声が途中で詰まった。唇を噛むと、鉄っぽい味がした。次の言葉が出るまで、少しかかった。 「莉々花に、きれいな物語に直されたくない」 征臣はすぐに答えず、腕時計へ伸ばしかけた手を下ろした。 「……行こう」 「日記は、私が取ります」 征臣は一拍だけ私を見た。 それから、鍵を私の側へ置いた。 私は窓の外へ顔を向けた。肩に入っていた力が少し抜けた。 白鳥邸の門が見えた。かつて自分の家だった場所は、夜になると余計に大きく見える。門灯はついている。庭の奥、物置のあるあたりに、小さな明かりが揺れていた。 車が止まる前に、私は鍵を握ったままドアへ手を伸ばした。 「待て」 征臣の声が低くなる。 「止めますか」 「止めない。ただ、足元が暗い。先に照らすから待ってくれ」 征臣は先に降り、足元へライトを向けた。濡れた石が白く光った。 門の内側へ入る。庭の土が湿っていた。夜露で靴の底が少し沈む。 物置の横、古い焼却炉の前に人影があった。 白いコート。見慣れた細い肩が、夜気の中でわずかに揺れていた。 莉々花が、古いノートの束を抱えていた。 焼却炉の前には、夜露を吸った紙片と、まだ赤い灰が残っていた。莉々花が抱えたノートの一冊から、子どもの丸い字がのぞいている。 自分の字だと気づくまで、ほんの少しかかった。 白いコートの袖には、灰がついていた。 湿った庭土に、焦げた紙の欠片が貼りついている。 子どもの頃、母はここで落ち葉を燃やしていた。あの煙より、今の臭いは鼻に刺さる。焦げた紙だとすぐ分かった。 「莉々花」 名前を呼ぶと、彼女はようやくまばたきをした。 「お姉様、こんな時間にどうしたの。怖い顔して」 声だけは甘かった。けれど、唇の端がうまく上がらない。ノートを抱える腕だけが、さっきより高くなった。 「そのノートを返して」 「ノート?」 莉々花は腕に力を入れた。 「古いものを整理していただけよ。お父様もお母様も、物置は片づけていいって。白鳥の家に置いてあるものだし」 「私の日記です」 「でも、白鳥の家に置いてあったじゃない」 その言い方を聞いた瞬間、制服の上着や母の花瓶まで思い出した。似た言葉を何度も聞いている。私は門の方を一度見た。置いていったのは自分だ、と責められているようで腹が立つ。
Last Updated : 2026-08-02 Read more