翌朝の東京は、細い雨だった。 ホテルの車寄せに立つと、傘の縁から落ちた雫が石畳に小さな点を作った。黒い車の屋根にも、同じ粒が並んでいる。 征臣は先に来ていた。スーツはいつも通り隙がない。けれど、目の下に薄い影があった。 「おはようございます」 「おはよう」 それだけで、昨夜の廊下が二人の間へ戻った。 運転手が後部座席のドアを開ける。征臣は先に乗らず、私を待った。以前なら、その距離に安心したかもしれない。今は、気遣われるたびに何を隠されているのか考えてしまう。 車が走り出してから、私は母の帳簿の複製を膝へ置いた。 「港湾第三倉庫について、知っていることを教えてください」 征臣はタブレットを開いた。 「東都物産が借りていた倉庫だ。現在の東都商事へ社名変更したあと、契約は別会社へ移っている」 「別会社の名前は」 「鷹宮の調査では、有馬家の物流子会社だ」 初めて聞く話だった。 私が顔を上げると、征臣は画面から目を逸らさなかった。 「昨夜、確認が取れた」 「……昨夜」 タブレットの時刻へ目を落とした。 「……確認中でも、送ってほしかったです」 「確定していなかった」 昨日までと同じ答えに聞こえて、顔を上げる。 「確認中、って書けばよかったでしょう」 声が少し強くなった。 征臣の指が画面で止まる。 「……確認中、と送るべきだった」 返事までに短い間があった。 征臣はタブレットをこちらへ向けた。倉庫の契約履歴、搬入日、廃棄申請。画面の一部には、まだ確認中の印がある。 「確定していない部分まで見せていいんですか」 「ああ。一緒に考えてほしい。今あるものは全部入れてある」 昨夜の話が、少しは残っていたらしい。そう思った瞬間、胸の奥がわずかに緩んだ。すぐに、勝手に期待するなと自分へ言い直す。それでも、向けられた画面から目をそらすことはできなかった。 高速道路へ入ると、雨が窓を横へ流れた。 「母は、ここへ一人で行ったと書いていました」 「今日は一人ではない」 「だから大丈夫、とは言わないでください」 征臣は一度口を閉じた。 「分かった。ただ、一人で背負わせたくないんだ」 今度は迷わなかった。 車内にはワイパーの音だけが続いた。 私は倉庫の見取り図を拡大した。裏口の脇に、小
Last Updated : 2026-08-12 Read more