All Chapters of 妻を3年単身赴任させた夫。離婚宣告で執着? : Chapter 71 - Chapter 80

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第71話

写真のアングルといい、写り方といい、いかにもわざとらしかった。どうやら若葉は、宗介のことをまだよく分かっていなかったらしい。ほかのことはともかく、少なくとも自分のプライバシーを重んじ、こんな写真を気軽にタイムラインへ載せるような人ではないと思っていた。だが、そうではなかったようだ。気持ちが盛り上がれば、相手のためなら何でもできるということなのだろう。この写真を自分に見せようとしたのか、それとも偶然だったのか、若葉には分からなかった。だが、どちらでもよかった。こんなものをこれ以上目に入れたくなくて、若葉はすぐに宗介の投稿を非表示にした。そのままスマホを閉じて眠ろうとしたとき、ラインに新しいメッセージが届いた。和之からだった。内容は一言だけだった。【起きてる?】こんな時間に突然連絡が来るとは思わなかった。二人はラインを交換していたものの、前にスキー場を出て以来、一度も連絡を取っていなかった。とはいえ、あのときはずいぶん助けてもらった。若葉としても、いつか恩を返さなければと思っていた。そこで、こちらも短く返した。【起きてる】和之からはすぐに返信が来た。今度はリンクが送られてきた。開いてみると、スキー場のイベント案内だった。続けて、和之からメッセージが届いた。【興味ある?ちょうどチケットがあるんだ】そのメッセージを見て、正直、若葉は少し心を動かされた。スキーの経験はそれほど多くなかったが、前回滑ってみて、何にも縛られず、悩みを忘れられるあの感覚が好きになっていた。しかも、和之は教えるのも上手だった。彼と一緒なら上達できるうえに、レッスン代もかなり浮く。ただ、開催日は今週の土曜日だった。今週は時間がなかった。美津子のそばで過ごし、外へ連れ出してもよいか、医師にも相談するつもりだったからだ。【ごめん、その日は都合が悪いの。また今度】メッセージを送ると、和之はそれ以上何も言わず、あっさり了承した。だが、しばらくして、またメッセージが届いた。【どうして都合が悪いのか、聞いてもいい?】【母のお見舞いに行くの】若葉は隠さずに答えた。美津子が病気であることは宗介も知っている。宗介が知っているなら、彼らの仲間内にも伝わっているはずだった。案の定、和之はそれほど驚かなかった。だが、
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第72話

和之がやってきたのは、土曜日の午前中だった。和之が病室に着いたとき、若葉は美津子と一緒にテレビを見ていた。若葉から事前に聞いていたため、美津子は驚かなかった。それに、先日の電話の一件もあり、若葉が自分を安心させるために、わざわざこうしたのだろうと察していた。だから美津子は終始、何も気づいていないふりをしていた。これまで若葉の友人に接してきたときと同じように、自然体で気さくに振る舞い、若葉を安心させた。むしろ驚いたのは和之のほうだった。前に一緒にスキーをしてから、まだ1週間あまりしか経っていない。だが、今の若葉はあのときとはまるで別人のように見えた。痩せたのだ。身体は引き締まり、顔立ちも以前よりはっきりしていた。もともと色白なこともあり、穏やかで控えめでありながら、凛とした雰囲気をまとっていた。一瞬、目の前の若葉が、大学時代の姿と重なった。ただ、あの頃はもっと初々しかった。今はそこに、大人の女性らしい落ち着きが加わっていた。「ダイエットした?」「うん」若葉は隠さずに答えた。最近はトレーニングと食事管理を続けており、確かにかなり痩せていた。まだ以前の体重には戻っていなかったが、見た目には十分効果が表れているらしい。先ほど病室に入ったときも、美津子が真っ先に同じことを口にしていた。「別に、誰かのためにそこまでする必要はないだろ」誰のことを指しているのか分かった若葉は、すぐに答えた。「このことは、あの人とは関係ないよ」痩せようと決めたのは、自分のためだった。自分を変え、自分のためにきれいになり、もう一度自分を作り直す。起きてしまったことは変えられないし、後悔もしていない。できるのは、それを手放して前へ進むことだけだった。その言葉を聞くと、和之はそれ以上何も言わなかった。病室には長居できないため、30分ほどして、若葉は和之を見送ることにした。二人でエレベーターに乗り、駐車場へ向かう途中、若葉が先に口を開いた。「今日は来てくれてありがとう」「大したことじゃないよ」エレベーターを降りると、すでに迎えの車が到着していた。和之はすぐに車へ乗るはずだったが、別れ際、どうしても気になって尋ねた。「これから、どうするつもりなんだ?」何を聞かれているのか、若葉には分かっていた。
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第73話

若葉がどこへ行きたいかと尋ねると、美津子はどこでもいいから、若葉に任せると答えた。美津子にとって行き先はさほど重要ではなかった。ただ若葉をどこかへ連れ出し、気分転換させたかったのだ。若葉のほうも、特に行きたい場所はなかった。美津子の望みをかなえ、喜ばせてあげたいだけだった。しばらく考えた末、若葉はちょうどいい場所を思いついた。高級ブランド店だった。あまり混雑していないうえ、美津子に服を買ってあげたかったのだ。もうすぐ正月を迎える。子供の頃、美津子が自分にしてくれたように、今度は自分が服やプレゼントを買って喜ばせたかった。店へ向かう間、若葉は行き先を教えなかった。美津子も尋ねず、ずっと若葉に話しかけていた。結婚する意味について話したかと思えば、今度は幸せとは何か、最後には人生の目標にまで話が及び、若葉には何の話をしたいのか、いまひとつ分からなかった。しかも、美津子は話しながら何度も若葉の反応をうかがい、大きく動揺していないことを確かめてから続きを口にしているようだった。今日はずいぶん様子がおかしいと思ったが、ちょうど目的地に着いたため、若葉はそれ以上尋ねなかった。車を降り、そこが高級ブランド店だと気づいた途端、美津子は入るのをためらった。「若葉、どうしてこんなところに連れてきたの?このブランド、すごく高いんでしょう。服一着で普通の人の年収くらいするって聞いたことがあるわ。やっぱり帰りましょう」「大丈夫。毎日来るわけじゃないんだから、たまにはいいでしょう」若葉は帰ろうとする美津子を引き止めた。「もうすぐお正月だし、私からの新年のプレゼントだと思って。お母さんが新しい年も元気で、幸せに過ごせますようにって」美津子はたちまち鼻の奥がつんとした。子供からそんなことを言われれば、どんな親でも胸が熱くなるだろう。だが、若葉が着ているものに目をやると、それは3年前に深津市を離れたときに買ったダウンコートのままだった。「やっぱりいいわ。買うなら、あなたの服にしましょう。お母さんはもう年だし、そんなにいい服を着る必要もないもの。あなたなら、これから仕事でも着る機会が多いでしょう」「今回は先にお母さんのを買って、私のはまた今度にする。それならいいでしょう?」若葉に何度も説得され、美津子はようやく一緒に店へ入ることを承
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第74話

その声を聞き、若葉と美津子は同時に振り返った。入口には、涼香と綾子が立っていた。二人とも高価そうな服に身を包み、全身をブランド品で固めていた。そして横柄な態度で、美津子が試着しているダウンコートを指さし、自分たちが買うと言い張った。店員は困った様子で、申し訳なさそうに答えた。「大変申し訳ございません。こちらはすでにほかのお客様がお選びになっていますので、別の商品もご覧いただけませんか?ほかにもさまざまなデザインをご用意しておりますので、ぜひお試しください」「嫌よ。私たちはこれが欲しいの」涼香はまったく譲ろうとしなかった。「母が気に入ったんだから、私がプレゼントするの」「ですが、こちらは各デザイン一点ずつしかご用意がなく、すでにほかのお客様がお選びになっております。よろしければ、別の商品をご提案させてください。お母様にお似合いになるものを必ずお探しいたします」「私の言っていることが分からないの?これが欲しいと言っているでしょう。それをどうにかするのは、そちらの仕事よ。ちなみに、私はこの店のVIP会員だから」「お客様、本当に申し訳ございません……」店員は今にも泣きそうになっていた。涼香は冷笑を浮かべた。「本当に話が通じないのね。店長を呼んで」その場の空気が一瞬で張り詰めた。美津子は、二人のことを知らなかった。横暴な金持ちが難癖をつけているだけだと思っていた。たかが服一着で、ここまで揉める必要はない。それに、美津子自身もどうしても欲しいわけではなかった。自分たちにはあまりにも高すぎる品だったからだ。そこで若葉を説得して帰ろうとしたが、振り向いて初めて、若葉の顔色がよくないことに気づいた。向こうの二人も、冷たく険しい目で若葉をにらみ続けている。そこでようやく、美津子は何かがおかしいと察した。病を抱えているにもかかわらず、美津子はすぐさま若葉を背中にかばった。「若葉、この人たちと知り合いなの?」若葉が答えるより先に、今度は綾子が口を開いた。「この店も、ずいぶん質が落ちたものね。誰でも入れるなんて。店側は気にならなくても、ほかのお客の気持ちは考えないのかしら」そう言いながら、若葉と美津子のほうをちらりと見た。「こんな貧乏くさい人たちと同じ場所にいると、こっちまで汚れた気分になるわ。あ
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第75話

「あなたたち、いったい何者なの?」美津子はもう一度問いただした。涼香は挑発するように二人を見つめたまま答えた。「私たちが誰かなんて、若葉さんに聞けばいいでしょう。まさか、私たちに気づいていないはずはないもの」だが、今の若葉には、その挑発に付き合う余裕などなかった。一刻も早く美津子を連れて帰りたかった。このままでは、涼香が余計なことを口にするかもしれない。あるいは、宗介が突然現れでもしたら、美津子がショックを受けてしまう。しかし、そんな若葉の不安は現実になった。美津子を連れて店を出ようとしたそのとき、少し離れたところに見覚えのある姿が現れた。宗介だった。こちらへ歩いてくるところを見ると、綾子と涼香の買い物に付き合っていたのは明らかだった。近くまで来た宗介は、若葉に気づくと一瞬足を止めた。だが、すぐに無表情のまま視線をそらした。隣にいる美津子に声をかけることさえせず、そのまま綾子と涼香のもとへ行くと、穏やかな声で尋ねた。「決まった?俺が払うよ」涼香はすかさず宗介の腕に自分の腕を絡め、甘えるように言った。「決まったわ。あれがいい」そう言って、店員が手にしているダウンコートを指さした。「お母さんへのプレゼントに、私たちで買ってあげない?」わざとだった。若葉に見せつけるために、そうしているのだ。先ほど、宗介の視線が若葉の顔に一瞬止まったことにも、涼香は気づいていた。確かに、今の若葉は少し痩せ、以前よりきれいになっていた。だが、それが何だというのだろう。自分の美しさには遠く及ばない。今、宗介のそばにいるのも自分だ。涼香は、宗介の隣にいるべき女が誰なのか、若葉に思い知らせたかった。「ああ」宗介は少しもためらわず、カードを取り出して支払おうとした。以前の若葉なら、こんなことをされても何とも思わなかっただろう。くだらないとさえ感じていたはずだ。だが、今は違った。美津子がすぐそばにいる。ショックに耐えられないのではないかと心配だった。美津子にとって、若葉と宗介は今も幸せな夫婦のままだった。こんな形で真実を知らされれば、病状に響くかもしれない。「お母さん……」若葉は慌てて美津子の顔色をうかがった。だが、美津子は意外にも落ち着いていた。ただ、その目にははっきりと憎しみが浮
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第76話

美津子に手を引かれながら、若葉はまだ呆然としていた。若葉の記憶にある限り、美津子がこんなふうに怒ったことは一度もなかった。先ほど涼香たちと言い争っただけでも驚いたのに、今度は三人を激しく罵ったのだ。自分の目で見ていなければ、本当に母なのかと疑ってしまいそうだった。「お母さん、大丈夫?」店を出ると、若葉は人の少ない場所へ美津子を連れていき、慌てて様子を確かめた。「どう?どこか苦しくない?めまいは?胸は痛くない?」どれも、病院を出る前に医師から注意するよう言われていた症状だった。だが、美津子は何も答えず、突然涙を流し始めた。若葉はますます慌てた。「やっぱり苦しいの?もう少しだけ我慢して。すぐ救急車を呼ぶから。そうすれば、すぐ病院に戻れるから」気が動転した若葉は、自分を責め始めた。「私のせいだ。こんなところに連れてこなければ、あの人たちに会うこともなかったのに。お母さんは来たくないって言ってたのに、私が無理に連れてきたから……ごめんね。もう少しだけ我慢して」「私は大丈夫よ。心配しないで」美津子は若葉の手を引き、そばのベンチに腰を下ろした。「少しだけ、ここで一緒に座っていて」「駄目。座ってる場合じゃないよ。早く病院に連絡しないと」「若葉、本当に何ともないの」そう言って、美津子は若葉のスマホを取り上げた。「どこも苦しくないし、身体は何ともないから」若葉はようやく少し冷静になった。改めて見ると、美津子は感情が高ぶっているものの、顔色は悪くなかった。めまいや苦しさもないようだったため、若葉はようやく先ほどまでの動揺を落ち着かせた。ただ、美津子の涙は止まらなかった。若葉はその涙を拭いながら尋ねた。「どうしたの?やっぱり、どこか苦しい?」美津子はその手をつかんだ。目には若葉を案じる気持ちと、申し訳なさが浮かんでいた。「こんな大変なことがあったのに、どうしてお母さんに話してくれなかったの?」若葉が一人でつらい思いをしてきたのだと考えるだけで、胸が締めつけられ、息が詰まりそうだった。「宗介さんは本当に最低よ。あの家族も、そろいもそろってろくでもないわ!」それでも若葉は、反射的に隠そうとした。宗介たちのことより、美津子の身体のほうがずっと心配だったからだ。「本当は、お母さ
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第77話

「それで、離婚の手続きはどこまで進んでるの?もう離婚届は出した?」「まだ」美津子が本当に何ともないと分かり、若葉もようやくベンチに腰を下ろした。「でも、離婚協議書はもう渡してある。内容を確認したら、きっと向こうから連絡してくると思う。それに、あと一週間ちょっとで退職日だから、安藤グループも辞められる」「若葉、あなたがどんな決断をしても、お母さんは応援するわ。でも、これだけは約束して」美津子は若葉の手を握り、真剣な表情で言った。「これからは何があっても、もうお母さんに隠し事をしないで」「分かった」若葉たちが立ち去ったあと、綾子は結局、あのダウンコートを買わなかった。それどころか、店内で激怒し、その場にいた店員たちを一人残らず怒鳴りつけた。今日のことを口外するなと念を押し、今後は若葉たちを店に入れるなとまで命じた。綾子の剣幕に押され、店員たちは従うしかなかった。それでも怒りの収まらない綾子は、帰りの車の中でも宗介を責め立てた。「あなたが選んだ女は、いったいどんな育ちをしてるの?親子そろって品がなさすぎるわ。人前であんなふうに怒鳴り散らすなんて、親が親なら子も子ね!もう二度と、あの女を私の前に出さないでちょうだい!」宗介も腹を立てていた。若葉があんな真似をするとは思ってもいなかったのだ。しかも、金がないと言っていたくせに、こんな高級店へ来ている。やはり、若葉は平気で嘘をつく女なのだ。「もう会うことはないよ。あいつが強がっていられるのも、あと少しだから」仕事でも私生活でも逃げ道をすべて断ってやれば、若葉のほうから泣きついてくるに違いない。宗介はそう信じていた。せっかく外出したのだから、美津子はすぐに病院へ戻りたくなかった。何より、もう少し若葉と一緒に過ごしたかった。そこで、今住んでいる家を見てみたいと言い出した。若葉から、今は佳奈の家に身を寄せていると聞いていたからだ。なぜ実家へ戻らず、佳奈の家にいるのかは、尋ねるまでもなかった。どうせ、あのどうしようもないギャンブル依存の夫、宏志のせいだ。家にあった金目のものは、ほとんど宏志に売り払われてしまった。戻ったところで、落ち着いて暮らせる場所もなければ、気が滅入るだけだった。だから二人とも、暗黙の了解で宏志のことには触れなかった。若葉
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第78話

医師はちょうど、盛沢市にいる昭夫へ報告しているところだった。数日おきに、美津子の容体を詳しく昭夫へ伝えていた。もちろん、若葉が病院を訪れたときは、彼女の様子も漏らさず報告している。理由は知らないし、尋ねもしない。ただ、指示されたとおりにしていた。だが今日は、いつもの報告に加え、ちょっとした出来事があった。二人の見舞いに、別の人物が訪れたのだ。電話を終えると、昭夫はそのことを司に伝えた。司は書類に署名をしながら、顔も上げずに尋ねた。「夫か?」「いいえ。医師によると、芳賀さんという男性だそうです」「そうか?」司のペン先が止まり、昭夫へ視線を向けた。眼鏡の奥で、鋭い目がわずかに細められた。司は妙なほど落ち着き払っていた。司が何を考えているのか読み取れず、昭夫は率直に尋ねた。「宮本社長、その芳賀さんについて調べましょうか?」「必要ない」しばらくして、司は再び書類に目を落とした。「彼女の退職がどうなっているか、確認しろ」若葉のことを指しているのは明らかだった。昭夫はすぐに若葉へ電話をかけた。若葉は海外で発表されたゲノム編集技術に関する最新の論文を読んでいたため、昭夫からの電話に少し驚いた。「一ノ瀬さん」「若葉さん、お忙しいところ申し訳ございません」「いいえ、大丈夫です。何かありましたか?」「大したことではないのですが、正式な退職日を確認しておきたくて。こちらも次の段階に向け、前もって準備を進めておきたいものですから」「あと1週間と3日です」このところ毎日、退職までの日数を数えていたため、若葉はすぐに答えた。だが、昭夫がわざわざ確認してきたことで、少し不安になった。「そちらのプロジェクトが前倒しになったんですか?今の予定どおりに退職した場合、プロジェクトに影響はありませんか?」「それは問題ありません」プロジェクトをいつ始めるかは、すべて若葉の都合に合わせて決められる。だが、昭夫はそのことを口にしなかった。「ただ、そちらで何か問題が起きないか、少し気になりまして」「大丈夫です。ご安心ください。すべて予定どおり進んでいます」それに、宗介は一日でも早く自分に辞めてほしいと思っているはずだ。「それなら安心しました。引き続き、いつでも連絡が取れるようにしておきま
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第79話

若葉のロッカーは、いつの間にか開けられていた。中に入れてあった服はすべて引っ張り出され、床に散乱していた。しかも、その上には正体の分からない液体までかけられていた。少し離れたところでは、涼香たちがいい気味だと言わんばかりに若葉を眺めていた。誰の仕業かなど、考えるまでもなかった。「拾って、きれいに洗って」若葉は三人を冷たく見据えた。「どうして私たちが?私たちがやったって、何か証拠でもあるの?」涼香の隣にいた女は開き直り、若葉をまったく相手にしていなかった。「目撃者もいなければ、防犯カメラもない。それなのに、どうして私たちがやったなんて言えるの?下手なことを言ったら、名誉毀損で訴えるわよ!」「目撃者もいなければ、防犯カメラもない……」若葉は落ち着いた声でその言葉を繰り返すと、三人へ一歩ずつ近づいていった。その迫力に気圧された女は、若葉が何をするつもりなのか分からず、たちまち怯えた表情になった。「な、何をするつもり?」「何をするかって?」若葉は三人を睨みつけた。「やられたことを、そのまま返すだけよ」そう言うなり、若葉は素早く三人の服を床へ投げ捨てると、同じように飲み物を順番にかけていった。三人はたちまち逆上した。これまで一方的に誰かをいじめることはあっても、自分たちがこんな目に遭わされたことなど一度もなかった。「頭おかしいんじゃないの?」「何考えてるのよ!」「よくもこんな真似ができたわね!」……感情的になれば、出てくるのは代わり映えのしない言葉ばかりだった。若葉は聞く耳を持たず、自分の荷物だけを片づけて帰ろうとした。こういう相手には、同じ目に遭わせるのが一番だ。そうしなければ、自分たちがどれほどひどいことをしているのか、いつまでたっても分からない。ただ、その間、涼香だけは何もせず、隅でずっと電話をかけていた。若葉が荷物をまとめて立ち去ろうとすると、涼香は突然飛び出し、その行く手をふさいだ。だが、前に立ちはだかるだけで、何も言おうとはしない。何かを待っているかのように、何度も入口のほうを気にしていた。若葉には、付き合っている暇などなかった。手を伸ばして涼香をどかそうとした、そのときだった。突然、涼香は頬を押さえ、後ずさりながら悲鳴を上げた。「どうし
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第80話

宗介は、若葉の言い分など聞こうともしなかった。「今すぐ涼香に謝って、許してもらえ。そうしなければ、必ず後悔することになる。安藤グループに、お前の居場所はもうなくなるぞ」取り巻きの二人も、すかさず口を挟んだ。「どう?怖くなったでしょう?社長に解雇されたら、もう安藤グループにはいられないわよ!」「怖いなら、早く謝って涼香に許してもらいなさいよ。涼香が口添えしてくれれば、社長も見逃してくれるかもしれないでしょう?そうでなければ、あなた程度の能力で、安藤グループを辞めたあとに仕事なんて見つかるわけないもの!」そんな言葉を聞きながら、若葉はただ滑稽に思った。宗介はどうして、そんなことで自分を脅せると思っているのだろう。すでに退職を申し出て、宗介自身も了承していたことをはっきり覚えていなければ、その威圧的な態度に怯んでいたかもしれない。「解雇してもらわなくても、私はもう退――」言い終わらないうちに、突然何かが身体にぶつかってきた。続けざまに、拳や蹴りが飛んでくる。若葉が振り返ると、いつの間に現れたのか、悠人が若葉を叩いたり蹴ったりしていた。「この悪い女!やっつけてやる!僕のママをいじめるな!」悠人は力任せに手足を振り回していた。子どもの力とはいえ、一発一発まともに当たると、それなりに痛かった。若葉は悠人をつかんで自分の前へ引き寄せ、きちんと言い聞かせようとした。すると、それまで宗介の腕の中で弱々しく寄りかかっていた涼香が突然飛び出し、悠人を抱きしめた。その顔には、ひどく傷ついたような表情が浮かんでいた。「私を叩くだけでは足りなくて、今度は子どもにまで手を出すの?」宗介はすぐに涼香をなだめた。「心配するな。俺がいる限り、あいつにお前たちを傷つけさせたりしない」そして若葉へ冷たい視線を向けた。「さっきの言葉を、二度も言わせるな」謝るつもりなど、若葉にはまったくなかった。だが、相手は大勢いる。この場を離れるには、何か口実が必要だった。どうしようかと考えていると、突然スマホからラインの通知音が鳴った。画面を確認すると、友だち追加のリクエストが届いていた。承認した途端、相手から動画が送られてきた。動画には、涼香たち三人が若葉のロッカーを開け、服をすべて床へ投げ捨てたあと、その上から飲み物を
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