ありがとうございます」「……え?」突然の小春の礼に、彼女は驚いた声を出す。「病院に戻ってきてほしいと、そう言われる程度には役に立ててたんだなぁって……」「そんな……」「娘さんのことは……私が同じ立場でも、迷って、きっとこうした思います」女性が首を横に振る。「大切な人が助かるかもしれないと言われたら、何でもしたくなると思います」小春には、その気持ちが分かった。自分のことなら我慢できる。けれど、大切な母親のことなら冷静ではいられない。「だから、あなたが悪いとは思いません」女性は唇を震わせた。「でも……私……」「一つだけ、確認してもいいですか?」小春の声が少し変わった。女性が頷く。「お父様は、娘さんのために呼ぶ先生の名前を出しましたか? 娘さんの担当医を交えての話は?」女性は戸惑った。「小春先生を説得できたら、
last updateLast Updated : 2026-09-12
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第78話

翌日。朝比奈総合病院の院長室を、女性は一人で訪れた。「お時間をいただきありがとうございます」朝比奈崇道は穏やかな笑みを浮かべる。「どうでしたか。小春には会えましたか」「はい」女性は小さく頷いた。「お話もできました」「それはよかった」崇道は安心したように微笑む。「親子の仲を取り持っていただきありがとうございます。それで、小春はいつ戻ると?」女性は少しだけ目を伏せたあと、静かに首を横へ振った。「申し訳ありません。小春先生はこちらに戻ることはない、と……」崇道の表情が変わる。その目は鋭くこちらを睨んでおり、女性は震えそうになる手をしっかり握る。「お嬢さんの治療は、どうするつもりですか?」それを言われると分かっていた。でも、実際に言われてみると自分の中の弱い部分が揺らぐ。(でも……)「娘の治療は、いま担当してくださっている先生がいます」「……」「先生とお話ししました……院長先生が“招致できるかもしれない名医”の話も含めて」「……は?」――まず担当医の先生に話してみてください。小春に言われた通り、昨日あのあと病院にきて、担当の先生と話した。娘の治療について、朝比奈院長からの話も含めて。担当医の先生は、国内外に伝手のある朝比奈院長ならば呼べるだろうと言った。だが、それには多額の費用も掛かるという現実的な話になった。その多額の費用を含めての取り引きだったのだと分かった。病気の子どもを救うため、クラウドファンディングを起ち上げたりすることはできる。だがそういう活動は数が多く、珍しいわけでもない娘の症例への援助は少ないだろう。担当医の話に女性が肩を落としたとき、一人の男性が話に入ってきた。医者と患者家族のプライベートな話し合いに入ってきたことを担当医は諫めようとしたが、入って
last updateLast Updated : 2026-09-13
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第79話

院長室で、崇道は報告書を机へ叩きつけた。「篠原樹、余計なことをしたな!」「……あなた?」前触れなく、夏美が院長室へ入ってきた。「何の用だ!」夫の大きな声に夏美はその場で足を止めたが、崇道の姿を観察する目は冷静だった。すぐに何か夫の気に入らないことがあったのだと分かる。それが小春関連でもあることも。「皆川様を誤魔化すのはもう無理なのではないかしら?」「無理ではない」崇道は低く言い放った。「小春さえ戻れば、それで済む話だ」「でも、どうやって?」頑なな崇道に夏美はため息を吐く。「どうしてそんなにあの子に拘るの? 千夏もあなたの娘じゃない」「それは……」そのとき、ノックもせず千夏が部屋へ入ってきた。「お父様、用事があるって……お母様?」崇道は千夏を見る。「お前に頼みたいことがあるんだ」「頼み?」千夏は楽しそうに笑う。父親からの頼みはいつも、素敵なご褒美をもらえるから好きだった。「小春に会ってきてほしい」「お姉ちゃんに?」意外そうに目を丸くしたあと、すぐに口元を歪めた。「嫌よ。出てってくれて清々しているのに」千夏は即答した。「辛気臭い顔なんか見たくもないもの」「千夏」崇道は静かに続ける。「一人で行けとは言っていない」千夏は腕を組み、父親、母親、そして部屋の片隅にいる秘書を見る。誰も適任には見えない。だが、崇道は意味ありげに笑う。「門倉先生を連れていけ」「悠真さん?」千夏は首を傾げる。「そうだ」崇道は頷く。「……嫌なんだけど」「なんだ、喧嘩でもしているのか?」千夏がぷんっと顔を背ける。「だって、壮行会でしたこと、お姉ちゃんに謝ろうとか言うんだもん」「謝る……」崇道はしばし考える。「ちょうどいいじゃないか」「お父様?」「別によりを戻させろと言っているわけではない」「当たり前でしょう」千夏は庇うように自分のお腹に手を当てる。「ただ、お前が小春から婚約者を奪ったことは確かだ」「私のほうが良いって言ったもん」「それはそうだ。しかし、門倉家への礼儀もある」「門倉家へって……もしかして、私たちの本当の婚約パーティーにお姉ちゃんを呼ぶの?」千夏が目を釣り上げる。「お姉ちゃんなんて来なくていい、出てったお姉ちゃんを呼ぶ必要なんてないって言ったのはお父様じゃない」「事情が変わったんだ
last updateLast Updated : 2026-09-14
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第80話 考える

翌日。都内ホテルのラウンジで、千夏は門倉悠真と向かい合っていた。悠真の傍には大きなスーツケース。「帰国早々、呼び出してごめんね」千夏が笑顔で言うと、悠真はコーヒーカップを手にしたまま尋ねる。「本当に小春さんに会うのか?」「そうよ」千夏は楽しそうに頷く。そんな千夏を悠真はじっと見る。「お父様が謝りにいけって……」どこか納得していない顔で、千夏は悠真を見る。「悠真さんだって、謝るべきだって言ってたじゃない」「当然だろう。友人たちが開いてくれた壮行会で酔っ払ってあんな馬鹿げたことを……」「馬鹿げたって……結婚しようって言ったことも馬鹿げたことなの?」「それは違う。結婚しようと言ったのは俺の本心だ。だが、俺は小春さんと婚約していた。その状態のまま千夏と関係を持ったのは……良くなかった」そう言ったあと、悠真は大きくため息をついた。自分が酒に弱いことは自覚している。そして酒に酔うと気が大きくなり、それで何度もトラブルを起こしている。だから、悠真は基本的に酒は飲まない。飲んだとしても、乾杯の一杯。それさえも出来るならば残している。だから、壮行会のことは後悔している。病院関係者だけの予定が、千夏が「せっかくだから」と大学のサークル仲間まで招いた。彼らに悪意があったわけではないが、昔から悪ノリしやすく、ウーロン茶を飲んでいたはずなのに、いつの間にか酒を飲まされていた。。こういうことは初めてではない。学生時代はよくあった。だが、大学を卒業してからはない。医療に携わる者として、酒ぐせの悪さは自覚していたから気をつけていた。それなのに。「あんなドラマのような断罪劇なんてして……自分で自分が恥ずかしいよ」「でも、お姉ちゃんは私を昔から虐めてたんだよ」「そうだとしても、それは俺たちが不義をしていい理由にはならないだろう」壮行会の醜態は、参加していた友人たちのSNSであとから知った。彼らはドラマのようだと賞賛していた。コメントにも賞賛はあったが、中には「婚約者の妹と浮気していた最低男」と悠真を罵るものもあった。「小春さんは、あの壮行会のあとに家を出ていってしまったんだろう?」「そうよ」不思議そうに首を傾げる千夏を悠真はじっと見た。「だから、謝る必要はないと言ったのは千夏だよな?」「それは……」「それなのに、今度は会
last updateLast Updated : 2026-09-15
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