All Chapters of 妻を3年単身赴任させた夫。離婚宣告で執着?: Chapter 131 - Chapter 140

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第131話

その後の手続きは滞りなく進み、1週間もたたないうちに正式な選定結果が発表された。安藤グループは、予定どおりサプライヤーに選ばれた。その日のうちに宗介は盛大な祝宴を用意し、聡たちを招いて、涼香の成功を祝うことにした。会場は、深津市でも指折りの高級会員制料亭、江月庵。利用客の多くは、財界関係者や富裕層だった。個室では涼香が上座に座り、笑顔で皆からの祝福を受けていた。最初に口を開いたのは悠人だった。プロジェクトが何なのかもよく分かっていなかったが、大人たちの真似をするように褒め言葉を並べた。「涼香さん、おめでとう!きれいだし、仕事もできるし、世界で一番すごいね!」そう言って、笑いながら涼香に抱きついた。人前では、いつも「涼香さん」と呼ぶことになっていた。家では「ママ」で構わないが、外ではそう呼ぶようにと、涼香から言い聞かされているのだ。涼香は悠人を抱き締め、頬にキスをした。「悠人は本当にいい子ね。でも今回のプロジェクトは、パパにもたくさん助けてもらったのよ。パパがいなかったら、うまくいかなかったかもしれないわ。ほら、パパにもお礼を言って」悠人は今度は宗介へ向き直り、愛嬌たっぷりに言った。「パパ、ありがとう!僕も大きくなったらパパみたいになって、一緒に涼香さんを守る!」人を喜ばせる言葉をよく心得ている。ほんの数言で、大人たちはすっかり笑顔になった。なかでも聡は大喜びで悠人を抱き上げ、何度もくるくると回した。「俺も期待してるぞ。大きくなったら、ちゃんと責任感のある男になって、パパと一緒に涼香を守るんだぞ」悠人を下ろすと、自然と話題は今回のプロジェクトへ移った。涼香から事前に聞かされていたため、明和バイオに新しい副社長が来たことは皆知っていた。真っ先に聡が鼻で笑った。「どれだけ筋の通った人間かと思ったら、結局、宗介の名前を聞いてひるんだだけか。こういう、実力もないくせに立場だけで偉そうにしてる奴が一番面倒なんだよ。最初から遠慮せず、宗介の名前を出しておけば早かったんじゃないか?」涼香は少し驚いたような顔をした。「そこまでじゃないと思うけど……私たちが考えすぎてるだけかもしれないし、向こうは普通に手順どおり判断しただけかもしれないでしょう?」いつもそうだった。疑いの種をまい
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第132話

以前なら、空気が微妙になるたびに若葉を笑いものにしていた。名前を出せば誰かがすぐに乗ってきて、いつの間にか皆で彼女をからかう流れになる。今回も同じつもりだった。「そういえば、若葉って今どこにいるんだ?安藤グループまで辞めて、仕事もなくて家で泣いてたりしてな」聡はそう言って笑い、皆がどう反応するか待った。以前なら、この話を振れば誰かがすぐに乗ってきた。ところが今日は、どこか様子が違う。言い終えても、誰一人口を開かなかった。拓真は口を開く気になれなかった。いつからか、若葉のことになると悪口が言えなくなっていた。何か言おうとするたび、あの琥珀色の瞳が脳裏に浮かぶ。そうすると、なぜか胸の奥が重くなり、結局言葉を飲み込んでしまうのだ。和之はもともと、こういう話にはほとんど加わらなかった。むしろ、皆が若葉を笑いものにするたび、露骨に嫌そうな顔をすることさえあった。若葉がすでに新しい仕事を見つけていることも知っている。どこで働いているのかまでは知らなかったが、少なくとも聡が言うような状況ではない。だからといって、わざわざ教えてやる気もなかった。宗介も反応しなかった。痩せた若葉を目の前にしてから、自分の中で何かが変わっていた。以前なら、皮肉を言って困らせることに多少なりとも面白さを感じていた。だが今は、そんなことをして何になるのかと思った。涼香も口を挟みたかったが、周囲が誰も反応しない以上、自分から話を広げるつもりはなかった。いつもそうだった。誰かに言わせることはあっても、自分から矢面に立つことは避けていた。個室に妙な沈黙が落ちた。聡はさすがに戸惑い、乾いた笑いを漏らした。「何だよ。誰も何も言わないし、笑いもしないし。どうしたんだ?」それでも返事はなかった。ますます居心地が悪くなり、聡は皆の顔を順に見回した。最後に涼香へ目を向けた。自分から若葉の話を持ち出したことを、少しまずかったと思っているような顔だった。だが、涼香は一瞥しただけで何も言わなかった。それより気になったのは、宗介と和之の反応だった。若葉の名前を聞いても、以前のような冷たい笑みを浮かべなかった。なぜか、それがひどく気に入らなかった。見かねた拓真が口を挟んだ。「もういいだろ。関係な
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第133話

「そんなに分かりやすいか?」聡は気まずそうに笑った。だが、「魂を抜かれた」という表現は意外と的を射ている気もした。拓真は答えず、自分で考えろと言わんばかりの目を向けた。聡はもう黙っていられなくなった。誰にも聞かれていないのに、自分から話したくて仕方がない。ただ、口を開く前に一応涼香のほうを確認した。こちらを見ていないと分かると、声を落とした。「さっき、すごい美人を見た」拓真は呆れた顔をした。「それのどこが、そんなにすごいんだよ」それだけで魂を抜かれたようになる理由が、拓真には分からなかった。彼らの周りには、見た目の整った女性などいくらでもいる。今さら美人を見かけたくらいで騒ぐような環境ではない。まるで興味を示さない拓真に、聡は慌てて身を乗り出した。「いや、今回は本当に違うんだって!顔は見てないけど、絶対すごい美人だ。後ろ姿だけで分かる!」拓真はすぐに突っ込んだ。「つまり、顔は見てないんだろ?」聡は言葉に詰まったあと、不満そうに返した。「そこはどうでもいいだろ。本当にきれいだったんだよ。あんな雰囲気の人、そうそういないって」拓真は笑うだけで、それ以上相手にしなかった。聡はすっかりしおれた。誰にも信じてもらえないうえ、さっき見た後ろ姿がなかなか頭から離れない。結局、後半はずっと気もそぞろだった。個室を出たあとも、辺りを何度も見回している。もう一度あの女性に会えないか、そればかり気にしていた。拓真が何度声をかけても、ろくに耳に入っていなかった。——若葉も、江月庵を訪れるのは初めてだった。佳奈が手配してくれた店で、深津市でも指折りの会員制料亭だとは聞いていた。実際に来てみると、確かに雰囲気からして普通の店とは違う。化粧室から戻り、佳奈としばらく話したあと、そろそろ帰ることにした。二人で歩きながら、今週末の予定について話している途中、佳奈のもとへ急ぎの仕事の電話が入った。若葉はロビーで少し待つことにした。人の出入りが多かったため、少し離れた静かな場所を見つけ、腰を下ろそうとする。そのとき、背後から何人かの足音が近づいてきた。騒がしい場所が得意ではない若葉は、自然と脇へよけた。その姿を、少し離れたところにいた聡が見つけた。ずっと
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第134話

だが、いざ声をかけるとなると、急に緊張してきた。1メートルほど手前で足を止め、少し間を置いてから声をかけた。「こんばんは。陣内聡といいます。よかったら、少しお話ししませんか?」LINEを見ていた若葉は、突然背後から声をかけられ、振り返った。そこに聡がいるとは思ってもいなかった。一瞬、動きが止まった。だが、すぐに状況を理解すると、その表情に隠しきれない嫌悪が浮かんだ。一方、聡も若葉の顔を見た瞬間、その場で固まった。確かにきれいだった。想像していた以上だった。派手に飾っているわけでもないのに、目を引く。だが――それが若葉だとは、夢にも思わなかった。以前は今よりずっとふっくらしていて、自分が散々見下し、何度も悪意をぶつけてきた。あの若葉なのか。頭を殴られたような衝撃に、聡はその場で固まった。気まずい空気のなか、宗介たちもこちらへ歩いてくる。痩せた若葉をすでに見た者もいれば、今日初めて目にする者もいた。だが、改めて目の前に立つ若葉を見て、全員が一瞬言葉を失った。今日の若葉は、白いセーターにブルージーンズという、ごくシンプルな格好だった。髪も簡単にまとめているだけだ。それでも、整った顔立ちとすらりとした体つきのせいか、人の多いロビーでも自然と目を引いた。派手に着飾っているわけではないのに、清潔感のある落ち着いた雰囲気が際立っていた。宗介はわずかに眉を上げた。和之と拓真は黙ったまま若葉を見ている。一方、涼香だけは冷えた目を向け、嫌悪と嫉妬を隠しきれていなかった。若葉は少し離れたところに立ち、その視線を冷ややかに受け止めた。最初は聡と鉢合わせたことに驚いたが、全員がそろっているのを見て、食事会か何かだったのだろうと察した。和之を除けば、誰とも関わる気はなかった。そのため、和之にだけ軽く会釈すると、そのまま背を向けて立ち去った。若葉の姿が見えなくなっても、聡はまだ我に返れずにいた。何度か目を瞬かせ、遠ざかる背中をしばらく見つめてから、ようやく口を開いた。「今の……本当に若葉か?」拓真も、ここまで印象が変わるとは思っていなかった。「たぶん若葉で間違いない。体つきも顔つきも少し変わったけど、よく見れば分かる。ただ、こんな短い間にどうやってここまで痩せたんだ
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第135話

若葉の変化を目の当たりにしただけでも面白くないのに、皆の関心まで彼女へ向いている。涼香は内心、苛立ちを抑えきれなかった。だが、これまで周囲に見せてきた穏やかな印象を、自分から壊すわけにはいかない。そこで、心にもないことを口にした。「本当に前よりきれいになったわね。スタイルもいいし、今の私じゃかなわないかも」そう言いながら、すぐに宗介の反応をうかがう。若葉より涼香のほうがきれいだ。痩せたところで比べものにならない。そう否定してほしかった。だが、宗介はまるで聞いていないかのように、何も言わなかった。代わりに聡が口を挟む。「そんなことないって。若葉がどれだけ変わっても、涼香とは比べものにならないだろ。涼香は俺たちにとって特別なんだから」だが、その言葉も涼香には少しも響かなかった。——電話を終えて戻ってきた佳奈は、一目で宗介たちに気づいた。すぐに若葉の腕を取り、腹を立てたように言った。「何、この偶然。よりによってあいつまでいるじゃない」そのまま宗介のほうへ行こうとする。「ちょうどいいわ。今日こそ一言言ってやる」若葉は動かなかった。佳奈まで巻き込みたくない。「いいよ。相手にしなくていい。もう帰ろう」「よくない」佳奈はきっぱり言った。「今日ここで会ったのも何かの縁よ。言いたいことだけ言わせて」若葉と宗介のことは、佳奈もほとんど聞いていた。これまでは時間もなく、宗介本人と顔を合わせる機会もなかった。だが、今日こうして鉢合わせた以上、このまま見過ごす気にはなれなかった。若葉が止めようとしているのを、怖がっているせいだと勘違いしたのか、佳奈はなだめるように言った。「大丈夫。若葉は何も言わなくていいから。そこにいてくれればいい」そう言うなり、宗介のほうへ歩き出した。もう止められないと悟った若葉も、仕方なくあとを追った。近づいてみると、宗介のほかにも男女が何人かいる。誰なのか確かめる気にもならなかった。宗介と一緒にいる時点で、佳奈にとってはどうでもよかった。そして迷うことなく、開口一番に言い放った。「安藤宗介、本当に最低ね」よく通る声がロビーに響き、周囲にいた人たちが次々とこちらを振り返った。だが、佳奈はまるで気にしなかった。「このゴミ!
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第136話

「何よ。今さら体面を気にするの?あんなことをしておいて、いつかこうなるとは思わなかったわけ?」「もういい」宗介が冷たく制した。「その辺にしておけ」そう言って数歩前へ出ると、佳奈を見下ろした。若葉は佳奈を連れて帰ろうと、ずっとそばに立っていた。だが、宗介が近づいてくるのを見るなり、すぐに一歩前へ出て佳奈を背にかばい、真正面から向き合った。「友達を何とかしろ」宗介が冷たく言った。「その前に、自分のことを何とかしたら?」若葉も一歩も引かなかった。「佳奈は何も悪くない」普段の若葉なら、宗介と言い争うことなどなかった。意味もなければ、そんなことに時間を使うつもりもないからだ。だが、佳奈のこととなれば話は別だった。自分のために出てきてくれた友人が理不尽に責められるのを、黙って見ているつもりはない。その場の空気が、一気に張り詰めた。聡も拓真も、佳奈のような女性にはあまり会ったことがなかった。二人の周囲にいるのは、物腰が柔らかく、波風を立てずに相手へ合わせる女性が多い。ここまで歯に衣着せず言い返す女性を前にして、二人ともどう反応すればいいのか分からずにいた。一方、そばにいた和之は、この状況を少し面白がっていた。佳奈の顔を見た瞬間、以前SNSで見かけた女性だと気づいていたのだ。正義感が強く、言いたいことははっきり言う。少なくとも、裏表のない気持ちのいい性格には見えた。佳奈はまだ言い足りなかった。ところが、ふと振り向いた拍子に和之の姿が目に入り、その場で固まった。まさか彼までここにいるとは思っていなかったのだ。ということは、さっき宗介たちに浴びせた言葉も、全部聞かれていたのだろうか。気まずさに焦り、そして後悔まで一気に押し寄せ、佳奈の頭は一瞬真っ白になった。まだまともに知り合ってもいないのに、いきなり最悪の印象を与えてしまったのではないか。これからどうすればいいのだろう。だが、悩んだのはほんのわずかな間だけだった。佳奈はすぐに考えるのをやめた。さっき言ったことを後悔しているわけではない。たとえやり直せたとしても、最初から和之がいると知っていたとしても、きっと同じことを言った。今日はどうしても、若葉の代わりに言ってやりたかったのだ。それなら、後悔する
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第137話

書斎の灯りは消えていた。宗介は暗がりに一人で座り、ぼんやりと煙草を吸っている。パソコンの画面には、若葉が以前プロジェクトに参加していた頃の写真が映し出されていた。それを見つめているうちに、宗介の脳裏には今日見た若葉の姿が浮かんでいた。確かに、大きく変わった。外見だけではない。以前のように自信なさげに振る舞い、いつも自分の顔色をうかがっていた面影は、もうどこにもなかった。今の若葉は、物怖じせず、自分の意思をはっきり持っている。何を言われても、簡単には揺らぎそうになかった。宗介は煙草を深く吸い込み、心の中で冷たく笑った。馬鹿な女だ。そのとき突然、書斎のドアが開いた。宗介は反射的にパソコンを閉じ、入口へ目を向けた。涼香だった。その格好を見て、宗介はわずかに目を細めた。涼香はゆっくり近づいてくると、そのまま宗介の膝に腰を下ろし、首に腕を回した。「どうしてまだ寝ないの?ずっと待ってたのよ」「少しやることがある」宗介は涼香を見た。何を求めているのかは、もちろん分かっている。だが不思議なことに、まったく気が乗らなかった。それどころか、わずかな苛立ちすら覚えている。宗介は涼香の肩を軽く叩いた。「先に寝てろ。まだ片づける仕事がある」遠回しに拒まれたも同然だった。涼香の顔から、さっと血の気が引いた。以前なら、涼香から誘うまでもなく、宗介のほうから求めてきた。それなのに、今日に限って自分から誘ってみれば、この反応だ。すぐに受け入れられるはずもなかった。昼間に味わった屈辱まで重なり、涼香はとうとう平静を保てなくなった。大粒の涙をこぼしながら、震える声で尋ねた。「宗介……もう私のこと、愛してないの?」宗介は眉をひそめた。「馬鹿なこと言うな」「馬鹿なことなんか言ってない」感情が高ぶった涼香には、もう取り繕う余裕もなかった。胸にたまっていた疑念を、一気に吐き出す。「最近、私のことなんて全然見てくれないじゃない。前みたいに気にかけてもくれないし、私だって何も感じてないわけじゃないの」涙をぬぐうこともせず、宗介を見つめた。「どうしてなのか知りたいだけ。若葉さんのせい?前よりきれいになって、雰囲気も変わったから気になってるの?あの人を選ばなかったこと、後悔
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第138話

もう、これまでと同じやり方では足りない。何か別の手を打つ必要がある。涼香は宗介の表情をうかがいながら、慎重に切り出した。「若葉さんは、もう安藤グループを辞めたんでしょう?だったら、あなたとあの人の結婚も……」最後まで言い終える前に、宗介が遮った。「あいつはいずれ戻ってくる」結婚の話を持ち出され、宗介は先日本家で若葉から離婚協議書のことを聞かされた場面を思い出した。理由の分からない苛立ちが、また胸の奥からこみ上げてくる。よくもあいつのほうから、離婚など口にできたものだ。あのときの言葉が本気なのか。そこまで言うなら、見届けてやろう。宗介はもうその話を続ける気になれず、涼香を抱き上げると、そのまま寝室へ向かった。3日後。若葉は家庭裁判所へ離婚調停を申し立てた。その後、宗介のもとにも家庭裁判所から調停期日の通知が届いた。最初、秘書の田中から「裁判所から書類が届いています」と聞いた宗介は、会社関係の案件だろうと思い、ろくに確認もしなかった。安藤グループほど長く事業を続けていれば、法的な争いの一つや二つは珍しくない。「法務に回しておけ」ところが、そばにいた田中はひどく動揺した様子で、口ごもったまま何も言おうとしなかった。宗介宛ての書類には普段なら先に目を通しているが、今回ばかりは表題を見た時点で、その先を読む気にはなれなかったのだ。いつまでたっても返事がないことに、宗介はいら立った。「どうした。聞こえなかったのか?」田中はようやく、おそるおそる口を開いた。「こちらは……ご自身でご覧になったほうがよろしいかと」宗介は訝しげに眉をひそめ、自ら封を開けた。書面を取り出して目を落とした瞬間、表情が止まる。そこにあったのは、「夫婦関係調整調停事件(離婚)」の調停期日通知書だった。申立人欄には、「安藤若葉」の名がはっきりと記されている数秒の沈黙のあと、宗介は鼻で笑った。そういうことか。わざわざ自分宛てに送ってきたのは、自分の手で封を開け、この事実を直接突きつけるためだったのだ。いい度胸だ。田中の前ではそれ以上何も言わず、この件を誰が手伝っているのか調べるよう命じた。いったい誰が若葉の後ろについているのか。突き止めてやる。一方、裁判所への申立てが受理されたことを確認
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第139話

真紀は重くため息をついた。「ええ。問題になってる」佳奈は表情を変え、すぐに机へ近づいた。「どういうことですか?友人に何かあったんですか?」「彼女自身に何かあったわけじゃない。でも、この案件は思っていたより厄介よ。覚悟して聞いて」真紀はしばらく佳奈を見つめたあと、事実だけを告げた。「上から、この案件から手を引けと通達が来たの。事務所としては、もう扱わない」「どうしてですか?」佳奈にはまったく理解できなかった。「利益相反があるわけでも、特別なリスクがある案件でもありません。ただの離婚調停ですよね?事務所がそこまでして受任を止める理由は何なんですか?」「詳しい事情は、私にも分からない。私もさっき知らされたばかりだから」真紀は少し身を乗り出し、声を落とした。「ただ、ここからはあなたにだけ話す」佳奈の表情が引き締まった。「上からは、この案件に関わり続ける人間は事務所に置けないとまで言われてる。あなたについても辞めてもらうようにという話が出た。でも、それだけは私が頼み込んで、いったん止めてもらったの」そこで真紀は言葉を切り、真剣な目で佳奈を見た。「だからお願い。今すぐこの案件から降りて」佳奈は真紀の言葉を疑わなかった。これまで何年も一緒に仕事をしてきた。真紀がこんなことで嘘をつく人ではないことくらい、よく分かっている。それでも理解できないのは、なぜ事務所がありふれた離婚案件一つに、そこまで神経を尖らせているのかということだった。莫大な財産分与が絡んでいるわけでもない。事務所にとって大きな利益になる案件でもなければ、世間の注目を集めるような案件でもない。どう考えても異常だった。「真紀さん。事務所がここまでして、この案件を断りたがっている理由に心当たりはありませんか?」「受けられないのは、うちだけじゃないみたい。ほかにも話が回ってるらしいの。少なくとも、この辺りの事務所には手を出すなって」真紀は眉を寄せた。「よく考えてみて。あなたの友人、よほど大きな相手を敵に回してない?」真紀はさらに声を落とした。「私たちの仲だから言うけど、こんなことであなたを騙したりしない。今はまず、自分の立場を守ることを考えて。案件はいったん降りて、少し状況を見てからでも遅くないでしょう?」真紀の言
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第140話

「分かった。何かあったら絶対に言う」これ以上続ければ勘づかれそうで、佳奈はすぐに話題を変えた。「ほら、それより早く食べて。この肉、煮込みすぎると硬くなるよ」翌日。佳奈が事務所へ行くと、ほどなくして真紀の執務室へ呼ばれた。「考えは決まった?」佳奈の答えは、昨日から変わっていなかった。「はい。真紀さん、私の気持ちは変わりません。この先どうなっても、この案件から降りるつもりはありません」真紀はため息をついたものの、驚きはしなかった。「そう言うと思ってた。でも、聞かないわけにはいかなかったの。あなた自身の口から、ちゃんと答えを聞いておきたかった」少し間を置き、心配そうに続けた。「ただ、この先は本当に厳しくなる。事務所の方針がここまではっきりしている以上、今度は私もあなたをかばいきれないかもしれない」「ありがとうございます、真紀さん」佳奈は素直に頭を下げた。「言ってくださっていることは、全部分かっています。でも、私の性格もご存じでしょう?これはどうしても最後までやりたいんです。自分で決めたことですから、結果がどうなっても後悔しません」そして少し笑った。「もしここで働けなくなったとしても、資格までなくなるわけじゃありません。これまで真紀さんに教えていただいたことだってあります。どこへ行っても、何とかやっていけます」真紀はそれでも、簡単には割り切れない様子だった。「そうは言ってもね……あなたをこの仕事に引き込んで、一から育ててきたのは私でしょう。ようやく一人で任せられるようになって、これからってときなのに。やっぱり惜しいわよ」佳奈はそんな真紀をなだめるように笑った。「ここを辞めたからって、もう会えないわけじゃないでしょう?どこにいても、真紀さんが私の先輩なのは変わりません。私はずっと、真紀さんに育ててもらった後輩です」真紀はしばらく黙っていたが、やがて諦めたように笑った。「分かった。あなたの決意を尊重する」ただ、真紀にも黙っていたことがあった。昨夜、退勤したあと、事務所の方針に背くと分かっていながら、親しくしている上層部の人間にひそかに連絡を取り、今回の件について事情を探っていたのだ。その結果、裏で圧力をかけているのが、深津市では知らぬ者のいない安藤グループだと分かった。佳奈の
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