榊原医療財団からの回答は、驚くほど早かった。 記録の照会に全面的に協力する。そう書かれた文書が届き、翌朝には研究棟の見学まで許可された。「早すぎますね」 相沢が書類を畳む。 拒めば疑われる。だから、見せても困らない場所だけを先に開けるつもりなのだろう。 研究棟は、病院の裏手にあった。 白い外壁。磨かれたガラス。受付には生花があり、花びら一枚落ちていない。母の病室に届いていた花と同じ百合だった。 案内役の職員は、質問する前に説明を始めた。 薬剤保管庫は改装済み。旧システムは更新され、過去の入退室記録は保存期間を過ぎた。監視カメラの障害記録もない。「保存期間は十年と伺いました」 彩花さんが言う。 彼女は正式な同行者ではない。相沢の調査補助員として、胸元に仮の名札をつけている。 職員の笑顔が少し硬くなった。「規定変更前のデータですので」「変更日は」「確認いたします」 確認する、と言った質問には、最後まで答えが来なかった。 地下の廊下だけ、床材の色が違っていた。白い壁に、一か所だけ古い青いラインが残っている。台車の進行方向を示すための線だという。 私は足を止めた。 母の名刺にあった、青い線を辿る。「この先は?」「廃棄物搬出口です。現在は使用しておりません」 職員が先回りして扉の前に立つ。 征臣は扉の上の非常灯を見た。新しい枠の周囲に、古いねじ穴が四つある。「監視カメラがあった」 彩花さんが小さく言った。 職員の顔から笑みが消える。 退出前、私は受付の百合を見た。花粉まで丁寧に取られている。美しいものだけを見せるために、痕跡を先に摘み取る場所だった。 車へ戻ると、征臣が一枚の写真を見せた。 地下扉の脇に貼られていた配送表。私たちが近づく前、彼が撮っていた。 配送会社の欄には、高城運送とある。 彩花さんが言った男の子と、同じ名字だった。 地下扉の前には、古い擦り傷が残っていた。台車が何度もぶつ
Last Updated : 2026-09-01 Read more