Semua Bab 妻を3年単身赴任させた夫。離婚宣告で執着? : Bab 11 - Bab 20

30 Bab

第11話

若葉は、この病院のサービスの良さに感心した。まだ何も頼んでいないのに、患者の好みに合わせて食事がカスタマイズされていたからだ。二人が食事をしていると、佳奈がやって来た。さっき居場所を聞かれたとき、若葉は忙しいだろうと断ろうとしたのだが、佳奈がどうしてもと言い張るので根負けしたのだ。美津子は、久しぶりに会う佳奈を温かく迎えた。若葉と佳奈の最近の事情を詳しくは知らない美津子にとって、佳奈の来訪は純粋に嬉しかったようだ。二人は美津子と一緒に食事を終え、少し話をした。すると、佳奈が話題を宗介のことに向けそうになった。若葉はあわてて理由をつけ、彼女を外へ連れ出した。外に出ると、若葉は美津子が病気で入院したこと、そして自分が退職しようとしていることを、佳奈に打ち明けた。案の定、話を聞いた佳奈は怒り出した。「何を考えてるの?こんな重大なこと、どうして内緒にするの?私を友達と思ってないの?自分でどうにもならないなら、うちの親に頼る選択肢もあったでしょ?」「佳奈自身のことでも親に甘えないもんね」「それはそれ!自分の悩みならともかく、若葉のこととなれば話は別よ」佳奈はいつもこうだ。大ざっぱで、遠回しな言い方をしない。でも、そのまっすぐな言葉の中に、いつも一番あたたかい気持ちがこもっていた。若葉は自分が悪いとわかっていたので、反論せずに黙って聞いていた。当初は、佳奈には相談しないつもりだった。佳奈も今は親元を離れて懸命に働いている最中だ。また、さっき佳奈が言った通り、問題が大きくなれば佳奈が親を頼ることになるだろう。みんな同じ深津市にいるため、もし知られたら宗介から嫌がらせをされるかもしれないと若葉は恐れていたのだ。ひとしきり言うと、佳奈も冷静になり、今度は心配そうな顔で尋ねた。「それで、今後どうするつもりなの?このままあなたのお母さんにずっと内緒でいくつもり?」「まずは今のまま、お母さんの容態が少し落ち着くまで隠しておくつもりだよ」佳奈はうなずいた。そして、周りの様子に目がいって、あたりを見回した。「この病院、こんなに立派なんだね。ってことは、若葉が次に入ろうとしてる会社も相当力があるところなんでしょうね……私に頼らなくてよかったよ。頼まれても、こんな立派なところは用意できなかったもん」その言葉を聞いて、若葉は少し苦笑した。佳
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第12話

若葉には特定の席がない。幸い空き席は多かったので、彼女は適当な場所に座り、仕事を始めた。退職願は出したが、まだ今の部署に所属している以上、やり残したことは山ほどある。盛沢市のプロジェクトチームは、若葉自身が苦労して育ててきた。みんなには愛着がある。だから最後にもう一度、力を貸したかったのだ。午前中の4時間はあっという間だった。仕事の合間に宗介へラインで、【何時に会いに行けばいい?】と送った以外、若葉はずっと仕事に打ち込んでいた。12時ちょうど。同僚の多くがランチへ向かう中、ラインを確認したが宗介からの返信はない。若葉はパソコンを閉じ、自分も食事に出ることにした。階下に降りると、すぐそこに宗介の姿があった。彼は車から降りてきたところで、後ろには涼香たち数人が続いていた。あそこにいる人たちは皆、宗介の友達だ。昔、何度も嫌がらせを受けた覚えがある。だから、いい印象は持っていなかった。顔を合わせたくない。若葉が立ち去ろうとした時、誰かが大声で彼女の名前を呼んだ。若葉は眉をひそめた。相手にするつもりはなかったが、立ち去る前にその人が駆け寄ってきた。「本物かよ。人違いかと思った。いつの間にこんなに太ったんだ?」それは陣内聡(じんない さとし)だった。幼い頃から宗介とつるんでいた男だ。実家は家具の商売をしていた。安藤家には及ばないが、なんとか彼らの仲間に入れる程度ではあった。若葉は相手にするのも面倒だった。以前の彼女なら、宗介を喜ばせるために、彼の友達たちにも必死で取り入っていた。彼らがどんなにひどいことを言っても、どんなに過ぎたことをしても、笑って受け流していた。でも、今は違う。宗介と離婚するつもりなのだ。ほかの人のことなんて、なおさら気にならなかった。冷ややかな視線で一瞥し、若葉は聡を避けて通り過ぎようとした。ところが、一歩踏み出したところで聡に遮られた。「なんだその態度は?返事もできないのか?」そう話しているうちに、ほかの何人かも、こっちに歩いてきていた。先頭を宗介と涼香が肩を並べて歩き、後ろには神谷拓真(かみや たくま)と芳賀和之(はが かずゆき)が続いている。拓真の家はホテルの商売をしていた。噂では、彼は神谷家の実の子ではないらしい。母親と一緒にやってきて、あとで姓を変えたのだという。でも、もらえるはずの財産は
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第13話

でも、どうして?自分は何も悪くない。ただ宗介を好きになっただけ。それなのに、なぜこの人たちの嘲りに耐えなきゃいけないの?若葉は今、悟った。宗介を愛したこと、それが全ての苦難の始まりだったのだと。過去のいざこざ、そして今のこの惨めな状況。若葉はもう、うんざりしていた。彼女は目の前でふざけあう二人を冷たく見て、静かに言った。「もう、言い終わりましたか?」その言葉に、その場の全員がきょとんとした。みんな、若葉が言い返すなんて思ってもいなかった。今までこんなことは何度もあったけど、彼女はいつも黙って耐えていたからだ。今日はどうしたんだ?一瞬、その場の空気が気まずくなった。聡が最初に我に返った。「どういう意味だよ?」「言葉通りの意味です。わからないのでしょうか?」若葉はやり返した。「もう一回言ってみろよ」涼香の前でメンツを潰され、聡の声に怒気が混じる。若葉は彼がうっとうしくて、もう相手にしなかった。背を向けて、その場を離れようとした。でも、足を踏み出した瞬間、どこからか出てきた足を引っかけられ、若葉は転んだ。膝を思いきり床にぶつけた。聡だ。転んだ若葉を見て、聡は満足そうに口角を上げた。膝の痛みで力が入りそうもない。若葉が見上げると、拓真が他人事のようにこちらを眺め、口元には不敵な笑みが浮かんでいた。涼香は腕組みをして、傲慢にこちらを見下ろしている。そして宗介は相変わらず冷たい顔で、まったく気にしていなかった。まるで、今この床で転んだ人が、自分とは何の関係もないみたいに。若葉は目を閉じ、床に手をついて再び立ち上がろうと力を込める。突然、どこからか手が伸びてきた。若葉がその腕をたどって見上げると、和之だった。彼女を助け起こそうとしている。本当は、若葉は彼の助けを受けたくなかった。和之も、彼らの仲間だと思っていたから。でも今は、他にどうしようもなかった。彼の手の力を借りて、なんとか立ち上がる。だけど、お礼を言うことは、やっぱりできなかった。これ以上、この人たちに見られたくなかった。若葉は歯を食いしばり、痛みをこらえて、その場を去った。彼女がまだ遠くへ行かないうちに、聡が不満そうに文句を言い始めた。「和之、なんであの女を助けたんだよ?あのまま転ばせておけばよかったのに!あの高慢な態度、見なかったの
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第14話

「素直なのは悪いことじゃないよ」と拓真が言った。「宗介が守るし、俺たちもいる。涼香はずっとそのままでいい」拓真は、涼香のことを実の妹のように可愛がっていた。昔、母親の神谷佳代子(かみや かよこ)と一緒に神谷家へ来たとき、実は彼のほかに妹もいた。あのころ拓真は4歳、妹はまだ1歳だった。やっと家族みんなで普通に暮らせると思ったころ、母に突然、妹が行方不明になったと告げられた。それを聞いた拓真は、どうしても受け入れられなかった。でも幼すぎて、泣いても暴れても何も変わらなかった。佳代子はこう言い捨てた。「行方不明になったのだから、もう二度と考えないで。私たちの暮らしをちゃんとやればいい」それからの暮らしは、贅沢で不自由のないものだった。それでも拓真の心には、いつも何かが欠けていた。だから何年も前、初めて涼香を見たとき、彼はすぐにいとおしく思った。大きな瞳と可愛らしい頬が、幼い妹の面影と重なったのだ。多少涼香のワガママを感じても、拓真は気にも留めなかった。女の子なら誰だって、甘やかされて育つべきだと思っていたから。もし実の妹がそばにいたら、自分もきっとあんなふうに可愛がっていただろう。みんなで涼香を囲んでしばらく話した後、レストランへ向かって移動した。一方の若葉は、こんなことがあって、お昼を食べる気にもなれなかった。そのままオフィスへ戻った。ドアを開けると、午前中に座っていた席のあたりが騒がしく、まわりに人だかりができていた。近づいてみると、何やら果物やドリンクを分け合っているようだった。果物やドリンクが山積みにされたデスクの上は、ひどく散らかっていた。本来置いてあった彼女のパソコンや資料は乱雑にどかされ、パソコンには水がびしゃびしゃにこぼされていた。若葉が周りを見回すと、空席はたくさんある。それなのに、あえて自分の席を選んでたむろしていた。明らかな嫌がらせだった。彼女は前に立つ二人を押し分け、自分の荷物をまとめて立ち去ろうとした。その時、誰かが意地悪そうに鼻で笑った。「あら、ここに座ってたの?誰もいないと思ってたわ」いつも涼香の取り巻きとして動いている女だった。名前までは知らないが、顔には見覚えがある。本当は物を取ってすぐ帰るつもりで、こんな人たちと言い合う気はなかった。でも、向こうがどうしても絡んでくるなら、
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第15話

言い返された女は激昂し、手に持っていた飲み物を若葉にぶちまけた。若葉はとっさにバッグで身を守ったが、液体がバッグ全体を濡らし、無残な染みを作り出す。表面はベタつき、見る影もなくなってしまった。若葉は表情一つ変えず、汚れたバッグをデスクに放り投げた。「きれいに拭いてください」「何ですって?」女は信じられないという顔をした。「あなた、自分を何様だと思ってるの?拭かなかったらどうするのよ?」「なら、今日はもうここから帰しませんよ」にらみ合っていると、ドアの外から急に足音が聞こえてきた。ハイヒールが床を打つ、澄んだ音だった。そして、しなやかな人影がみんなの視界に飛び込んできた。涼香だった。涼香はついさっきまで宗介たちと一緒にいたはずだった。それなのに、どうやってこの短い時間で、ここへ駆けつけることができたのだろう。何かがおかしい。涼香がわざわざここに姿を現したのは、絶対に裏があるはずだった。案の定、次の瞬間、彼女はやわらかく上品に口を開いた。「どうしたの?何かあった?」そう言い終わると、すぐに誰かが事の経緯を話しはじめた。もちろん、若葉に不利なほうの話だった。涼香は涼しい顔で、殊勝な口ぶりで謝った。「ごめんなさい。みんなに少しでも差し入れをと配慮したつもりだったけれど、不快な思いをさせてしまって私の本意じゃないわ。良かったら、代わりに私が拭こうかしら?」そう言うと、彼女はやさしく穏やかな目で若葉を見た。あのとき若葉につらく当たっていた涼香とは、まるで別人のようだった。その姿を見て、若葉はようやく分かった。あのとき悠人が見せた、あっという間に態度を変える技を、いったい誰から学んだのかを。若葉は何も言わなかった。でも、まわりの人たちが涼香に拭かせるわけがなかった。「調子に乗るな」や「ことを荒立てるな」と、矢継ぎ早に若葉への罵倒が飛び交った。若葉は一気に冷めてしまった。大勢の人で一人の下手な芝居に付き合うような真似は、本当に御免だった。彼女は何も言わずバッグを持ち上げ、冷めた眼差しで一瞥をくれて、さっさとその場を後にした。若葉の姿が見えなくなると、その場はたちまち涼香を称賛する嵐となった。美しくて心もやさしい、気品がある、部下を思いやる、などなど。ありとあらゆる美しい言葉が、すべて彼女に向けられた。涼香は控えめに
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第16話

若葉はもともと彼に会いに行くつもりだった。だから、その口調に特に気にも留めず、荷物をまとめるとカフェを出た。10分後、若葉は社長室を訪れた。ドアが開いていたため、軽くノックをして中に入ったが、宗介の姿が見当たらない。辺りを見渡すと、窓際で電話をかけている宗介が目に入った。以前の若葉なら、この状況におどおどしてドアの外で待っていただろう。宗介に呼ばれるまで中には入れなかった。でも今の若葉は、そんなことはどうでもよかった。彼女は近くのソファに適当に腰を下ろすと、スマホを取り出してニュースを眺めながら彼を待った。電話を終えた宗介が振り返り、その光景を見て眉をひそめた。この女、また何か企んでいるのか?以前は座るどころか、自分と目を合わせることさえできなかった。話しかけても、最後までうつむいて顔を赤くしていたのに。今は、駆け引きのつもりか?「若葉」と、宗介が釘を刺すように言った。「今日は随分と強気だな」若葉は宗介と目を合わせ、平然と返した。「どういう意味で言っているの?」「どういう意味だと?」宗介は鼻で笑った。「同僚をいじめ、会社の規定を無視し、挙句の果てに上司にバッグまで拭かせるとは、本当に大した威勢だな」それを聞き、若葉はあきれて笑いそうになった。一体誰がここまで事実を歪めて吹き込んだのか、答えは明らかだった。若葉はわざわざ弁解する気にもなれなかった。宗介の言いぐさからして、最初から決めつけているのは明らかだからだ。立ち上がろうとした時、膝に激痛が走り、思わず声が漏れた。若葉が宗介を見やると、彼は眉間に深い皺を寄せていた。苛立ちを隠そうともしないその様子を見て、若葉は痛みをこらえながら姿勢を正した。「わざわざ呼び出した理由が、これだけ?」宗介は冷ややかな目で若葉を見下ろした。「ここはお前がいる場所ではない。早く盛沢市に戻れ」仕事の引き継ぎさえなければ今すぐ消えたいのに。でも彼の言葉に、やっぱり少し感情が波立った。「もし戻らなかったら?」「駆け引きのつもりなら無駄だ」と宗介は吐き捨てた。そして興味を失ったかのように言い放った。「早く悠人に謝れ」そのことは、彼が言わなければ、若葉もすっかり忘れていた。まさかまだ覚えているとは。なんと執念深い男なのだろう。「言ったでしょ。私は間違ってない。悠人に謝るつも
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第17話

安藤グループ本社ビルを出たあと、若葉は瑞光総合病院に向かった。到着した時はちょうど夕食の時間で、看護師が美津子に丁寧に食事の介助をしていた。胃にやさしいメニューが並び、栄養バランスもしっかり計算されているようだった。美津子は現在、抗がん剤治療中で、体は相当な倦怠感に襲われているはずだった。しかし、外見からは激痩せしている様子もなく、医療スタッフがどれほど献身的にケアしているかがうかがえた。若葉の姿を見ると、看護師たちはすぐに彼女の夕食についても気遣ってくれた。食べていないと分かると、急いで準備をしてくれた。そこには、若葉が一番好きな料理や果物が並んでいた。昼から何も食べておらず、ずっと体が冷え切っていた若葉だが、一口食べるとようやくほっとした気持ちになった。ここに来るまで、病院でここまで至れり尽くせりの対応を受けられるとは思ってもいなかった。もちろん、それはすべて昭夫のおかげだ。人生で一番辛い時に救いの手を差し伸べてくれた彼に、若葉は感謝の念でいっぱいだった。食事のあと、若葉はしばらく美津子とおしゃべりをして、それから家に帰った。若葉は佳奈の家に戻った。佳奈が言っていた通り、彼女は多忙でほとんど家にはおらず、家には若葉とコロだけだった。この数日、心を込めて世話をしたおかげで、コロはそれほど怯えなくなった。時折、若葉のそばに寄ってきて体をこすりつける。それでも、体調はあまり良くなさそうだった。若葉は自分の膝の痛みを和らげるため、薬を塗っていた。その時、スマホが突然鳴った。画面を見ると、宗介の祖母・安藤華江(あんどう はなえ)からの着信だった。若葉は薬を置いて通話ボタンを押す。「おばあさん」電話の向こうから、華江の心配そうな声が届く。「若葉ちゃん、深津市に戻ってきたんだって?帰ったなら、どうして知らせてくれないの?」安藤家の中で、若葉が今も連絡を取りたいと思える人がいるとすれば、それは華江だけだった。当時、宗介と結婚することに、華江以外の安藤家の人たちは誰もが反対した。その上、後に彼女に子供ができないと分かった後も、華江だけは優しく励まし、養子を迎えればいいと気遣ってくれた。この3年間、深津市を離れていても華江は毎年欠かさず誕生日や祝日にはメッセージを送ってくれ、時折電話をしては、遠く離れた場所で暮らす若葉を気
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第18話

わけのわからない一言に、若葉は首を傾げた。いちいち考えるのも面倒だったので、メッセージを削除した。それから5分もしないうちに、今度は宗介から電話がかかってきた。電話に出ると、彼は冷たく言った。「送ったライン、見てないのか?」喧嘩したくないので、若葉は素直に返した。「見たよ」「見たのに無視したのか?」「何の場所?」「とぼけるな。昨日、お前とおばあさんで決めた話だろ?」そう言われて初めて、若葉は昨日の会話を思い出した。確かに華江から宗介と一緒に実家へ帰るように言われた気がする。だが、乗り気になれず、すっかり忘れていたのだ。「私はそんなお願いしてないし、必要ないわ。迎えもいらないし、場所を送るつもりもない」「何だ、俺がわざわざ迎えに行くとでも思っているのか?」宗介は言葉尻を捉えて皮肉る。「思い上がりも大概にしろ。運転手を手配するに決まってるだろ」これ以上揉めるのはごめんだと、若葉は言った。「じゃあ、運転手もいらない」「調子に乗るなよ」宗介が冷ややかに笑う。「いい加減にしろ。俺にお迎えに来させようと必死だな。お前にはそんな価値ないんだぞ」何を勘違いしているのかさっぱり分からず、若葉は静かに言い放った。「そんなこと、一度も思ってないわ」以前は怖がっていたが、これからは必要ないだけだ。結婚して3年、自分の家の住所すら知らないような男と、今後関わる気はさらさらなかった。「好きにしろ」そう言って、宗介は電話を切った。若葉も気にせず、そのまま淡々と自分のことを続けた。若葉が住んでいる場所から安藤家の本家までは数十キロあり、電車一本では行けない。地下鉄とタクシーを乗り継ぎ、1時間半かけてようやく目的地に辿り着いた。車を降りた瞬間、目の前にカリナンが滑り込んできた。中から降りてきたのは宗介と涼香、それに悠人だった。3人は同系色のブランドの、しかも最新作に身を包んでおり、完璧な家族のように見えた。若葉を一瞥した宗介は、無言のまま通り過ぎた。一方の悠人は、こぶしを握りしめて、殴りかからんばかりの勢いで向かってきた。涼香が悠人を制止し、何やら耳元で囁くと、悠人は渋々大人しくなった。安藤家はしきたりを大切にして、身内だけの食事会を重んじる。宗介たちが今日ここに来たのも、きっとそのためだろう。案の定、邸
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第19話

綾子は視線を若葉に向けた。「涼香を見てごらん。同じ年頃なのに、二人の間には月とスッポンほどの差があるわ。少しは見習いなさい」「いい加減にして。しつこいよ」華江が綾子を睨みつけ、続けて若葉に尋ねた。「その足はどうしたの?先ほどから歩き方が不自然だけど、どこかでぶつけたのかしら?」「大丈夫です」若葉は首を振った。「うっかりぶつけただけです。たいしたことありません」そう言ったが、華江はそれでも宗介に目を向けた。「宗介、あなたも普段からもっと若葉ちゃんを気づかってあげなさい。ほかのことばかりに気を取られてはだめよ。夫なんだから、男としての責任を果たさないと」華江が言い放つ間、宗介は悠人を抱き上げ、涼香と話していた。その場は水を打ったように静まり返り、一同は気まずい空気に包まれた。宗介の祖父は早くに亡くなり、家業は長らく華江が切り盛りしてきた。そのため家族内での華江の影響力は今なお絶大だ。ここ数年は体調のせいで退いたが、華江に反論できる者などいない。涼香は黙り込み、宗介だけが短く答えた。「わかりました」普段、悠人が誰よりも懐いているのは宗介と涼香だ。二人が責められている様子を見て、悠人はすぐさま不機嫌になった。日頃から周りの大人たちは自分を甘やかしてくれるが、華江だけは厳しいため、悠人は彼女を少し苦手にしている。しかし悠人は口を尖らせて華江を睨みつけた。「ふん、そんな言い方はダメだ!パパは世界で一番素敵な人なんだから」その言葉に一同は言葉を失い、顔を見合わせた。涼香だけが小さく口元をゆるめた。とはいえ華江も、幼い子供相手に目くじらを立てるわけにはいかない。彼女は苛立ちの矛先を宗介に向けた。「子供がどんな育ち方をしたのかしら?目上への礼儀がなってないわ。今までは若葉ちゃんがいなかったから仕方ないけれど、戻ってきた以上、これから若葉ちゃんに悠人を育てさせなさい」これから若葉に育てられると聞いて、悠人は激しく反発した。立ち上がると、テレビで怪獣をやっつけるポーズをまねして騒ぎだした。「やっつけてやる!やっつけてやる!この女なんかいらない!僕のママじゃない!涼香さんこそ……」涼香は慌てて悠人の口を塞ぎ、平謝りした。「すみません、子供のことですから、どうぞ気にしないでください」「そうですよ」綾子がそばから口をそえた。「お義母さん、
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第20話

華江の言葉を聞くやいなや、悠人はすぐに顔を綾子の懐に埋め、「やだ!やだよ!」と泣きじゃくった。若葉自身が選べるなら、間違いなく自分を選んでくるはずだ。なにせ、ママになりたくて必死なんだから。昔、パパが電話をしている時に聞いたことがある。この女はいつも自分について聞き回ったり、写真を見せろとせがんだりしていた。パパはいつもきっぱり断っていたが、この女はあきらめなかった。しかもこんなにデブでブサイクな人に世話をされたくない。幼稚園で笑いものになってしまう……絶対にみんなからバカにされる。自分のママにするなら、涼香さんのようなきれいな人じゃないと嫌。涼香さんに世話してほしいんだ……涼香も心配だった。どうであれ、戸籍上は悠人が若葉の子であることに変わりない。もし若葉が本気で育てると言い出し、華江が強力にバックアップすれば、あながち無理な話でもないからだ。涼香はこっそり、宗介の袖を引いた。宗介は涼香の手をポンと叩き、大丈夫だと安心させた。宗介だって、若葉が悠人を育てたがっているのは知っている。不妊である若葉にとって、子を持つことだけが自分との夫婦生活を維持する唯一の術だからだ。だが、若葉の希望なんてどうでもいい。肝心なのは自分の意向だ。「おばあさん」「おばあさん」宗介が口を開いた途端、別の声にさえぎられた。若葉が声を出したのだ。彼女が口を開くと、空気が一気に張りつめた。悠人と涼香は少し怒ったような顔をしていた。まるで、彼女の答えを予想していたかのように。そして、宗介はゆったりと構えていた。彼女の次の答えに、もう準備ができているようだった。「おばあさん」と若葉はもう一度繰り返した。「この子を育てるつもりはありません」もっとはっきり言ってやろうかとも思った。宗介に離婚届を突きつけるつもりでいること、悠人の面倒など今後は誰が見ようと知ったことではないのだと。でも若葉には、今日のこの食事の意味も、華江が自分に向けてくれる情も、よく分かっていた。だから、やわらかく言うことにした。離婚のことは、あとで二人きりのときに話そうと思った。彼女の予想外の言葉に、あたりはしんと静まり返った。いつもの態度とあまりにも違うため、一同は疑わしそうに目を合わせた。華江でさえ、若葉の真意を量りかねていた。「若葉ちゃん、怯えなくていいのよ
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