Tous les chapitres de : Chapitre 41 - Chapitre 50

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第41話

「それに、母親が病気で、今は何かとお金が必要な時期だ。簡単に会社を辞められるはずがない。たとえその問題が全部解決しても、若葉は離れていかない。結婚した当時のことは、お前も知ってるだろ。あいつは何年も俺に想いを寄せていたうえに、子どもも産めない。ようやく俺と一緒になれたんだ。よほどどうかしていない限り、俺のもとを離れるなんて絶対にあり得ない」「そう。それなら安心したわ」「運転手に家まで送らせる。今日はもう仕事をしなくていいから、帰って休め」「ええ、分かったわ」涼香を見送ったあと、宗介は若葉をオフィスへ呼び出した。若葉が入るなり、宗介は激しい口調で怒鳴りつけた。「ずいぶん図に乗るようになったな。涼香には近づくなと言ったはずだ。それなのに、突き飛ばすなんて何を考えてる?しかも、悠人のことを持ち出して脅したそうだな。全員の報奨金を取り消されたいのか?約束を破ることには、ずいぶん慣れているらしいな」確かに若葉は先ほど悠人のことに触れたが、涼香を牽制するために言っただけで、本当に何かするつもりはなかった。だが、涼香を突き飛ばした覚えはない。やってもいないことを認めるつもりもなかった。「私は突き飛ばしてない」若葉は冷ややかに答えた。「この目で見たんだ。まだ言い逃れするつもりか?」ただでさえ濡れ衣を着せられて苛立っているのに、あまりにも馬鹿げた話だった。若葉はうんざりした口調で尋ねた。「それで、私にどうしてほしいの?」「涼香に謝れ」その言葉を聞き、若葉は心底うんざりした。どうして毎日のように謝罪を求められなければならないのだろう。前は悠人、今度は涼香だった。「謝るつもりはないわ。警察を呼びたければ、呼べばいい」「何だと?」宗介は信じられないという顔をした。「聞こえなかった?」若葉は隠そうともせず、あからさまに呆れた顔をした。「今すぐ110番して、私を逮捕してもらえばいいと言ったの」「若葉」宗介は明らかに腹を立てていた。「いい加減、わがままもほどほどにしろ」わがまま?若葉は思わず笑った。宗介は若葉のことなど気にもかけていない。だから若葉が何を求めても、彼にはすべて身勝手なわがままにしか見えないのだ。幸い、若葉ももう何も気にしていなかった。「警察を呼ぶの?呼ば
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第42話

そう言われ、若葉はもう一度写真を見直した。しばらく目を凝らしていると、確かに昭夫の姿が写っていた。物腰は穏やかで、すらりとした端正な佇まいだった。だが、俳優よりも格好よく、大勢が見物に集まるほどかと言われると、若葉には少し大げさに思えた。それよりも、若葉の目を引いたのは昭夫の後ろに立つ男性だった。背が高く、凛とした雰囲気をまとっている。顔まではよく見えなかったが、佇まいだけでも十分に人を惹きつけるものがあった。ただ、若葉の知らない人物だった。美津子から、またラインが届いた。【どう?格好いいでしょ?】【確かに格好いいね】若葉は、美津子を喜ばせたくてそう返した。【残念だったね。今日いなかったから、実物を見られなくて】そのメッセージを見て、若葉は思った。実際には、もう何度も本人に会っている。だから、少しも残念ではなかった。【大丈夫。また会える機会もあるよ】そのあとも少しやり取りを続け、美津子に無理をせず休むよう念を押してから、若葉はラインでの会話を終えた。美津子から送られてきた写真を眺め、少し考えた末に、昭夫へメッセージを送った。【深津市にいらしているそうですね】その頃、昭夫は特別応接室にいた。若葉からのメッセージを受け取ると、すぐに司へスマホを差し出した。「宮本社長、どのようにお返事すればよろしいでしょうか」司はソファに深く腰を下ろし、脚を組んで、わずかに上体を後ろへ預けていた。照明に照らされた顔立ちは、いっそう彫りが深く見え、冷ややかで鋭い印象を与えていた。昭夫の言葉を聞くと、司は金縁眼鏡を指で押し上げ、短く答えた。「そのまま伝えろ」昭夫はすぐに若葉へ返信した。【はい、深津市に来ています】これほど力になってもらったのだから、深津市へ来た昭夫を食事でもてなすくらいはすべきだろう。そう考え、若葉はもう一通メッセージを送った。【もしご都合がよろしければ、あとでお食事をご一緒いただけませんか。ぜひお礼をさせてください】昭夫は、その内容も司に伝えた。正直、期待はしていなかった。司は人付き合いを好まず、部外者と食事をすることなど一度もなかったからだ。ところが、話し終えた途端、司は答えた。「構わない」普段とはあまりにも違う柔らかな口調だった。昭夫は
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第43話

夕方、若葉は仕事を終えると、そのまま店へ向かった。選んだのは、深津市でよく知られた老舗の料亭だった。土地ならではの料理と風情を楽しめる店なら、昭夫にも気に入ってもらえると思ったのだ。店に着くと、昭夫はすでに来ていた。ただし、通されたのは若葉が予約していた席ではなく、1階にある豪華な個室だった。予約の際、若葉も電話でこの個室が空いているか尋ねていた。だが、すでに予約が入っているため用意できないと、店の者にはっきり断られていた。そのときの口調からしても、取りつく島もなかった。昭夫がどんな手を使って、この個室を空けてもらったのかは分からなかった。顔を合わせると、若葉はすぐに挨拶した。昭夫も丁寧に若葉を席へ促した。外の景色が見えるこちらの個室を気に入り、急に変更したが気にしないでほしいと説明した。「もちろん、気にしていません。一ノ瀬さんがお気に召したのなら、よかったです」しばらく言葉を交わしていると、料理が運ばれてきた。どれも深津市ならではの料理だったが、盛りつけや調理にも工夫が凝らされており、目でも楽しめるものばかりだった。食事をしながら、二人はさまざまな話をした。若葉の母親のこと、今の暮らし、さらには現在の心境まで、話題はどれも若葉を中心に進んでいった。食事が終わりかけた頃、若葉はようやく、昭夫に直接きちんと礼を伝えていなかったことに気づいた。そこでグラスを手に取った。「こんな状況の私に手を差し伸べてくださって、本当にありがとうございます。仕事のことは、できるだけ早く片づけます」昭夫もグラスを持ち上げたが、どこかためらっているようだった。視線も何度となく、外へ向けられていた。昭夫が外を気にしていることに若葉が気づいたのは、これが初めてではなかった。不思議に思い、その視線を追ってみると、店の前に一台のベントレーが停まっていた。しかも、二人の席からは、ちょうど後部座席の窓が見える位置だった。若葉はその車を指した。「あれは、一ノ瀬さんのお車ですか?」そうでなければ、何度も気にする理由がない。「えっ?」昭夫はばつが悪そうに、曖昧な返事をした。「ええ、まあ……そうです」そう答えながら、ひどく後ろめたくなった。あれは昭夫の車ではなく、司の車だった。そして司は、今まさにその
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第44話

涼香は以前からこの店に来たがっていて、宗介にも何度かねだっていたが、なかなか実現しなかった。今日はようやく宗介の都合がつき、涼香はすっかり上機嫌だった。道中ずっと彼の腕に自分の腕を絡め、甘えるように身を寄せていた。店の前を通りかかったとき、涼香はふと足を止めた。今すれ違った人影が、若葉に見えたのだ。だが、振り返ったときにはすでに遠ざかっており、顔まではよく見えなかった。その様子に気づいた宗介が、優しく尋ねた。「どうした?」涼香は少しためらってから答えた。「今、若葉さんを見かけたような気がして……」そう言って、人影が去っていった方向を指さした。宗介はそちらへちらりと目をやっただけで、すぐに視線を戻した。「若葉のはずがない」「でも、本当に似てたの」宗介は改めて、きっぱりと言い切った。「絶対に違う。俺が知る限り、若葉ならこの時間は会社か家で仕事をしてる。外で食事なんかしてるはずがない。それに、あいつにこんな高級店は無理だ」涼香はようやく安心した。「そうね。あなたの言うとおりだわ」宗介は涼香の鼻先を軽くつついた。「ほら、もう気にするな。この店にずっと来たがってただろ。何を食べたいか見てみよう」若葉は昭夫を車まで見送るつもりだったが、まだ少し距離があるところで、ここまででいいと止められた。若葉もそれ以上は言わず、車が走り去るのを見届けてから、その場をあとにした。車内では、司が目を閉じていた。その隣に姿勢よく座っていた昭夫が、遠慮がちに声をかけた。「宮本社長」司は答えず、目も閉じたままだった。昭夫には司の考えが読めず、もう一度探るように尋ねた。「先ほど若葉さんと話した内容を、すべて順にご報告したほうがよろしいでしょうか」そこでようやく、司がわずかに反応した。声は相変わらず淡々としていた。「ああ」昭夫は慎重に、若葉と交わした会話を一言一句、漏らさず報告した。話しながら司の表情を窺っていると、ほんのわずかではあるものの、若葉の話を聞くうちに険しさが薄れていくのが分かった。司の表情が和らいだのを見て、昭夫は思わず尋ねた。「宮本社長は、どうしてご自分で若葉さんにお会いにならなかったのですか?」昭夫を間に挟むより、自分で話したほうがよほど早いはずだった。
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第45話

しばらく写真を見つめていた司は、昭夫がまだ自分を見ていることに気づき、ようやく顔を上げてスマホの画面を消した。「それで、こちらを発つのはいつにしますか?」昭夫は思い切って尋ねた。「明日だ」「そんなに急にですか?」昭夫は驚いた。深津市に着いてから、まだ1日しか経っていなかった。結局、今回の出張でやったことといえば、瑞光総合病院を訪れたことと、若葉と食事をしたことだけだった。「会社に戻って片づけることが山ほどある」司は何でもないことのように答えた。——ちゃんと覚えていたのか。てっきり忘れているものと思っていた。年度末の繁忙期を迎え、各支社も本社も、連日会議や来客の予定が詰まっていた。司が深津市へ行くと言い出したときから、昭夫は時期が悪いと思っていた。だが、昭夫の立場で反対できるはずもなく、結局同行することになった時点で、すでに腹をくくっていた。せっかく来たのだから、深津市には取引先も多いし、ついでに何社か回ればいい。そう考えていたのに、まさか司がもう帰ろうと言い出すとは思わなかった。昭夫がなかなか返事をしないため、司はしびれを切らした。「何だ。不満でもあるのか?」昭夫はすぐに我に返った。「いえ、もちろんございません。すぐに手配いたします」――帰宅した若葉は、まずコロと少し遊んだ。以前に比べればいくらか回復していたものの、まだ元気はなく、1日のほとんどを眠って過ごしていた。尻尾を振るのも、若葉が帰ってきたときくらいだった。疲れさせてはいけないと思い、若葉は早めにコロを休ませると、寝室へ行き、身の回りのことを片づけ始めた。これまでは仕事に追われ、自分のために使える時間などほとんどなかった。だが、もうすぐ宗介の会社を辞める。以前のように無理をして働く必要もなくなり、ようやく好きなことができるようになった。若葉はまず、以前佳奈からもらったスポーツジムの会員証を取り出した。明日の退勤後に、ジムへ行ってみるつもりだった。それからパソコンを開き、あるSNSにログインして、バイオテクノロジー分野の最新情報を調べ始めた。若葉はこの分野に強い関心を持っており、国内だけでなく、海外のニュースにも普段から目を通していた。このSNSを使っているのも、国を問わず自由に情報交換ができ、海外
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第46話

若葉は慎重な性格で、にぎやかな場に加わることもあまり好まなかった。そのため、スミスがこれほど大々的に自分を捜している状況には、どうにもなじめなかった。関連する質問にいくつか答えると、若葉は再びSNSからログアウトした。翌日、仕事を終えた若葉は、佳奈に勧められたスポーツジムを訪れた。高級感のあるジムで、設備が充実しているだけでなく、館内も隅々まで清潔に保たれていた。若葉が中へ入ると、すぐに女性スタッフが出迎えた。まだ若く、笑うと頬にえくぼが浮かんだ。「本日はどうされましたか?」若葉は、こういう場所に来ること自体、少し居心地が悪かった。ここ数年で太ったことは自分でも分かっていた。そのため、いつしか殻に閉じこもり、体型に関する話題をできるだけ避けるようになっていた。だが、ジムへ来た以上、もう逃げるわけにはいかない。自分の体型と向き合わないわけにはいかなかった。「トレーニングについて、いろいろ教えていただきたくて」「かしこまりました。ご予約はされていますか?」「いいえ」若葉は初めて来たため、予約が必要だとは知らなかった。「大丈夫ですよ。まずは館内をご案内しますね」スタッフは笑顔でそう言った。「ありがとうございます」ジムはかなり広かったが、スタッフは館内を隅々まで丁寧に案内してくれた。若葉もすっかり気に入った。「今日から利用できますか?」「もちろんです。ただ、運動を始める前に、まずはウェアに着替えていただきます」「着替えるんですか?」「はい。当ジムでは専用のトレーニングウェアをご用意しています」「このままでは駄目ですか?」若葉は、まだ少し抵抗があった。スタッフは困ったような表情を浮かべた。これ以上困らせたくなくて、若葉は言った。「分かりました。では、案内してください」スタッフが選んでくれたのは、濃紺のウェアだった。着替えてみると、思いのほかサイズがぴったりだった。サイズだけでなく、色も若葉によく似合っていた。もともと色白の若葉には濃紺がよく映え、肌の白さがいっそう引き立って見えた。整った顔立ちに、髪もすべてまとめているため、すっきりと柔らかな印象を与えていた。それでも、鏡に映る自分を見つめる若葉の心には、劣等感が残っていた。この数年、「太っている」と
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第47話

スタッフは再び笑顔を見せた。「お気になさらず。本当のことを言っただけですから」二人が話していると、入口のほうから、数人のにぎやかな話し声が聞こえてきた。そのうちの一人の声に、若葉は聞き覚えがあった。だが、誰だったか思い出すより先に、その一行が姿を現した。涼香だった。後ろには、さらに二人の女がついていた。涼香は白いヨガウェアを身につけ、髪を高い位置でお団子にまとめていた。身体のラインがくっきりと際立ち、華やかで気品のある姿だった。若葉を見ると、涼香の目に一瞬、驚きが浮かんだ。だが、すぐにいつもの表情に戻り、鼻で笑った。後ろの二人も涼香と似たような格好をしていたが、涼香ほど目を引く存在ではなかった。二人は若葉を上から下まで眺め回した。そのうちの一人が、皮肉っぽく口を開いた。「ここでこんなに太った人を見るの、初めて。景気が悪いからって、今は誰でも入れるようになったの?」すると、もう一人も続けた。「ほんと。そんなに太ってるのに、わざわざ青なんか着るなんて。余計に欠点が目立つだけじゃない。それに見て、あのお腹。子どもを産んだ人より出てるのに、よくこういうウェアを着られるわね」「そんな言い方じゃ、まるでウェアが悪いみたいじゃない。あれだけ太ってたら、何色を着ても似合わないでしょ。涼香とは大違い。涼香はもともときれいだから、着こなすのが難しい白だって、まるで妖精みたいに似合うもの」「そうよね。だから宗介さんも、あんなに夢中になるのよ。誰かさんも少しは鏡を見たらいいのに。まさかここで痩せて、宗介さんに振り向いてもらおうなんて考えてるんじゃないでしょうね?」その言葉を聞き、涼香はわずかに眉を寄せた。改めて若葉を上から下まで眺めるうちに、そのとき初めて、顔立ちが意外なほど整っていることに気づいた。特に、あの瞳は人目を引いた。「身の程知らずね」涼香は冷たく言い放った。その目には、軽蔑と嘲りがあふれていた。若葉は、こうした場面には何度も遭ってきた。正直なところ、今さら彼女たちの言葉を気にすることもなかった。だが、隣にいたスタッフは違った。こんな場面に出くわすのは初めてだったらしく、憤りを隠せないまま、毅然と言い返した。「どうしてそんなことを言うんですか?皆様と同じく、この方も当ジムの大切なお客様です。そ
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第48話

今度は若葉だった。先ほど暴言を吐いた女の頬を、続けざまに二度、力いっぱい平手で打ったのだ。一瞬、その場が静まり返った。誰もが信じられないという顔で若葉を見つめていた。叩かれた女は頬を押さえ、怒りに燃える目で若葉を睨みつけた。「よくも私を叩いたわね!」「ええ、叩いたわ」若葉は冷ややかに相手を見た。「自分から手を出しておいて、やり返されたら許せないっていうの?」女は言葉に詰まり、悔しそうに若葉を睨んだ。それから足を踏み鳴らし、涼香に助けを求めた。「涼香さん、早くご主人に電話してよ!この女を懲らしめてもらって!」その言葉に、若葉は内心、鼻で笑った。ご主人、とは随分呼び慣れているものだ。その「ご主人」とは、宗介のことだろう。自分と宗介はまだ離婚もしていないというのに、向こうではもう涼香の夫扱いらしい。どうやら宗介は、若葉以上に離婚を急いでいるようだった。だが、それならそれでいい。若葉も、これ以上宗介と関わるつもりはなかった。涼香は動かず、電話もしなかった。彼女なりに考えがあったのだ。宗介の前では、いつも優しく善良で、清らかな女を演じてきた。宗介が自分を愛しているのも、そんな姿を信じているからだ。今ここへ宗介を呼び、何があったのかを知られれば、これまで築いてきた印象が台無しになりかねない。それに、叩かれたのは自分ではない。そこで涼香は珍しく、それ以上若葉を困らせようとはせず、後ろの女を適当になだめると、先にトレーニングを始めようと言い出した。叩かれた女はまだ頬を押さえたまま、その対応が納得できない様子だった。なおも何か言おうとしたが、もう一人に止められた。その女は、涼香が今は騒ぎを大きくしたくないのだと察していた。彼女を引っ張って立ち去りながら、若葉に捨て台詞を吐いた。「覚えてなさい。今日はほかに用があるから、これくらいにしておいてあげる。でも、そのうち必ず思い知らせてやるから」三人が去ると、若葉は氷を持ってきて、スタッフの頬に当てた。「さっきはありがとう。でも、これからはあんなことをしないでください」スタッフは意味が分からない様子で、若葉を見つめた。若葉も詳しく説明するつもりはなかった。説明すればするほど、かえって話が複雑になることもある。氷を持っていた手
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第49話

「いいわよ。どうやって確かめるの?」「どうしてほしい?」「もう、いやだ」涼香は恥ずかしそうに頬を染めたふりをして、宗介の胸を軽く叩いた。「何だ、嫌なのか?」「好きよ」宗介は低く笑った。機嫌がいい今が好機だと思い、涼香はすかさず口を開いた。「さっき、ジムで若葉さんを見かけた気がするの」その名前を聞いた途端、宗介の顔から笑みが消えた。「何をしに来てたんだ?」「分からない。たぶん、トレーニングを始めたんじゃないかしら。でも、あんな高級なジムの会費をどうやって払ってるのかしら。まさか……」涼香はそこで言葉を切り、宗介の表情をうかがった。顔つきが次第に険しくなっていくのを見て、それ以上は続けず、話題を変えた。「きっと、あなたに振り向いてもらいたくて始めたのよ。宗介、もし本当に痩せたら、若葉さんを見る目も変わる?」「やっぱりそういうことか。あいつも本当に諦めが悪いな」宗介は鼻で笑った。「俺が若葉を見る目を変えると思うか?」涼香は頃合いを見てうつむき、黙り込んだ。こうして男の同情心と庇護欲をかき立てるのは、涼香の得意技だった。案の定、宗介は愛おしそうに涼香の耳にそっと触れた。「心配するな。俺が誰を想ってるかくらい、分かってるだろ?それに、若葉とは昨日今日の付き合いじゃない。昔のあいつがどんなだったかも知ってる」ちょうど信号が赤になり、宗介は車を止めて涼香と目を合わせた。「あいつがいつも俺の後ろをついて回って、びくびくしてるのが一番うっとうしかった。俺が何も言ってないうちから怯えるし、気味が悪いくらい俺の好みを調べ回って、俺が使った物まで集めて取っておくような女だ。あんな女を好きになることは一生ない。俺が好きなのは、君みたいに気品があって、凛としていて、百合のように清楚な女だ」そう言って涼香に口づけた。「これで安心したか?」「ええ。私もあなたが好き」涼香は満足そうに宗介へ口づけを返した。「それで、これからどこへ行くの?外で食事する?」「家で食べる。今夜は父さんと母さんが来るから」「それもいいわね。最近は忙しくて、しばらく二人に会えてなかったもの」車は澄波ヶ丘へ向かい、30分ほどで到着した。家に入った途端、悠人が駆け寄り、涼香の胸へ飛び込んだ。「ママ
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第50話

綾子は子犬を悠人に渡した。「いい子ね。向こうで遊んでおいで」悠人は子犬を抱え、うれしそうに駆けていった。その子犬は、以前若葉が飼っていた犬とあまりにもよく似ていた。毛色だけでなく、目の色も、身体にある生まれつきの斑点までまったく同じだった。涼香も思わず感心したように言った。「お母さん、こんなにそっくりな犬、どこで見つけたの?」綾子は鼻を鳴らした。「お金さえあれば、できないことなんてないわ。それより、あなたも宗介も、自分の子どものささやかな願い一つ叶えてあげられないなんて」以前、宗介が若葉に犬を返すよう求めたものの、拒まれたことを言っているのだ。そのせいで悠人は何度も泣いたが、宗介が何も言わない以上、涼香も勝手なことはできなかった。やがて事情を知った綾子が、わずか数日でそっくりな犬を買ってきたのだった。「たかが犬でしょう。悠人くんが欲しがるなら、何匹だって買ってあげればいいのよ。この子がやりたいことは何でもやらせて、好きなようにさせればいい。うちの子は、生まれながらにして特別なの。人生を楽しむために生まれてきたんだから、どんな決まりにも従う必要なんてないわ」ちょうどそのとき、車を停めた宗介も家に入ってきた。悠人が抱いている子犬を見ても、特に何も言わず、まずは食事をして、遊ぶのはそのあとにするよう言っただけだった。宗介が何も気にしていない様子を見て、涼香はすっかり安心した。綾子の腰に抱きつき、甘えるように言った。「お母さんは、やっぱり私に一番優しい。お母さんがいなかったら、どうすればいいのか分からなかったわ」綾子はまんざらでもなさそうに、涼香の肩を軽く叩いた。「あなたは小さい頃からこの家で育ったんだもの。実の娘と何も変わらないわ。お母さんがかわいがるのは当然でしょう。最初にあなたと宗介のことを知ったときは驚いたけれど、二人とも私の子どもなんだから、私はあなたたちの味方よ。それに、宗介の身体のことはあなたも知っているでしょう。それでも子どもを授かれたのは、あなたが頑張ってくれたからよ。悠人くんが生まれ、うちの血をつないでくれた。まさに神様から授かった宝物だわ」その話が出た瞬間、涼香の身体がわずかにこわばった。だが綾子は、涼香がつらい思いをしているのだと勘違いし、さらに慰めた。「今は
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