映像には、研究棟の地下通路が映っていた。 母はストレッチャーで運ばれ、神谷の名札をつけた男が何度も後ろを振り返る。紗英が追い、宗一郎の秘書はカメラを止めるよう手を振っていた。 音声は途切れている。 〈呼吸が弱くなっています〉 〈病院へ運べ〉 〈このままでは記録が――〉 誰の声か判別できない。 最後に、神谷がカメラへ近づいた。青いファイルを掲げ、中から一枚抜いて白衣の内側へ入れる。「持ち出した」 蓮の声が低い。 隠すためか、外へ持ち出すためか。映像だけではまだ決められない。それでも、神谷が母のそばにいた事実は動かなかった。 再生が終わる。 椅子から立とうとして、膝が動かなかった。 母が運ばれるところを、今度は動く映像で見た。停止した写真より、白い手が揺れていることの方が苦しかった。 誰かに名前を呼ばれた気がする。 会議室を出て、廊下の壁へ手をついた。息は吸えるのに、胸の途中から下へ落ちていかない。 足音が後ろで止まる。「澪」 征臣は触れなかった。 振り向くと、彼の上着の前が開いたままだった。私はそこを掴んだ。引き寄せるつもりだったのか、倒れないためだったのか、自分でも分からない。 征臣の腕が一度、宙で止まる。「……抱いてください」 声が掠れ、最後の音と一緒に涙が落ちた。 背中へ腕が回る。強く締めず、私が離れられる隙間を残していた。 額を胸へ押しつけると、心臓の音が聞こえる。映像の中では母の身体が運ばれ続けている。こちらでは、征臣のシャツを握る指に、無意識に力が入っていた。「離れないで」 自分で言った声が、子どものようだった。 腕の力が、わずかに変わる。「いる」 それだけだった。 母へ腹が立った。どうして一人で行ったのか。なぜ私へ言わなかったのか。会いたいと思うのに、会えたら先に怒ってしまいそうだった。「母に、怒っています」 征臣の胸元へ声が沈む。
Last Updated : 2026-09-16 Read more