翌朝、紗英は征臣へ古い写真を見せていた。 大学の式典。財団の晩餐会。両家の会食。二人が並んだ写真は何枚もある。 病室の扉の外で、紗英の声が聞こえた。 「私たちは、結婚の話を進めていました」 征臣の返事は聞こえない。 「白鳥さんとの婚約は、家から出すための契約です。それを解消したのは、私と結婚するためでした」 明らかな嘘だった。 扉へ手をかけ、止める。 開けたら、どんな声が出るか分からなかった。私を忘れた征臣の顔が浮かぶ。そこへ別の人との結婚の話まで聞かされるのが怖くて、取っ手を押せない。 彩花さんが廊下の角から来た。 「澪さん。一緒に入りますか」 「……入ります」 取っ手から一度手を離し、掌を服へ押しつけた。汗で濡れていた。 「少しだけ、待ってください」 違う、と言って飛び込みたかった。私に好きだと言ったでしょう、と征臣にまで詰め寄ってしまいそうで、取っ手を握り直す。彼を責めたいわけではないのに、紗英の声を聞いていると、その区別さえつかなくなりそうだった。 病室の中で、征臣が口を開く。 「写真が残っている。それだけだ」 紗英の声が止まる。 「君との縁談を断った記憶はある」 「その後、気持ちが変わったんです」 「俺が?」 短い問いのあと、しばらく沈黙が続く。 「俺が君に結婚を約束したと分かるものは、何か残っているのか」 返事はなかった。 私は扉を開けた。 「紗英さんのためじゃありません」 二人の視線がこちらへ向く。喉が乾いたが、言い直さなかった。 「私が怒ったんです。勝手に決めないでって。それで、指輪も外しました」 征臣の目が細くなる。 「その後も、俺と会っていた?」 「会っていました。これからも一緒にいたいって……私からも言いました」 そこまで口にすると、喉が詰まった。征臣を見る。 「信じてほしいです。でも、今すぐ答えを出してほしいわけじゃありません」 紗英へ向き直ると、抑えていた声が強くなった。「覚えていないからって、なかったことにしないでください」征臣は何も言わず、写真を伏せた。 廊下へ出ると、紗英は嘘を否定しなかった。 「父に言われたんですか」 「そうすれば、征臣さんを鷹宮家へ戻せると」 「写真も、そのために」 紗英の指がスカートの縫い目をなぞ
Last Updated : 2026-09-21 Read more